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「偽物の天才魔術師」はやがて最強に至る 〜第二の人生で天才に囲まれた俺は、天才の一芸に勝つために千芸を修めて生き残る〜  作者: 空楓 鈴/単細胞
第2章 王女護衛篇

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第59話 大人



 エドマが死んだ。

 セコウが殺した。

 俺の目の前で。


 理由もなく一人部屋に留まり、天井に着いたマダラ模様の血痕を眺める。

 空っぽだ。

 俺は終始、自分がすべき事がわからなかった。

 止めるべきだったのだろうか。まあ、あの様子のリディを止められたとは思えないが。

 ならばエドマを罵るべきだったのか。「お前のせいで死にかけた」と。

 それが正しい行動……いや、それが1番楽な行動だったのだろうか。

 エドマが最後に言い放った「ごめんなさい」の一言が、ずっと頭の中をぐるぐると回っている。


「……おぇ」


 充満する血の匂いに頭をやられそうだ。嫌な記憶も蘇るし、いい加減部屋を出よう。


 中断された作戦会議は翌日に延期。時間ができてしまったので、外で昼寝でもしようと思い。俺はホテルを出て、今朝の修行に使った町外れの小さな森へと足を運んだ。


「……王女、様?」


 森には先客がいた。艶のある茶髪と透き通るような白い肌、そして赤い瞳。

 王女……クロエは木漏れ日に照らされながら、仰向けになって林冠の隙間から空を覗いていた。


「勝手に外に出て大丈夫なんですか?」


「ダメならリディが追ってきますよ」


「……そうですか。隣、良いですか?」


「ふふ、中々失礼ですね」


「……すみません」


「構いませんよ、どうぞお好きな所に寝転がってください。なんなら私と添い寝でも……」


 王女の声音はとても温かかった。

 でもそれに反して、表情は氷のよう。

 まるで誰かが彼女にアテレコでもしてるかのようだ。


「袖にしてしまって申し訳ありませんが、隣で充分でございます」


 俺は王女の隣に仰向けでどっかりと倒れ込んだ。地面に生い茂る草がクッションのようで気持ちいい。こんな感触は久しぶりだ。村にいた頃を思い出す。


「……意外です」


 林冠を眺めていると、ふとそんな言葉が口から溢れた。

 普段なら王女となんて緊張して話せないが、言葉はごくごく自然に浮かんできた。

 

「何がでしょうか?」


 王女が隣で、俺に問う。


「先程の冗談もそうですが、普段の上品な様子からじゃ、こんな森で寝っ転がっている姿なんて想像できません」


「私に上品なんて言葉は似合いません。しろと言われているから、そう振る舞っているだけです。叶うのなら、昔のようにしていたいのです」


「昔の様に?」


「昔は王宮の庭でよく寝転がったりしていましたよ。泥だらけになって戻ると、いつも決まってエドマがお風呂に入れてくれました」


 彼女は遠い目をしながら、少しだけ作り笑いを緩めた。


「そうだったんですか。気持ちいいですよね、こうやって天気の良い日に外で寝転がるの。森とかは涼しいですしね」


「そうですね」


 自分で話題に上げるあたり、『エドマ』という言葉はNGワードじゃないっぽいな。


「「……」」


 自然に会話が出来たと思ったが、やはり気まずい。俺はクロハと違って、普段から王女との絡みがない。

 状況が状況だ。会話を保たせるような話題もなければ、彼女が今どんな情緒なのかもわからない。


 規則にはやたら厳しく、エドマの処刑を安易と許すような人だ。

 もしここでエドマを擁護するような発言をしたら、明日には俺の首が飛ぶかもしれない……


 それは絶対に嫌だ。

 俺まだエロいこともしてないし、クロハのこともあるし、後は……特に思いつかねえな。

 とにかく死にたくない。


 でも、彼女の真意は気になるところだ。リディから何を聞いたのかもな。

 当然と言えば当然なのかもしれないが、最近のリディはやたらと隠し事が多い気がするんだ。


「まっ、全くエドマさんも困った人ですよね〜!?」


 まずは軽いジャブだ。

 彼女の性格を分かりきってない以上、あくまでどちらとも取れないニュアンスでだ。

 

