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「偽物の天才魔術師」はやがて最強に至る 〜第二の人生で天才に囲まれた俺は、天才の一芸に勝つために千芸を修めて生き残る〜  作者: 空楓 鈴/単細胞
第1章 社交会篇

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第30話 受け入れ難いもの


「ふざけた態度とりやがって……」


 拘束された男は、唾を吐いて俺を睨む。

 どうやら、キャバ嬢風の取り調べはお気に召さなかったらしい。


 俺は姿勢を戻し、即座に土魔術で机と三つの椅子を作り、男を座らせる。

 ラトーナも俺に促され、ちょこんと俺の後ろの椅子に座る。


「じゃあ、おふざけはこれくらいにして今からあなたに取り調べを行います。カツ丼は出ませんけど、ちゃんと質問に答えてくださいね?」


「あ? かつどん……?」


 そこはどうでもいいだろ。


「では最初の質問です。あなた、家族はいますか?」


「ケッ、いねえよ……」

 

「ラトーナ」


 俺がラトーナに目配せすると、彼女は頷いて、淡々と語り出す。


「妻はいない……が、以前攫ってレイ……プ……した女が産んだ子が2人」


 ラトーナの表情が少し曇った。彼女は賢いから、これくらい平気かと思っていたが、少し刺激が強かったかな……


「なっ——は!?」


 慌てて身を乗り出そうとするが、椅子に拘束されてることを思い出し、男はその腰を下ろす。

 

 わかるぜ?

 俺も最初そんなリアクションした気がするよ。


「どういうことだラトーナ……」


 アーベスも驚きを隠せていない。


「まあまあ、後でじっくり彼女と話して下さい」


「……あ、ああ、わかった」


「では次の質問。デデン! あなたの雇い主は誰ですか?」


「……」


 流石に言わないか。

 少々質問が直球すぎるか?

 いやいや、回りくどいのは日本人の悪いところ。

 これぐらいでいいはずだ。続けよう。


「言えない事情でもあるんですか? 所詮雇われでしょ?」


「へっ、俺らが雇い主と直接会ってるわけねぇだろ?……」


 男の声は少し震えていた。

 

 そして、やはり誰かを仲介しての犯行だったようだ。


「フィノース家……?」


 ラトーナが眉を八の字にして、ボソリとそう呟いた。


「嘘だろ……」


 ラトーナの言葉を聞いて男が青ざめる。どうやら当たりのようだ。

 流石です、ラトーナ先生容赦無し。どこぞの老いを恐れた波紋使い並だな。


「フィノースって確か……」


「フィノース•リニヤット。我々と同じ四大貴族リニヤットだよ。今は主に西領土を統治している」


 首を傾げる俺に、アーベスが捕捉する。


「なるほど」


「くそ……これで満足かよ?」


 小刻みに足を震わせながら、男は俺を睨む。先程までの威勢は何処へやらだな。


「ええ、ありがとうございました。詳しいことはまた後日聞かせていただきます。安全も兼ねて、あなたの身柄はしばらくディフォーゼ邸で預かります。いいですよね? アーベスさん」


「あ、ああ……わかった」


「じゃあそういうことで、しばらくそこで待っててください」


 本当に約束を果たした俺に驚いたのか、男はキョトンとしていた。


 俺は席を立ち、拘束していた他の男達を見張っているラルドに声をかける。


「父様、他の人達を起こしてください。とりあえず彼等に今後の処遇を伝えなければならないので」


「ああ、わかった」


 アーベスの方に向き直る。


「後は主催の方に報告ですかね」


「ああ、そうだね。それは僕がやっておくよ。君は休んでくれ」


「わかりました。それと……」


 アーベスに耳を貸すよう、手招きする。


「ん、なんだい?」


「……お爺様と話す前に、帰ったらラトーナと話してあげてください」


「ああ、わかったよ」


 よし、これでやることは大体済んだな。

 

 そろそろ体力が限界だ……頭も使い過ぎたしな。

 ふらふらしてきた……


「おいディン、連れてきたぞ」


 ラルドに剣を突きつけられて、ゾロゾロとこちらに向かってくる男達。

 手には俺お手製の手錠がかかっているがしかし、そこには違和感があった。

 1.2.3.4……


「あれ……1人足りなくないですか?」


 人質を指差しながら問う俺に対し、ラルドは平然とした態度で答えた。


「ああ、1人死んでたからな」


ーーーー

 

「おえっ……うぅ……」


 薄暗いトイレの個室、そこの便器にもたれかかるようにして、胃の中が空になっても尚、俺は吐き続けた。


 社交会から2日、俺達は無事にディフォーゼ邸まで帰還することができた。

 アーベスや当主は襲撃の件の処理に追われており、東奔西走しているが、それ以外のほとんどがいつもの日常に戻りつつあった。


「水……」


 散々吐いて喉が渇いた。早く部屋に戻ろう……

 

