第31話 自己嫌悪の底で
「ディンのお嫁さん……」
ふぇ?……
オヨメサンってなんだっけ?
いや、お嫁さんだよな。
うん、あれだ。
野菜の国の王子の財布となった某下着や、リボンが特徴的な五分の一の女の子だ。
「お嫁さん……って言った?」
俺がそう問うと、彼女は顔を赤くして、コクりと頷いた。
おかしいな、サ○ヤ人は赤じゃなくて金色のはずなのに。
え? 真面目にやれって?
ハハッ。
無理に決まってんだろ馬鹿野郎。
こっちは一日中吐いててフラフラなのに、何かと思えば結婚の話?
俺まだ9歳にもなってないぞ?
考えてみろよ?
小学生の時の幼馴染と『結婚しよう』なんて約束したやつは沢山いるかもしれない。
でも本当にしたやついるか?
そんなのラブコメだけだろ。いや、ラブコメでも稀だわ。だって幼馴染設定って使いにくいもん。
「あはは……それはどう、だろうね……」
静かに笑いながらラトーナから目を逸らすと、彼女はとても悲しそうな顔をした。
あーあ、しょんぼりさせちゃったよ。
何これ、どう答えりゃいいの?
「ディンは私のこと、嫌い……?」
俺の手をそっと握る彼女。
その声は微かに震えていた。
「いや、そんなことない……よ?」
いや好きだよ?
でもさ、恋愛対象として見れるからと言っても、なんかいきなり飛躍し過ぎだし。
歳の差を考えると抵抗感があるんだよなぁ……
前々から思っていたけど、なんか俺が騙してるみたいで嫌なんだよ。
「俺なんかより、良い人は沢山いるよ?」
自嘲気味に笑いながら言うと、彼女は首を横に振った。
「ディンが1番凄いわよ……」
こんな美少女に、こんな近くでこんな事を言われて、安易に拒絶できる男がいるだろうか。
今日の彼女はなんだかいつもと雰囲気が違う。
いつもより色気があるように見える……
もう出会った頃のように『だが断る』なんて言えない。
「……あ、ありがとう」
「じゃあ……私のことは……?」
「いや、まあ……好き。だよ……」
言ってしまった。
半ば言わざるを得ない流れだ。
顔が熱い。心臓がバクバクだ。
ラトーナは俺の言葉を聞くと、腕にそっと抱きついてきた。
「……ラトーナ?」
「……」
いつもはクールに振る舞っている彼女が、こんなにも顔を赤くしてアピールしてくる。
そして腕に当たる微かな柔らかい感触、ふわりと香る香水。
いくら頭でブレーキをかけているとは言え、こんな状況に、立ち上がらない息子はあるだろうか。
いや、もはや息子と呼ぶには硬すぎる。
俺の聖剣はガンダリウム合金製だったようだ。
立ち上がったのはガン○ムという名のムスコだ。
そして今にも燃え上がりそうだ。
「あの……」
震える声でラトーナに声をかけても、彼女は俺に抱きついたまま離れない。それどころか、さらに強い力で、ギュッと俺の腕を抱き締めてきた。
「……ラト––––」
「お父様がね、落ち込んでる男の人を元気にするには好きな人に慰めてもらうのが良いって……」
彼女は俺の腕に顔をうずめたまま、口を開いた。
彼女の温かい息が腕の芯まで伝わってくる気がした。
「私、ディンが好き。辛いなら頑張って慰める。お父様も私が慰めに行けば良いって言ったけど、ディンは私のこと好きじゃないかも知れないから……」
え……好きじゃない?
そんなの心を読めばわかることだろ……?
「慰め方とかよく知らないけど……ディンならこういうの好きかなって……」
いや確かに嬉しいよ? 嬉しいんだけどさ……
「それとも、やっぱり私じゃ嫌……?」
上目をつかって俺の瞳を覗くラトーナ。
その息づかい、やや紅潮したその頬に、俺の理性は吹き飛ばされた。
「ひゃっ……ディン!?」
気づけば、俺は彼女を押し倒していた。
微かに埃が舞うベッドを、窓からの薄灯が照らす。
「嫌じゃない。ラトーナが好きだ」
はっきり目を見てそう伝えると、彼女の顔はみるみるうちに真っ赤になった。
そうだよ、俺はラトーナが好きなんだよ。
歳も全然違うし、住んでいる世界も違う。
それでもだ。
もういいじゃないかディン。
彼女は俺を好きと言ってくれてるんだ。
こんなに可愛い子が嫁?
