第55話 思わぬ再開
「美味しいですね。これなんていう料理ですか?」
口いっぱいに料理を頬張りながら、俺はリディに尋ねる。
「豚を煮込んだやつじゃなかったかな。酒とか調味料で」
「へぇ〜、あとで再現してみますね」
アスガルズの料理は前世で言うところのフレンチに似ているが、俺とリディが今食べているものはそれとはまた少し違う。
うーん、強いて例えるならチャーシューかな。
かなり美味い。つまみとしては一級品だ。
「再現できそうなの?」
「ええ、まあ、多分」
「それは私も楽しみです。ディン殿の料理は好きですから」
軽く口元を拭きながら王女が笑う。お世辞かどうかはわからんが、素直に褒め言葉として受け取っておこう。
「光栄です。それより……」
「どうかなされたのですか?」
「あ、はい。
話が戻ってしまいますが、まだこの店のことリディさんに聞いてないので」
「あー、それね……」
リディはそう言って、面倒くさそうに、ポリポリと頭をかいた。
さっきからずっと周りを見ていたのだが、この店の客には違和感がある。
ここにいる客の殆どは、身なりから貴族の地位ーーもしくはそれに相当するものだと推測できるのだが、〝服が地上の奴らと違う〟のだ。
服なんか違って当たり前だろうと思うかもしれないが、今回に限っては本当にそうとしか言いようがない。
この数ヶ月の旅の中で見かけたアスガルズ国民の服装は、男女共に一貫して〝白〟を基調としたものばかりだった。
国全体で建物の色を揃えている辺り、恐らくは宗教的な理由で統一しているのだろう。
セコウ曰く、貴族はさらに熱心で、服装までも白や赤で統一しているとのことだ。
だが、ここにいる客には誰一人としてその格好をしているものはいない。
むしろ、普通に露出のある服を着ている人もいる。あれほど露出のある服を嫌うこの国では、明らかにおかしい光景だ。
他国の人間って可能性もあるが、身につけている装飾品や、仕草、言語などはアスガルズのそれなので、可能性は薄い。
「別に面倒臭いなら話さなくていいですけど……」
「いや、社会勉強は大事だからね。話すよ」
「ありがとうございます」
「そもそも、アスガルズとミーミルは同じ国だったのは知ってる?」
「ええ、以前聞きました」
「んで、分裂前の国は魔族排斥主義だったのよ」
「へぇ〜、その時も今のアスガルズと同じような理由で魔族は追いやられてたんですか?」
アスガルズで魔族排斥主義がとられているのは、国の成立当時から行われている魔大国との領土争いにおいて、味方陣営の士気と結束力を高めるためだからだと、ザモアは言っていた。
前世でも共通の敵を作って人々を先導した独裁者がいたくらいだしな。
統治の手段として、宗教と差別の相性は抜群なのだろう。
「さあ……そこの理由はよくわからない。
なにせ古い文献には、400年よりもっと前から、魔族とは中が悪かったと書いてあるから」
「400年前って言うと、あの英雄王がいた時代ですか?」
ラルドがくれた本のやつだよな。
ユグドラシルがうんたらとかいうやつ。
なんかあの本の内容忘れてきたな……どんなだったっけ。
「そうだよ。
彼が魔族排斥主義を否定したことで、分裂戦争が起こって今に至るんだからね」
「へぇ〜、正義感の強い人だったんですね」
「正義感?
