第50話 覚悟と成長
「なんだ、最後の足掻きか? 何が来ようと、神槍で打ち砕いてやーー」
男がそう言いかけた瞬間、その首が宙を舞った。
それと同時に、俺にかけられていた魔術が解け、顔をすっぽりと覆っていた水の塊は、弾けて霧散した。
「ガハッッ……ッハァ……おぇ……ゲホッ……」
「随分ギリギリじゃねえか、ディン」
屋根に手をついて咽せ込んでいると、覚えのある声が聞こえた。
「 ロジーさん!!」
顔を上げると、俺の目の前には、剣についた血を払っているロジーの姿があった。
「どうしてここに!?」
ロジーはホテルにいたはずだ。
ていうか、ロジーがこんなに頼もしく見えるのは、この状況のせいだろうか。
そうであってほしい。俺が女だったら今確実に惚れていた。
最悪だ、今のなし。忘れてくれ……
「隊長が急に血相変えてよ? おそらく南側にいるから、お前らを探せって言うもんだから来てやったんだよ。強い光が見えたから遠くでもすぐわかったぜ。お前がいるって」
「そうでしたか……」
ん? 待てよ?……
『リディが血相変えて』って、どういうことだ?
「ッ……クロハに何かあったんですか!? 無事ですか!?」
「お、おう……無事だよ。どうした急に」
「そ、そうですか……いえ、なんでもありません」
よかった、クロハは無事か。
じゃあなんでリディはわざわざロジーに俺を探せって言ったんだ
「ディン! 無事か!」
ロジーの言葉に安堵して尻餅をついていると、セコウが戻ってきた。
「セコウさん! 相手は倒したんですか?」
「いや、相方が死んだ途端、一目散に逃げていった」
「逃してどうするんすか!」
敵に逃げられたにも関わらず冷静なセコウに腹を立てたのか、ロジーが突っかかる。
「深追いするわけにはいかないだろう、 既に騒ぎが大きくなり過ぎている。ディン、今すぐ死体を燃やして霧を撒いてくれ。急いで撤退する。動けるな?」
「……はい」
セコウに促され、慌てて立ち上がる時、転がっている敵の首と目が合った。
死体には慣れそうにない。 この鼻をつく鉄の臭いが最悪だ。
ーーー
敵からの追撃は無く、俺達は無事ホテルへと帰還した。
「ーーと、言うわけで。相手の1人は逃亡しました」
高そうな机を前にして、セコウは事の顛末をリディに淡々と語った。
「なるほどね」
リディは終始真顔、驚いた様子もない。
何かこう……流れ作業をやっている時のような、冷たい表情だ。
いつもながら、全く考え読めない。
「あとは、我々の情報が漏れていたことですね」
情報漏れ……確かに、敵は俺たちを待ち伏せしていたかのような現れ方だった。
事前に俺たちが通るルートを把握していなければ、できない芸当だもんな。
「りょーかい。そっちは俺がなんとかしとくよ。お疲れ、三人とも」
高そうな椅子をキーキーと鳴らしながら、天井を眺めているリディはそう言った。
「おいディン」
「なんですか? ロジーさん」
報告が終わり席を立つと、部屋の隅に腰をかけてずっと黙っていたロジーが、突然口を開いた。
「お前、やる気あるのか?」
そう言われて、一瞬背中が熱くなった気がした。
「やる気……ですか?」
「ああそうだよ。
クロハの薬買うって言って出てったのに、お前道草してたんだろ?」
「……はい」
そうだな……道草してた。
そりゃ怒られて当然だよ。
緊張感と危機感がなかった。
完全に俺が悪い。
