第46話 王都に潜む影
「それにしても、お前の焼く肉はなんであんなに柔らかいんだ? 魔術で焼くからか?」
「そうです! 術式を読み解いていくと、炎の温度設定に関系する部分があるんです! それを参考にしながら魔力操作を行うと、絶妙な火加減でじっくり肉を焼けるんです!」
「凄いな、お前、魔術式の構成がわかるのか?」
「大体はわかりますよ。僕が無詠唱で魔術を使えるのはそのおかげです」
「変わってるなぁ〜」
いや、あんたとロジーの魔法も変わってるだろ。そんな言葉が喉まで出かけたが、この手の話題はリディ曰くデリケートなモノであるらしいので、なんとか飲み込んだ。
「というか、リディさんの言ってたポーション屋はどこですか?」
「確か、この大通りを城に向かって歩いた先だ」
そう言って、セコウは丘の上の立派な城を指さす。
現在、俺達はアスガルズ王国の王都に来ている。
アスガルズ王都は、丘を取り囲むように城下町が作られており、城へと通ずる大通りは全て上り坂。
なんでも戦における防御力を優先しているそうで、馬車とかにはあんまり優しくない町だ。
ラトーナと行ったリニヅィオ領も中々だったが、神聖国を名乗る国の王都というだけあって、ここはさらに宗教色が強い。
大通りに魔族の姿は一つとしてなく、建物どころか、服まで白や赤で統一され、神聖騎士と呼ばれる重武装の甲冑がそこらじゅうを巡回している。
「……なんだか窮屈なところですね」
別に街が狭いわけじゃない。多少入り組んではいるが、きっちりと区画整理がされていて綺麗な街だ。
なんと言えばいいのか、雰囲気が高圧的と言うか……そこら中から監視されているような感覚がある。
「我慢しろ。お前が言い出したんだろ、ポーションは自分が買うって」
なぜポーションが必要なのか、それはここ数日でクロハの体調がガタッと崩れたからだ。
王女の体調に合わせて動いているからそこまで過酷な旅をしているわけではないのだが、そもそもクロハは王女より三つも歳が下だし、母親を失ったストレスなど思い浮かぶ原因はいくつもある。
諸々を考えれば、結局は俺のせいというところに行き着く。俺がもっとちゃんとしてれば、今頃彼女の母は生きていただろうし、旅についてくる必要もなかった。
彼女もそれを理解しているのか、露骨に俺のことを避けるほどだ。
きっと母親と引き離されたことを恨んでいるのだろう。だがどうしたって母親は戻らないし、奴隷として受けた心の傷が癒えるわけじゃない。
だから俺は、今彼女にしてあげられることを精一杯やろうと思う。それが償いだ。
話が少し逸れたな、クロハの体調に関して、なぜ治癒魔術を使わないのかと思う人もいるだろう。言っておくが、治癒魔術はあくまで怪我を治すだけ、失った体力は戻らないし、病気も治せない。
一応セコウが解毒魔術を施してくれたが、特に変化はなかったので過度の疲労とのことだ。
体力の回復等はポーションーーつまりは薬が有効なので、こうして探しているというわけだ。
「そういえば、セコウさんはなんでついて来てくれたんですか?」
「普通に考えて、一人行動は危険だろう。そろそろ追手が来てもおかしくない。そんな時期に隊長を王女の側から離すわけにはいかいない。
それに、ロジーとお前で出かけたら絶対に何か問題が起きる。だから私が来た」
「なるほど……って、なんで僕までロジーさんと同じ扱いなんですか……」
「ハハハハっ! どうしてだろうな、なんだかそんな感じがするんだよ」
「大変不名誉ですね……セコウさんだって結構やんちゃしてるじゃないですか」
「私がか?」
「昨日とか、ホテルの廊下でエドマさんを口説いーー」
「わかった。もう何も言うな。私が悪かった」
「……」
「そんなことより、早くポーションを探すぞ」
「そうですね、一刻も早くクロハを治してあげないと」
ーーー
「え? なんですって?」
カウンターから身を乗り出し、まるで号泣会見をやったどっかの議員のように、耳に手を添える。
「だから、このは恵生みのポーションしかあると言っとぉよ!」
ポーションの店を見つけたのはいい。
だが、先程から体力回復のポーションをくれと言っているのに、目の前にいる爺さんはこのようにわけのわからないことしか言わない。
「遅いぞディン。何してるんだ」
少しイラ立った声音で、セコウが店に入って来た。
彼は先ほどまで、向かい側の店に食料調達に行っていたのだ。
「この爺さんがさっきからわけわかんないこと言うんですよ!
なんなんですか、子供に売る気はないってことですか!?
