第58話 ごめんなさい
「だからさ、その女は内通者だと言ったんだ」
静寂と埃が部屋一帯を包む中、リディの口から衝撃的な一言が発せられた。
「は?……」
「隊長、それはどういう……」
「ッ!!……」
ガタンっと、セコウが慌てて席を立つ。
エドマは動かない。床に手をついたままずっと下を向いている。
「2度も同じことを合わせないでよ、エドマは敵と内通している」
そう言ってリディは笑う。
意味がわからない。
流石に笑えない冗談だ。
リディは何が面白くて笑ってるんだ?
あのエドマだぞ?
いつも優しく笑いけてくれて、みんなの身の回りの世話を甲斐甲斐しく焼いてくれる。あまり絡みのない俺だって、エドマが良い人だってことぐらいわかる。
そんな人が何だって?……
「ははっ、流石に笑えないっすよ隊長」
ポリポリと頭をかいて苦笑するロジーに、リディが凍てつくような目線を向ける。
「俺が、そんな冗談を言う奴だと思うの?」
「ッ…………
すんません……なんでもないっす……」
息が詰まる。
空気が冷たい。
耳鳴りがする。
でもまずは聞かなきゃ始まらない……
「……ど、どうしてエドマさんなんですか?
ていうかそもそも内通って……」
「ディンはおかしいと思わなかったの?
君とセコウ、そして俺が襲撃されるタイミングが出来過ぎていた。
あれだけ広い王都だというのに、ピンポイントでディンとセコウを狙っていた。
変装している筈の二人の特徴が割れてなければ、まずできない芸当だよ」
そういえばそうだ、あいつらは最初から俺らを狙っていた。
顔も確認せず、躊躇なく必殺技を撃ってきたしな。
「ロジー」
「あ、はいっ……」
「昨日エドマはどこにいたかい?」
「!……」
リディがロジーにそう尋ねると、エドマの目が泳ぎ出した。
「隊長達が出てすぐにどこかへ出かけましたね……
跡をつけろって言われたから、つけてましたが、途中で変な古い建物に入って、自分が跡を追って店に入る頃にはもう見失ってたっすね。
店の奥にはなんか変な魔法陣があったっす。
深追いはしなくていいってんで、それ以上は調べなかったっすけど」
「え、それって……」
古い店、突然消える……
記憶に新しい光景だ。
「そうだよ、彼女も俺達と時を同じくして、迷宮施設〝エデン〟にいたんだ」
「っ……そんな……あなた達も……」
エドマが顔を青くして、声を漏らす。
「向こうで見かけてまさかとは思ったけど、ロジーのお陰で裏が取れたよ」
「私は変装も感知対策もしてたのに……」
「ははっ、生憎、俺は目が良いんでね。
それにおかしいでしょ。元々〝エデン〟は外部と遮断されてるのに、わざわざ感知対策してるやつ。「内部に会いたくない奴がいます」って言ってるようなものだよ?
ていうか、ただの王宮召使いが感知対策やら変装と、やらと凝りすぎなんだよ。誰の入れ知恵かな?」
「……」
「まあ、言わないか」
まじかよ……
ならあの時最後まで目的地を言わなかったのも、帰りにどこに行ってたか秘密にさせたのも……
いや、そもそもあの店を選んだのも……
「それで俺に跡をつけさせてたんすね……明るいトーンで言うもんだから、てっきりセコウさん関連かと……」
そう話すロジーの声は、段々と小さくなっていった。
「そりゃ残念、見当違いだ。
ところでセコウ、何か俺に言うことがあるんじゃないのかは?」
セコウは先ほどからずっと黙っている。目線も定まっておらず、息も少し乱れている。
それもそうか、エドマに思いを寄せていた分、1番ショックが大きーー
「セコウさぁ、エドマが内通してること知ってたでしょ」
「!……
そ、それはっ……隊長それは…………」
「言い訳を聴くつもりはないよ。
俺から言うことは一つ、お前がエドマを殺すんだ」
「は!?」
殺す?……
殺すって言ったよな?
なんで?
「エドマさんにだって言い分はあるんじゃないですか?
そんなすぐーー」
「ディン。
俺は今はセコウと話してるんだ」
「ッッッッ……!!」
初めてリディに殺気をぶつけられた。
つま先から頭までが凍りつくような感覚だ。
足が勝手に震えて動かない。
次に口を開いたら首でも飛ばされるのではと思った。
エドマも震えてるじゃないか……なんとか言えよセコウ……
「知ってて抱いたんでしょ?
惚れた女のケジメくらいつけなよ」
「……殺すなら私を」
セコウの声は震えていた。
「却下。
聴こえなかった?
俺はエドマを殺せと言ったんだ」
「ッ……」
殺すのか?……
本当に?
今までずっと一緒にやってきたのに?
彼女にだって何かわけがあるだろ?
「……無理か。
なら数分時間をあげるよ。
俺達は一旦外すから、その間に二人で覚悟を決めな」
セコウはずっと下を向いていて表情がわからなかったが、流血するほど強く握られた拳を見て、なんとなく想像ができた。
「ディン、ロジー、聞いてたでしょ。
一旦部屋を出るよ」
「……はい」
部屋を出てから3分が経過した。
廊下に立って時間が経つのを待つ間、俺は何をすればいいのか分からず、ずっと黙って立ち尽くしていた。扉から漏れるエドマの嗚咽と、ただひたすらに「ごめん」と謝るセコウの声を聴きながら。
終始丁寧語に徹していたセコウが、この時だけ口調を崩していた。
「さて、そろそろ時間だ」
扉の前で貧乏ゆすりをしていたリディが、取手に手をかける。
「……王女には言わなくて良いんですか?」
「とっくに話している。王女も了承済みだ」
マジかよ……
王女にとってエドマは姉のような存在じゃなかったのか?
薄情にも程があるだろ。価値観の違いか?
「セコウ、腹は決まったかい?」
リディは扉越しにそう言うと、勢いよく扉を開け、再び部屋と足を踏み入れる。
「…………はい」
セコウは震える手を抑えながら、リディの方に顔を向けた。
「そうか……それがお前達の答えか」
「はい……」
「はぁぁ……」
リディが目頭を抑えながら、大きなため息を吐いた。
意味がわからない。
どう見てもセコウがエドマを手に掛けようとしている雰囲気なのに、どこにため息を吐く要素があるのだろうか。
「隊長」
「……何?」
「ありがとう……ございます」
セコウは引き攣った笑みを浮かべながらそう言うと、腰の剣をゆっくりと引き抜いた。
「え!?
ちょっっっーー」
「……ごめんなさい」
セコウの振り下ろした剣がエドマの首に触れる直前、彼女はボソリとそう口にした。
俺の頬に、べったりと血が跳ねた。
部屋の天井が一瞬にして真っ赤に染まった。
リディはとても寂しそうな、悔しそうな顔をしていた。
自分で殺せと命じておいて、なんて顔してるんだと思った。
俺はしばらく、何も考えられなかった。