第37話 英雄王の遺産
狭い小屋の中で2人、向かい合って座る。
異様な緊張感だ。
「それじゃあ落ち着いたみたいだし話そうか」
置いてあった小さな机の上に足を乗せて、男はそう言った。
無駄に顔が良いせいで、そんな態度も様になっているのが苛つく。
「……はい」
「改めて、俺はリディアン•リニヤット。よろしく」
男はヒラヒラと手を振りながらそう言った。
「ディン、ディン•オードです」
「ディン……オード?」
「僕のこと知ってるんですか?」
「うん、まあね。ディンってやっぱそうだよね? ディフォーゼの神童とか言われてる子」
「ディフォーゼの神童?」
「ここ最近の有名人だよ。6歳で無詠唱魔術を使い、あの黒狼に致命傷を与えて、そんなのが死神と一緒にディフォーゼ邸に招かれたって」
「は、はぁ……」
たしかに全部本当だけど、言い方って大事だね。
実際黒狼相手にはチビってたわけだし。
脚色具合がネットメディアみたいだ。
「オードの性は初めて効いたけど、死神と一緒の銀髪……君、ラルドの親戚かなんか?」
「え、父様を知ってるんですか?」
俺がそう聞きかえすと、男はピタリと固まった。
「今、父様……って言った?」
「はい」
「…………プッ! ハハハハハハハハハハ!!」
静かになったと思えば、男いきなりはひっくり返るんじゃないかってほどに椅子を傾けながら大笑いした。
「僕何かおかしなこと言いましたか?」
「うん、言った言った! あいつが結婚? 子供? なかなか面白いこと言うね! ハハハハハ!」
面白くないぞ。
毎日目の前でイチャイチャしてるし。
夜はお盛んだし。
転生者とはいえ、毎日親のイチャつき見せられてたんだ。
結構キツかったぞ。
「別に嘘だと思うならいいですけど」
「ハハハハッッッッ!」
「……」
「——え、本当なの……?」
俺は黙って首を縦に振った。
「嘘だろ……」
「父様の知り合いですか?」
「え? ああ、うん。昔の同業者だよ」
「セリさんとかと同じ?」
「おお! セリの事も知ってるんだ! へぇ〜」
じゃあ、この人もラルドが言ってた傭兵チームの1人か。
それにしては随分若いよな。傭兵団があったのって10数年以上前だろ? 見た感じラルドと大して歳変わらなそうだ。
「——さて、前置きはこれくらいにして。そろそろ本題に入るよ。ディン」
雰囲気が変わった.
スイッチのオンオフが激しい人だな。
「はい、どうして助けてくれたかも教えてくれるんですよね?」
「うん、じゃあまずはそこから話そうか」
「お願いします」
「まず、君を助けたのはたまたまだ」
「へ?」
「たまたま街をブラついてたら凄い霧を見つけてね。何事かと近くに行ってみたらさ、子供2人がアスガルズの騎士に追われてるもんだから、様子見してたの。
——んで、そしたら君が無詠唱魔術を使ってるところを見てさ。ますます気になっちゃって」
「え、それだけ……?」
「そう、そんだけ。いやまあ、無詠唱であんな珍しい魔術使う子供なんて、それこそ話に聞いた『ディフォーゼの神童』くらいだからまさかと思って見てた感じ。理由は他にもあるけど、詳しいことは後で話すよ。話にも順番ってものがあるからね」
「なるほど」
「じゃあ俺も聞くけどさ」
「はい」
「なんで、その子担いで逃げてたの?」
男は座ったまま少女を指差してそう言った。
声こそ明るかったが、目は真剣そのものだった。だからこそ不気味だ。
「たまたま路地で迷ってたら奴隷商に売られてる親子を見つけて、しかもその子は前に助けてあげたことがあって……」
「うんうん」
「最初は無視しようと思ってたけど、あいつらがこの子の目の前で母親を殺して」
改めて思い出すと、罪悪感で吐き気がする。
どうしてもっと早く動かなかったのだろう。
「それで、見てられなくて気づいたら——」
「その子連れ出して逃げてたってことね」
俺が頷くと、男は納得したようにため息を吐いた。
「確かに人助けはいいことだ。この国の魔族差別には僕も思うところがある。けどね、今回は相手が悪かったよ」
「はい?」
「あの商人、この国でも有力な『スキィア商会』の下っ端だよ。君を追ってた騎士だって、多分三席ぐらいの地位の者だ」
三席ってどのくらいだ?