18禁ですか!? エログッズなんですか!?」
「何を言ってるんだお前……おい店主、ここに回復のポーションはないのか?」
地団駄を踏んでキレ散らかす俺をよそに、セコウは冷静な表情で爺さん店主に詰め寄った。
優しい人かと思ったが、思ったよりチンピラじみたコミュニケーションだな。
あとこれじゃあまるで、俺が買い物でゴネてるガキみたいじゃあないか。
「だ、か、ら! このは恵生みのポーションしかあると言っとおよ!」
店主の言葉を受けて、セコウがため息を吐きながら俺の方に向き直った。
「ディン、ここには農作業用のポーションしか売ってないそうだ」
「はえ!? セコウさんはこの人が何言ってるかわかるんですか!?」
「ああ。それよりそんなにでかい声を出すな。あんまり騒ぐと、警備の騎士に勘違いされるぞ」
「あ、はい……失礼しました」
とりあえず店主に謝罪し、店を出た。
「なんなんですか? さっきの意味わからない言葉は……ミーミルとアスガルズって同じ言語でしたよね?」
「あれはアスガルズ独特のものだ。 古い言い回しだから、最近では辺境貴族の間ぐらいでしか使われてない。あとは今みたいな爺さん世代だな」
方言みたいな感じか。ここの世界にもあるんだな、そういうの。
いや当たり前か。
「なんでセコウさんはあれが分かるんですか?」
「ロジーの出身はアスガルズの貴族だ。そして私は元々ロジーの教育係だった。あいつも昔はあんな感じの喋り方だったんだよ」
「あー……なるほど……」
駄々をこねるロジーと、それを叱るセコウの姿が脳裏に浮かぶ。
ていうか、真面目なセコウの指導を受けておいてあんな感じなのかよ……
「まあ、せいぜいまともに身についたのは、公用語と剣術ぐらいだがな。ハハっ!」
そう言って高らかに笑うセコウに、俺はどう反応すればいいのかイマイチわからなかった。
ーーー
「遅いですね……何かあったのでしょうか」
高級感のあるホテルの一室でエドマがそう呟く。彼女は今回この旅に同行する、唯一の王女の世話係である。
王都のとある豪商の長女であった彼女は、父親が事業に失敗して多額の借金を背負った際に幼い弟と妹を連れて出奔し、二人を養うために過去のツテを利用してなんとか王宮仕えの侍女となった。
そんな経験からか彼女は極度の心配性を患っており、現在は侍女の立場を忘れて貧乏ゆすりをしていた。
「ハッ、大方ディンのやつが迷子にでもなってんでしょーよ!」
キーキーと寄りかかった椅子を鳴らしながら、赤髪の男ーーロジーは呆れたようにそれに答えた。
彼もまた、ディン達(今日の食事当番)が出かけてからかなりの時間が経っていることにかなり苛立っていた。
「ふう〜」
「あ、隊長お疲れ様っす! どうすかあの子の容態は?」
隣の部屋からため息をついて出てきたリディアンに、ロジーは真剣な顔つきでそう尋ねた。
素行の悪さから誤解されやすいが、ディンに夕飯を分けてやったりと、なんだかんだ彼は仲間思いである。
「今のところ病気にかかってはいないけど、この調子だと完治まで三日はかかるね」
ディンに救われた少女、クロハの体は既に限界を迎えていた。
故郷が戦争に巻き込まれ、気づけば奴隷として異国に売られ、目の前で母親をめった打ちにされた挙句に殺された。
それらの出来事は7歳の少女の心を壊すには充分過ぎた。彼女の耳にはまだ、母親が鞭で叩かれていた時の音が残っている
加えて、慣れない長距離移動の生活と、朝の厳しい稽古。
唯一言葉が通じる男にやれと言われたのだ。1人ぼっちにならないためにも、彼女は断るという選択肢を捨て、まだ幼い肉体を酷使した。
そのツケが今になって回ってきたのだ。
「ポーションがあればどのくらいっすか?」
「〝体の方〟は1日くらいかな〜どちらにせよ、ここに長居するわけにも行かないからね、ディン達を待つしかなーー」
肩をピクリと動かして突然口をつぐんだリディアンが、何かを探るように目頭に手を当てた。
「どうかしました?」
「ロジー、ディンとセコウを探しに出ろ。日が落ちる前にだ。恐らく二人は王都の南側辺りにいる」
「え、今ですか?」
「早く」
「は、はい!」
慌てて剣を持ってホテルを飛び出すロジーの傍で、リディもそそくさと身支度を始めた。
「どうなされたんですか? リディアン殿……」
「俺も少し宿を出ます。しばらく戻らないので、絶対に部屋を出ないでください」
「はい……」
心配性なエドマだ、リディの突飛な行動に疑問が浮かぶばかりだったが、いつになく聞き迫る表情の彼を見て、エドマはその理由を問うことなく了承した。
「万が一の時は、セコウに渡されたスクロールを使ってください」
リディアンはエドマに向けて巻物を投げると、急ぎ足で部屋を飛び出していった。




