第60話 罠
「よかったな、完成が間に合って」
カタカタと車輪の音が響く馬車の中で、セコウは俺の右手を指してそう言った。
「うーん……完成って言っても、かなりゴテゴテでひどいもんですがね。
セコウさんとリディさん、王女様がいなかったら完成してなかったですよ」
俺はそう言って笑いながら、自作の鎧でゴテゴテになった右手をプラプラと揺らす。
急ピッチで仕上げたから仕方ないが、正直この完成品には納得いかない。
もっとウェ◯シューターとか、CADみたいなスマートさが欲しかった。
「ハハッ、そんなことはないんじゃないか?」
セコウは楽しそうに笑った。
エドマの死から3週間ほど経ち、セコウの顔にも段々と笑顔が戻りつつあった。
流石に普段通りとまではいかないがな。
セコウ凄いやつだ。正直、俺が同じ立場だったら立ち直れる気がしない。
「名前は決めたのか?」
「えっと、はい?」
「その右手の籠手の名前だ。
魔道具なんだから、何かしらの名称があった方がいいだろう?」
「名前ですか……」
名前なんて考えてなかったな。
何がいいだろうか……魔導籠手は安直すぎるよな。
「『奇術師之腕』なんてどうだ?」
車酔いするからと先程まで居眠りをしていたはずのロジーが、突然起き上がってそう口にした。
その目は純粋な子供そのものだ。
俺が籠手を作ってる時も、キラキラした目で後ろから作業風景を眺めていたが、こいつはそういうメカメカしたものが好きなのだろうか。
気が合うな。俺も好きだ。こいつには是非、鳥山さんや太田垣さんの漫画を見せたい。
まあ、今回俺が作ったこの籠手は、メカメカというよりはゴテゴテの方が似合うがな。
「『奇術師之腕』……ですか」
「うん……そのまんまだな」
「んだよ2人揃ってそんな顔して!
こーいうのはシンプルな方がいいんだろ!」
たしかにそう言われればそうだが奇術師ノ腕て……
もっとカッコいいやつなかったのか?
100均に売ってそうな名前じゃん。
ていうか、魔術じゃなくて奇術……これじゃあ俺が小賢しい技ばかり使うやつみたいじゃないか。
なんだかそれは嫌だ。
いや待てよ?……
奇術師といえば、かの銀翼の魔術師や、ブラッ○マジシャンがいるじゃないか。それと並べると考えれば、案外悪くない名前か?
「じゃあそれにします……」
「え、いいのかディン?……」
「な! ピッタリだろ?」
ロジーは得意げに鼻をフンと鳴らしているが、あくまで仮決定だ。
拒んだら拒んだで後で拗ねそうだしな。ロジーは拗ねると1日口聞いてくれないから面倒だ。
「じゃあ今手につけてるやつは試作機とでも呼べばいいか?
これからも改良していくんだ、バージョンネームは合った方がいい」
さすが〝元〟魔道具技師、わかってるね。
「……まあそうですね。
mark1とでも呼びますよ」
「まあくわん?……なんだそれ、呼びにくいな」
「……じゃあ『カーネーション』で」
「カーネーション?」
「花の名前です。意味はーー」
「なんで花の名前なんかつけるんだよ!
弱そーじゃねえか!」
ロジーが膝をバンバンと叩きながら声を上げる。
全く、いつも作戦会議は適当に聴いてるくせに、こう言う時だけ真面目にやりやがって……
「……そうか?
私は花の名前良いと思うぞ」
「おーい3人とも、そろそろ最後の街に入るよ」
そんなくだらない話で盛り上がっていると、馬車の外からリディがそう言った。
「……もうそんな時間ですか」
「なんだ、昨日までは自信満々だったじゃないか」
「まさかここに来てヒヨってんのか?」
「いえ、流石にあんな事言われたら不安になりますよ」
昨日はフィノースに対抗できるなんて大見え切ったが、その後のリディの言葉で一気に自信を無くした。
まあ、だからと言って逃げるわけにもいかないのだが。
「ハッ、あんなカスども俺が叩っ斬ってやるよ」
「あまり緊張するなよ?
危険を感じたら無理せず逃げろ」
そう言って、セコウは俺の肩にポンと手を置いた。
「……はい」
二人は怖くないのだろうか。
殺されるのもそうだが、俺は今から人を殺すかもしれない。
決心したつもりでも、やはり土壇場で迷ってしまいそうだ。
こんな心持ちで臨んで良いのだろうか。
いや、よそう。リディが言ったじゃないか。殺す殺さないを考えるのは最後の最後だ。
とにかく全力で戦おう。
ーーー
「……妙だな」
馬車から降りて手綱を引きながら、街の大通りをリディと2人で歩いていると、彼は眉を顰めてそう口にした。
「どうしました?」
「国境付近だというのに、警備兵がいない」
「別にこの大通りにいないってだけで、そんなに気にする必要ありますか?」
「……」
リディは顎に手を当てたまま黙り込んでいる。
今は俺に返事をする余裕もないってことか。
「そんなことより通り魔とかを気にした方が良ーー」
「おい、あんた達」
辺りを警戒しながらしばらく歩いていると、どこからか寄ってきた老人が声をかけてきた。
服装はボロ過ぎず、豪華過ぎず、ただの一般人に見える。
「なんですか?」
「あんたら、どこに向かってるんだい?」
「この先のムスペル王国ですけど?」
俺がそう答えた瞬間、老人が表情を大きく変え、声を上げた。
「あんたらかッッッ!!!