 肝心な俺はというとこの通り吐いて、飲んで、また吐いて、寝てと、この二日間はずっとこんな調子だ。


 あれは事故。

 誰も俺を責めなかったし、ラルドは逆に俺を褒めていた。『相手の詠唱を警戒して一撃で無力化するのは良い手だ』と。


 自分も切り替えたつもりだった。


 なのに……なのにだ。震えが止まらない。

 未だに脳裏に焼き付いて離れない。俺が殺した男の顔が。


 俺がもっと電圧を抑えていれば……いや、そもそも俺が出しゃばらなければ、彼は死ぬことはなかった。アーベスとラトーナを救おうなんて、思い上がっていた。

 もっとしっかり状況を見ておけば良かったんだ。


 ちょっと強くなったから、少しチヤホヤされたから、こっちに来てからは成功ばかりだったから、この世界の人間は頑丈だから簡単に死なないと思ったから、そんな言い訳が止めどなく溢れてくる。

 

 別に死んだあいつが聖人だったわけではない。

 むしろ盗賊なんていう、決して褒められたような人生を送っているやつではなかった。

 なんならあいつも人を殺していたのかもしれない。


 でも、それでも人には変わりない。

 俺の至らない考えとエゴで殺したんだ。盗賊とはいえ、彼にも帰るべき家があったかもしれない。

 

 結局俺は自分のことしか考えてない。

 調子に乗って誰かを安易に傷つける。

 前と変わらないクズじゃないか。


「うっ……」


 ダメだ……考え出すとまた胃がムカついてきた……

 何も出ないのにえずくと辛い……


 人気のない廊下をヨロヨロと進む。2日も食ってないせいで、目眩がしてきた……


 部屋に引きこもるようになってからは、特に誰も声をかけてくることはない。

 気を遣ってくれているのだろうか、それとも、本音では殺人鬼の俺なんかとは関わりたくないのだろうか。

 

「!」


 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、向かい側からメイドが歩いて来ていたので、急いで目を逸らした。

 普段なら挨拶の一言ぐらいあるが、いつの間にか、そんなことも満足にできなくなっていた。

 目を合わせるのが怖い。嗜められているような、軽蔑されているような……そんな視線を受けているような気がしてならない。


 この世界での殺人はさほど珍しいことではない。

 旅人が野盗に殺された話なんてのも聞くし、酒場で殺し合いなんてのもザラにある。暗殺が絡む貴族なんかは尚更だ。

 殺らなきゃ殺られる。だから平民は護身として幼い頃から剣を習い、貴族も魔法やら暗殺対策を学ぶ。

 当たり前のこと。ラルドもそう言っていた。


 でも、俺はこの世界の人間じゃない。

 日本人だ。日本人なんだよ。


 人を殺して良いなんて教わったこともなければ、殺したこともない。

 俺は夜の街の掃除屋でもないし、元世界最高の暗殺者でもない。

 数年前まで、バイトで生計立ててるようなただのアラサーだったんだ。 

 そんなのがいきなり『はい、人殺しても慣れてください』なんて言われてできるわけないだろ……

 こんなの俺じゃなくても無理だ。


 贖罪しようのない罪悪感というのが、こんなにも気分が悪いとは思わなかった。


「ああ……やっと水……」

 

 ようやく自室まで辿り着き、よろよろとドアノブに手をかける。


 いつも通りの、無駄に広い部屋。

 昼間だが、曇りのせいか室内は少し薄暗い。

 そんな部屋には見慣れた金髪が一つ、いや一人?


