第40話 不気味さと秘策
凍てつくような空気が漂う王宮の廊下。
そこを忙しなくかける男が1人。
「失礼致します。
マルテ王子へ、ご報告をお持ち致しました」
豪勢な扉を前に、男は張りのある声を上げた。
高級そうな服と整った口髭の、壮年の男性だ。
「入れ」
男は待っていたその言葉を聴くと、丁寧に扉を開き、改めて姿勢を正す。
部屋の中央には金髪の美少年が立っていた。高級感のある服装に気品のある出立ち、一目で位の高さが伺える。
しかし、その美しさの反面、どこかやつれた表情を見せている。
「伝令通り、クロエ王女をお連れしようとしたところ、部屋におられなかったので、ご報告に参りました」
男の言葉に、少年は眉を顰める。
「クロエがいない……?」
「現在王宮内を捜索中ですが、未だ王女は見つかっておりません」
「そうか、引き続き捜索を続けよ」
「ハッ、失礼致しました!」
「待て、まだ行くな」
「はっ、はい?」
颯爽と立ち去ろうとした男が、背面から髪を引っ張られたかのように、その足を止める。
「フィノース•リニヤット当主、あと〝守り手〟の隊長を何人かを招集しろ」
「わ、わかりました。期限などは?」
「早急に、だ」
「承知致しました」
男が部屋を立ち去ると、少年は静かに地団駄を踏んで、呟いた。
「チッ……リディアン•リニヤットの仕業だな……テロリストめ」
ーーー
「ディンとか言ったな。いつでもいいぜ」
吹き付けるそよ風が心地良い草原の中で、向かい合う俺に剣を構えた赤髪、ロジーがそう言った。
この森に囲まれた草原は、王女のいるホテルがある街の外れに位置しており、人通りもほとんどない。
決闘には絶好の場所だ。
いやまあ、決闘なんかしたくないんだがな。
何度も遠回しに決闘は断ったのに、結局ここまで引きずり出されてしまった。
「結界は草原一帯に張ったから、外に音は漏れないからね〜」
ひらひらと手を振りながら、少し離れた場所からリディが声を上げた。
その隣には王女、そして俺が助けた少女がちょこんと立っている。
まだリディと会って少ししか経ってないというのに、あの子は随分リディに懐いている。イケメン高身長パワーは恐ろしい。
1発殴りたい。そんなことしたら俺の手が砕けるんだがな。
ていうか、なんで彼はあんなに平然としてるのかな。
そもそもリディがちゃんと俺のことを説明しておけば、こんなことにはならなかったよね?
「どうした?
こねーのか?」
剣の腹でトントンと肩を叩いているロジーが、俺を睨む。
「出来ればーーいやめちゃくちゃ闘いたくないんですが……」
「甘えんなよ?
これは試験だ。
いかなる事情がお前にあろうとな、こっちは重大な任務で来てんだよ。
弱い奴に隊長の代役が務まるかってんだ」
返す言葉もないな。
言い方キツイけど間違ったことは言ってないんだよなぁ……この人。
そうだよ、よく考えたら途中から俺はリディの穴を埋めないといけないんだ。
「お前も〝同類〟なんだろ?
そうだな……俺に一発でも入れられたら認めてやるよ」
「さっきから同類ってなんですか。同類なら仲良くしましょうよ」
「……やる気がないなら俺からいくぞ」
俺の投げかけを無視して、ロジーが剣先を向けてきた次の瞬間ーー
「うぉっ!?」
ロジーの持っていた剣が弾丸のように彼の手から飛び出し、俺の頬を掠め、少し後ろの木にガツンと突き刺さった。
「……は?」
なんだ?
なにこれ?
剣が飛んだ?
すごい速度だ……
なんの魔法だ? 風か?
風の圧縮で押し出すとか……?
「よくかわしたな。いい感してんじゃねーか」
鼓動が早まる。
危なかった……かわせたのは運が良かった。
「なら2撃目以降はどうする?
