第41話 vs特級
「リディアン」
「気安く昔のようにリディと呼んでください、王女様」
そう言って、金髪の男前は少女に笑いかける。
「……じゃあリディ」
「はい、何でしょう?」
「どうして決闘を許したのですか?
あなたが隊長なのだから、無理矢理意見を通すこともできましたよね?」
「信頼ですよ」
「信頼?」
「そうです。この任務は命懸けです。彼らは背中を預ける者同士であり、そこに信頼は不可欠ですから」
「なるほど……」
「不満を持ったままにしておくのはいけません。その為には、ロジーがディンの実力に〝納得〟する必要があります。〝彼の場合は〟特にそれが大事です」
「あの赤髪の方は〝特に〟というのは?」
「王女様は〝特級〟の魔術師の定義をご存知ですか?」
「? ……固有の魔術を扱う者のことではなかったでしょうか」
「概ね当たっていますが、少し誤解がありますね。
特級魔術師とは5大属性魔術、治癒魔術、呪詛魔術、結界魔術、転移魔術、そのどれにも属さない〝固有の魔術〟を扱う、既存の規格から大きく外れた位置にいる者。
その魔術の特異さゆえに、魔術師本来の初級〜災級の等級で表す事はできない。だから〝特〟級なんです」
「なる、ほど……でもなぜ、特級の話が出るのですか?」
「ロジー、つまり彼が特級の位を冠しているからです」
「……?」
首を傾げる茶髪の美少女をよそに、男は続ける。
「彼はここ、アスガルズ中央都市の出身です。アスガルズ王国は特級魔術師を、魔術……ユグドラシルからの恩恵を歪め私物化する〝穢れ〟と捉えるのですよ」
「え……」
「俺がロジーと出会った時、彼は貧民街で盗みを働いてました。その〝魔術〟を駆使してね」
そう言って、緑髪の男はその腰につけた小銭袋を、チャラチャラと鳴らす。
「!……」
「そりゃびっくりですよね。彼は元々中級貴族の出だそうです。
それがいきなり貧民街に捨てられる訳ですから。特級魔術師を〝開拓者〟として讃えるミーミル王国とは真逆の待遇です」
「ですね……」
「彼は形式に囚われるのが嫌いです。特級は穢れだから排除する、貴族だから上である、そういった理不尽な形式が。今回のディンだってそうです」
「?」
「無詠唱魔術が使えるからって、実力問わず子供でも評価し、仲間にする。彼はそれをミーミルの形式に基づいてやっているのだと思ったのでしょうね。
俺がそんな事するわけないのに」
「先程、あの少年は赤髪の方より強いと、あなたはおっしゃいましたよね? あれは……」
「本当ですよ。ディンは一瞬で街一つ覆う様な霧を出す。流石に少し盛りましたが、彼が本気で魔術を放てばロジーも相当苦戦しますよ」
「ならなぜ、それをやらないのでしょうか?」
「死ぬからですよ。もしディンの全力の魔術を受けたら、ロジーも無事じゃ済まない。まあ、彼はそんなヘマしませんがね」
「恐れゆえに、力を制限しているのですね……」
「ええ。ディンは自分が殺されかけた時も、どう言う訳か本気を出しませんでしたからね」
「……」
「おっ、それより、そろそろ勝負がつきそうですよ」
ーーー
【ディン視点】
「驚いたぜ、まさかブラフまで張ってくるとはよ」
ロジーが頬の汗を拭いながら、俺を睨む。
「ブラフ……?」
「なんだよその足元の沼。お前も思いっきり特級魔術師じゃねえか」
「これは僕の固有魔術じゃないです。ただの混合魔術ですよ?」
「仮にそれが本当だとして、混合魔術をそんな速度で発動できるやつはお前くらいだ。充分特級の素養がある」
「そうなんですか、ありがとうございます」
どうやら俺は特級という階級になれるらしい。
良いではないか、俺も領域展開とか術式反転とかやってやらぁ。
「褒めてねえよ、ボケが……少し甘く見てたぜ。
近接はやめだ。このまま遠距離から削る」
そう言って、ロジーは再び剣先を俺に向ける。
おそらく、また剣を発射してくるのだろう。次確実にかわせる保証はない。
どうする……問題は〝アレ〟をいつ使うかだ。
まだ実践したこともないから、成功するかはわからない。
隙も多いから非常にリスキーだが、成功すれば俺の勝ちが確定する。
「そうだな。次はかわせないようにしてやるよ」
こいつ、本当に俺のこと殺す気だな……
いや、好都合か?〝アレ〟を使うなら不発の時やカウンターを考慮して、相手が剣を手放した隙に使うのがベスト。
ならロジーの今の攻撃をどうやって避けるかだな……くそ、相手の魔法の正体がわからないせいで、対策が練れない。
手持ちの散弾ぶっ放して守りに徹させるか?
