第28話 翻弄
「なんだよッ、本当に逃げたのかッ?」
暗闇の中、兜の男は笑う。
「誰が逃げるかよ。ジャ○リパークにでも行けってか?」
「は? ジャパ……なに?」
ポケットに入れていた散弾の薬莢を取り出す。
万が一のために持ち歩いていた、直接着火式の改造薬莢だ。
それを男がいる方に向け、着火用の火魔法を発動する。
「わざわざ正面から魔法印を見せてくれるとは、どういうつも––––」
バァァンッッッ!
激しい音を立てて、俺の手から散弾が放たれる。
「うおッッッ……ってあれ? 音だけ……か?」
放たれた弾丸が届かずに勢いを失ったことで、一瞬身構えた男も肩透かしをくらっている。
「キャー!!!」
「今のは何の音かね!?」
遮った壁の向こうが更にざわつく、貴族達には悪いがあと何発か我慢してくれ。
火薬の爆風により押し出された複数の散弾は、流石に近距離で使ったら即死だ。
しかしこれだけ離れていれば、銃身を通してない分散らばり過ぎて男に当たることはないし、万が一当たっても大した怪我にはならない。
「ッ……」
耳の痛みを我慢して、男の方に目をやる。
放たれた散弾が、コロコロと男の足元に転がっていくと……
「!!」
男が突然。剣を横薙ぎに振る。
もちろん、そこには何もない。
ただ男の足元に散弾が転がって来ただけだ。
「……なんだ!? お前の臭いがどんどん増えて……」
作戦成功だな。
火薬による爆発をたっぷり浴びた散弾がばら撒かれたんだ。
鼻のいいお前なら、めちゃくちゃ臭いだろ?
なんなら、こびりついてとれないんじゃないか?
焦げ臭いってのは、多分あれだろ?
俺が電撃を使った時、触れていた部分の相手の服が少し焦げたんだろう。その臭いが俺についてたんだな。
光も見てないのに電撃と分かったのは変だと思ったよ。
臭いで判断していたとはな。だから一瞬、炎とも言いかけた。
さっき顎に手を当てた時やっと気づいたよ。自分の手が〝ほんの少し焦げ臭い〟ことに。
この臭いと香水で俺を判別してたんだな。
「ほらよ、まだあるぞ」
すぐさまポケットから残りの薬莢を取り出して、男に向けて着火する。
「なんだ!? また爆発音がしたぞ?」
「壁の向こうで何が起きてる!?」
会場の混乱が極まるのをよそに、俺はそそくさと次の薬莢を用意する。
「ァァァァア! くそぉッッ! また増えた!」
「言っておくが、あんまりそこから動かない方がいいぞ。お前の足元にばら撒いた粒は、踏んだら爆発する」
バカみたいなハッタリだが、このパニック状態なら効くだろう。
念のため、こいつをこの場に留めておく保険だ。
「はぁ!? 何言ってんだ!?」
男の意識が火薬の臭いに向いている隙にこっそりと土魔術を発動し、自分と相手をボクシングリングほどの狭さで囲う。
「信じられないか? なんなら試しに踏んでみろよ。足が吹っ飛ぶかもな」
「……くそッ! なんなんだよッッッ!」
「焦げ臭いよな。この状況で俺の匂いがわかるか?」
最初は嵩張るしいらないなんて言ったけど、散弾を持ってきてよかった……
「……くそ、くそ、クソぉぉぉぉぉ!」
俺の匂いを捉えられなくなり、自暴自棄になった男はその手に持っていた剣を振り回し出した。
ーー風破ーー
暴れる男を、出力増しの風魔術で先程出した土魔術の壁に叩きつける。
「カハッッ……」
その際に頭を打ったのか、男はそのまま気絶した。
ーーー
「フー……めっちゃ怖かった……」
震える足をなんとか抑え、俺と男を囲っていた土壁のリングを解く。
あとついでに気絶している男の兜を外してみる。
「あ、本当だ……こいつ犬耳だ」
兜の中にはしっかり、ふにゃっと垂れた犬耳があった。
別におっさんの獣耳なんて興味ないが、気になってたんだよな。
獣族って、ハーフだと耳の位置がどうなるのか。
どうやら優勢遺伝子は獣族の方らしい。
「おい! どうなってる!? どうして急に静かになった! 誰かいるのか!?」
俺がおっさんの犬耳に夢中になっていると、貴族達を囲っていた壁の中から声が上がった。
いかんいかん。忘れてた。
貴族達を囲っていた土壁とホールの扉を塞いでいたそれを解き、俺は天井に手を向ける。
ーー火球ーー
俺の手から放たれた複数の火球はシャンデリアの手前で弾け、飛びっちった火の子が蝋燭に引火し、ホールに再び灯りが戻る。
「灯が戻ったぞ!」
「あの子は確か……」
会場に一人立つ俺を見て、ざわつく貴族達。
「みなさんもう大丈夫です、敵は全員拘束しました!」
拘束はしてないが、気絶なら似たようなものだろう。
混乱を鎮めなきゃならんしな。
俺はそう言って気絶させた男達を指さすと、少しの静寂を経てホールは歓声に包まれた。
「おお! 君がやってくれたのか!」
「素晴らしい! 君のような若者がいたとは!」
「是非とも名前を!!」
なんだかデジャヴだ。
「ああ、はい……どうも……」
貴族達が俺の元へ押し寄せる中、その人達をかき分けてこちらにやって来るアーベスの姿があった。
「アーベスさん!」
「ディン、助かったよ」
「無事で何よりです、それより父様や護衛は?」
俺問いに、アーベスは表情を曇らせた。
「護衛は人質のせいで武装解除、ラルド君は行方不明だ」
まじかよ……ラルドいねぇの?
