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第5話 幼馴染は美少年?


「月牙店長ォォォォォォォォォォォォッッッ!!!」


 月牙店長。それは、生前のバイト先にいたクソムカつく店長を、いつか投げ飛ばしてやろうと画策した時に編み出した必殺の背負い投げだ。


 本来なら体格差もあって二歳上の男子を投げることなどできないが、土魔術の足場管理と風魔術の力補助があればこの通りだ。


「あぁぁぁぁぁぁぁッッッ!?」


 投げ飛ばされたジルは叫び声と共にもう一人のいじめっ子に向かって飛んでいく。

 至近距離での月牙店長。回避は不可能だ。


「うっ、来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ——」


ーーー


「ふぇ〜ビビったぁ〜……」


 地面で伸びているいじめっ子二人を前に、思わず尻餅をついた。

 無詠唱魔術が使えなかったら、そう考えただけでゾッとする。今頃俺はボロ雑巾みたいになっていただろうからな。


「——っと、その前に……はい、これ!」


 一向に起き上がる気配がないいじめっ子から木剣をそっと抜き取り、青髪の少年に渡す。


 木剣を受け取った少年はようやく顔を上げた。

 ほお、これは中々の……美少年だ。俺に勝るとも劣らんな。しかし、ぶたれた頬が結構腫れているなぁ。治癒魔術でもかけてやりたいところだが、あいにく俺は詠唱を知らない。


「道場に戻って何かで冷やしましょ——」


「なんで入ってきた!!!」


 頬に触れようとした俺の手を振り払い、少年は声を上げた。

 あまりに突然だったので、俺は呆気に取られて口をつぐむ。


「これは僕の問題なんだ! 君が助けてくれちゃ意味がないんだ!!」


 少年は目も合わせずそう言って、走り去っていってしまった。

 静かな日陰にポツンと一人、残された俺は空を仰いだ。


「なんでこうなるのかな……」


ーーー


 一日が経った。


「昨日は済まなかった!」


 今日も今日とて朝から素振りと筋トレをしていたら、昨日の少年が俺の元にやってきた。


「助けてもらったのに、お礼も言わないで逃げてしまった僕を許してくれ!!」


 少年は深々と頭を下げる。同時に彼の頭のアホ毛も犬の尻尾の様に、シュンと垂れ下がっている。いったいどういう原理だ。


 さて、なんと返事をしたものか。昨日のおかしな反応からして、彼が訳ありなのはわかったが……


「僕こそごめんなさい。邪魔しちゃったみたいで……」


 一定の距離を保ちながら低姿勢で接する。これが最適解だな。プライドの高いやつにはこうしておけば大抵どうにかなる。


「や、やめてくれ! 悪いのは僕だから、君が謝るのはおかしい!!」


 概ね予想通り。彼は頭を下げていた俺の肩を掴んで、ぶんぶんと揺らした。

 しかしこの子……思ったより力が強いな。あの時二対一でも勝てたんじゃないのか?


「わ、わかった、わかりました離してください!! 脳が震えるぅぅぅぅぅぅ」


「あ! ごっ、ごめんつい……」


 とんでもない怪力を見せたかと思えば、今度は口元をグーで押さえて赤面……か。まるで女の子みたいな恥ずかしがり方。顔が良い分美少女にしか見えんな。


「い、いえ……平気……です」


「そう、良かった! 僕はフィン•エルロードだ! よろしく!」


「あ、ディン。ディン•オードです。こちらこそよろしく」


 こうして、俺にとって初めての異世界での友達ができた。


ーーー


「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 雄叫びを上げながら剣を振り上げ、フィンへと迫る。


 間合いに入ったところでフィンに剣を振り下ろすも、彼はまるで残像を残すかのようにして軽快に俺の一撃をかわす。

 『攻撃は受けずに全て避ける』というスタンスを持つ『疾風流剣術』特有の足捌き。なるほど……敵視点だとこんな風に見え——


「あがッッ……」


 空振りで防御がガラ空きになったところで、すかさずフィンの返しの一撃が、俺の顎にクリティカルヒットする。

 激しい衝撃と眩暈。顎ってこんなにダメージ入るのか。

 ていうか強く殴り過ぎだろ……俺の顎が砕けたらどうするつもりだ。鉄製の顎に改造してどっかのガチムチ議員と殴り合えとでも?


