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第67話 迷宮決戦⑦ー44番目の悪魔ー



 迷宮の広間に血飛沫が舞う。


「ッッッ!……」


 肩から血を流したセコウが、一歩、二歩と後方によろつく。


「チッ……流石に急所は避けたか。 

 めんどくせぇな。呪詛魔法にゃ驚いたが、せっかくやられるフリまでしてやってたのによぉ」


 先程まで他に付していたはずのセリは、いつの間にか立ち上がっており、それどころかセコウに向けて剣を振り抜いていた。


「そんな……

 たしかに呪詛魔法は発動したはずじゃ……」


 ドクドクと血が流れ出る肩をギュッと抑えながら、セコウは声を震わせる。


「いや、呪詛魔法はちゃんと発動してたぜ?」

 

「…………魔剣の権能を使ったのか」


「さあな、どうだか——よっ!!」


 三度(みたび)セコウの懐へと迫るセリに対し、セコウはそれよりも早く、腰の小物入れからいくつかの木片を取り出し、それを投げつけた。


「!?……」


 己の目の前に飛んできた木片に反応し、セリが一瞬その足を止める。

 本来ならばただの悪足掻きと判断し、意に返さず直進するだろう。

 しかし、セコウが持つ魔術は物体の復元。もし仮に、彼の投げた木片が、馬車の荷台などの〝一部だった物〟だとしたらどうだろうか。

 仮にそうだったとして、空中に舞う木片の中をこのまま直進してしまえば、セコウに馬車の荷台を復元され、自分はその下敷きになってしまう。

 体が傷つくことはないだろう。身体強化があるのだから。

 それよりも問題は、下敷きになった場合、そこから脱することに時間を要すること。

 セコウは時間魔術に留まらず、精度の高い治癒魔術を詠唱短縮にて使用可能。

 少しでも息を整える時間を与えれば、状況は振り出しに戻る。


 そう、セリは予測し、己の眼前に投げつけられた木片を前にその足を止めた。

 しかし……


ーー遡及(リバース)!!ーー


 セコウが魔術を発動し、投げつけられていたいくつかの木片は、大きな五つの樽へと変わった。


「!?

 チッ……

 ただの樽かッッッ……!」


 予想が大きく外れ、時間を無駄にしたことに苛立ちを覚えたセリは、降り注ぐ五つの樽を、目にも止まらぬ速さで斬り刻む。

 セコウの咄嗟の揺動にも迅速な対処。

 状況は圧倒的にセリが有利かに思われた。


 しかし、樽を斬り刻んでいた刹那の間、セリの心中にある不安が渦巻いた。


「本当に樽だけなのか〝中身〟は復元対象なのか」


 もし仮に、樽の中身が小麦粉や引火製の高いものならば、少しの火魔術でも凄まじい爆発を生み出すことができる。

 この至近距離では防ぐことはできない。

 

 しかし、遅かった。

 予想を外した苛立ちで、一瞬の冷静さを欠いたセリは、既に樽を破壊してしまっていた。


 彼の頭上に舞っているのは、斬り刻まれた樽の破片だけではない。

 セリの不安は的中した。


「うぉ!? 水か!?」


 木端微塵になった樽の中から現れた、その黄色味を帯びた液体は、セリの頭上目掛けて滝の様に降り注いだ。


「この臭い……酒か!? 

 しかもかなり強え……なんでこんな——」


「——我に代わりて貫き、焦がせ、火炎矢(フレイムアロー)!」


 降り注ぐ酒の雨中で混乱しているセリに、間髪入れずセコウが追撃を入れる。


「!!

 おいおいおいッッッ……!?」


 セコウの手から放たれた幾つもの炎の矢が、セリに迫る。


「それは酒に強い筈のロジーですら酔った酒だ。よく燃えるぞ」

(ディンとロジーが酒場を壊して、その詫びとして隊長が買わされた酒……こんなところで役立つとはな)


「……クソッ!」


 迫り来る炎の矢に向かってセリが構え、魔剣の刀身が朱色に光り出す。

 