「いや、そこにはあまり怒ってねえ。道草は俺でも隊長でもやりかねねえしな」
眉を八の字にして首を傾げる俺を前に、ロジーはため息を吐いて続ける。
「俺が聞きたいのは、どうしてすぐに相手を殺そうとしなかったのかだ」
殺すという言葉を聞いて、一瞬心臓が止まった気がした。
嫌な記憶が蘇ってくる。
「……僕が手を抜いてたって言いたいんですか?」
「ああ、そうさ。お前はもっと早く敵を処理できたはずだ」
そんな筈はない。俺は全力だった。
周りの被害を出さないようにとか、セコウに当てないようにとか、相手に警戒したりとか、そういうの込みで全力だった。
「街の被害を考慮するのはわかる。でもお前なら被害を最小限に抑えつつ、相手を殺せる手段はあっただろ? そうすれば、わざわざ敵の攻撃なんか喰らわなかった。例えばよ? すぐさま閃光で動きを止めて、そのまま岩砲弾を撃ーー」
「閃光は準備に時間がかかるんです。奇襲された上に、『神槍』の回避に専念していて使う余裕がなーー」
「じゃあよ!? その魔法を掻き消す威力の魔術を撃てばよかっただろ。お前ならそれができーー」
「やりましたよ! それをやったせいで、相手の術中にハマったんですよ!」
くそ、何を怒ってんだ俺。
ロジーの言ってることは正しいだろ。
「じゃああの閃光はなんだ! あれで相手の動きが止まってるうちに殺せただろ! 多少デカめの攻撃を撃てば相手は避けられなかったはずだ! そうすればセコウさんに加勢して逃げられずに済んだかもしれなーー」
「ッ……僕だって真剣にやってましたよ!!」
なんでだよ……
俺だって真剣にやって、死にそうになって、怖かったのに……
なんでそんなに怒るんだよ……
「お前のせいとは言ってないが、お前に殺す覚悟がちゃんと有れば、状況が変わってたって話をしてるんだ!
誰もお前のペースに合わせてなんかくれないんだよ、言い訳すんな!!」
気づいたら、部屋の扉に手をかけていた。
「あ、おい! まだ話は終わってーー」
俺は力一杯扉を蹴り開いて、あてもなく走り出した。
ーーー
「んぐっ……んぐっ……っプハァァァ! うぅ……もう一杯ぃ!」
空になった杯を机にガンと叩きつけて、厨房奥の店員を呼びつける。
「げっ……まだ飲むのかよ……ガキがそんなに飲んだら死んじまうぞ」
大量に積み上げられた空の杯と俺の顔を交互に見た店員が、声を漏らす。
「イイんですよ、金はあるんですからとっととください! ていうかなんですかここの酒は! 全然酔えないんですけど!
ひょっとして水で薄めたりしてないでしょうね?」
「んなことするわけねえだろ! ここで1番高えし、1番ドギツいヤツだよ!」
「ええぇぇぇ……んじゃあやっぱもっと飲むしかーー」
「そんなに飲んだら、クロハに酒臭いって嫌われるんじゃない?」
俺の言葉を遮るようにして、その男は突然現れた。
「リディさん……」
こんなにおどけた雰囲気の声の主は一人しかいない。リディだった。
「やけ酒とは、随分おっさん臭いいじけ方だねぇ。本当に9歳……?」
ニタニタと面白おかしそうな笑みを貼り付けた彼が、俺に問う。
「……どうしてここがわかったんですか」
「俺は勘がいいからね〜 相席……良いかな?」
そう言って、リディは机を挟んだ向かい側にドカりと座った。
「返事聞く前に座ってんじゃないですか……」
「うわ酒臭ッッッ! 一体何杯飲んだのさ……」
「……20杯から先は数えてないです」
