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「偽物の天才魔術師」はやがて最強に至る 〜第二の人生で天才に囲まれた俺は、天才の一芸に勝つために千芸を修めて生き残る〜  作者: 空楓 鈴/単細胞
第1章 社交会篇

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第29話 死神は笑う



 コツ

 

    コツ


 コツ


      コツ


  コツ


 屋敷全体を覆うような悪寒に、誰もが静まり返る中、ホールに通づる廊下の曲がり角。

 その奥から足音が聞こえてくる。

 姿はまだ見えていないが、確実にこちらに近づいて来ている。


「アーベスさん」


「?」


「父様です」


「……そうか」


 本来なら喜ぶところだ。

 しかし、アーベスの表情は和らがない。


「彼が来ても、人質がいることに変わりはない」


 険悪な表情のままアーベスは語る。


「で、でもハッタリとかには……」


「やめてくれ」


 たった一言だが、俺を押し黙らせるには十分だった。


「相手も怯えている、この状況で刺激するのは絶対にダメだ。君もラトーナの身を案じているなら、頼む」


「……わかりました」


 凍てつくような空気のホール。

 口を開こうとする者はいない。

 完全にラルドがこの場を支配している。  

 なのに、ダメだというのか……?


コツ


   コツ


       コツ


 コツ


 ラトーナを担いでいる男の真後ろの扉、そこから続く廊下の突き当たり。

 ついに足音の正体が現れた。

 そんな彼の手には、べっとりと赤黒い液体のこびりついた青白く光る刀が握られている。


 先程までの悪寒も凄まじいものであったが、実物は比較にならない。

 身内の俺ですらちびりそうだ……


「な、死神……」


 髭面の男がラルドを見てたじろぐ。


「あの野郎が止めていたはずじゃなかったのか!」


 あの野郎?

 やっぱり誘き出されてたのか?


「お、おい! なんとか言えよ!」


 ラルドに対して、男達は口々に叫ぶ。


 コツ


    コツ


コツ


   コツ


 しかし、ラルドは応えない。

 ただ下を向いたままゆっくりと、一歩ずつ、俺たちの元に歩いて来ている。


「ッ〜……」


 ラルドが扉のところまで来た時。

 痺れを切らした男がついに動く。


「お、おい! そ、それ以上近づいてみろ!」


 髭面の男が抱えられていたラトーナを抱き寄せて、その首に剣を突きつけラルドに威嚇した。

 しかし、それは威嚇と言うにはあまりにも弱々しい声だった。


「あ?」

 

 それを受けて、ラルドが初めて顔を上げる。

 しかし、たったそれだけで全員が、全身を地面に叩きつけられたような感覚に陥った。


 一瞬、ラルドがこちらに目線を送る。

 殺意は乗っていない。

 それでもその眼光の強さに、思わずびくついてしまった。


 ラルドがまた一歩、足を伸ばそうとする。


「おい! 聞こえてねえのか!」


 男はラトーナの首元に更に強く剣を押し付ける。このままじゃ血が出てしまいそうだ……


「んん……」


 気絶しているラトーナが苦しそうに唸る。

 まずい……あれだけ強く抱いていたら、息ができてないんじゃないのか?


「ラルド! 彼等の指示に従ってくれ! 手出し無用だ!」


 その言葉を聞いてか、男達の顔に少し余裕が戻る。


「そ、そうだぜにいちゃん? とりあえず剣を置けよ?」


「……」


 アーベスの言葉を受け、ラルドの動きがぴたりと止まる。


「……この剣を、置けばいいのか?」


 ラルドは自分の剣を見つめながら、男達に問う。


「ああそうだよ! とっとと置けって言ってんだ!」


 先程とは打って変わって、男達の態度が大きくなっている。


「……ほらよっ」


 そう言って、ラルドが男達の方に剣を放り投げる。


 カランカラン!


 剣はラトーナを抱いている男の手前に落ち、静かなホールに冷たい金属音が響いた。


「へえ、随分と潔いじゃねぇの?」


「……」


 何も言わずに棒立ちのラルド。

 こんな光景想像してなかった……俺にとっての唯一の希望が潰えた。


 くそ。

 馬鹿だ……俺が余計なことしなくても、ラルドは間に合ってたじゃないか。

 俺が大人しくしてればラトーナは攫われなかったし、アーベスが死ぬ必要もなかった……


 俺のせいだ。

 調子に乗った……何が作戦成功だよ。

 大失敗どころじゃないだろ。

 何回ミスすればいいんだよ間抜け。

 

「お、結構良い剣持ってるじゃねえか」


 ラトーナを抱えている男が、物珍しそうにラルドの捨てた剣を眺めながら言った。


「ふん、いい目を持ってるじゃねえか。そいつは魔剣だぜ? ちょっと持ってみろよ」


 剣を褒められたのが余程嬉しかったのか、ラルドは殺気を解いて男に笑顔でそう返す。

 笑顔と言っても、普段から仏頂面の彼のそれは、引きつった不気味なものでしかないがな。


「いいのか? じゃあお言葉に甘えて……」


 男がラトーナを床に置き、ラルドの剣を持ち上げる。

 何をやっているんだ……

 剣まで取られて……どうする気なんだ?