「勝負ありだな」


 俺が床にぶっ倒れたところで、ラルドが仲裁に入る。

 くそ、これでフィンとの試合は二十敗だ。


 フィンと仲良くなったことで、俺と打ち合い稽古をしてくれる相手ができたまでは良かった。しかし、これは試合などではない。一方的な暴力だ。

 正面から挑めば、避けられて急所狙いのカウンター。かといって少し様子を見てみれば、怒涛の連撃で攻め落とされる。

 もはや万策尽きた。こいつには勝てない。体格差のせいで不利なのはそうだが、きっと体格が同じでもフィンには勝てない。こいつはそれぐらいに強いのだ。他の生徒よりもセンスがずば抜けている。

 

「さあディン! 今日も素振りだ!」


 爽やかな笑顔と共に、フィンは俺に手を差し伸べた。

 朝イチで俺との打ち合い稽古を終えて、それ以降はずっと筋トレと素振り。これがここ数週間の俺とフィンのルーティンだ。


ーーー


 道場で肩身の狭かった俺にとって、平等に接してくれるフィンという存在は大変ありがたいが、何もいいことばかりではない。いや、むしろデメリットの方が多い気もする。


「ディン! 何度か素振りの手を抜いてたろ! 全部真面目にやらないと意味ないぞ!!」


「はい!」


「ディン! 師範の息子なんだからもっと堂々としたらどうだ!」


「あ、はい」


「ディン! 休憩が長いぞ! 時間を守らなきゃ立派な騎士になれないんだぞ!」


「……はい」


「ディン! 挨拶はちゃんとしないと駄目だぞ!!」


「……」


 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁうるっっせぇぇぇぇぇえっ!!! なんなんだよ毎回俺が何かする度にあれは駄目これは駄目って!

 

 ——といったふうに、道場にいるときは必ずと言っていいほど隣にフィンがいるので、今みたいな小言を滝のように浴びせられているのだ。

 最近じゃ剣が上達するのが先か、俺の気が狂うのが先かの問題になりつつある。


 嫌なら一緒に居るのをやめてはどうか。そう考えた時もあった。しかし、二人組での実戦稽古を軸とするラルドの道場では、どうしても相方が必要であり、その相手をしてくれるのは、自前の石頭と圧倒的な剣の才能、そして鬱陶しい程の正義感で、俺と同じく周囲から孤立しているフィンしかいない。

 本当なら顔を合わせるのは試合の時だけにしたいものだが、そんな『カラダだけの関係』みたいな都合の良いことは、流石に俺も少し気が引ける。


「見ろよ、フィンのやつ今度は歳下に先輩気取りか」


「相変わらず弱いものイジメが好きだなぁ」


 おっと、そんなことを考えていたら今日も始まったようだ。道場の奴らがわざわざ俺達のいる庭まで出てきて『商人のコネ』だとか『優等生気取り』とか、わざとこちらにも聞こえるような声でフィンの悪口を言う会だ。

 全く、酷い負け惜しみだ。途中から入ってきたフィンにボコられたのが気に食わないだけだろ。


「相変わらず子供ですね〜彼らは」


 いじめっ子達を横目にため息を吐きながら、フィンにそう声をかける。

 いくら鉄の心臓と意志を持つフィンでも、毎日のようにこんなことをされていては堪えるだろう。本人の性格にも原因があるとはいえ、流石に気の毒なので少しのフォローは入れておく。


「……君は、どうしてそんななんだ」


 俺の言葉に対し、フィンは無機質な表情と共に、少し震えたような声でそう返した。

 真顔のまま怒ったような声はまずい。ガチ怒りのやつだ。なにか彼の地雷に触れただろうか。

 イジメられる側にだってプライドがある。フォローのつもりだったが、歳下の俺に気を遣われたという事実が彼の自尊心を傷つけていたのか?