「あっ、店員さん俺もこの子と同じの一つ」
「俺の話聞いてます?」
「ん? え、あぁうん。向かいの席の子のおっぱいがデカいって話でしょ?」
「もう帰って下さい」
「…………ラトーナ」
「!」
「ってさ、君の知り合い?」
「……」
俺は黙ったまま、首を縦に振った。
「ひょっとして、その子のこと好きだった?」
「……だったらなんですか?」
「え、なに? 周りの声がうるさくて聞こえないな。今なんて言った?」
「好きですよ! だからなんですか!」
からかいやがって……
俺達以外の客なんて数人しかいないだろ。
「あはは、ごめんごめん。ちょっとからかった」
「……」
本当に何しに来たんだよこの人。少しは1人にさせてくれよ……
「そっかぁ……それじゃあ悪いことしたね」
「別に……ていうか、なんでラトーナの名前を知ってるんですか?」
「えっとねぇ、君と小屋で出会った日あるでしょ?」
「ありますね」
「あの日ディンと小屋で話してからホテルに戻る時さ、道中でディンの名前を呼んで歩き回っている女の子を見つけてね。お付きの人がその娘をラトーナって呼んでたから」
「そうですか」
「驚いたよ、翌日に君を迎えに行く道中でも、その子を見かけたもんだから」
「……」
そっか、ラトーナは次の日も俺を探してくれていたのか。
あれからもうニヶ月が経つ。ラトーナは元気にしているだろうか。ラルドやヘイラやイェンも……改めて悪いことしたな。急にいなくなったりして。
「ぅ……」
そんなことを考えていると、収まっていたはずの涙がまたボロボロと溢れ出てきた。喉の奥が変に痛い。
いつもはこんなことで泣かないはずなのに……
「あの子に会いたい?」
「会いたいですよ……みんなにも……わがままですね、俺……」
どうしてだろう。ラトーナはまだわかるが、今の家族まで恋しくなってきた。
無くなってから気づくものなのか。
某チーズ味のスナックが製造中止になった時と、似たような気分だ。
いや、なんかそう考えるとショボいな……
「そんなことはないさ。俺にだって会いたい人はいる」
「リディさんにもいるんですか……?」
鼻声が全然治らない。
自分の声の筈なのに違和感が凄い。
「もう死んだけどね〜」
リディはそう言って、寂しそうに笑った。
普段のちゃらけた様子からは想像できないような、静かな笑い。
これは冗談ではないのだなと思った。
「……すみません」
「いいさ。でも君の会いたい人はちゃんと生きてる。なら君は絶対に生きて帰らなきゃね。
そして生き残るには、この先どうしても人を殺さなきゃいけない時が来る」
「……俺は既に殺してますよ。1人……」
「ふ〜ん」
「最悪でしたよ。陰鬱な気分が今でも続いているし、慰めようとしてくれた彼女にまで酷いことをしそうになりました」
「そう」
「この旅が始まった時点で覚悟はしていたつもりだったんです。じゃなきゃ皆んなに迷惑がかかるし。
それなのに、いざその場面に直面したら手が止まって、結局はこの様です……」
「なるほどね…… ディン」
「なんですか」
「君は言い訳ばかりだね」
「……」
「前々から思っていたけれど、君はいつも何よりも先に『出来ない理由』ばかりを探す。今だってそう、 『覚悟ができてないから』ってさ。別に人を殺すのに覚悟なんていらないよ。君は『殺せない理由』が欲しいだけ」
そうか?
そうなのか……?
それも言い訳なのか……?
