第65話 迷宮決戦⑤ー踊る結界師•悩む奇術師ー
ーー神槍ーー
薄暗い迷宮の大広間に、幾重もの光線が舞う。
「攻撃がワンパターンだねぇ、フィノースの皆さん。
俺そろそろ飽きちゃうよ?」
降り注ぐ〝神槍〟の雨の中を縦横無尽に駆け回りながら、リディアンはいつも通りのおどけた口調で笑う。
「ハッ、よく言うわ、その芸の無い攻撃に防戦一方になっているのは誰だ?」
リディアンの煽りに対し、彼に向けて刀を振る男ーー当主のマリン•F•リニヤットが返す。
実際、リディアンはこの戦いが始まってからずっと、防戦一方となっていた。
そもそも、フィノース家の上位魔術師10人を相手に、30分以上も無傷で攻撃を凌ぎ切っている事自体が異例だが、どこまで突き詰めてもリディアンは人間、人としての能力の限界が、彼を縛り付けているのだ。
〝同時に使用できる魔術は2種まで〟
現在リディアンは別の階層にいる王女を、上級ーーつまり遠隔魔術で守っている。
結界魔術には2種類あり、ダメージ蓄積限界を超えると自然に消えてしまう〝置き結界〟と、術者が魔力を注ぎ続けることで結界を常に修繕し続ける〝継続結界〟の二つがある。
前者の結界なら、使用してもリディアンの魔術枠を圧迫することはないが、耐久力が低い上、破壊されても修繕はできず、張り直すにも、数秒ほどのタイムラグが生じてしまう。
おそらく適と遭遇しているであろう王女に対し、それを行うのは極めてリスクが高い。
〝置き結界〟を使ったところで直ぐに破壊され、生じた数秒の内に王女が殺されてしまう。
よって、二つしかない魔術の同時使用枠の片方は王女の守護に、そしてもう片方はこの戦場において、多方面から複数放たれてくる〝神槍〟から己の身を守るために使用している。
2人や3人程度が同時に放つ〝神槍〟ならば、避けながら戦うことは可能であろう。
しかし、今回リディアンが置かれている状況は、優れた魔術師でもあり、剣士でもあるフィノース分家の当主と他2人を〝武器なし〟かつ、近距離で相手取り。
後衛7人から放たれる〝神槍〟を防がねばならない。
そしてそれらは一切のブレがない〝無言かつ合図なし〟の連携によって行われている。
流石のリディアンといえども、己の周りに結界を張らざるを得ない。
攻撃など捌かず、張った結界に籠るという手もあるが、その行動は彼自身にとって非常に都合が悪い結果を招くため、選択肢から排除されている。
「防戦一方じゃないさ
その証拠に……ほらっ!」
「ぐッッッ……」
3対1、圧倒的不利な近接での攻防の中、リディアンは剣撃と神槍の雨を掻い潜りながら、当主の男ーーマリンに数発拳を入れる。
「段々君達の〝身体の癖〟がわかってきた。
君達がどうやってそこまでの連携をこなしてるのかは知らないけど、連携だって人数いなきゃできないよね」
『……』
「俺が魔力切れで先に死ぬか、あんたらが全滅するか。賭けといったところかな?
まあオッズは0だけどね」
(さてさて、どうしたものかな。
みんながそれぞれの敵を倒してくれれば、誰かが王女のカバーに入ってくれる筈……
それだと楽なんだけど、時間がかかり過ぎるな。
セリのことだ、まだ何かを仕込んでるはず、長引かせるわけにはいかないな……)
ーーー
【ディン視点】
「えっ、寝返るってそのまんまの意味ですか?」
「2度言わすでない。
非効率極まりないではないか!」
俺の問いに対し、目の前の青年ーートリトンは、手に持っていた三叉槍をせっかちにカツカツと床に打ち付けながら答えた。
「あ……はい、すいません」
一言余計だわ、なんなのこいつ。
でも、見るからに近接が得意そうな相手を前に、この間合いで戦闘を始めるのは良くないな……十中八九ボコられて終わりだ。
一旦話を聞いて、その間にこっそり距離を取ろう。
キレやすそうだし、慎重に話さないと……
うう……そう考えると緊張するな。
「……我々フィノース家が賜った王命は、あくまで王女とその護衛の抹殺だ。
聞いた話では、貴公は訳ありで途中から同行しているのだろう?」
「……」
「これ以上の説明は時間の無駄故、結論から言おう!