 とにかく、ここはかける言葉を慎重に選ばねば……


「いや、別に僕が周りより上だとかいう意味じゃなくて、もうそろそろ大人になれよと言う——あ、ちょっ! どこ行くんですか!?」


 俺が喋り終えるのを待たずして、フィンは走って道場を出て行ってしまった。

 

「しくったなぁ……」


 弁明は失敗。問題は思ったより複雑なようだ。

 手取り早い解決策は……


ーーー


 翌日、フィンは道場に来なかった。

 しかし、彼が居ないこの状況は、問題解決に絶好の機会でもある。


「あ? フィンがどうだって?」


 ということで、フィンが居ないことを知らずに、今日も今日とて野次を飛ばしに来たジルとその取り巻き達に、俺は声をかけた。


「だ、だからこれ以上フィンをいじめたら師範に言いますよ!?」


 そう、イジメや嫌がらせの手取り早い解決策といえば、『先生に言っちゃお〜』作戦だ。チクり魔みたいなことはしたくないのだが、当の本人がなんの被害も訴えずやられっぱなしでは仕方がない。

 正直フィン自体は好きじゃないが、せっかく見つかった稽古相手が居なくなるのは、非常に都合が悪いからな。


「……プッ、ハ、ハハッ、ハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」


 俺の言葉を受けて顔を見合わせた彼らは、なぜか一斉に笑い出した。


「な、何がおかしいんですか!!」


 いや、確かにチクるのはダサいが、相手は笑っていられる状況じゃないだろ。

 ラルドはそれなりにフィンに目をかけているんだ。このことが知れたらきっと——


「師範は何も言わないぜ?」


「……はい?」


「師範はな、何も言わないんだよ。あの人の前でフィンに何しようがな」


 ニタニタと笑いながら、ジルはそう語った。

 意味がわからない。ラルドはフィンがいじめられていることを知っていたのか? 知った上でなぜ放置していたんだ? 

 意図が読めない。たしかに普段からそっけない態度をしているが、さすがに度を越しているだろ。

 ——いや、真偽の程はともかく、今はそんなことを考えても仕方がないな。まずは目の前の問題だ。


「わかったら邪魔すんじゃねえぞ? それとも、今ここで俺にぶちの——あがッッ!?」


 ジルが喋り終えるのを待たずして、俺は彼の腹部目掛けて『岩礫』を放った。中級の中でも比較的簡単な魔術とはいえ、今回は少し威力を上げさせて貰った。下手に手加減しては返り討ちにされかねないからな。


 なに、『チクり魔作戦』が失敗したなら、『俺が裁くッ作戦』に移行すれば良いというだけの話だ。早速ぶちのめしてやろう。


「おいジル大丈夫か!?」


 腹を抱えて膝をついたジルを前に、取り巻き達は狼狽えながらも木剣を抜く。

 テンポの悪い奴らだ。フィンなら今頃俺の目の前まで木剣抜いた状態で迫ってるぞ。


「こ、こいつやりやがったぞ!」


「みんなで囲め!!」


 木剣片手に一斉に飛びかかってきた取り巻きの六人。正面から挑めばまず勝てないだろう。

 しかし、こちらにはそれなりの準備があるからな。何度も何度も家でシミュレーションしたんだ。前みたいにビビったりはしないぞ。


 まず、風魔術の圧縮放出で推進力を得て、後方へと高速で退避! 包囲網は作らせない。


「うわっ!? なんだこの風はッ!!」


「おい! 逃げやがったぞあいつ!!」


 いいや逃げてない。第二フェーズ、距離をとったところで、あらかじめ土魔術で作成して懐に忍ばせておいた撒菱を、奴らの足元にばら撒く。


「おい卑怯だそ!! ちゃんとたたか——うわ熱ぃぃぃいッ!!!」


 撒菱に警戒して一瞬その足を止めた取り巻き達に、間髪入れず炎と水の混合魔術で作った熱湯をぶっかける。さすがにちゃんと狙う余裕もないのに『岩礫』を放つのは危ないからな。

 よしよし、撒菱は大活躍だ。わざわざ徹夜して作った甲斐があった。


「卑怯……? 大人数で寄ってたかって無抵抗の相手を攻撃するのは卑怯じゃないんですか?」


「う、うるせぇ!!!」


 熱湯を被って倒れた仲間を前に、他の取り巻き達は剣を構え直した。

 意味がわからん。剣を構えれば熱湯が防げるわけでもなかろうに。


「そういえば、師範は人をいじめても何も言わないんでしたっけ?」


 カタカタと手を震わせながら俺に木剣を向ける取り巻き達に、そう問いかける。


「ッ……」


 いじめっ子達の答えは沈黙。そして沈黙は肯定と受け取ろう。

 この際だ。二度とフィンにちょっかい出したくなくなるように、とことん脅しておこう。


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