某死神漫画じゃ弱いイメージしかないが……
「つまり?」
「この国において、あの商会と騎士団の力は教会に次いで強い。それに喧嘩を売ったんだ、魔族も庇っちゃったし、明日には国中指名手配だよ」
「マジスカ……」
「『マジ』……?」
「あ、気にしないでください。方言みたいなものです。それより、僕がディフォーゼに戻ることって——」
「無理だと思うよ。君みたいな目立つ銀髪、まずディフォーゼに調査がいくよ。言っただろう? 君は有名人だって。ちょっと街歩いただけで捕まるよ」
「もう家族には会えないんですか?」
「しばらくはやめた方がいいと思うよ」
しばらくって、どれぐらいだろうか。
一ヶ月? 一年?
「何? そんなにディフォーゼと家族が好きだった?」
「いや、まあ……」
「ふーん……まあなんにせよ、ディフォーゼにつくのはあんまりお勧めできないけどね」
「どいうことですか?」
「簡単に言うとね、あの家は弱体化してるの。そのうち四大貴族の一角を担えなくなるだろうね。恐らく〝王の遺産〟を失っているか使いこなせていない」
「王の遺産?」
「あ、そこからか…… えーっと、400年前の英雄王は知ってる?」
「はい。よく本に出てくるやつですよね」
「ミーミル四大貴族にはね、その王が残した遺産がそれぞれ一つ託されているんだよ」
「遺産?」
「そう、遺産。世界中に散らばってるそれのうち四つを彼らはそれぞれ一つずつ代々受け継いできたの。どんなものなのかは、俺は知らないけどね」
「なるほど、でも弱体化してるのは確定なんですか?」
「ディフォーゼ家の強さは彼ら自身のもの以上に、その家臣群にある。絶対服従であり、それによる情報力も高い。なにかそれに関連した遺産の力なんだろうね。四大貴族の中でも頭ひとつ抜けているくらいだから」
「情報戦に強いんですね……」
「——だが少し前に前当主が暗殺された。しかも家臣を利用されて」
それってアーベスの兄貴のことか?
でもあれは結婚絡みじゃ……
「あり得ないことだ。ディフォーゼ家が身内を利用されてやられるなんて。他ならまだしも、あの鉄壁のディフォーゼが」
「だから弱体化していると?」
「そうだよ。だから他のリニヤット家は、今が好機とディフォーゼを狙ってるってわけ」
じゃあ社交会の襲撃もその一つなのかな。
「ラルドがディフォーゼ邸に招かれたのは、他のリニヤットへの威圧だと思うよ。君の力は誤算だろうけど……まあ、どうやってあいつを味方につけたのかは俺も気になるけどね」
「あー、それは僕の母がディフォーゼの人間だからじゃないですかね?」
「なるほどそういうことか。合点がいったよ」
「はい」
「——まあ話を戻すと、あそこには戻らない方がいい」
「ッ……そうですか……」
あの子を助ける時にそのことを考えなかったわけじゃない。しかし、改めて人から言われると、やはり後悔の念が浮かぶ。『助けなければよかった』と。
やはり俺はダメ人間だ。
だがそれは別として、ディフォーゼの危機と聞いておいそれと諦めるわけにはいかない。
俺がいたところでどうにかなるわけじゃないかもしれない。でも、家族やラトーナに何かあったらそれこそ1番後悔が残る。
「無理にでも戻る……と言ったら?」
「俺が力尽くで止めるかな」
「っ!」
「力の差がわからないほど馬鹿じゃないだろう? それとも試してみるかい?」
「……ぁ」
「ん? 何?」
「じゃあディフォーゼを見捨てろって言うんですか?」
「おいおい、怒るなよ。自業自得だろ?」
「ッ……怒ってないですよ……!」
「そう? なら良いけど……あとね、俺は別に見捨てろなんて言わないよ。君と取り引きしに来たんだ」
「?……」
首を傾げる俺に対し、男は人差し指を立てて得意そうに口を開く。
「君、俺と一緒に来てよ」