貴公が起こしたトラブルの鎮圧を、我々フィノース•リニヤットが請け負う代わりに、貴公は我々の陣営に就き、共に王女一派の抹殺に協力してほしい!」
「!……
請け負う?……」
「そうだ!」
「具体的に聞いても?」
『む、面倒だな貴公……
時間の無駄と言ったであろう。
それに、過程にこだわる人間は落ちこぼればかりだ。
その程度ではディフォーゼの当主になれんぞ?」
「いや、そんなもの目指してないです。
なんですか物騒ですね。
それに……結果だけしか見ていないと、いつか足元を掬われるんじゃないですか?」
「……なんだと?」
俺の言葉に、トリトンが眉を顰める。
広大な図書室は、一瞬にして彼の殺気に包まれた。
肌がヒリつくようなこの感じ……ラルドやリディのそれに近いものを感じる。
「ッ……結果だけに人の意志が反映されるわけではないです。望んだ結果、望まぬ結果……
だから僕は、その過程、つまりどんな思惑で僕に接触してきたのかを知りたいんです。
総合的に見たら、僕にとって不利益な交渉の可能性だってあります」
都合の良い結果だけチラつかせるのは、現代でもよくあった詐欺師の常套手段。
警戒心がアホみたいに強いリディを欺いたほどの奴らだ……後々何をしてくるのやら。
「ふむ……
確かに貴公の言い分にも一理ある。
先ほどの発言は訂正しよう。その若さにしては良い頭脳だ。生意気にもな。
その勇気と頭脳に敬意を表して、答えようではないか。
……だがしかし!」
「!?」
「具体的にと言っておきながら、貴公の質問こそ具体性に書けるではないか!
貴公の言う通りにするならば、私は事を1から10まで話さなくてならない。それこそ時間の無駄!
未来の当主たる私の時間は非常に貴重!
貴公こそもっと具体的に質問したまえ!」
「え、あ……はい……」
なんだろう。言ってることは正しいのに、いちいち神経を逆撫でられる。
ああ、思い出した。こいつ、俺がやってたコンビニバイトの店長に似てるんだ。
喋り方や顔は違うが、嫌味っぽさが言ってることが瓜二つだ。
って、いかんいかん、今は会話の方に集中せねば。
「まず、僕のことをどれほど知ってーー」
「悪いがその質問には答えられない!」
「え」
「いや、正確にいえば、私自身が答えられない。
知らないのだよ、貴公のことを。
私は本家当主に頼まれて、嫌々ながらに貴公の交渉役になったのだ。
交渉内容は細かく説明されたが、貴公の事については全く調べていない! なぜなら時間の無駄だしな!
精々、貴公がディフォーゼの神童と呼ばれていることと、どのような戦闘法をとるかぐらいだ!」
「なんですかそれ!
交渉したくないなら直ぐ殺せば良かったじゃないですか!」
「仕事を請け負った以上、最低限はこなすのが私の流儀だ。
それに……いや、今はどうでもいいな」
「……じゃあ質問を変えます。
先程あなたは、僕の起こした騒動をフィノース家が鎮圧してくれると言いましたね?
それはどうやって?」
「恐らくは、王子が手を回すのだろうな。
具体的な策は知らんが今の説明で充分であろう?
信用できぬなら、未来の当主たる私が直々に約束しよう!」
「……」
後者の発言はさておき、たしかにそう言われてしまえば、俺は口の出しようがない。
先程読み漁った文献を見る限り、アスガルズはミーミル王国を恐れていた。その優位性が今も続いているとするなら、一商会と一人の人間の摩擦など簡単に解消してしまうのだろう。
少なくとも、王子派とフィノース家がバックにいるという状況はかなり良い。
「これは単なるアドバイスだが、貴公がリディアン•リニヤットに頼るよりも、早くことを解決できると思うぞ」
「……」
確かにそうだな……
リディのプランだと、俺が国に戻るまで、最低でもあと一年ちょっとかかる。
だが、ここで俺が裏切って、もし仮に王女が暗殺されれば、俺は明日にでも国に帰れる……
二ヶ月だ。たったの二ヶ月で戻れるのだ。
このままリディ達と行動をしていては、ラトーナと2年も離れていることになる。
そうなれば俺達2人の仲は修復困難……いや、彼女が誰か別の男に惹かれていってしまうのかもしれない。
ああ……想像しただけで胃が痛い……
「……」
でも、だからって王女を裏切るのか?
泣いてたんだぞ? あの子は。
あの子の涙を目の前で見たろ?
あり得ないな。
「……質問がないのなら、早く結論を言いたまえ。
別に、貴公が損するような内容は一つとしてないと思うが?」
「……俺はーー」
「ーーッッッ!!!
何者だ!!!
盗み聞きとは作法がなっていないぞ!!」
「はい!?」
突如、トリトンが俺の言葉を遮って、図書室の入り口に槍を構えた。
慌てて俺も、トリトンの視線の先を追う。
「!……
クロハ……」
トリトンが槍を向けた先ーー図書室の入り口には、頭からダラダラと血を流したクロハが立っていた。




