第49話 相伝魔術
「私が前衛をやる。回復は勿論いらん。レジストと援護は任せたぞ」
雲越しの月明かりに照らされたアスガルズ王都の住宅街、立ち並ぶ屋根の上で、セコウは現れた刺客を前にゆっくりと剣を抜いた。
「……フィノース家の戦い方は前に聞いたもので間違いないですよね」
「無論だ。相手は前衛一人と魔術師、お前はあの魔術師に集中しろ」
セコウにそう言われて、相対している敵二人に目を凝らした。
街灯りの反射でようやく足元を捉えられる状況だというのに、相手は黒づくめときた。
まったく、そういう服装は名探偵が来ている遊園地でやってくれ。
「落ちこぼれ風情が、ガキの援護で勝てると思っているのか?」
剣を構えたセコウに対し、相手の魔術師が問う。
「……まだ若いが、腕は確かだ」
「そうか……よっ!」
「ディン! 神槍だ!!」
魔術師の男が両手を前に突き出した瞬間、セコウが叫ぶ。
ーー土壁!!ーー
咄嗟に岩の壁を展開したその直後、相手の魔術師が放ったレーザが俺の防壁とぶつかり合ってあたり一帯には鐘突き音のような轟音が響いた。
さっきは土壁5枚を平気でぶち抜かれたので、素材を変えてみた。
『タングステン』、俺の知りえる中で最も硬い金属だ。
「にしても、すげえ音だな……」
流石に壊れないとは思っていたが……耳に響くな。
どんな速度で発射したらこうなるんだよ……
「チッ…………」
相手の魔術師が、あからさまに顔を顰めた。
ひょっとして、あいつが出せる最大威力は『神槍』だけなのだろうか。だとすれば、それを防ぐことが出来る俺たちの勝算は揺るがないものとなる。
そう考えて、少し強気な姿勢を取ろうとした時、ミシミシと何かが軋むような音が俺の耳に届いた。
「?……」
なんだこのミシミシって音……足元から聞こえーー
「ディン! 飛べ!」
「うお!?」
セコウに促され慌てて別の屋根に飛び移ると次の瞬間、先程まで立っていた屋根は、俺の出した土壁に押し潰されるようにして建物ごと崩落して、周囲に轟音と土埃を振り撒いた。
「あぶねぇ…… 巻き込まれる所だった……」
しくじった……
タングステンの壁が重すぎたんだ。
そう、よく考えればあは重金属だ。木造の屋根が支えられる重さじゃない。
ということは、『神槍』を防ぐための壁は場所を考えて出さなきゃいけないな。
「なんだ!?」
「建物が崩れたぞ!!!」
「怪我人は!!」
激しい物音と砂埃に引かれ、野次馬が集まりつつある。
「セコウさん!」
ここはあくまで他国、しかも停戦協定が結ばれている国の王都。
そんなところで内輪の小競り合いに市民を巻き込んだとあっちゃ、国際問題になりかねない。
戦場が混沌としていく中で、ひとまず俺はセコウに指示を仰ぐことにした。
「人が集まりつつある! ここは剣を収めるべきではないのか!」
野次馬達の喧騒をバックに、セコウは相手方に問いかけた。
退却も容易でない今、セコウが出した答えは交渉。
「我々はどうとでもなる」
停戦の持ち掛けは失敗。
男の口ぶりからするに、街の守衛を買収でもしているのだろうか。
「だが、この戦いを早く終わらせたい気持ちには同意する!」
魔術師はそう言って、両掌を突き出す独特な構えをとった。
あの構え……また神槍がくる。
家はこれ以上壊せない。どう防ぐ? もっと軽くて硬い壁ならいけるか?
カーボンとかアルミとか……でもアルミって硬かったけ?
弱そうなイメージだ。カーボンは炭素だよな?
でもどうやったら出せるかわかんない……
って、あーもう時間がない!
「水砲弾!!!」
有効打も思い付かないので、その凌ぎとして水弾を撃ち出した。
屋根の上での戦闘なら、建物の損壊をそこまで気にする必要がない。ましてや、属性が水ならな。
あとはセコウにさえ当てなければ……
「ーー万象を穿て〝神槍〟」
男の詠唱が完成し、彼の手から放たれたレーザーのような魔術は、俺の撃ち出した巨大な水弾と相殺しあってその場で弾けた。
「先ほどの土魔術と言い、その魔力量……
貴様、シビル•リニヤットの者か!」
炸裂した巨大な水弾が雨となり俺達へと降り注ぐ中、男は突然語気を荒らげた
「僕はそんな大層な家柄じゃないです!」
「嘘をつけ!」
「じゃあ勝手にそう思っててください!」
相手の魔術師との問答の中で、俺の中にはある疑問が渦巻いた。
おかしい……いくら強い力で貫かれたとはいえ、普通の水弾はあそこまで派手な弾け方はしない。
ただ質量としてぶつけるだけの魔術だ。弾ける要素はない。
あれじゃまるで、内部から爆発したみたいじゃないか……いや、ということは神槍が弾けたのか?