まぐれじゃねーだろ?」
ロジーがニタリと笑うと、俺の背後の木に突き刺さっていた剣がカタカタと音を立てて動き出す。
「!!」
木に刺さっていた剣が、凄まじい速度でそこからすっぽ抜け、手裏剣のように回転しながら再び俺へと迫る。
「ーーっと、うわッッッ!?」
咄嗟に風魔術の圧縮撃ちで、横方向に飛び退く。
「?……」
剣は俺を通り越してもなお止まることなく〝異様な程に真っ直ぐ〟な軌道でロジーの手へと戻った。
彼の表情を見るに、はなから俺に当てる気がなかったらしい。
〝再装填〟と言ったところだろうか。
「チッ……深く刺しすぎたな……」
そうだよ。
あと少しで木を貫通してたぞ。結構太い木だぞ?
俺に当たったらどうなってたと思ってんだ?
完全に殺る気だっただろ……
いやしかし、どういうことだ?
剣に追尾能力はないのか?
剣が自由自在に飛び回る能力って訳じゃなさそうだな……
なら風魔術による操作じゃない?……
いや、そもそもあんな風に剣を回転させるなんて細かい操作、人力でできるのか?……
「ほら!
どんどんいくぜ!」
再び剣を手にしたロジーが構えながら叫ぶ。
「ッ……土壁!!」
咄嗟にロジーを土の防壁で囲う。
「お、早いな、やるじゃねーか!」
厚さ10センチ、高さは6メートルほど。
俺の5割程度の出力の防護壁。
5割とはいえ、常人の5倍以上の出力だ。簡単には破れないだろう。
初手で遠距離攻撃をしてくるあたり、おそらく彼は近接に長けていない。
つまりパワータイプである可能性はあまり高くない。剣はハッタリだ。
高さも6メートルある。よっぽどのパワータイプでもなけりゃあんなのは一飛びでは超えられないはずだ。
閉じ込めているうちに、彼の魔術を見破って、対策を立てーー
「ちょっとは見直したぜ!
だが受け身だけかぁ!?」
次手を考えようとした矢先、煙突の様にロジーを囲う岩の防壁から、まるで花火が打ち上がるかのように彼が飛び出してきた。
嘘だと思いたい……6メートル近くある壁だぞ?
それを飛び越えたのか?……
こいつは絡め手を使うタイプじゃなくて、パワータイプなのか?……
「……よっと、次は何を見せてくれるんだ?」
彼を囲っていた土壁の淵に降り立ったロジーが、ニヤニヤと口を開く。
頬に嫌な汗が伝う感触がある。
くそ……
攻撃用に天井を塞がなかったのが仇になったか……
煙突から出てくる赤はサンタだけにしてくれ。
「……パワータイプには見えなかったんですがね。
風魔術で飛んだんですか?」
あの高さだ。人一人飛ばすには相当魔力と精密操作が必要なはず……
いや、相手は王女の護衛を任されるくらいだ。それぐらいはやってくるのか?……
だとしたら俺より魔術の精度は上ってことになる。
同じ土俵となると、厳しい展開だ。
「ハズレだ。
誰もパワータイプじゃないなんて言ってねえぞ。
それに、〝特級魔術師〟相手にいきなり近接仕掛ける馬鹿がいるかよ」
「特級魔術師?……」
なんだ? その目を包帯で隠してそうな称号は。
「お前、今朝の手配書見てねえのか?」
「手配書?」
手配書って、俺のか?……
「事情はよく知らねえがよ。
お前、今朝正式に〝特級魔術師〟として王国全域に指名手配されてんぞ」
いや指名手配は分かる。
特級の方だ。
なんで俺が?
「特級ってあれですよね?
固有魔術持ちの事ですよね?」
「……まあ大体あってるな」
「僕は固有魔術なんて使いませんよ?
身に覚えがありません」
ていうか、どういう魔術が固有魔術に該当するのかすら知らんな。
「あ? そうなのか?……
でも隊長は〝同類〟だって……」
俺と同類……?
つまりロジーが特級魔術師ってことか?