「……ええ、あの人は本当に愚かですよ」


 彼女は目を細くしてそう言った。


 この反応から推測するに、エドマの裏切りに対しては怒りを覚えてるようだ。

 あまり顔に出てないあたり、さすがは王女だ。


「で、ですよね〜今までどういう気持ちで一緒に旅をしてきたんだか」


「……」


「セコウさんまでたぶらかして、一体あの人は何がしたかったんですかね……」


「……」


「妹のような存在でもある王女様を裏切るのも、酷いですしね」


「…………ィン殿」


「よく考えてみれば最初の頃から——」


「ディン!!!」


「はい!!」


 王女が突然声を上げ、慌てて俺は視線を向ける。


「もう、もう……良いです……やめてください……お願い……」


 王女は声を震わせながら、腕で目元を隠してそう言った。

 その頬と腕の隙間からは雫が流れ落ちていた。


 やってしまった。完全に判断を誤った。

 いくら規則に厳しかろうが、彼女だってまだ11の子供だ。

 どうしてそれを考えなかった。


「い、いや、でもリディもリディですよね!? エドマさんにだって何か深い理由あったかもしれないのに、どうしてあんなこと——」


「わかりませんよ!」


「ッ……」


 普段の温和な彼女からは想像も出来ないような怒気に気圧されて、俺は口をつぐむ。


「リディは……! リディは無闇に人を殺したりしない……優しい人だから」


「彼とも付き合いが長いんですか?」


「私がが物心ついた時からっ、よく王宮に来ていたので遊んでもらって…… それで私が8歳ぐらいになってから急に顔を出さなくなって、3年ほど疎遠になって……」


「だからリディが理由もなく人を殺さないと?」


「私の知ってるリディなら…… あの人は……前より厳しくなりました。 私と話すときは「王女として」って言葉を多用するようになって……」


「私……王なんて……国なんて興味ないのに……ずっと大人しく、兄様の邪魔をしないようにしてたのに……」


 彼女の頬からは抑えていた涙が滝の様に溢れ出し、嗚咽はついに止まらなくなっていた。


「良い子にしてたのになんで……! なんで……? お姉ちゃん……うぅ……お姉ちゃんがぁぁっ!!!」


 止まらない涙を拭おうと必死に拳でゴシゴシと目元を擦りながら、彼女は大声で泣いた。


 俺は、怖くなって何も言うことができなかった。

 泣き声がどこまでも響き渡る森の中で、彼女が泣き止むのをただじっと待っていた。


ーーー

 

「……すみませんでした」


 しばらくして彼女が落ち着きを取り戻し、息も整ったところで、再び俺は口を開いた。

 まずは最初に謝ろう。真っ先にそう思った。


「何がでしょうか……?」


「王女様の気持ちも分からずに、無神経なことを言いました」

 

「いえ、そんな——」


「僕、女の人泣かせてばっかですね。とくにクロハとか」


「そんなことはないですよ」


「ははっ、どうだか……」


「あの子は最近、よく笑顔を見せる様になりました。あなたの話もするようになりましたし、少しずつ、少しずつあなたの気持ちは伝わっていると思いますよ」


 クロハが笑顔……?


