第30話 受け入れ難いもの
「ふざけた態度とりやがって……」
拘束された男は、唾を吐いて俺を睨む。
どうやら、キャバ嬢風の取り調べはお気に召さなかったらしい。
俺は姿勢を戻し、即座に土魔術で机と三つの椅子を作り、男を座らせる。
ラトーナも俺に促され、ちょこんと俺の後ろの椅子に座る。
「じゃあ、おふざけはこれくらいにして今からあなたに取り調べを行います。カツ丼は出ませんけど、ちゃんと質問に答えてくださいね?」
「あ? かつどん……?」
そこはどうでもいいだろ。
「では最初の質問です。あなた、家族はいますか?」
「ケッ、いねえよ……」
「ラトーナ」
俺がラトーナに目配せすると、彼女は頷いて、淡々と語り出す。
「妻はいない……が、以前攫ってレイ……プ……した女が産んだ子が2人」
ラトーナの表情が少し曇った。彼女は賢いから、これくらい平気かと思っていたが、少し刺激が強かったかな……
「なっ——は!?」
慌てて身を乗り出そうとするが、椅子に拘束されてることを思い出し、男はその腰を下ろす。
わかるぜ?
俺も最初そんなリアクションした気がするよ。
「どういうことだラトーナ……」
アーベスも驚きを隠せていない。
「まあまあ、後でじっくり彼女と話して下さい」
「……あ、ああ、わかった」
「では次の質問。デデン! あなたの雇い主は誰ですか?」
「……」
流石に言わないか。
少々質問が直球すぎるか?
いやいや、回りくどいのは日本人の悪いところ。
これぐらいでいいはずだ。続けよう。
「言えない事情でもあるんですか? 所詮雇われでしょ?」
「へっ、俺らが雇い主と直接会ってるわけねぇだろ?……」
男の声は少し震えていた。
そして、やはり誰かを仲介しての犯行だったようだ。
「フィノース家……?」
ラトーナが眉を八の字にして、ボソリとそう呟いた。
「嘘だろ……」
ラトーナの言葉を聞いて男が青ざめる。どうやら当たりのようだ。
流石です、ラトーナ先生容赦無し。どこぞの老いを恐れた波紋使い並だな。
「フィノースって確か……」
「フィノース•リニヤット。我々と同じ四大貴族リニヤットだよ。今は主に西領土を統治している」
首を傾げる俺に、アーベスが捕捉する。
「なるほど」
「くそ……これで満足かよ?」
小刻みに足を震わせながら、男は俺を睨む。先程までの威勢は何処へやらだな。
「ええ、ありがとうございました。詳しいことはまた後日聞かせていただきます。安全も兼ねて、あなたの身柄はしばらくディフォーゼ邸で預かります。いいですよね? アーベスさん」
「あ、ああ……わかった」
「じゃあそういうことで、しばらくそこで待っててください」
本当に約束を果たした俺に驚いたのか、男はキョトンとしていた。
俺は席を立ち、拘束していた他の男達を見張っているラルドに声をかける。
「父様、他の人達を起こしてください。とりあえず彼等に今後の処遇を伝えなければならないので」
「ああ、わかった」
アーベスの方に向き直る。
「後は主催の方に報告ですかね」
「ああ、そうだね。それは僕がやっておくよ。君は休んでくれ」
「わかりました。それと……」
アーベスに耳を貸すよう、手招きする。
「ん、なんだい?」
「……お爺様と話す前に、帰ったらラトーナと話してあげてください」
「ああ、わかったよ」
よし、これでやることは大体済んだな。
そろそろ体力が限界だ……頭も使い過ぎたしな。
ふらふらしてきた……
「おいディン、連れてきたぞ」
ラルドに剣を突きつけられて、ゾロゾロとこちらに向かってくる男達。
手には俺お手製の手錠がかかっているがしかし、そこには違和感があった。
1.2.3.4……
「あれ……1人足りなくないですか?」
人質を指差しながら問う俺に対し、ラルドは平然とした態度で答えた。
「ああ、1人死んでたからな」
