第45話 魔族の少女
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「……やっぱり僕って、嫌われてるんですかね」
「誰にだ?」
野菜を刻んでいるセコウが、苦笑しながら答えた。
コツコツコツと、まな板に包丁がぶつかる音が、広大な草原に吸われていく。
なんだかとても、懐かしい音だ。
いつのことだったか、小学校から帰ってきて、母親が晩飯の支度をしていた時の光景が浮かぶ。
「クロハに避けられてるというか……なんというか……」
セコウの野菜を刻む手が、ピタリと止まる。
「あ、あぁ……なるほどな。嫌われては……ないんじゃないか?」
セコウは苦笑しながら、頭をかいた。
なんだその反応。やっぱり嫌われてるのか?……
「そうですか……」
「まあとにかく、今はそっとしておいてやれ、あの子も色々あったんだろう?
幼くして母親を目の前で殺されたんだ。まだ混乱してるはずだ」
「はい……」
まあそうなんだろうけどさ……リディには懐いてるのを見ると、なんともなぁ……
「ところでディン。
さっきからなにをやっているんだ?」
「へ?
あー、肉の下処理ですよ。筋を切ったり、火を通す前に軽く塩胡椒を振っておくと、仕上がりが全然違うんです。他にも酒とかをかけるのもいいですよ」
「ほぉ……そうなのか?」
「ええ。
今回の肉は昨日買ったばかりだから良いですが、この先途中で狩った魔物の肉とかも食べる可能性がありますからね。
あんなの臭くて食えませんから、こういうので少しでもマシにしないと……」
俺が住んでいた村の方も、ミーミル国境付近というだけあって、街に降りても観光や貿易色が強くて、庶民が買える範囲だとあんまり良い肉がなかった。
香辛料漬けで硬い肉だ。その不味さときたら、物売るってレベルじゃねえーぞ?!
まあ、うちはそこそこ金がある方だったから、まだマシな肉食えてたがな。
「随分……詳しいな。誰かに習ったのか?」
「はい!
ディフォーゼにいた時に、料理人の方々に色々と」
『じゃあ私にも色々教えてくれ、味付けは任せるよ』
『わかりました!』
ーーー
食欲を誘う香りが馬車の客車まで届いたのか、王女とロジーが顔出す。
「凄くいい香りですね」
「おい!
腹減ってきたぞ! まだか!?」
客車の窓からロジーが大声を出す。
全く、さっきまで二日酔いでぶっ倒れてたくせに良い御身分だ。
「もう少しかかります。待っててください!」
鍋をかき混ぜながら、ロジーにそう返す。
「それにしても……凄いな。
どこの料理だ?……魔大陸のものに似ているが」
口をポカンと開けながら、セコウは鍋を見つめている。
「……まあ、カレーとでも言いましょうか」
本当はビーフシチューを作りたかったのだが、赤ワインやデミグラスソースがなかったので、香辛料とスパイスで代用しているうちにまんまカレーになってしまった。
まあ美味そうだからいいけど。
「もう少し煮込んだら完成ですかね。クロハの稽古が終わる頃にはできるでしょう」
そう言って、俺とセコウは稽古中の二人に目をやる。
馬車を挟んだ反対側で、今も激しい撃ち合いが続いている。
たまに魔人語で声を張り上げてるあたり、リディは相手が幼女だろうと相変わらずスパルタだ。
「……なんでクロハは盾を持ってるんですか?」
そう、昨日から気になっていた。
クロハの戦闘スタイルは、盾と剣。the騎士みたいな感じだ。
体が小さい上、女であるあの子には、身軽な剣士のほうがいい気がする。
「確かあの子は魔族の血だったよな?」
「多分、そうだと思いますよ?」
セコウがそう思うのもよくわかる。魔族というのは本来、もっとゴツゴツしていたり、肌の色が不気味なものが多いという。
比べて彼女は、小さなツノがある以外は殆ど目立った特徴はない。
むしろ、幼いながらに整った顔立ち、美しい黒髪と、綺麗な赤い瞳。日本でなら確実にモテそうな容姿だ。
どこがどういう風に〝魔〟なんだろう。
魔性の女にはなりそうだけど。
「魔族は元の身体能力が高いからな。
隊長はあの子を魔剣士にしたいのだろう」
「?……
素の身体能力が高いなら、剣士にした方が即戦力では?」
「それはそうだが、恐らくはバランスだろう」
「バランス?」
「もともと、接敵の際はリディが王女を守り、私とロジーの2人で対処をする予定だったんだが、遠距離攻撃に長けるディンが入ったからな」
「僕が入ると編成が変わるんですか?」
「私とロジーは誰かを守ることには長けていない。
後衛であるディンが無防備になる場合があるからな」
「僕を守る役が必要ってことですか?」
「そうだ。そしてそれには盾と剣で戦う停進流が向いている」
「停進流でいいならなぜ魔剣士にするんですか?
