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第38話 動き出す物語



「君、俺と一緒に来てよ」


「……どこにですか?」


「順を追って話すよ」


 男はわざとらしく人差し指を立てて続けた。


「まず、今君がディフォーゼに戻るのは厳しい。あれだけ力のある商会と騎士団だ、包囲網だけなら既に完成しているだろう。

 たしかに君なら力で押し通ることは出来るかもしれないけど、戦闘は避けられないし、騎士とかに危害を加えたってなるとさらに大問題だ。ディフォーゼに戻っても確実に揉め事が起きるだろう。

 ゴタついてるディフォーゼはそんなのに対応する余裕ないしね。余計に負担かけちゃうよ?」


「……僕が戻らない分には平気なんですか?」


「うん。彼らもディンに逃げられた、なんて適当言えばなんとかなるよ。本人はとうに居ないわけだしね」


「それ、僕を匿いながらできないんですか?」


「君を匿いながらはできるよ?」


「じゃあなんで……」


「問題は君じゃなくて、そっちの子」


 そう言って、彼は部屋の隅で蹲っている魔族の少女を指差す。


「……この子ですか?」


「そうさ、これはこの国に限ったことじゃないんだけどね、奴隷には基本的に魔力製の奴隷紋を刻むの。特殊な魔道具を介すれば、どこにいようが位置は筒抜け。アスガルズはそれの精度もピカイチだ。

 本気で捜索されればすぐバレて、匿ったディフォーゼごとお終ーい。仮に戻るんだとしたら、その子は連れて行けないよ」


「……じゃあ一生戻れないってことじゃないですか!」


「最後まで聞けって」


「ッ……」


「君がディフォーゼに戻るために必要な条件は二つ。

 一つ、奴隷紋の解除。二つ、この騒動の鎮圧。わかる?」


「……はい」


「まず奴隷紋。これ解除しなきゃ向こうに所有権があるし、居場所も常に筒抜け」


「——筒抜けってことは今も?」


「それはない。この小屋には俺が結界を張ってる。魔力関係の通信も阻害できるから絶対に見つからない」


「はぁ……」


 すげえな……そんなことも出来るのか。


「話を戻すよ。そして2個目の騒動鎮圧」


「奴隷紋を解除するだけじゃだめなんですか?」


「うーん……微妙なところだね。なぜならその女の子が彼等にとってどれくらいの価値だったかわからない。鬼族ってさほど珍しい種族ではないけど、身体能力が高くて奴隷向きだからね。

 まあ仮にすんごい貴重だったとするよ? その場合、奴隷紋がなくなっても、その子をまた手に入れようとするだろうね。向こうにも面子ってのがあるし」


「うっ……」


「そこで俺と取引!!」


 机から身を乗り出して、愉快そうにリディアンは声を上げた。


「取引……」


「俺が君の起こした騒動をなんとかするよ」


「……出来るんですか?」


「出来る」


「どうやって?」


「俺はミーミル王直轄騎士団『記憶の守り手』で隊長の地位を持っている。それこそ、四大貴族に勝るとも劣らない力がある。ちょっと動けば鎮圧くらいは出来る」


「な、なるほど……」


「ん? 信じてないの?」

 

「いや、僕はミーミル国民じゃないんで、四大貴族の力とか騎士団とかいまいちピンとこなくて……」


「ああ、なるほどね。まあ、数百人程度の戸籍なら簡単にいじれると思ってくれて構わないよ。

 じゃあ話戻すね。まず確認として、これは取引だ。俺からも要求を出させてもらうよ」


「はい」


 なんか今、サラッとすごいこと言ってた?


「君には二つ仕事をやってもらう」


「二つ?」


「そう、二つ。まず一つ目は俺が今やっている仕事。これが終わらないと君を戻す準備ができないからね」


「取引したいならまずそっちの仕事を手伝えと……」


「そう。こっちも色々立て込んでててね……

 それに、君だって早く国に戻りたいだろう?」


「……そうですね、わかりました。で、今の仕事ってのは?」


「ミーミル第一王女、クロエ•ミーミルのムスペル王国への亡命を手伝ってもらう」


「亡命?」


「うん、亡命」


「なんで亡命するんですか?」


「クロエ王女が王位継承争いに負けたからだ。勝ったのは第一王子のマルテ様」


「はあ……?」


 王座を手にした後、王女が邪魔になるから殺すってことか?