「?……」


 セリの突拍子もない行動に、セコウは首を傾げる。


 たしかに、剣に魔力を纏えば放たれた炎の矢も打ち払うことができる。

 火炎球と比べて威力が控えめな『火炎矢』なら、造作もないだろう。

 しかし、炎を剣で払ったところで、少しでも火の粉が散れば、強い酒を被っているセリには一瞬で引火するだろう。

 いかに熟練の剣士といえども、速度重視の『火炎矢』を近距離で受けとめずに避けきるのは困難。

 魔術で相殺しない限り——いや、そもそも無詠唱でないセリでは間に合わないだろう。


「もう一度だ! 鸛之鉤爪(シャックス)!!!」


 セリがそう叫んで、魔剣を横凪に振るう。

 より一層強さを増した刀身の光が軌跡となり、それに触れた炎の矢は、まるで吸い込まれるかのように消えていった。


「なッッッ!!!……」


 セコウが動揺の声を漏らす。

 セリは炎を剣で払ったというのに、引火せず、それどころか火の粉すら散っていない。

 彼にとっては何よりも想定外の事態だ。


「ハァ……ハァ、クソ……

 余計な手間増やしやがって……」


 息を切らしながら、セリはよろよろと構えを正す。

 先程までの余裕の表情は既になく、彼の額には汗が伝っていた。


「……「鸛之鉤爪(シャックス)」の権能、相当消耗が激しいみたいですね。

 その様子だと〝適合者〟でないのにも関わらず、無理やり持ち出して来たんですね」


「……」

 

 一向に息が整わないセリが、セコウを睨む。


 それもそのはず、セコウの肩の出血はいつの間にか止まっており、状況は振り出しに戻っていた。

 いや、振り出しではない。魔剣の消耗で体力と魔力を大きく失ったセリに対し、四大貴族の血を引くセコウの魔力には、まだたっぷりと余裕があった。


「その魔剣の権能……

 魔術の強制解除ですか」


 火の粉を一切散らすことなく炎を打ち払い、重ねがけした呪詛魔法の効力をも一瞬で掻き消した事例から、セコウはそう予測した。


「ハッ!

 そう思うんなら、そうなんじゃ——」


「いや、違いますね」


「……」


「貴方はその魔剣との相性が悪く、力を完全に引き出せていない。

 その消耗具合が何よりの証拠だ。

 思えば、呪詛魔法を解除された時から、貴方の動きは少し鈍っていた。

 剣術では防戦一方だった私がなんとか太刀打ちできるほどにまで」


「……」


「つまり、魔術の強制解除は能力の一部。

 それ以上引き出せるのかは知らんが……なるほど、危険な能力だ。

 それを隊長に使う気だったんですね。

 確かにそれと貴方の剣術、そしてフィノースの遺産があれば、あの人にも剣が届く」


「……」

 

 ミーミル王国のかつての名王であり名匠、ソロモンによって生み出された72本の業物。

 それらが他の魔道具とわざわざ区別され〝ソロモン72柱魔剣〟と呼ばれるようになった所以は二つある。


 一つ目は、本来の魔道具には宿らないような、複雑かつ強力な能力を持つ事である。


 一般に普及している魔道具、魔剣や杖、魔鎧は、使い手が魔力を込めれば、初級•中級程度の魔術を放つことができるという、単純な能力を持つ物が多い。


 しかし、ソロモンの魔剣は違う。

 かの魔剣は、空間操作や時間操作、因果率操作などの、本来ならば特級魔術に分類されるような、高次元の能力を持ち手に与えることができるのだ。


 そして二つ目は、この魔剣には意志が宿ることだ。

 この魔剣は前述したような能力を〝最初〟からは持っていない。

 使い手と長い時間を共にする事で、ただの剣だったそれは、持ち主の魂を反映した能力を開花させ、真に魔剣となるのだ。


 開花した魔剣の能力は、それを開花させた最初の持ち主が死しても消える事はない。

 よって他人がそれを受け継いで使うことも可能である。


 しかし、魔剣に宿った魂と使い手の相性が悪ければ、開花された能力を完全に使うことができない。

 現在確認されているものでは、能力行使時の過度な消耗や、能力の一部しか行使できないという現象が挙げられる。

 もちろん、セリもその例外ではない。


「……沈黙は肯定と取ります。

 やはりか……おかしいと思ったんだ。

 開花済みの魔剣が出土したというのに、使い手も決めず、適正者の確認だけを済ませ、〝国宝〟として宝物庫に厳重保管なんて……」


 片膝をついたセリの元に、ゆっくりとセコウが歩いていく。


「へへ、流石に気づいたか……」


「ええ、ここまでくれば誰にでもわかります。

 ソロモンの魔剣は強力ですが、流石に国宝とされるまでの価値はないですものね」

 

 そう、一つの理由を除いて。

 ソロモン72柱魔剣•44番「鸛之鉤爪(シャックス)

 有する能力は〝魔力を奪い己に還元する〟こと。

 強力な能力ではあるが、他の魔剣と比べれば奇抜さに劣り、影響規模も狭い。

 そして何より、この魔剣は他と比べ、適合者の数が極めて少ない。


 そんな剣が大国、ミーミル王国で指定国宝とされている理由。

 それは——

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