「ほお! すげえな魔剣ってのは!」


 男はそう言って、楽しそうに剣を振る。

 それに対し、ラルドは笑みを崩さない。


「ああ、凄いだろ? 最後に見るのがその剣でよかったな」


「え?」


 刹那、男の首が宙を舞った。


 ゴトリと音を立てながら床に落ちる男の首。

 俺の3倍はあろうかという巨大。ラトーナを片腕で軽々と持ち上げていた巨体が崩れ落ちる。


「背後がガラ空きだったぞ」


 その一瞬の出来事に誰もが置いていかれ、まるで時が止まったかのようだった。

 

 男の首から噴水のように吹き出す血飛沫だけが、その場に時間が流れているということを示していた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 叫ぶ髭面の男を庇うように、取り巻き達が剣を構えラルドに立ち塞がった。

 しかし、その誰もがカタカタと剣を震わせていた。


 なんだ?

 何が起きた?

 ラルドはさっきまで扉のところにいたはずじゃ……

 なんで男の背後にいるんだ?

 剣だって握ってなかったし……

 高速移動?

 転移魔法?


「ディン!!!」


 誰もが混乱し、呆然とする中。

 ラルドがラトーナを指差しながら、俺に向かって叫ぶ。


「!」


 その声により、俺の意識はハッと現実に引きずり戻された。


ーー土塞(アースフォートレス)ーー


 俺は即座に床に倒れているラトーナを岩のドームで覆い隠す。


「加勢します! 父様!」


「人質は全員解放して来た! 遠慮するな!」


 相手を追い込むようにそう言い放つラルド。

 精神面でも隙がない。

 さすが歴戦の猛者は違う……


「ッ……クソ!!」


「あ! おい、待て!!」


 仲間が次々とやられるのを見て、髭面……リーダーと思わしき男が逃げ出した。

 

ーーー

【逃げ出した髭面男視点】


 なんなんだよあのガキは。


 聞いてないぞ、あんな奴がいるなんて……


 死神は雇われの英級剣士が止めるとか言ってた癖に、全然止められてねえじゃねえか……

 少なくとも退却するまで死神は来ないはずだったのに。


「ハァ……ハァ……なんなんだよ畜生!」


 息絶え絶えになりながら、死に物狂いで屋敷の廊下を駆ける。

 今ここで、死ぬ気で逃げなければ殺される。


 俺達を雇った奴は、死神と正面から戦うなと言っていた。

 そりゃそうだ……あいつは元々疾風王の名を冠していたんだ……たとえ雇われたのが英級剣士であっても勝てるような相手じゃない。


 そんな中、迷路のような廊下に一筋の光明がさす。


「やっと出口だ……」


 追っ手は来てない。

 よし、逃げ切れる……!


 そう安堵しながら屋敷を出た瞬間。

 二階のホールの窓から、何かがガラスを突き破って飛び出し、俺の前に立ち塞がった。


「ガキ……?」


 ガキだ。

 さっきターゲットの横に突っ立っていたガキ。


 月明かりに照らされたその銀色の髪はさっきの死神を彷彿とさる。

 こいつ……死神の息子か何かか……?


 さっきは遅れをとったが、それは奇襲のせいだ。

 まともに戦ったらこんなガキ、相手にもならんだろう。人質に使えるかもしれないな……


「おい、親父の真似事ならやめとけよ? 坊ちゃ––––」


ーー流砂ーー


 突如俺の足元に、牛一頭を簡単に沈めてしまいそうな泥沼が出現した。


「な……無詠唱!? お前がやったのか!!!」


「……さあね。どうでしょう」


 俺の問いに対し、ガキはぶつぶつとそっけない態度で答えた。


「チッ……調子に乗んなよ? ガキが……」


 ガキの動きがピタリと止まる。


「……乗れるわけないだろ」


 ガキは小声で何かを言った。


「あ? 聞こえねえよガキ!」


「もういい」


 そう言うとガキは、突然魔術で細長い棒を作りだした。


「ハッ、それで俺をなぶり殺そうってか?」


 ガキは何も言わずその棒を、泥沼に自由を奪われた俺の体に当てる。


「おい、なんとか言––––」


ーー発雷(エレキ)ーー


 ガキの睨めつけるような視線が視界に映ったのを最後に、俺の意識は吹き飛んだ。


ーーー

【ディン視点】

 

「ラトーナ」


「んん……」


「ラトーナ!」


「ゔぅん……」


「起きてくださーい」

 

「ぅん……」


 ゆすっても一向に起きる気配がない。

 まだどこか悪いのだろうか。そう思ってラトーナの体に触れてみる。


「はっ!?」


 なんだこの感触……無駄な肉は一切ないというのに柔らかい。

 以前抱きつかれた時とはまた違う……普段から運動しているわけでもないのに、程よく引き締まっているだと……?