 反乱の意思を摘んでおくみたいな?


「我々はクロエ王女を王にするために、彼女をムスペル王国に亡命させ、そこで力を蓄えてもらう」


「マルテ王子が国王じゃダメなんですか?」


「ダメだ。彼は奴隷市場や盗賊などと繋がって不当にその力を増長させている。思想も機械的過ぎるし、このまま彼が王をとなれば国そのものが危険だ」


「はぁ……つまり?」


「マルテ王子が即位するのは早くて五年後。それまでの間に我々王女派は彼を暗殺し、王座を奪還する必要がある。だからムスペルに潜伏して力を貯めて再起を図る」


 要するに革命じゃねえかよ。


「王になってから殺すのはダメなんですか?」


「ダメだ。そうなったら打つ手がなくなる」


「なぜ?」


「歴代ミーミル王にも、四大貴族と同等の遺産が与えられている。彼が即位してしまったらその力のせいで手に負えなくなる。俺ですらね」


「なるほど……随分、詳しいですね」


 アーベスは遺産のことを、俺に何も言ってなかったけどな。

 いやひょっとして、なにか隠してたのか?


「本来、遺産のことはそれを受け継いだ本人しかしらないが、俺はその遺産を持つ現国王の命で動いているからな」


 現国王ってことは、そのマルテの親父ってことだよな……?」


「え、父親が息子を殺せと言っているんですか?」


「そうだよ。既に王室でのマルテ王子は力を持ち過ぎている。王命がだけでどうにかできるほど単純じゃなくなってしまったからね」


「なるほど」


 王は息子が即位するのを阻止する為に、娘の勢力を援助して間接的に王子を止めようとしているのか。


「で、真の取引の内容は言ってなかったよね?」


「はい」


「俺が君をミーミルに戻す代わりに、君には王女派について王座奪還を手伝ってもらう」


「僕がですか!?」


「そうだよ。理由は2つ」


「2つ?」


 さっきから二つばっかだな。


「うん。まず一つ目、君や君と繋がりのある人物達はこの王座争いで非常に強力な駒となる」


 いや駒て……でも言われてみればそうか。アーベスだろ? ラルドだろ? アインの親父だろ?

 そう考えると結構強い駒だな。

 いや、アインのことは知らないか。


「ディフォーゼも力になるんですか?」


「ディフォーゼ単体なら微妙だが、なんか彼等もこそこそやってるみたいだし、ラルドもいるからね」


「なるほど」


「ディフォーゼが王女側について、王女が勝てば再起も図りやすいしさ」


 確かにそうだけど、そんな賭けに乗るのかな……


「そして二つ目、むしろこっちが本命かな。君の話だ」


「はい?」


「まず、王子は早くて五年後に即位すると言ったよね」


「言いましたね」


「王子は来年、11歳になると同時にミーミル国立学園に入学し、卒業と同時に王に即位する」


 たしか国立学園ってアインが行ったところだよな。


「え、じゃあ王子って今10歳!? そんなのが王宮で力持ってるんですか!?」


 まさかの一歳差! この歳で周りに美人侍らせてウハウハってか? クソ王子め。羨ましい。


「そうだよ。だから危険なんだ」


「未熟ってことですか?」


「違う。たしかにそれもそうだけど、普通あの歳であれだけの力を持てるはずがないだろう」


「まあ、そうですけど……」


 要するに、王子は飛び抜けて優秀ってことだろ?……


「王子を操っている黒幕がいるってことだよ」


 全然違った。


「あー! なるほど!!」


 あれ? でもそしたら……


「じゃあ、王子じゃなくてその黒幕を殺せばいいんじゃないですか?」


「両方殺さないとダメだ。王子はもう黒幕の思想にどっぷりと染められている。黒幕だけ殺しても、危険なだけだよ」


「危険……」


「当たり前だ。未熟な上、洗脳で私欲に塗れた横暴な王子。その手綱を引く者が消えるんだ。それこそ王子が暴走してこの国は自滅だよ」


「なるほど」


「じゃあ話を戻すよ」


「あ、はい。すいません」


「君には2年後、王立学園に入学してもらい、王子に接触してもらう」


 学園で王子に接触……?