冗談はよしなよ、彼が英雄なのは伝記や御伽話の中だけだ」
「実際はそんなに強くなかったってことですか?」
「強かったよ。
十代目剣聖が弱いわけないだろ」
剣聖流の最高峰か……たしかに強そう。
「じゃあ今の言葉はどういう意味なんですか?」
「彼は英雄ではなく大量殺人鬼だ。
分裂戦争で捕虜となったアスガルズの兵士約十万人を皆殺しにしたんだからね。
果たしてそれは英雄ーー正義かな?」
「……どうして、そんなことをしたんですか?」
「一説じゃ、その戦争で戦友だった冥助王を殺されて怒り狂ったってのがあるよ。
まあ報復と言ったところかな?」
「冥助王って、たしか呪詛魔術師の……」
最高峰の呪詛魔術師に与えられる称号だよな。ラトーナが成れそうなやつ。
俺もなんかそういう肩書きが欲しい。
こう、龍神の右腕とか、銀の死神とか、憤怒の罪とかさ。
なんか龍ばっかだな。まあいいか。カッコいいし。
「報復に10万近くを皆殺しって……そんなに仲が良かったんですかね」
「史実には魔族だったとしか書いてないけど、結構仲が良かった風に書かれてるから、もしかしたら二人は恋仲だったのかもね。
それなら王が魔族排斥に反対したのも、彼女を殺されて怒り狂ったのもある程度合点がいく」
そうか、女だった可能性もあるのか。
「ああ、それありそうですね……
でも蘇生とかできなかったんですかね。
彼自身、色んな魔術を生み出していたと聞きますし、セコウさんみたいな魔術を使う人がその時代にいてもおかしくないと思うんですよ」
「セコウの魔術ね……」
「セコウさんの〝時間を巻き戻す魔術〟なら、そんなことも出来ちゃいそうですよね」
「……」
突然、リディが腕を組んで天井を見つめ出した。
「どうしました?」
「……無理だね」
「え?」
「『遺産』を生み出した王ですら、死者蘇生は叶わなかったんだ。
〝この世〟にそんな魔術はないだろうね。
現にセコウの魔術だって、時間を戻せるのは物のみ。しかも良くて1日程度の巻き戻し。
結局のところ、人間は壊す生き物でしかないってことさ」
なんだ……そんな制約があったのか。
でも時間に関わる魔術って凄いよな。
この世界のルール的に考えると、その時間魔術も既存の魔術の派生ってことになるが、いったいどの魔術が基になってるんだ?
どっかの消防隊の理論でいけば、時間系は火魔術の派生ってことになりそうだけど……どうなのかな。
「死者蘇生は不可能なんですかね……?」
セコウの魔法式をちゃんと読み解ければいけそうな気もするんだよな。
まあ、彼曰く感覚でやってるから魔法式も詠唱もないんだがな。
「……できたら俺がとっくにやってる」
「ぁ……すみません」
「いいさ、それに子供のうちから気なんて遣うなよ。
謝るのは惚れた女泣かした時だけにしな」
「もう、その女に好かれてるかどうかすら怪しいですけどね、ははは……」
今更だが、ラトーナからすれば俺は、自分を置いて急に何処かへ消えた人なんだよな。もしかしたら……
いや、十中八九嫌われてる。
そう考えると、なんだか再会が怖くなってくる。ていうか再開したラトーナの隣に見知らぬ男でもいたら、俺のメンタルが持つ気がしない。
「あ、ごめん……」
珍しく、リディが気まずそうに俺から目を逸らした。
「いや、いいんですよ。僕が悪いんですし」
「だね」
いや即答かよ。
「……そこは否定して励ましたりしてくださいよ」
「はははっ、ごめ〜ん」
『……』
「……王宮では第二言語として魔神語を習いますし、先ほどのはあり得ない話ではないと思います」
会話におかしな間が生まれたところで、王女が話題を変えた。
彼女の表情は若干引き攣っている。空気を壊してしまったようでなんだか申し訳ない。
以後気をつけよう。
「冥助王と英雄王が恋仲だったかもって話ですよね?」
「ええ、それどころか肉体関係があったのではと思ってます」
と思ったら、こっちはこっちで重そうな話来たわ。
10歳くらいの女の子がなんて話持ち込んでんだよ……
「え、それってどういう……」
「あくまで推測ですが、私を含む歴代の王家は、彼女と英雄王の間に生まれた子の子孫なのではということです」
「そう思う理由は?」
「クロハですよ」
「はい?」
「たまたまの可能性の方が高いですが、私の顔とクロハの顔つきは非常に似ています。
それに、クロハの一族の名前の付け方と、我々歴代王家の名前には似ている部分が多いです」
「つまり……」
「はい。
私達ミーミル王家とクロハの一族は共通の先祖がいるかも。ということですね」
「そんなことあるんですかね……」
「仮説に過ぎませんが、リディの話を聞く限り、あり得ないことではないでしょう」
よかった、そんなに重い話じゃなかった。
「どうしましたリディさん?
そんな怖い顔して……」
「んえ?