ーーーー
「おえっ……うぅ……」
薄暗いトイレの個室、そこの便器にもたれかかるようにして、胃の中が空になっても尚、俺は吐き続けた。
社交会から2日、俺達は無事にディフォーゼ邸まで帰還することができた。
アーベスや当主は襲撃の件の処理に追われており、東奔西走しているが、それ以外のほとんどがいつもの日常に戻りつつあった。
「水……」
散々吐いて喉が渇いた。早く部屋に戻ろう……
肝心な俺はというとこの通り吐いて、飲んで、また吐いて、寝てと、この二日間はずっとこんな調子だ。
あれは事故。
誰も俺を責めなかったし、ラルドは逆に俺を褒めていた。『相手の詠唱を警戒して一撃で無力化するのは良い手だ』と。
自分も切り替えたつもりだった。
なのに……なのにだ。震えが止まらない。
未だに脳裏に焼き付いて離れない。俺が殺した男の顔が。
俺がもっと電圧を抑えていれば……いや、そもそも俺が出しゃばらなければ、彼は死ぬことはなかった。アーベスとラトーナを救おうなんて、思い上がっていた。
もっとしっかり状況を見ておけば良かったんだ。
ちょっと強くなったから、少しチヤホヤされたから、こっちに来てからは成功ばかりだったから、この世界の人間は頑丈だから簡単に死なないと思ったから、そんな言い訳が止めどなく溢れてくる。
別に死んだあいつが聖人だったわけではない。
むしろ盗賊なんていう、決して褒められたような人生を送っているやつではなかった。
なんならあいつも人を殺していたのかもしれない。
でも、それでも人には変わりない。
俺の至らない考えとエゴで殺したんだ。盗賊とはいえ、彼にも帰るべき家があったかもしれない。
結局俺は自分のことしか考えてない。
調子に乗って誰かを安易に傷つける。
前と変わらないクズじゃないか。
「うっ……」
ダメだ……考え出すとまた胃がムカついてきた……
何も出ないのにえずくと辛い……
人気のない廊下をヨロヨロと進む。2日も食ってないせいで、目眩がしてきた……
部屋に引きこもるようになってからは、特に誰も声をかけてくることはない。
気を遣ってくれているのだろうか、それとも、本音では殺人鬼の俺なんかとは関わりたくないのだろうか。
「!」
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、向かい側からメイドが歩いて来ていたので、急いで目を逸らした。
普段なら挨拶の一言ぐらいあるが、いつの間にか、そんなことも満足にできなくなっていた。
目を合わせるのが怖い。嗜められているような、軽蔑されているような……そんな視線を受けているような気がしてならない。
この世界での殺人はさほど珍しいことではない。
旅人が野盗に殺された話なんてのも聞くし、酒場で殺し合いなんてのもザラにある。暗殺が絡む貴族なんかは尚更だ。
殺らなきゃ殺られる。だから平民は護身として幼い頃から剣を習い、貴族も魔法やら暗殺対策を学ぶ。
当たり前のこと。ラルドもそう言っていた。
でも、俺はこの世界の人間じゃない。
日本人だ。日本人なんだよ。
人を殺して良いなんて教わったこともなければ、殺したこともない。
俺は夜の街の掃除屋でもないし、元世界最高の暗殺者でもない。
数年前まで、バイトで生計立ててるようなただのアラサーだったんだ。
そんなのがいきなり『はい、人殺しても慣れてください』なんて言われてできるわけないだろ……
こんなの俺じゃなくても無理だ。
贖罪しようのない罪悪感というのが、こんなにも気分が悪いとは思わなかった。
「ああ……やっと水……」
ようやく自室まで辿り着き、よろよろとドアノブに手をかける。
いつも通りの、無駄に広い部屋。
昼間だが、曇りのせいか室内は少し薄暗い。
そんな部屋には見慣れた金髪が一つ、いや一人?
