第54話 エデン
「そういえば、エドマさんは連れてこなくて良かったんですか?」
人に賑わう大通りを四人揃って歩きながら、それとなく王女に話しかける。
先程から俺はリディと話すばかりで、場の空気が偏っていたからな。
でも、いきなりクロハに話しかけるのはハードルが高いので、王女を選ぶ。
そう、俺はチキンだ。
歳下の女の子と話すだけでアガッてる、揚げ鳥なのだ。助けてくれカーネ○サンダース。
「ええ。
別にあの人がいなきゃ何もできないってわけではないのですよ?」
「あ、これは失礼いたしました……」
「良いのですよ、それに……」
「それに?」
「少しはあの人にも休んでもらわないと」
そう言って、王女は申し訳なさそうに笑った。
「そういえば、エドマさんとはどういう関係なんですか?
普段の様子を見ていると、かなり仲が良さそうで、ただの主従関係には見えないのですが」
「関係ですか……
一言で表すなら、エドマは私にとって姉のような存在です」
「姉?」
「ええ……
エドマは私の母に付いていた使用人の子でしてね、幼い頃から私と一緒に育ってきました」
幼馴染の兄弟分。俺とアインみたいなもんか。
まあこっちは歳下の俺が兄貴分みたいになってたが。
「私のせいで、ここのところずっと無理をさせてしまいましたからね……」
「……」
『そんなことはないよ』と否定するのは簡単だ。
だが、彼女の寂しそうな顔を見ていると、それはあまりにも無責任な発言だと思ったのでやめた。
彼女にも彼女なりの考えがあるのだろう。
「……それより」
王女がズイッと、俺の耳元に顔を近づける。
高級感のある香水がフワッと香る。
「うわっ、えっ、はい?」
心臓の鼓動が速まる。
やばい、美人が俺に耳打ちしてる……
「クロハと仲良くなりたいなら、私ではなく本人に話しかけなくてはダメですよ?
今日は私も忙しいので、フォローはあまりできませんしね」
王女はそう言って優しく笑うと、俺から離れてリディの隣を歩き出した。
素なのかわざとなのかは知らないが、こんな仕草ばかりやられたら、勘違いしてしまいそうだ。
ダメだダメだ……俺にはラトーナがいる。
「耐えろ俺……」
「何かおっしゃいましたか? ディン殿」
「は、いっ、いえ……」
それにしてもリディめ……
左には王女、右にはべったりとクロハ。両手に花とはまさにこのことだ。
許せん。
これじゃ俺が浮いてるじゃないか。いや実際浮いてるけどさ。
クロハがリディにくっつくのは、『見知らぬ土地に慣れてなくて緊張している』という理由があるからまだわかる。
問題は王女の方だ。明らかに俺と話してる時とは違う表情。
俺はこの表情、この目を知っている。
恋する乙女の目だ。
おかしいだろ、リディだぞ?
普段やってることなんか俺と大して変わらないぞ?
なんだか負けた気分だ……
「……」
そんなことを考えながら、ハーレム状態のリディを一人寂しく眺める。
なんだか今日はついてない日になりそうだ。
ーーー
「ここですか? 高い店っていうのは」
「そうだよ」
いかにも西部劇に出てきそうなボロい酒場を前に、リディは得意げに笑う。
「へ、へぇ〜」
想像と大きく違ったのもそうだが、なんというか、街の雰囲気に全く合っていない。
色はしっかりと白に統一されているのだが、煉瓦造りの建物が立ち並ぶ中にポツンと木造……街の中心部からかなり外れているとはいえ、すごく違和感がある。
どうしてこんな建物が残っているのだろうか。
「……」
王女とクロハも店を見てから一気に口数が減った。コメントに困っている。
良かった、俺の反応は正常なようだ。
「何突っ立ってるの? 早く中入るよ」
「あ、はい……」
リディはどうしてこんなにも平然としているのだろうか。
明らかにこの店の外見は、高級の対義語にありそうなのに。
顔が真面目すぎて、もはやからかっているのかどうかすらわからない。
頼むから冗談であってくれ。
リディに連れられて、酒場らしき店の扉をくぐる。
「あれ? 誰もいないじゃないですか」
店の中は一般的な酒場と全く同じ内装。しかし、そこに人の姿はない。
まるで幽霊屋敷にでも足を踏み入れたかのようだ。
「当たり前さ、ここはただの入り口なんだから」
そう言うと、リディは突然しゃがみ込んで足元の敷物を引っ張り始めた。
「ディン、この敷物どけるからちょっとどいて」
「え? あ、はい」