「来てたんだね、ラトーナ……」


 彼女はいつもより少しラフな格好で、部屋の奥の俺のベッドに座っていた。

 いつものドレスよりも露出が多くて、まさに部屋着といった感じだ。


「ええ……勝手に入ってごめんなさい」


「いいよ……別に」


 この二日間、彼女も全く接触してこなかった。廊下でたまにすれ違うことはあったが、それでも言葉を交わすことはなかった。

 だというのに、突然俺の部屋に来るなんて何かあったのだろうか……


「あ、それより水……」


 部屋に来た理由を尋ねようと思ったが、俺の喉の渇きはすでに限界を迎えており。

 そんな考えを他所にして、俺は真っ先に机の上にあるコップを手に取った。

 水魔術を使い、コップになみなみと水を入れ、口に運ぶ。


 少し喉と頭がキーンと痛むが、構わず流し込む。


「ぷはぁぁ……」


 ああ、なんとも生き返る。


「体調どう……? ご飯、ちゃんと食べてる?」


 俺が飲み終えるのを見計らって、ラトーナが心配そうに尋ねてきた。


「食べても吐いちゃうし、あんまり……かな」


「そう……」


 俺はコップをテーブルに置き、ラトーナの隣へどかりと座る。

 やはりこの屋敷のベッドは、前世のそれにも劣らないほどふかふかだ。


「じゃ、じゃあ気分は……?」


「まあ……大分落ち着いたよ」


「嘘が下手ね……」


「じゃあなんて言えばいいのさ」


「……わからない。ごめんなさい」


 どうして彼女が謝るのだろう。


「「……」」


 久しぶりに、俺たちの間に訪れた静寂の間。

 ラトーナは何も話しださないあたり、別に何か用があったという訳ではなかったようだ。

 

「……アーベスさんとは話せた?」


 流石にこのままの空気というのは少々辛いので、俺から適当に話題を振ってみる。

 なんだろうな……つい先日までは、もっとスムーズに話せていた気がする。


「ええ、忙しい中でもちゃんと時間をつくってくれたわ」


「そう、良かったよ……」


「私の力のこと、ちゃんとお父様に話したの」


「……アーベスさんはなんて?」


「今まで辛い思いをさせた。って」


 それだけ? いや、ざっくり掻い摘んで言っただけか。


「良い人だったでしょ? ちゃんとラトーナのこと好きなんだよ」


「うん……」


「「…………」」


 どうしよう。

 全然会話が続かない。ていうか頭が回ら——


「!?」


 必死に話題を探ろうと、霞のかかった思考をフル回転させていると、ラトーナが俺の方に体を寄せてコトンと、俺の肩に頭を預けてきた。


 ふわりと香る香水。

 彼女が普段使っているものとは違い、今日は薔薇のような匂いだ。

 あと目のやり場にも困る。

 ラトーナの部屋着はたださえ緩めのものが多いのというのに、こんな蒸し暑い気候のせいで彼女は薄着だ。

 そんなせいか、ラトーナの胸元は非常に緩く、少し覗き込めばラトーナ山脈の頂上が容易に見えそうだ。


 いつもならそのチラリズムを楽しむところだが、疲れているせいか、そんな気分にはならない。

 何故かわからないが、申し訳ない気持ちになる。


「あ、あのね……!?」


 俺につむじを向けたまま、彼女は口を開いた。


「なに?」

 

「ディンって、婚約者がいるのよ……ね?」


 いきなり何かと思えば……アーベスにでも聞いたのかな。


「一応はそう……だね」


「……違うの?」


「アインのことだよね?」


「うん……その子」


「アインは、ねぇ……どう、ナンデショウネ……」


「どういうこと?」


「えーっと、実は——」


 俺は最初、アインを男だと思っていたこと。今まで二人で何をして過ごしてきたか。

 ヘイラに騙されて、何も知らずにアインにペンダントを送ったことを話した。


 彼女は終始目を丸くして、ただ静かにその話を聞いていた。


「——と、まあそういうわけで、はっきり言ってあんまり求婚したっていう自覚はないんだ」


「へえ〜」


「あはは……」


 ラトーナは頭を起こして、天井をしばらく見つめていた。


「うーん……」


「どうかした?」


 珍しく彼女は難しそうな顔をしている、この顔は、俺が彼女にケモ耳の良さを語った時に見せたものに似ている。


「アインさん? は、ディンのこと好きだと思うけどなぁ」


「え?」


「だってそうでしょ? 一人ぼっちだったのに毎日一緒にいてくれて、色々教えてくれたり、助けてくれたり」


「え……」


「ていうか、なんで2年近くも一緒にいて女の子って気づかなかったの?」


「え、うーん……」


 単純なことだ。アインのことが嫌いだったからだな。真面目すぎるあいつと俺じゃ、反りが合わな過ぎた。

 それに、一緒にいると言っても稽古の時だけだったし、アインもあんまりお喋りじゃないから、最初の頃は本当に必要最低限の会話しかしてなかった。


「……今の僕とラトーナみたいな仲じゃなかったからですかね。彼女も多分、僕のことあんまり好きじゃないと思うし」

 

「そ、そうなんだ……」


 そう言うと、ラトーナは視線を落としてもじもじとし出した。


「うん。そういうこと」


「じゃ……じゃあさ……」

  

 さっきから落ち着きがない。言葉も途切れ途切れで、何か俺に言いたいことがあるのだろうか。


「なに?」


「私がなってもいいかな……」

 

「はい?」


「ディ……ディンのお嫁さん……」



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