ああ、なんでもないよ。
それより話を戻そう」
「あ、はい」
「この施設のことだけど、ここは過去の文化人達が遺跡を改良して作ったんだよ」
「文化人?」
「そう。
分裂戦争が起きるまでは、国の教義による文化の束縛は大して強くなかったんだ。
絵画、肖像画、彫刻、音楽、娯楽、他にも色々あるけど、アスガルズという国になってからは、これらに厳しい規制が入ったんだよ。魔族の文化に似たものは徹底して禁止したりね。
そんな国のやり方に反発して、ここができたの。
ここじゃ国の目も届かないから、賭け事や創作は自由なのさ」
「へぇ〜」
「ここのレストランフロアには、そこら中に絵が飾られてるだろ?」
そう言われて、辺りを見回す。
たしかに、柱とか壁とかに、色々な絵が飾られている。
「それらは全部ここで作られたもので、このフロアで発表されてる。被写体が魔族の絵もあるでしょ?」
「ありますね……」
「ここは自由の楽園。まさに〝エデン〟ってことさ」
「なるほど、じゃあここの客は少なからず、今の国のやり方に疑問を持ってる人達なんですね?」
「そういうこと♪
これだけ厳しく統治されている国だって一枚岩じゃないのよ」
それもそうか。
平和な感じのミーミルでさえ、蓋を開ければ四大貴族同士の激しい権力争いの場なんだ。
「みんな、はやい……」
料理を食べていたクロハが、突然スプーンを置き、困ったような顔でそう言った。
俺がロリコンだったら1発で消し飛びそうな表情だ。
一応断っておくが、俺はロリコンじゃないからな。
「は、はやい?……」
速いってどういう意味だ?……
「ん? ああ、ごめんね」
「これは失礼しました」
下を向くクロハに対し、リディと王女はそう言って微笑んだ。
どうやら二人は、『速い』の言葉の真意がわかるらしい。なんだか俺だけまた置いてかれた気分ーーって、あ……そういうことか。
「もう少しゆっくり喋るよ、ごめんなクロハ」
そうだ。この子もまだ俺達の言語に慣れてない。
こんな短期間で喋れてる時点で凄い方なんだ。普段の速度で会話されちゃ聞き取れないよな。
「……」
俺がそう言うと、彼女はプイッと目を逸らした。
やはり、まだ面と向かって彼女と話すことは難しいようだ。
でも前よりかは、俺に対する態度が柔らかくなっている気もする。
気のせいかな。いや、そんなはずはない。
「とまあ、話はこんなもんで、料理も食べ終えたことだし。他のフロアに行ってみる?」
訪れた静寂の間に耐えかねたかのように、リディが席を立つ。
「……そうですね、私は見てみたいです。
クロハとディン殿は?」
「……いく」
「あ、僕は先にお手洗いに行かせてもらいます。
場所だけ教えてもらえれば後から行きますよ」
「わかった。
トイレはこのフロアの一個下の賭博フロア。俺達はさらにその一つ下の階にいるね」
「わかりました」
「じゃあ行こうかみんな」
ーーー
「うっへ〜、危うく漏れるところだった」
トイレまでは思っていたより距離があった。
まさか1フロアが学校の体育館か、それ以上の広さだったとは……
前世では考えもしなかったが、この世界はどこにでもトイレがあるわけじゃないから、漏れそうになる場面が多々あって非常に不便だ。
今回も例に〝漏れず〟めちゃくちゃ焦った。
「ふぅ……
ていうか、カジノかよ……ここ」
トイレから出て、改めてこのフロア一帯を見回してみると、そんな一言が口から溢れた。
どこを向いても、目に映るのは積まれたコインと、汗を額に浮かべながら卓を睨む人々。まさに、俺の中にあるカジノのイメージだ。
生前はそう言ったところに縁がなかったので、結構気になっている。ちょっと寄り道しようかな……
「よ!」
そんなことを考えていると、背後から肩をポンと叩かれた。
「?……
どなたですーーって、あ!」
肩に置かれた手を辿るようにゆっくりと振り向くと、そこには見覚えのある男が立っていた。
職に似合わず、妙にガタイのいい男だ。
「よお、兄ちゃん」
聴き覚えのある声と笑顔だ。
「セリさんじゃないですか!!!」
護衛メンバー お互いに抱いている印象
『セコウ』
エドマと致す時はもうちょい静かにしてもらえないかな、アスガルズの宿って全体的に壁が薄いからさ byリディ
任務中に恋愛たぁ呑気なもんだぜ(僻み) byロジー
優しい。どっかの二人とえらい違い。 byディン
エドマが最近楽しそうなのでなによりです byクロエ
眼鏡の人のご飯おいしい。 byクロハ
……優しい方です。お慕いしております byエドマ
『ロジー』
いびきがうるさいんだよね、アスガルズの宿ってーー(以下略 byリディ
ムードメーカーとしては役に立っている byディン
言語を教えてたのがつい昨日のことのよう byセコウ
ちょっと怖い。でもこの前頭を撫でられた byクロハ
声は大きいけど、結構優しい方です byクロエ
高圧的に見えるが意外に紳士 byエドマ