敷物から足をどけ、リディがそれを引っ張り上げると、驚くものが目に入った。
「これ……魔法陣ですか!?」
カーペットらしき敷物の下には、大きな魔法陣が隠れていたのだ。
「そうだよ。とりあえずみんなこの上に乗って」
リディに促されて、3人揃って魔法陣の上に乗ると、リディが詠唱を始めた。
「ちょ、これなんですか?」
俺の言葉に構わず、リディの詠唱は続き、魔法陣が段々と光を帯びる。
「ーー飛ばせ〝エデン〟」
『!』
リディがそう口にした瞬間、魔法陣の光の強さは頂点に達し、俺の視界は暗転した。
ーーー
「着いたよ」
『……!』
リディの声を聞いてそっと目を開けると、目の前には別空間が広がっていた。
グラスのぶつかり合う音、ズラリと並ぶ白いテーブル、賑やかな客達の話し声、それらを店の雰囲気として綺麗にまとめ上げる楽器の演奏。そして以前の社交会にも劣らない優雅な装飾。
まさに高級レストランだ。
「ここは?……」
「この街の地下にある大規模施設だ。
飯は勿論だけど、賭け事の場や見せ物も充実してるんだよ」
マジかよスッゲェ……
見渡せるだけでもここかなり広いぞ……
「なんでこんなのが地下に?」
「それは後で話すよ。今は席を取ろう」
そう言ってリディは、慣れた足取りで店を巡回している店員の元へと向かうと、チケットらしきものを貰って戻ってきた。
「席はとったから、みんな着いて来て」
「あ、はい……」
「ええ、わかりました」
「……」
クロハが目を白黒させているのに対し、王女は終始落ち着いている。
ひょっとして、この施設の存在を知っていたのだろうか。
ーーー
「さてと……みんな何頼む?
俺の奢りだから好きなの頼んで良いよ」
なんだか今日のリディは嫌に優しいな。こう言ったら失礼かもしれんが、頭でも打ったのか?
女がいる手前、見栄を張ってたりするのかな。いや、リディに限ってそんなことはないな。こいつは男女問わず人をおちょくる、歩くセクハラマシーンだ。
「いや……何と言われても、メニューに何があるかわからないので、僕はリディさんと同じので」
この世界の店ってメニュー表的なの物を置いてないところが多いから、勝手を知らない俺は、いつも仲間が頼んだものと同じのしか頼めない。
非常に不便だ。
「そう、わかった。じゃあクロエとクロハは?」
「私は『ノヴィ•キプト』とスープをいただこうと思います」
リディの問いに、王女は素早く答えた。
そして、なんか全然知らん単語も出てきた。
ていうか、どうしてメニューを知っているのだろうか。ひょっとして知らないの俺だけ?
「クロハはどうすんの?」
「……」
リディの問いに対し、クロハは下を向いたまま口をつぐんでいる。
だいぶ困っているようにも見える。緊張しているのだろうか。
「リディさん、魔神語で聞かないとわからないですよ」
全く、こういう時の配慮はまだ甘いんだよな、リディは。
「ん?
ああ、クロハはもうある程度ミーミル語わかるよ」
「え?」
「あら?
ディン殿には伝えていませんでしたっけ?」
「……はい、全く。
みんなはこのこと知ってるんですか?」
「ロジーもセコウも知ってるよ〜」
近くの店員を手招きしながら、リディが笑う。
「……」
まただ。クロハの名前の件といい、また俺だけハブられた。なんなのかな、そんなに俺って影薄いかな。
「まあ、拗ねるなって!
喋れるようになったって言っても最近のことだし、ディンはここのところ一人でいることが多かっただろう?」
……まあ、言われてみればそうか、必殺技の習得やら剣の一人稽古、フィノース対策ばかりやってたからな。
「……そうですね」
「まあとりあえず、料理を待とう。
話はそれからだ」
料理か……リディと同じのにしてくれと言ったが、どんなのだろう。
護衛メンバー お互いに抱いている印象①
『リディ』
あの性格さえ直せば欠点なし byディン
そろそろ勝ちてえ byロジー
個人的に顔がドタイプ byクロエ王女
謎が多い人だ byセコウ
色々教えてくれる良い人 byクロハ
なぜ私のスリーサイズを知って……byエドマ
『ディン』
面白い、将来を凄く期待してるよ byリディ
手合わせに誘うと逃げられる。何故だ byロジー
真面目なやつだ、魔術に驚きっぱなし byセコウ
私あんな感じの弟が欲しかったんです byクロエ王女
最近料理を習ってます。凄い方です byエドマ
……なんて言えば良いかわからない byクロハ