魔族を庇い立てした異端者はッッッ!!!」
「!!!」
老人の言葉を耳にした大通りの人々全員の視線が、俺たちに集まる。
「は!?」
どういうことだ?……
魔族?……クロハのことだよな?
いやでも、クロハは変装してるし、ずっと馬車に乗ってるから魔族だなんてわかるはずない。
今バレたわけじゃないのか?
ていうか、そもそもどうして魔族がいるってこと自体がばれてんだ?……
「お前らが噂の!!!」
「異端者め!! 恥を知れ!!!」
「お前が手配書のガキか!?」
老人の言葉を聞いた周囲の人々が、俺達の元へどっと押し寄せる。
辺りは軽くパニック状態になっていた。
もはや話を聞いてもらえる状況ではない。いや、こうでなくとも無理か。
「あ、あぁぁ……えっと……」
こんなものをクロハに見せ……いや、聞かせるわけにはいかない。
「……ィン!!」
落ち着け俺……考えろ。
「ディン!!」
「うぇ!? あ、はい!!
「一旦吹き飛ばせ!!」
『吹き飛ばせ』そう言われてすぐさま魔術を発動させる。
「『風波』!!!」
『うおぉぁぁぁぁっっ!!』
『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!』
俺の手から最大出力で放たれた暴風は、俺とリディ、そして馬車を中心にして、周囲のありとあらゆるものを吹き飛ばした。
人混みは一瞬にしてはけた。
「良くやったねディン。
少々手荒になっちゃったけど……」
リディが俺の頭にポンと手を置く。
「ありがとうございます……
……あの、さっきのってやっぱりーー」
「それは後、早くこの街を出るよ!!」
「……はい!」
そう言って、リディが手綱を握り直して馬を引き寄せようとした瞬間。
「ッッ!?」
「あっ!?……」
俺達と馬車を囲うようにして、地面から突然強い光が溢れて出した。
俺達はいつの間にか、大きな魔法陣の上に立っていたのだ。
ーー【……飛ばせ、エデン】ーー
陣から出ようとした頃にはもう遅く、強い光は一瞬にして俺達を包み、視界は真っ暗になった。
ーーー
「……薄暗いな」
いつの間にか仕掛けられていた魔法陣によって視界が強い光に包まれ、視界が暗転した。
そして気づけば俺は洞窟らしき場所にいた。いや、洞窟というよりは、ゲームとかによく出てくる迷宮の廊下だな。
迷宮なんて入ったことはないが、壁の質感とか、辺りの雰囲気的に、俺の知る〝迷宮〟に似ていたからそう思ったに過ぎないがな。
「うん。痛いな」
なんとなく頬を強く摘んでみた。
しっかり痛い。夢じゃない。
つまりここは、先程までいた街ではない。
そして俺の周りには誰もいない。
どこかもわからない迷宮の中で完全孤立。
くそ……
あの魔法陣のせいだ……
元々の道にはあんな物なかった。あれだけ大きな物ならすぐ気づく筈。
いつだ?
いつ用意された?
あの時か?……俺達の所に人が押し寄せた時。あの間なら俺達に気づかれずに、魔法陣を用意することだってできるかもしれない。
罠か?
罠だよな……となると、街の奴らもグルってことか?
いやそもそも、どうしてクロハの事がバレた?……
変装してるクロハが魔族だと知ってる人物は限られてる……
……やっぱり昨日リディが言ってた事は本当なのか?
ていうか、この状況不味くないか……?
みんなも俺と同じ状態だとすると、全員分断されたってことだよな?
戦闘力の低い王女とクロハなんて、特に危険だ。
早く探して合流しないと手遅れになる。
そんなことを考えながら迷宮の廊下を当てもなく走っていると、妙に明るく、だだっ広い部屋に出た。
「ここは……図書館か?」
部屋には読書用の長机や、埃を被った大きな本棚がずらりと並んでいる。
とにかく広い。ラトーナの家の図書室、アレよりも数段とデカい。学校の図書室なんかじゃ比べ物にならなそうだ。
迷宮の中にどうしてこんなものがあるのだろうか……
「!……
なんだこの本……」
しばらく周囲を見回していると、長机の上にポツンと置いてある本に目が行った。
近づいて手に取ろうと、本に触れたその時。
「うおッッッ! なんだ!?」
本に俺の指が触れた瞬間、表紙に小さな魔法陣が浮き上がり、俺の指は強い衝撃によって弾かれた。
「痛え……
指は……折れてないな。
ていうか、これってまさかあれか?……」
『反射の呪詛』
触れた対象を弾き飛ばす、中級の設置型呪詛魔法。
以前ラトーナに教えた事がある。
その時教科書としていた本には、迷宮のトラップや、一部の防具に使い捨てで付与されていると記されていた。
この本に仕掛けられていた魔法も、例に漏れずトラップの一種なのだろうか。
呪詛が解けたことを突っついて確認し、再び本を手に取る。
くっそ……
こんなボロい本になんで罠仕掛けるんだよ。
うわバッチぃ……
虫とかついてそう……
ぐしぐしと、埃を被っていた表紙を擦る。
タイトルは掠れていてほとんど読めない。かなり古い本なのだろうか。
『……から……ま、のき、く?」
パラパラとめくってみた感じ、どうやら記録帳のようだ。
先を急ぐ所だが、ここが何処かのヒントがあるかもしれない。
えー、なになに?
『◯月×日
私の仮説が正しかった。
イェンの残した遺産……王の遺産は、ユグドラシルを利用して作られていた』