いや射程が足りない……あんな速度で動くやつ相手に距離を詰めるわけにもいかないし。
「……だが、流石に剣飛ばしたら危ねえな。俺もガキを殺す気はねえ」
「?……」
「だからこいつを使う」
そう言って、ロジーは構えていた剣を納め、その腰につけていた巾着から、銅貨をジャラジャラと取り出した。
「この大きさなら、当たっても簡単には死なねえだろ?」
何をやろうとしているのかはすぐにわかった。
あの銅貨を弾丸の要領で飛ばしてくる気だ。
あの巾着の膨らみからして、かなりの数がある。
弾切れを待つのもキツそうだ……
ーー岩礫ーー
即座に岩の弾丸を放つ。
相手が説明している時に攻撃する。仮面ラ⚪︎ダーで言うところの、変身中に攻撃する作戦。
だが卑怯とは言わせない。
「うわっと!?」
勢いよく撃ち出された岩石を、ロジーがすんでのところでかわす。
「やるな、まさか今撃ってくるとは思わなかったぜ」
結構余裕で避けたくせによく言うよ。
こっちは速度極振りで撃ったのによ。
「……そっちがそうくるなら、早打ち勝負といきましょうよ」
俺は人差し指を立てて、ロジーにそう言い放つ。
このまま防戦一方になっても勝ちは望めない。
〝アレ〟の不発リスクを危惧して、隙を伺うのもやめだ。今やらなきゃどのみち負ける。
この一回に全てを賭けよう。あと花京院の魂もだ。
「早打ち勝負ね……いいぜ? 乗ってやるよ」
そう言ってロジーは剣を引き抜くと、彼自身から見て右側の方向にその剣を撃ち出した。
勿論、彼の右方面には何もなく。撃ち出された剣はその先にあった木の幹へと突き刺さる。
「何の真似ですか? 僕は目の前ですよ、それともなにか罠ーー」
「早撃ち勝負に剣なんかいらねえだろ?
乗ってやるよ。なんならお前が先に撃ってもいいぜ」
意外に乗ってきたな。
挑発には弱いのか?
まあどちらにせよ、好都合。
「……随分と余裕がありますね」
「お前の攻撃は充分集中していれば避けられるからな。完璧に避けた上で、カウンターを叩き込んでやるよ」
チャンスだ……撃たせてくれる。
「どうした? 当たらないから諦めーー」
「いえ、やります……」
相手には存分に油断していてもらおう。
この技の成功にに必要な条件はシンプルだ。
一つ、俺と対称の間に〝遮蔽物〟がないこと。
二つ、相手が俺の攻撃をタイミングよく避けるために、〝俺の方に視線を集中〟していること。
「フン、いつでも来いよ」
ロジーがどっしりと構える。
いい調子だ。
「僕がこの魔術でロジーさんを動けなくできたら……合格って事でいいですよね?」
ここは敢えて挑戦者の顔を見せよう。
その方がロジーもねじ伏せたくなるだろうからな。
俺はこいつを釘付けにする。
「いいぜ」
「ありがとうございます」
おっと、その前に。
ーー土壁!ーー
俺は自身の背後一帯を土の壁で覆う。
「何の真似だ? 自分の逃げ場なんか塞いで」
「そちらが攻撃をかわすと宣言するなら、僕はこの一撃を絶対に当てます。これはその覚悟です。
一撃で決めるのだから、あなたの攻撃を避けるための逃げ場なんていらないでしょう?」
いわゆる〝排水の陣〟ってやつだ。
適当にこじつけたが、それっぽいよな?
不自然に思われないよな?
「少しは面白え事するじゃねえか」
「そりゃどうも。
……じゃあ、いきます」
俺は足を肩幅に開き、息を整える。
「こい!」
そう叫ぶロジーは微動だにしていない。
集中している。
俺が魔術を放つのを見てから、後出しで避ける気なのだろう。
実際、このまま普通に攻撃すれば、避けられるだろう。
だがな。
その〝集中〟がいいんだ。
ロジーの正面に向けて構え、両腕に魔力を集中する。
両腕に宿すのは、それぞれ別の魔術だ。
「はい、チーズ!」