いいじゃないか。
騙してると思うなら、この先もっと幸せにしてやればいい。
アインのことは今考えてどうにかなることじゃない。
なるようになるさ。
俺は左手で彼女の手を握り、空いている右手でそっと彼女の胸へと手を伸ばす。
「! ……」
しかし、その手はラトーナに触れずにベッドへと落ちていった。
気づいた。
微かに震えているのだ。
俺が握っている彼女の手が。
ギュッと瞑られた瞳の目元からは、薄らと涙が浮かんでいた。
その顔を見て、社交会でラトーナを人質に取られた時の光景が浮かんだ。
ハッとした。
そして思い出した。一番怖い思いをしたのは彼女だということを。
「……」
そんな考えが頭をよぎってしまうと、もうまともに体が動かない。
俺はしばらく硬直した後ラトーナの手を離し、彼女の横にうつ伏せになるように倒れ込んだ。
「ディン……?」
何がガンダムだ、死ねよ……俺。
安易な考えで人殺したと思えば、ちょっとラトーナが慰めてくれたぐらいで興奮して、挙げ句の果てに彼女に酷いことをしようとした。
何勝手に勘違いしてんだ。
慰めるってそういう意味じゃないだろ。いくらませていても彼女はまだ9歳だ。
そもそも、いきなり欲望剥き出しの相手に押し倒されたら誰だって怖い。
少し考えればわかるだろ……
それに彼女だって色々辛い筈だろ?
しかもそれは誰のせいだ?
俺だよ。
俺が調子に乗ったせいで、彼女は危険な目にあったんだ。
彼女を置いて敵の数も分かり切ってない場所に突撃するなんて、今考えれば有り得ない話だ。
彼女だって、無理して慰めに来てくれてるのかもしれない。
それなのに俺は今、彼女に何をしようとした?
勝手に勘違いして、馬鹿みたいに鼻の下伸ばして。
仮に、彼女が拒んでいなかったとしても、俺はそんなふうに彼女を道具みたいに扱っていいのか?
さっきまでのブレーキはどこに行った?
俺はそんなことで心が晴れる人間だったのか?
人を殺しても、1発ヤればもうスッキリか?
あれだけ凹んどいて、そんなもんか?
「ごめん。乱暴して……」
ダメだ。
もう彼女の顔を見れない。
何が好きだ。
結局、下半身に支配されただけじゃないか。
ゴミ野郎だ……彼女も落胆しだろうな。こんな薄汚れた心を読んだのだとしたら。
いつもそうだ。
目先の欲望に目が眩んで、他人のことを考えない。
そうやって、何人傷つけてきた? 何回失敗した?
「え……わっ、私はちょっとびっくりして……あ、そのっ、ディンは大丈夫なの……?」
酷いことをした。
なのに俺の心配が先か。
やっぱり優しい子だな……
「うん、大丈夫……あと、上着来た方がいいよ。そんな薄着だと風邪ひく」
大して露出があるわけでもないが、なぜかそう口にした。
「むっ、蒸し暑いから平気よ!? そ、それに……ディンなら解毒で治せるでしょ?」
「早く」
「……うん」
布が擦れる音、ラトーナが上着に袖を通す音が聞こえた。
「……あと、僕は解毒を使えない」
「……そう」
「「……」」
彼女は今、どんな顔をしているのだろうか。
ダメだ。
罪悪感でまた吐き気が込み上げてきた……
「ごめん、本当にごめん。今日はもう、休む……」
さっきからごめんしか言えない。
これじゃあ、前世と何ら変わらないじゃないか。
「……わかったわ」
彼女がベットから起き上がって、スタスタと扉の方へ歩いていく音が聞こえた。
「……ねえディン」
扉に手をかける音が俺の耳に入るったと同時に、彼女は俺を呼んだ。
「……なに?」
「明日、元気が戻ってたら……一緒にお出かけしてくれないかしら?」
「……わかった」
俺はうつ伏せのままそう答えた。
「そう、じゃあ、また明日来るわね」
そう言って、彼女は部屋を出て行った。
扉を閉める音は、あまりにも静かだった。
「……死ねよ、気持ち悪い」
静かになった部屋で、俺は自分自身に呟いた。
口に出さずにはいられなかった。
自分が嫌になる。
彼女には悪いことをした。
償おうなんて、傲慢なことは言わない。
明日は彼女の望みを出来るだけ聞いてやろう。
彼女を笑顔にしよう。
そうしなきゃダメだ。
そう決めて、俺は吐き気を紛らわすように眠りについた。
転生小話
ミーミル王国は土葬です。
国教である「叡樹教」の教えでは、死した魂はユグラシルの根に吸われ、やがて幹まで辿り着き、新たな魂の実となってこの世に落ちる。
という教えがあるからです。
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第1章 ー終幕ー
第2章に続く