 しかもこの話の流れだと……


「僕に王子を殺せってことですか?」


「いや、違う。君にやって欲しいのは、あくまで王子と親しくなることだ」


「?」


「王子と親しくなり、接触の機会が増えれば彼を操っている黒幕の正体が浮き出るかもしれない」


 スパイってことか?


「殺さなくていいんですか……?」


「殺せるならそれに越したことはないけど、それはあまり現実的じゃない」


「と、言うと?」


「学園だからって王子のガードが緩くなるわけじゃない。いくら親密になったとしてもさすがにそこまでは無理だ」


「だから殺すのは厳しいと?」


「そうだよ。それができるなら君を選んでない」


「?」


「親密になるだけなら肉体関係を持つ方が早い。なら優秀な女生徒を使えば良い。例えば、今年主席入学したアイン•エルロードとかね」


「アイン!?」


 あの馬鹿が主席!?


「なに、知ってるの?」


「僕の幼馴染です……」


「そうなんだ。じゃあ君を鍛えたのは彼女?」


「逆ですよ、僕が彼女に学問やら魔法を教えたんです!」


「あー、そういう……」


「嘘だと思うなら、別にいいですけど」


「いや、信じるよ。じゃあ尚更彼女を選ばなくて良かったね」


「?」


「その口ぶりだと君の方が優秀っぽいし、女の子の幼馴染が見たこともないやつに寝取られるなんて嫌だろ?」


「嫌です」


 別にあいつが好きとかじゃないけど、なんかそれは嫌だ。


「うんうん。お年頃だね」


「……話を戻してください」


 くそ、からかいやがって……

 なんだそのニヤケ顔は……ムカつくな。


「あーはいはい。で、君がやるのは彼と親しくなり、黒幕の調査と、彼が隙を見せる瞬間を探ることだ」


 王子を暗殺する機会を俺が探るってことか。


「なるほど。実行はそちらがやると」


「そうだね。どのみち殺せるのは俺ぐらいだろう」


「あ、でもこんな重要な仕事、素人の僕に任せて平気なんですか? もっと他に適任が……」


「無理だ。言っておくが王子は結構優秀だ。君は王子と〝対等〟になるんだよ。つまり一学年上の彼に飛び級して追いついて、その上で張り合わなきゃならない」


 飛び級か。できるかな……

 ていうか王子は優秀なら、なんで操り人形になってんだよ……


「それができそうなポテンシャルがあるのは君くらいだ。現に、こんな難しい話を同年代で理解できるのは君くらいだろう。これが君を選んだ理由」


「随分買ってくれてますね」


「もともと噂で君のことを聞いて利用できるかもと思っていたけど、実際会ってみたら期待以上だったからね。

 捨てるはずだったこの案も使えるかもと思ってさ、君なら飛び級ぐらいは出来るよ」


「なるほど」


「で、話はわかった?」


「あっ、はい。つまり僕がやることは、クロエ王女を護衛しながらムスペル王国に向かい、そこで潜伏。

 準備が整うと共にクロエ王女とミーミルに戻り、俺は学園に入学。

 入学後、トップの成績を保ち、王子と親しくなる。そういうことですよね?」


 オレ、スパイスル。

 オウジ、コロサレル。

 オウジョ、ソクイスル。

 ディフォーゼ、アンタイ。

 ラトーナニ、マタアエル。


「そうそう、大体そんな感じ。他になんか質問ある?」


「向こう——ムスペル王国には、どのくらい潜伏してればいいんですか?」


「大体一年かな。まず向こうに着くまで多く見積もって三ヶ月。向こうでクロエ王女が力をつけるのに一年。ミーミルに戻るのに約三ヶ月くらい?」


「その月日に僕が戻れるようにする準備の期間を足すんですか?」


 それで入学に間に合うのか?


「違う違う、言い方が悪かったね。最初に言ったろ? 俺が君を戻れるようにする為に、まずは亡命の仕事を手伝ってもらうって」


「ハイ……?」


 難しい話が多すぎて、わかんなくなってきたな……


「本来俺がやるはずだった仕事を君がやる。それで手が空いた俺が、君が国に戻れるように準備する」


「?」


「えーと、難しいな……俺の動きを説明するとね?