炸裂したとなれば風か水……フィノースは水魔術師の一族だから、『神槍』は水魔術ってことだもんな。
いやそうだよ。最初にそう言われてただろ。何焦ってんだ。
『神槍』の仕組みはなんとなく想像がついた。俺の前世にも似たような物があったじゃないか。
ーーー
水中級魔術『神槍』
ミーミル王国四大貴族、フィノース•リニヤットが考案し、独占する相伝魔術の〝一つ〟である。
水を極限まで圧縮し、それを弾丸のように撃ち出す。
とても単純な仕組みだがその威力は絶大。頑丈で有名な魔物『黒狼』の体すらも貫くことができる。
少しの溜めがあり、敵に守る隙を与えてしまうが、高圧縮して撃ち出された水は土魔術による守りも容易に貫き、避けようにも発射を見てからでは間に合わない。むしろ、少しの溜めが回避の際、相手に迷いを与える。
限りなく少ない魔力で高い威力を発揮し、速度、汎用性に優れており、コストパフォーマンスが高い。
しかし、その強さに比例して会得難易度は非常に高く。
もはや中級魔術のそれを越しており、難易度だけで言えば、超級魔術に匹敵し得るものだ。
そして、この魔術には〝先〟がある。
ただ水を撃ち出すだけなら、この魔術は相伝魔術と称されるに値しない。
ならばその真価とは何か。
それは、放った水弾の炸裂である。
先程ディンの放った巨大な水弾が神槍に貫かれて弾けたように、この魔術は炸裂するのだ。
凄まじい速度で相手の元に水弾を持っていき、炸裂させる。
水弾の炸裂自体に特別な殺傷力はない。体内で弾ければ大事かもしれないが、この魔術は貫通力が高いのであり得ない。
そう。
炸裂自体に攻撃の意図はない。
目的はその飛沫を対象の周囲に散布、および対象自体に付着させることだ。
それが神槍の持つ役割である。
大抵の者はその〝先〟を習得できず、ただの攻撃魔術として使う。
だが、運悪くもディンが今相手にしている魔術師はその〝先〟を習得している。
ーーー
「シビルの家ではないだと? ならばなぜその魔術が使える!!!」
「は? なんのことですか?」
「先程出した奇妙な岩だ! あれはシビル家の相伝土魔術だろう!」
「そうなんですか!?」
相伝って、俺の土魔術だよな?
シビル家も俺みたいに、魔力岩以外の金属を生成できるのか?
この魔術は魔法式に元素記号を入力するんだぞ?
なんで異世界人がそれを知ってるんだ?
「そうだと言ってるだろう!」
いや、今はそんなこと考えても仕方ない。集中だ。
とりあえず、こいつの攻撃は防げることがわかったんだ。
あとはなんとかして無力化するしかーー
「ーーまあいいか。フフ……それより感謝するぞガキ」
会話がひと段落すると突然、男が居ずまいを正して笑い出した。
まるで、もう勝負がついたとでも言わんばかりだ。
「何が……?」
「今貴様が、馬鹿みたいにでかい水魔術を放ってくれたおかげで、これ以上神槍を撃つ必要がなくなった」
「そりゃ、もう撃ったところで防げますかーー」
「向こうの男は少し〝足りない〟が、もういいだろう」
俺の返答も無視して、男はセコウを指差しながら笑みを浮かべた。
さっきから何言ってんだこいつ……えらい自信だな。
いや、ちょうどいい。これはチャンスだ。
相手が足を止めた上、これほどの暗闇とあらば〝閃光〟がいい効果を発揮する。さっきは間に合わなかったけど、今ならいける。
閃光で視界を奪って動きを止めた後なら、いくらでも無力化できる。
殺す心配もない。もう俺の勝ちだ。
「時満ち、かの罪人に立てられた槍は、遂ぞ檻と成る……」
俺が着々と閃光の準備を進める中、男も詠唱を始めた。
前回ロジーに使った閃光は、音による衝撃もあったため、俺にまでダメージが及んでしまっていた。
だから今回は慎重に、風魔術を駆使して音量を抑える準備をする。
男の魔術に対する防御の準備はしない。
これが神槍の詠唱なのかどうかは知らないが、おそらくこいつが出せる1番速い攻撃は神槍。
それを防げた俺なら、後出しでも対応は間に合う。
ならば今は、閃光の即時発動に全神経を注ぐべきだ。
「ーー包め、神牢」
男が詠唱を終えたのか、俺に向けて片掌を突き出してきた。
構えたな、何が来る?
カウンターならいつでもーー
「!?」
男が構えたのを目にしたその瞬間、突然俺の視界が歪んだ。
冷たい!
水だ!
顔が水に包まれたんだ!