まあ、あの人が死ぬことはないだろうけど。大方、誘き出されたかなんかだろうな。
「演奏者の方々は?」
「部外者は逃がされたよ」
良かった。
じゃあセリ達は無事か。
「敵は何て言ってきましたか?」
「見ての通り、最初に子供達を人質にとらわれてね。金と私の首が、人質解放の交換条件だった」
「なるほど……」
「そういえば、どうして君は人質になっていないんだい?」
「僕はラトーナとテラスにいたので」
まさかこんなに深刻な状況だったとは……テラスでイチャついてたなんて言えないな。
「じゃあラトーナは?」
「ああ、彼女なら上にいますよ」
そう言って俺は天窓の方を指差してやり、大声でラトーナに呼びかける。
「ラトーナ、もう終わりましたよー!」
しかしラトーナは一向に降りてこない。
騒がしいせいで俺の声が届いていないのだろうか……
俺は人だかりの方に振り返り、呼びかけようと声を出す。
「すいません、皆さん少し静か––––」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺が口を開くと突然、誰かの悲鳴がホールに響き渡り、会場の先程よりも騒がしくなり出した。
「ディン」
「急にどうしたっていうんですか、アーベスさん」
そう聞くと、アーベスは先程悲鳴があった方を指差す。
「土魔術で足場を作るといい。見た方が早いだろう」
「? ……わかりました」
俺は即座に土魔術で、アーベスと目線が同じくらいになるほどの足場を作る。
「え……」
俺は言葉を失った。
ラトーナは俺の声が聞こえてなくて返事をしなかったのではなかった。
俺が呼びかけた時、既に彼女は天窓付近にいなかったのだ。
なぜなら今、人だかりの少し先、ホールの扉の前にいる男達の1人に抱えられているからだ。
どうやら気絶させられているらしい。
背中が一瞬ひゅっと冷たくなって、嫌な汗が噴き出してきた。
最悪だ。まだ敵がいることは分かっていたが、こんな動きをとってくるとは思わなかった。
俺がいなかった隙に、彼女を人質に取られてしまった。
ダメだ。
ここからだと少し遠いせいで、奴らが何を言ってるのかわからない。
失念していた。どうやってバレたんだ……?
屋根に登る時にテラスに出した踏み台が見つかったのか?
いやでも、そんな目立つところに作ってないし……
いや、俺が内側から扉を塞いだからか……?
ホール内の騒ぎに気付いたが、扉が塞がれていた。だから別の入り口を探していて、その過程で屋根に至り、ラトーナと鉢合わせした。
「行くよ、ディン」
アーベスが、トンと俺の肩を叩く。
「前にですか?」
「うん、恐らくは私が目的だろうからな。私が死んだら、どんな手を使ってでもあの子を守ってくれ」
「え、いや……それは––––」
「頼むよ」
まずい……何もできない。
このままじゃアーベスが死ぬ。
そしたら彼はラトーナと和解すこともできない。
それにラトーナの将来も……
ああ、俺のせいだ。
俺が余計なことをしたせいだ。
こんなの俺が殺すようなものじゃないか……
人だかりの中をアーベスと共に進む。
頭に響くのは自分の心音だけ。
俺はただ、下を向いてアーベスの後ろを歩く事しかできない。
「やめろ! その子には手を出すな!」
人だかりを抜け、男達に向けてアーベスがそう言い放つ。
「お前がアーベス•ディフォーゼ•リニヤットか?」
リーダーらしき髭面の男がアーベスに問う。
「そうだ、金も払う、私の首も差し出そう。だからその子には何もするな」
「へぇ……随分と潔いじゃねぇか」
ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべながら、男はラトーナの方に目をやる。
この顔じゃ、どのみちラトーナを生かす気は無さそうだ。
ああくそ……終わりだ……
「これで満足か?」
アーベスの問いに対し、男は剣の柄頭を顎にコツコツと当てながら、わざとらしい声で話し出した。
「う〜ん、どうしよっかなぁ〜」
「まだ何か欲しいのか?」
「いやよお? 俺があんたの首を取ったとして、ここから安全に出られる保証がねえからよ?」
アーベスは人だかりの方に振り向き、声を上げる。
その眼光は一層鋭さを増していた。
「聞いたか! 皆も同様、この者達に手を出すな!」
ざわつく会場。
しかし、この状況に待ったをかける者はいない。
俺はただ……アーベスの横に突っ立ってるだけ。
戦犯。無能の木偶人形だ。
最悪だ。
ラトーナも死ぬし、アーベスも死ぬ。
俺のせいで。俺の目の前で。
アーベスがゆっくりと男達の元へ歩き出す。
「よし、じゃあ取引成––––」
髭の男がそう言いかけた瞬間、ホール内が恐ろしい悪寒に包まれた。
「ッッッ……おい! テメェ今何しやがった!?」
顔に脂汗を浮かべながら、髭面の男が怒鳴る。
後ろに控えていた屈強な男達も足が小刻みに震えている。
「わっ、我々は何もしていない……!」
それに答えるアーベスも同様に青ざめている。
「ッ……じゃあなんなんだ! これは……ど、どんどんこっちに……」
段々とこちらに近づいてくる悪寒に誰もが震える中、俺はグッと手を握りしめる。
最初こそ俺も恐怖を感じたが、今は違う。
俺はこの悪寒……いや、この殺気を知っている。
来たんだ。死神が。