 まずムスペル王国亡命を手伝う。終わり次第、ミーミルに戻ってディンが戻る場を整える。それが騒動の鎮圧、入学する為の手回し等ね? それでようやくディンが戻ってこれるってことなのよ」


「リディさんは、王女をムスペルまで送ったら戻るって事ですか?」


「そういうこと。本来なら俺も護衛としてムスペルにいなきゃいけなかったけど、代役に君を選ぶの。そうすれば、俺は君の起こした騒動を鎮圧できる」


 なるほどな。わかったぞ。


 俺がリディの代わりにムスペル王国に潜伏して、その間にリディが仕事をするのか。


「リディさん相当強そうですけど……僕で代役になりますか?」


「大丈夫、そもそも君は潜在能力が他とは違う。それを道中俺が鍛えるんだ。俺レベルとはいかなくても、相当強くなれるよ」


「は、はぁ……」


 そこまで大袈裟に言われると、逆に信用できないというもの。


「もちろん、そっちの子もね」


 リディは少女の方をピシャリと指差してそう言った。


「え、この子も鍛えるんですか!?」


「当たり前だよ。だってその子、他に行くあてあるの?」


「ッ……」


「どのみち自分を守る為にも力は必要だ。彼女も旅に同行して、君と同じ護衛の任を与える」


「大丈夫なんですか……?」


「その子は魔族だ。君までとは言わないが、潜在能力は高い」


「……僕はそんなに凄くないですよ」


「いずれわかるさ」


 いずれ……?


「これで大体わかった?」


「あ、肝心の奴隷紋の解除はどうするんですか?」


「あれは人の手で解除できない代わりに、一年ぐらいで効力を失う。だからムスペル潜伏中には消えるさ」


「道中はどうするんですか?」


「俺が近くにいる分は問題ない。ムスペルに入ってからは尚更だ」


「ムスペル王国は平気なんですか?」


「あそこの環境じゃ魔力感知の魔道具は使えないし、そもそもあそこは不可侵国家だ。アスガルズも下手に手を出せない」


「亡命はいいのに?」


「こちらは王の正式な手続きのもとに〝旅行〟という体で行われてるからね」


「へぇ〜」


「じゃあ、話も終わったし。俺は一旦戻るよ」


「ミーミルにですか!?」


「違う、王女の所にだ。彼女らはもうこの街に来ている。このことを報告しないとね」


「もう来てるんですか……」


「そうだよ。もう任務は始まっている。君達も明日から同行してもらうよ」


「明日!?」


「うん。君達を拾ってそのままムスペルまで向かう。今日の分の食料は俺が後で届けるから、今はゆっくり休みな」


 リディが席を立ち、戸の方へ歩き出したので、俺も慌てて立ち上がり、ついていく。


「……わかりました」


「わかってると思うけど、外には出るなよ?」


 そう言って、リディは小屋の戸を閉めた。

 バタンと扉が鳴ると、部屋は急に静かになった。


「はぁ……」


 ラトーナにお別れを言うのは無理だよな。

 彼女を置いて急にいなくなるんだ。

 怒るかな……

 嫌われるかな……


「……くそぉ」


 女の子助けたら殺されかけるし……

 いきなり護衛とか任されるし……

 ラトーナにもう会えないし……


 なんでこんなことになってんだろう。


Q ディンは有名なのになぜ社交会で誰も反応しなかっ

 たの?


A 貴族達やリディアンに伝わっていた情報は、無詠唱

 を使う天才少年です。

 容姿に関する情報は出てないですしね。

 襲撃者を撃退した後のアーベスとディンのやりとり

 で感のいい人は彼の正体に気づいてますけどね。

 結果的に言うと、反応する余裕がなかった。になり

 ます。


Q なんで急に〝王の遺産〟なんて出たの?後付け?


A 違います。ディフォーゼ篇でその話が出なかったの

 にも理由がありますし、〝遺産自体〟は既に物語に

 出ています。

 なので後付けじゃないです。


Q ディンがディフォーゼにいるって噂があったなら、

 どうしてディンの対策をしなかったんですか?


A そもそも5属性持ちの無詠唱なんて彼等にとっては

 作り話みたいなもんですし、仮にいたとしてもただ

 の魔術師。大して警戒されてなかったからですね。

 襲撃者側はとにかくラルドを抑えたかったわけで

 す。

 結論。ラルドがやば過ぎて警戒から外れた。

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