「 もちろん、君の若さじゃ抵抗があって当然だから、酷なことを要求しているのはわかってる。でも君は普通の子供じゃない、これから先〝やらなきゃいけない〟時はきっと来る。だから君風に言うなら、君がするべきは、『傷つく覚悟』じゃないかな」
「……傷つく覚悟?」
「相手を殺して傷つくか、仲間や大事なものを失って傷つくか、結局はこの二択。君が傷つくことは決定事項なんだからさ。できるだけ苦しくない方を選ぼうよって話」
「……なるほど」
俺だってそう考えるようにしたときもあった。
でもダメだった。結局、最後の最後に手が止まる。
「で、改めて聞くけど、君はこの先どうする?」
「……」
ここまで言われて即答できねえなんてな……
我ながらヘタレというか、意志薄弱というか……
「決まらないなら、もう一つ話をしようか?」
「……お願いします」
そう言うと、リディは運ばれてきた杯をグイッと傾けて、再び口を開いた。
「クロハは助けたばかりの頃、ずっと何かブツブツと言っていたろ?」
「言ってましたね。魔神語だったんで意味はわからないですけど」
「あれは、君に向けての言葉なんだよ」
「……そうなんですか?」
まあそうか……あれを聞いたリディも変な表情見せてたし、きっと俺への恨みつらみを吐いてるんだろうな。
「そうだよ。 彼女はずっと『どうして見てたの?』って聞いてたんだ」
「『どうしてみてたの』……か」
背中から何かがヒュッと抜け落ちるような感覚があった。
『どうして見てたの』
ただの一言だが、なんとなく意味がわかってしまったような気がする。
いや、それしか答えはないだろう。
彼女はあの時、奴隷商にあの子の母親が酷い仕打ちを受けていた時。
俺が近くでそれを見ていたことに気づいていたんだ。
『どうしてもっと早く助けてくれなかったの?」そういう意味だろ……
「その顔だと、意味はなんとなく理解したみたいだね」
「はい……」
そうだ。あの時も、俺は言い訳ばかりして動けなかった。
どのみち傷つくことは避けられなかったのに……
「また同じことを繰り返すの? 今度は誰が死ぬかね? クロハ、ロジー、セコウ、それとも君自身?」
「……」
「ロジーもセコウも優しいから、君がピンチの時は庇おうとするだろうね。でもこの先の相手は、そんなことしてられるほど弱くない。君は人の命を奪うことを恐れるけど、それを言うなら、君のミス一つで俺らが全員死ぬことだってあり得るんだ。 君が恐るべきは、見ず知らずの誰かを殺すことじゃなくて、仲間の命を背負う責任じゃないかな。特にクロハとかさ」
「……」
「俺からは以上。 じゃ、俺はホテルに戻るね。おやすみ〜」
リディが手をひらひらと振りながら、席を立った。
「リディさん」
彼の去り際に、俺は咄嗟に口を開いた。
「なに?」
「ありがとうございます……もう、大丈夫です」
「そう、ならよかった」
「あと、もう一ついいですか?」
「なに?」
「クロハと話したいです。通訳を頼めませんか?」
「……いいよ」
「ありがとうございます」
「明日も稽古はあるから、早く寝なよ」
「はい」
まだ、覚悟はできていない。
人を殺すのは怖い。
でも、俺のせいでみんなが死ぬのはもっと怖い。嫌でしょうがない。
けれど、ここは前いた世界とは違う。誰も自分のペースには合わせちゃくれない。
もう言い訳ばかりするのはやめなければならない。
そう、よく考えれば、俺は前世じゃ人を傷つけてばかりの自己中野郎だったじゃないか。
またあんな失敗を繰り返すつもりはないが、今だけ……今だけは、自己中な俺に戻るべきなんだろう。
「あ……あの人酒代俺に払わせやがった……」
せっかくいい話の後で気分が晴れていたのに、後味は最悪だった。
護衛メンバー
異性にモテるランキング
1位 クロエ王女
安定の王女。ラトーナがいなければディンも一目惚れしていたかも。
2位 ディン
あまりモテている描写がないですが、一章ではアインとつるんでいるせいで、周りが近寄れなかった。
2•4章ではラトーナの影に埋もれてた。
3章では結構モテてた。って感じです。
ムカつきますがディンの顔はかなり良いですしね。
3位 セコウ
まあモテます。堅苦しい雰囲気があるので、ディンに比べたらと少し下と言った感じ。
4位 エドマ
あくまでお世話係なので、目立たない化粧や服装ですが、元はかなり良いので、マトモにおしゃれしたらセコウよりモテます。
5位 クロハ
まだ幼いので目立ちませんが、母親が美人だったので、今の状態でもかわいいです。魔族じゃなければもっとモテます。
6位 ロジー
スラム育ちな分、口が悪い、高圧的。
オラオラ系はこの世界じゃあまりモテない。
ただ、根は優しいので本当の彼を知っている人からは好感度高いです。
論外 リディアン
顔良し、スタイル良し、身分良し、ただ中身がダメ。
過度のセクハラ、煽り、ナルシスト。
それらが悪目立ちして全くと言っていいほどモテない。本人はそのことをちょっと気にしてる。