 これは暴力だ……そう、遺伝子の暴力だ。

 

「んっ……」


 おっとマイハニー、少しくすぐったかったかい?

 キスした仲なんだ、これぐらいは平気だろ?

 もう少し、触って確かめねばな。


「ゴホン!!」


「うわッと! どうしたんですか、お父さん!?」


 突如背後で響いた咳払いに振り向くと、背後にはアーベスがいた。


「君にお父さんと呼ばれる筋合いは……いや、それは後でいいか。それよりラトーナを無理に起こす必要はあるのかい?」


 怪訝そうに尋ねるアーベス。


「ええ、彼等に尋問するにはラトーナの力が必要不可欠です」


「そうか……わかったよ」


「はい」


「……だが」


「はい?」


「そういった営みは結婚してからにしてくれたまへ」


 一瞬なんのことかわからなかったが、アーベスの目線がラトーナアイランドを探索中の俺の指を捉えていたことに気づく。

 娘をベタベタ触るなどのことらしい。


「え、あ、はい。失礼しました……」


 クソ。ここでラトーナアイランドの探索は断念か……


「ラトーナ!!」


 改めて、彼女の体を強く揺さぶる。


「んぅ……何……?」


 首がもげるのではないかというほど揺すられて、ようやく彼女は薄らと目を開けた。


「おはよう、体調の方はどう?」


「ああ、ディン……ごめんなさい私……」


 目を覚ましてすぐに何があったかを思い出したのか、彼女は謝罪してきた。


「いや、あれは僕のせいだよ。ラトーナが謝る事はない」


「……でも」


「それよりラトーナ、一つ仕事を頼んでもいい?」


 むくりと起き上がる彼女。

 しかしその目はまだ半開きだ。

 結婚したらこの可愛い寝起き顔が毎日見れるのか……?

 案外悪くない対価かもしれんな。


「……仕事?」


「うん、ラトーナにしかできない仕事」


「……わかったわ」


「ありがとう」


「ラトーナをどうするんだい?」


 座り込んでいたラトーナを引っ張り上げた俺に、アーベスが問う。


「尋問の手伝いをしてもらいます」


「な、なるほど……そんなことまでできるようになったのかい?」


 若干引き気味のアーベス。

 どうやらラトーナが拷問大好き女王様になったと勘違いしているらしい。

 残念ながら、彼女は意外にもSというよりMだ。


「いえ、彼女なら元々できましたよ。ね? ラトーナ」


「うん……」


 未だ父の方に目をやらないラトーナ。

 彼の真意を知ったとはいえ、やはりすぐに打ち解けるのは無理があるか。

 いや、その件はひとまず後でいいな。

 

「それじゃ、やりますか」


 ホールの隅で男達を拘束していたラルドに呼びかける。


「父様! そいつらのリーダーを連れてきて下さい!!」


 今日は大声を出すことが多いせいで、既に喉はガラガラだ。


 俺の言葉を受け、ホールの端で刺客を見張っていたラルドが体全体でOKサインを作る。

 その無邪気な様子に、さっきまでの熊でも殺すんじゃないかという恐ろしさは影も形もない。


「随分、容赦ない運び方ね……」


「そ、そうだね……」


 拘束した男を引きずりながら、こちらに向かってくるラルド。

 相手の髪を手一杯に掴んで引きずるその絵面は、いつぞやの機動戦士アニメのとあるシーンを彷彿とさせた。


 ちなみにあの回は初恋のセ○ラさんのピンチということもあって、かなりハラハラしていた記憶がある。

 あ、どうでもいい?

 ごめんな。


「ほらよ」


 男を乱暴に放り投げるラルド。

 床に投げられた男から、ゴツンと鈍い音が聞こえたような気がするが……まあいいだろう。


「あ、ありがとうございます……」


「いいのか? 殺さなくて……そいつは何されても吐かないと思うぞ?」


 おいおい、物騒だな……

 せめて殺すなら俺のいない所でやってくれ。


「別に彼が吐く必要はないです、彼は僕とお喋りしてくれればいいんです」


「んん……」


「ほら起きろ、髭面」


 いちいち丁寧に起こすのも面倒なので、思い切り顔に水をかける。


「グホッ……ガフ……ハァ、ハァ……」


「おはようございます、どうです? 美少年に起こされる気分は」


 むせこんだ男に対し、俺は今日一の笑顔を見せる。


「テメェ……さっきのガキ……」


「わぁ覚えててくれたんですね社長さん! 次からはご指名よろしくお願いします!」


 腰を突き出し、胸を押し付けるようなポーズを取る。

 まあ、俺に胸はないがな。

 いつかラトーナにもこのポーズをやって欲しい。

 頼んだらやってくれるかな?


「チッ……またふざけた態度とりやがって……」


 どうやらこのノリは好みじゃないらしい。コミカルに接した方が色々聞き出せると思ったが……

 仕方ない、別ので行くか……




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