「ゴンババべ!?(なんだこれ!?)」
やばい……息ができない。
ひょっとしてこの魔術……
「驚いたか? 神槍はどうやら知っていたらしいが、これは知らぬまい。発動にはあと数発程神槍が必要だったが、貴様が自ら水浸しになってくれたからな。手間が省けたよ」
ーーー
水中級魔術 『神牢』、別名『魔術師殺し』
神槍の完成系に当たる魔術。
付着させた『神槍』の水を目印に、新たに生成された水がそこに集まって凝縮させ、対象を水に閉じ込める。
言うまでもなく、この魔術が持つ強みは、その必中性と拘束力。
相手の顔全体を水で覆うことにより、相手の詠唱を封じる。
魔術師でなくとも、水人族以外は水中で呼吸などできないので、次第に溺れ、相手の動きは止まる。
まさに相手を封じる牢獄である。
ーーー
「ッッッ……」
しくじった……
こういう技があるのは知っていたが、使えるのは一部と聞いていた。神槍ばかり撃ってくるから、てっきり使えないのかと思って油断していた。
慌てて水を取り払おうと、自分の顔を覆う水球へと手を伸ばす。しかし……
「!……」
手が水の中に入らない。入れようとしても弾かれる……
「無駄だ。神牢は全てを拒む」
風魔術で口元に空気を送ろうにも、それすら水の膜に阻まれる。
このままじゃ息ができない。
「貴様は無詠唱。息ができずとも魔術は使えるかもしれないが、果たしてその状態でどこまで神槍を避けられるかな?」
やばい、やばい、やばい……
どうする……
「万象を穿ーー」
……まずい、また神槍が来る!
「ブバッブ!!!(閃光!!!)」
男に手を向けて、準備していた閃光を放つ。
咄嗟に放ったせいで、消音性能は落ちていたが、幸い俺の頭部は水に包まれており、それ程までに音のダメージは受けなかった。
「んあああぁぁぁぁぁああっっ!!!!」
男の叫び声が反響しながら耳に届き、そっと目を開く。
水中越しで視界が歪んでいるが、俺の目の前には目元を押さえて膝をつく魔術師の姿が、ぼんやりと映っていた。
どうやら、閃光はしっかりと命中していたらしい。練習した甲斐があったというものだ。
ぼやける視界で辺りを見回す。
セコウは……まだ向こうで戦ってるな。
少々苦戦しているあたり、結構敵が強いのだろう。早くこいつを気絶させるなりして、加勢しなきゃなんな。
「ゴバッッ……」
口から大量の空気が漏れ出す。
やばい……そろそろ息がギリギリだ。
「ハァ、ハァ…… 汝、我に癒しを与えてたまへ……」
窒息しかけてふらついている傍、男が治癒魔術の詠唱を始めているのが聞こえて、俺の心臓の鼓動が急速に早まった。
ーー岩礫ーー
歪むの視界の中で、俺は強引に男に狙いをつけて魔術を放った。
治癒魔術を使われれば目潰しの意味がなくなり、俺は窒息寸前のまま相手との戦闘を再開しなければならない。そうなれば俺の負けは確定なのだ。
だから俺は、大急ぎで目の前の隙だらけの男の意識を刈り取ろうと、魔術を放った。
「!?」
しかし、結果は最悪の方向に転ぶ。
放った岩の弾丸は、狙っていた軌道を大きく逸れて着弾した。
顔を覆う水の屈折で視界が歪んでいるせいか、狙いが逸れてしまったようだ。
そう、肝心な時に、俺は失敗したのだ。
「ーー健やかなれ。癒!」
俺が魔術を外した直後、男の詠唱は完成し、薄緑の光がその身体を包んだ。
回復が始まった証だ。
「くそ、なんだったんだ。この魔術……」
光が薄れ、男は立ち上がって目を軽く擦りながらそう言った。
「!……」
それと同時に、俺の意識も段々と薄れ始めていた。
時間切れだ。
だがせめて、意識があるうちにこいつをなんとかせねば。
少しでもセコウの負担を減らさなくては。
そう思って、再び相手に手を向ける。
「最後の足掻きか? どんなのが来ようと、神槍で砕いてやーー」
小馬鹿にしながら笑う男に構わず、全力の魔術を放とうとしたその瞬間。
一人の騎士が駆けつけたことにより、目の前の男の首は宙を舞うこととなった。
Q&A withリディアン&ラルド
Qどんな女性が好みですか?
リディアン
A.強い。自分をリードしてくれる。ジョークの通じる人。
ラルド
A.ヘイラ
Q.任務と恋人、どちらが大事?
リディアン
A.任務
ラルド
A.ヘイラ
Q好きなものは?
リディアン
A.人をおちょくること。戦士を育てること。
ラルド
A.ヘイラ。とディンとイェン。あと剣と鍛錬
Q.嫌いなものは?
リディアン
A.ミーミル王国の内政、ミーミル上層部。ケイド(傭兵時代のリーダー
ラルド
A.ミーミル貴族のほとんど、リディアン、スペクティア(ヘイラのお父さん)、鍛錬をサボるやつ
Q.心配事は?
リディアン
セコウとエドマさんってどうなったの?
プライベートはあんまり覗かないようにしてるせいでわからないんだよね。
ラルド
ディンとラトーナが仲良いのは嬉しいが、あのスケベ小僧がラトーナを泣かさないか不安だ。
ていうか、アインのことはどうするつもりなんだ?
まさか忘れてないよな?忘れてたなんて言ったら俺はあいつを殴る
以上、2人とのQ&Aでした!