あれ剣術の流派ですよね?」
「停進流は魔剣士として戦うことを想定して作られた流派だからな。
盾を使った流派は停進流しかないから、仕方ないのだろう」
たしかに守るなら盾の方がいいけどさ……
「なんかそんなで大丈夫なんですかね……」
「リディが教えるんだ。魔族だから素質もある。大丈夫だ」
「……」
「それより、稽古が終わったみたいぞ」
「え?」
そう言われて2人のいる方に振り向くと、息絶え絶えになって膝に手をついているクロハと、元気ビンビンのリディがこちらに戻って来ているのが見えた。リディが笑顔なせいか、側からみたら虐待の場面みたいだ。
「じゃあ、食器用意しましょう」
「だな」
ーーー
「うお! なんだこれ!?
めっちゃ美味ぇな!!」
俺の作ったカレーを口いっぱいに頬張りながら、ロジーが叫ぶ。
「よかったです」
ロジーの反応を見て、他の人達も、カレーに手をつけ出した。
「本当だ。見た目に反してかなりいいね」
ロジーに続いて、カレーをかけたパンを口に運んだリディはそう言った。
どうやらこの世界の人からしたら、カレーの見た目は良くないらしい。俺にはご馳走にしか見えないが。
「おいしいです……」
上品な仕草でカレーを口に運んだ王女が、微笑む。その美しさには思わず見惚れてしまいそうだった。
ラトーナも美人だが、それとはまた違った美しさだ。言葉にはできないが、とにかく美しさのベクトルが少し違うのだ。
「!……」
お付きの人も目を丸くして食べている。カレーの見た目に1番顔を顰めていたが、どうやら気に入ってくれたらしい。名前はエドマさんだっけ?
そして残るは……
バッチリとリディの隣をキープしている、小さなツノが生えた少女にチラリと目をやる。
そしてそこに映っていた彼女の反応は、想像とはかけ離れたものだった。
「え?……」
泣いていた。
小さなスプーンでカレーをちびちびと食べながら。
ただ静かに泣いていた。
「おい、どうした?」
ロジーが眉を顰めながら、クロハの顔を覗き込む。彼女を心配しての行動なのだろうが、はたから見れば、威嚇しているようにしか見えない顔だ。
俺にはロジーの顔の横に不良漫画特有の『!?』が見えた。
「やめろ!
お前の顔なんか近づけたら怖がるだ……ろっ!」
セコウがロジーの襟を掴んで引っ張り上げる。
「いててててて……そりゃないっすよ、セコウさん……」
確かにちょっと哀れだ。
「あの……リディさーー」
「大丈夫。そのうち落ち着くから、そっとしておいてあげな」
そう言って、リディは微笑んだ。
「え……あ、はい」
「……食べたらすぐ出発するからね、準備しておくように」
「……はい」
なんとかしてクロハと仲良くならなければ。
これは急務といえよう。
久しぶりのQ&A
Q.各流派の違いがイマイチ分かりません。
A.疾風流→手数で攻めるスピード重視の身軽な剣術。
火力はあまり重視してない。一応言ってお
きますが、疾風流に剣を投げる型なんてな
いです。
瞞着流→体術、受け、カウンター、騙し討ちを基本戦術とする流派。攻撃面はフェイント技が多い。
停進流→盾と剣を軸にして戦う防御重視の流派。魔術師が近接対策として盾を持ち出したのを起源とし、時を経て一つの流派となった。ちなみにロジーは魔剣士という分類だが、停進流ではなく、スタイルはどちらかといえ疾風流の剣士。
剣聖流→対魔物の、一撃の威力を重視する流派。溜めが大きく、型もあまり多くないので対人性能はあまり高くない。対人でマトモに使えそうなのは、社交会篇でラシャドーネが言っていた居合ぐらい。
Q.リディアンは本当にスリーサイズを当てられるので
すか?
A.寸分の狂いもなく当ててきます。なんならホクロの
位置まで当ててきます。ですが以前、ジョークのつ
もりでとある社交会に来ていた女性のホクロの位置
を言い当てたら、結構マジな揉め事になったので、
以後本人はホクロのことは言わないようにしてます。