「来てたんだね、ラトーナ……」
彼女はいつもより少しラフな格好で、部屋の奥の俺のベッドに座っていた。
いつものドレスよりも露出が多くて、まさに部屋着といった感じだ。
「ええ……勝手に入ってごめんなさい」
「いいよ……別に」
この二日間、彼女も全く接触してこなかった。廊下でたまにすれ違うことはあったが、それでも言葉を交わすことはなかった。
だというのに、突然俺の部屋に来るなんて何かあったのだろうか……
「あ、それより水……」
部屋に来た理由を尋ねようと思ったが、俺の喉の渇きはすでに限界を迎えており。
そんな考えを他所にして、俺は真っ先に机の上にあるコップを手に取った。
水魔術を使い、コップになみなみと水を入れ、口に運ぶ。
少し喉と頭がキーンと痛むが、構わず流し込む。
「ぷはぁぁ……」
ああ、なんとも生き返る。
「体調どう……? ご飯、ちゃんと食べてる?」
俺が飲み終えるのを見計らって、ラトーナが心配そうに尋ねてきた。
「食べても吐いちゃうし、あんまり……かな」
「そう……」
俺はコップをテーブルに置き、ラトーナの隣へどかりと座る。
やはりこの屋敷のベッドは、前世のそれにも劣らないほどふかふかだ。
「じゃ、じゃあ気分は……?」
「まあ……大分落ち着いたよ」
「嘘が下手ね……」
「じゃあなんて言えばいいのさ」
「……わからない。ごめんなさい」
どうして彼女が謝るのだろう。
「「……」」
久しぶりに、俺たちの間に訪れた静寂の間。
ラトーナは何も話しださないあたり、別に何か用があったという訳ではなかったようだ。
「……アーベスさんとは話せた?」
流石にこのままの空気というのは少々辛いので、俺から適当に話題を振ってみる。
なんだろうな……つい先日までは、もっとスムーズに話せていた気がする。
「ええ、忙しい中でもちゃんと時間をつくってくれたわ」
「そう、良かったよ……」
「私の力のこと、ちゃんとお父様に話したの」
「……アーベスさんはなんて?」
「今まで辛い思いをさせた。って」
それだけ? いや、ざっくり掻い摘んで言っただけか。
「良い人だったでしょ? ちゃんとラトーナのこと好きなんだよ」
「うん……」
「「…………」」
どうしよう。
全然会話が続かない。ていうか頭が回ら——
「!?」
必死に話題を探ろうと、霞のかかった思考をフル回転させていると、ラトーナが俺の方に体を寄せてコトンと、俺の肩に頭を預けてきた。
ふわりと香る香水。
彼女が普段使っているものとは違い、今日は薔薇のような匂いだ。
あと目のやり場にも困る。
ラトーナの部屋着はたださえ緩めのものが多いのというのに、こんな蒸し暑い気候のせいで彼女は薄着だ。
そんなせいか、ラトーナの胸元は非常に緩く、少し覗き込めばラトーナ山脈の頂上が容易に見えそうだ。
いつもならそのチラリズムを楽しむところだが、疲れているせいか、そんな気分にはならない。
何故かわからないが、申し訳ない気持ちになる。
「あ、あのね……!?」
俺につむじを向けたまま、彼女は口を開いた。
「なに?」
「ディンって、婚約者がいるのよ……ね?」
いきなり何かと思えば……アーベスにでも聞いたのかな。
「一応はそう……だね」
「……違うの?」
「アインのことだよね?」
「うん……その子」
「アインは、ねぇ……どう、ナンデショウネ……」
「どういうこと?」
「えーっと、実は——」
俺は最初、アインを男だと思っていたこと。今まで二人で何をして過ごしてきたか。
ヘイラに騙されて、何も知らずにアインにペンダントを送ったことを話した。
彼女は終始目を丸くして、ただ静かにその話を聞いていた。
「——と、まあそういうわけで、はっきり言ってあんまり求婚したっていう自覚はないんだ」
「へえ〜」
「あはは……」
ラトーナは頭を起こして、天井をしばらく見つめていた。
「うーん……」
「どうかした?」
珍しく彼女は難しそうな顔をしている、この顔は、俺が彼女にケモ耳の良さを語った時に見せたものに似ている。
「アインさん? は、ディンのこと好きだと思うけどなぁ」
「え?」
「だってそうでしょ? 一人ぼっちだったのに毎日一緒にいてくれて、色々教えてくれたり、助けてくれたり」
「え……」
「ていうか、なんで2年近くも一緒にいて女の子って気づかなかったの?」
「え、うーん……」
単純なことだ。アインのことが嫌いだったからだな。真面目すぎるあいつと俺じゃ、反りが合わな過ぎた。
それに、一緒にいると言っても稽古の時だけだったし、アインもあんまりお喋りじゃないから、最初の頃は本当に必要最低限の会話しかしてなかった。
「……今の僕とラトーナみたいな仲じゃなかったからですかね。彼女も多分、僕のことあんまり好きじゃないと思うし」
「そ、そうなんだ……」
そう言うと、ラトーナは視線を落としてもじもじとし出した。
「うん。そういうこと」
「じゃ……じゃあさ……」
さっきから落ち着きがない。言葉も途切れ途切れで、何か俺に言いたいことがあるのだろうか。
「なに?」
「私がなってもいいかな……」
「はい?」
「ディ……ディンのお嫁さん……」