「そっ、それ本当ですか……?」


「ええ、あなたの頑張りにはいつも私は励まされてます」


「……」


「結構照れ臭い事を言ったのですが……何か反応の一つでもほし——」


「良かったです。良かった……本当に……」


「……そうですね」


 クロハと出会ってからもう二ヶ月近くになるが、一度もあの子の笑顔を見ていない。

 王女に笑顔を見せた。それを聞けただけでとても安心した。このまま笑顔のない子に育ってしまったら、俺は彼女の母親に合わせる顔がない。


「——って、僕が励ますつもりが、いつの間にか逆になってましたね……すみません。あ、いや、そもそも励ますなんてこと自体おこがましいですね……失礼しました」


「い、私こそ王女という立場でありながらお見苦しい姿をお見せしました。こんなことでは国縫い蛇に食べられてしまいますね」


 彼女は控えめに笑いながら、片手を蛇の口の様にパクパクと動かした。


「国縫いヘビ?」


「『悪いことをするとヘビに食べられちゃうぞー!』って、エドマがよく言い聞かせてくれました」


 彼女は無邪気な笑顔でそう言った。

 普段からよく作り笑いをする人なのは知っていたが、今俺に見せてくれた笑顔は本物のように見えた。

 それがなんだか嬉しかった。


「面白い話ですね」


 国縫いヘビか……前世で言うところの、寝ない子はお化けが食べちゃうぞ的なやつだな。


「では、私はそろそろ宿に戻るとします。情けないことに、気持ちをはっきり口に出したら少しすっきりしました」


 王女が立ち上がり、スタスタと歩き出した。

 森には先ほどより爽やかな風が吹いていた。


「あの……王女様」


「はい、まだ何か?」


「王女様は凄い方です」


「はぁ……それはどうも」


 王女が不思議そうに、首を傾ける。


「こんなこと僕が言えたことじゃないかもしれませんが、もしまた嫌になったら力を貸します。その時はリディでも誰でも騙して逃げちゃいましょう!」


 お節介か? そうだろうな。

 以前の俺ならこんな臭えこと絶対に言わなかった。

 俺に余裕があるわけじゃない。でも、彼女の涙を見て、次はそうすべきだと思った。

 柄にもなく、誰かに幸せになって欲しいと思った。


「……」


 彼女はいつもの冗談で返すこともせず、口元に手を当てて、何やら考え込むような姿勢を見せた。


「あ、余計なお世話ですよね。すみません! とりけし——」


「ありがとうございます」


「!」


「ありがとう……でも今は大丈夫です。もう少し、頑張ってみることにしました」


「……無理はしてないですよね?」


「勿論です。少なくとも、私を王女として慕ってくれる人がいる限りは、それに応えるために頑張れると思います」


 王女が微笑みながら俺を指差した。

 心なしか、顔色も良くなっている気がする。


「勿論、逃亡の準備もしておいてくださいね?」


 そうやって冗談を言う頃には、彼女はいつもの王女に戻っていた。


「はい!」


「ではこれで失礼します」


 王女は俺に軽く会釈して、森を出て行った。


 こんなことを言うのはおかしいかもしれないが、俺はいつか彼女のような〝大人〟になりたいと思った。

 〝大人〟なの定義なんて曖昧なものだが、今の彼女を見ていたら、その言葉が1番相応しいと思った。


「さて、俺も戻るか」


ーーー


「えーっと? そんじゃあ、作戦会議も再開ということで」


 バツの悪そうな顔で椅子をキーキーと鳴らしながら、リディが手を叩く。


「「「……」」」


 先程から口を開く者はおらず、セコウの様子にも目立った変化はない。

 故に、彼の情緒はいまいちわからない。王女のこともあったから尚更だ。


「えーっと、まずディンから話すことがあるんだっけ?」


「あ、はい」


「珍しいな」


 セコウが初めて口を開いた。

 彼は何やら考えごとをする様な姿勢で目線を落としたまま座っており、その声はとても小さかった。


「へっ、やっとやる気出しやがったか」


 ロジーがフンと鼻息を漏らしながら笑った。

 口数は極端に減っているが、彼は普段とあまり変わらない。


「えっと、まずリディさんに聞きたいことがいくつかあります」


「ん? 何?」


「今回予想される戦闘の場は、ムスペル王国国境沿いの街ですよね」


「……そうだね。まあ、結構人の多い街だから、どんなふうに仕掛けてくるかは皆目検討つかないけどね」


「前回は予想して先回りしてたのにですか?」


「そこも含めて追々話すよ。で、聞きたい事はそれだけ?」


「あ、あと今回の敵はフィノース•リニヤットの魔術師、又は魔剣士ですよね?」


「そこは確定だけど、他にもいるかもしれないね」


「フィノース家の基本的な戦闘スタイルは水魔術の『神槍』と『神牢』ですよね?」


「……まあそうだけど。

そっちのは俺よりセコウの方が詳しいかな。セコウ、頼むよ」


 リディがピシャリとセコウを指差す。


 なんとなく、二人の間にギクシャクした雰囲気はあるようだが、ズカズカと話を振る辺りリディはあまりそういうのを気にしてないようだ。


 それもそうか、そんなこと気にしてたら話も進まないし。

 露骨に嫌な態度を取らないあたり、セコウもそれはわかってるっぽいな……

 それも当たり前か、俺の考えが子供過ぎるんだ。


「……はい。まずフィノース家の強みは、完成された魔術師としての戦闘ノウハウだ」


 リディに言われて俺の方に体を向けたセコウが淡々と語ら始める。

 やはり、いつもより声に抑揚がない。


「と、言うと?」


「1番わかりやすいのが『神槍』だ。あの魔術は非常に少ない魔力で最大限の威力を発揮できる。まあ簡単に言えば、フィノース家の魔術の強みは、実用的かつ、近中遠バランスの取れた多彩な攻撃手段、そして継戦能力の高さだ」


「なんですかそれ、完璧じゃないですか」


 まじか、バランス良いタイプが一番やり辛いのに……


「一概にそうとも言い切れん、フィノースの水魔術は要する技術の高さ故に、大きく集中力を消費する、使い手にもよるが、戦闘が続けばどうしても注意力が欠けてくる」


「なるほど、隙が多くなるってことですね」


「まあ、そうなるほど長引く戦闘などないがな」

 

「あ、あと『神槍』や『神牢』以外の技ってありますか?」


「『神牢』の派生にあたる『神鎧』や、『神槍』の変化版の『神刃』。あとは水を手足に纏う近接格闘があったりだ。後者に関しては、できるやつは少ないと思うがな」


「ありがとうございます。それならなんとかなりそうです」


「なんとかなりそうって……どういうことだ?」


「あるんですよ。フィノースの魔術に有利を取る手段が」


 俺は確かな確信と共に、その根拠を彼らに提示した。

 俺にもまだやれることは多くあるのだ。


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