じゃあやっぱり、さっきのあれは風魔術じゃなかったのか。
素の身体強化って可能性も捨てきれないが……やっぱり魔法によるものだよな。
だとするとロジーの魔法は何だ……飛行能力系か?
「リディさんがどう言ったにしろ、僕は特級じゃないですよ」
「……」
俺がそう言い放つと、ロジーは視線落として、露骨にガッカリしたような態度を見せてきた。
「ロジーさんは特級魔術師だったんですね。その身体能力は固有魔術によるものですか?」
「さあな。
俺に勝てたら教えてやってもいいぜ。
それと、俺は特級〝魔剣士〟だ」
「……別にそこはどうでもいいでしょ」
ボソリとそう呟く。
「じゃあ2ラウンド目と行くか。次はお望み通り近接でやってやるよ」
土壁の煙突から地面に降り立ったロジーが、先程までとは違う構えを取る。
「ーー!!!」
一瞬だった。
俺は目も逸らさなかったし、瞬きすらしてなかった。
それなのに今、五メートル以上離れていたロジーが俺の目の前まで迫っている。
速い。
全然目で追えなかった……
危なかった。
〝保険〟を用意してなかったら、どうなっていたことか……
「!?
うおっ……くそッッッ!
なんだこれッッッ!?」
俺の眼前まで迫ったロジーの動きがカクンと止まり、彼の体が前のめりに倒れかける。
ーー流砂ーー
ロジーが剣を構えた瞬間に発動準備をしておいた。
今、俺を中心とした半径1メートルの地面は来るもの全てを飲み込む蟻地獄へと姿を変えている。泥沼の強化版だ。
わざわざ近接で来ると宣言してくれたんだ。
そうでもなきゃ、こんな自分の足場まで奪うような事出来ない。
ーー風波!!ーー
流砂に足を持っていかれ、大きく体勢を崩したロジーに手を向け、魔術を放つ。
「うわっと!」
が、しかし。
俺がロジーを吹き飛ばそうと、魔術を放った瞬間。
ギリギリのタイミングで、彼は上に飛び跳ねて、それをかわした。
いや、飛び跳ねたと言うと少し語弊があるな。もっと不自然な飛び方だ。
まるで地面に〝弾かれた〟様にだ。
「あっぶねぇな……今のは少しヒヤッとしたぜ」
斜め後ろに飛び跳ねていたロジーは、元いた煙突付近に着地し、戦局は振り出しに戻った。
先程の違いを強いて言うなら、彼の顔に余裕ーーいや、油断の色がなくなった事くらいだ。
少し前進か。
しかし……くそ、これもダメか。
それになんなんだ。さっきの飛び跳ね方……ますますどんな手か分からなくなってきた。
不気味だ。
どうする……リディが約束してしまった以上、勝てなきゃ俺はこの旅に同行できない。
それじゃ指名手配のままだし、ラトーナにも会えない……
「どうした?
もうお手上げってか?」
考えろ。あとはどんな手がある……
電撃……は絶対ダメだ。剣持ち相手にゼロ距離で当てるのは無理。
火炎……範囲攻撃。ありっちゃアリだが。視界が塞がれる上、これは岩砲弾ほど速くない。ロジーなら避けそうだな……ていうかここ森だから危ないし。
水……は論外だな。使ってどうする。
風……は既に使ってる。
土……岩礫や砲弾なら当たるかもな。
いや、流石に警戒してるか?
あ!
警戒……か。
つまり俺に意識を集中してるって事だよな……
ならもしかして、〝アレ〟が使えるか?
社交会の時に閃いたアノ魔術が……
いやもうこれしかない。全てを賭けよう。
逆転の時間だ。
ちなみに、今回の王女護衛メンバーは世話係の人以外、みんな髪を染めています。
クロエ 金髪→茶髪
リディ 青紫→緑
ロジー 赤→茶髪
セコウ 薄青→茶髪
ディン 銀髪→金髪
魔族の子 黒髪→金髪
黒髪が一人もいないのは、アスガルズ王国で黒髪は悪魔付きと言われているからです。




