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第26話 背後の死神

月明かりが照らす下、屋敷から遠く離れた森の中にぽつんと位置する草原には、刀身が激しくぶつかりあう音が響いていた。

【ラルド視点】


「おい、これほどの実力者が何故こんな事をしている」


 斬り合いの中そう尋ねると、先程まで一言も発さなかった男がようやく口を開いた。


「死神にそう言っていただけるとは……光栄です」

 

 俺のことを知っている辺り、やはり襲撃は偶然ではないようだな。

 そして俺がこの社交会にいるのを知っているとなると……


「誰に雇われた」


「……」



 俺の流派と相性の悪い瞞着流(コラント)の剣士。

 しかも俺と張り合えるレベル……〝記憶の守り手〟の隊長クラス以上。

 それを雇える奴となれば限られてくる。


「やはり美しいですね……その剣」


 打ち合いの中、男は俺の剣を指さしてケタケタと笑った。


「あ? これのことか?」


「かつての龍族の名匠によって造られた72柱魔剣の一振り。その所在は全てが明らかになっておらず、持ち主と長い間苦楽を共にすることで固有の能力を開花させる……」


「ならよかったな。最後に見るのがこの剣で」


俺の剣が魔剣だということを知る人物は数人。ディフォーゼの連中と、傭兵団の元同僚達……


「最後かどうかは別として、私としても光栄の限りです。あなたの魔剣はどんな力を見せてくれるのですか?」


 そう言って、男はバックステップを踏んで再び俺から距離を取った。


 妙だ。

 いくらカウンターや騙し討ち特化の瞞着流でも、これほどの実力者が攻めに消極的なのは。


「時間稼ぎか」


 そう言い放つと、男の肩がピクリと動いた。


「バレていましたか……さすがです」


「剣に殺気が乗っていないしな。舐めた真似を」


「少々勘違いしておられるようですが、私は戦闘面において手は抜いておりませんよ?」


「あ?」


「上からは貴方を殺しても良いと指示が出ておりますゆえ、まずは相手の手札を見なければと……」


「なるほどな、初見じゃ俺には勝てないと受け取っていいのか?」


「ええ、そう受け取って貰って構いません。なにせ相手は死神ですから……」


 挑発にも動じない。

 まあそうか、挑発して相手の攻撃を誘う流派にそんなもの効くわけない。


 しかし、こうなってくると屋敷の方が気がかりだな。

 どの道こいつを殺してからじゃないと戻れなさそうだが。


「急ぎなんだ、悪いがすぐに済まして帰る」


「フフフ、そう言わず」


 今度は男の方から仕掛けてきた。


 俺が罠にはまらないことを悟ったのか、正面からの斬り合いを選んできた。

 このまま睨み合うだけなら、俺は逃げるからな。


「ッッッ……」


 男の凶刃が俺の頬をかすめる。


 咄嗟に身をかわし、距離を取る。

 剣を空振った男は隙だらけだったが、敢えてその隙は狙わない。


 瞞着流はこうして隙を作って相手の攻撃を誘う。

 それに加えて、俺の疾風流は受け身になると弱い。


 ならば狙うは先手による一撃必殺。剣聖流が望ましい。


 腰を落とし、居合いの構えを取る。


「おや、剣聖流の『居合い』ですか? 疾風流だけかと思いましたが……多彩ですね」


「……そっちこそ、それはなんのつもりだ?」


ーーー


 ラルドによって放たれるほぼ不可避とも言える『居合い』の構えを前に、男が取った対応は構えを解いて脱力すること。

 全ての筋肉の緊張を解き、目の前のラルドただ一人に集中を注ぐ。

 今の彼ならば、無数の銃弾をも傷を負うことなく弾き返すこすら可能であろう。


 決着は一瞬。


 大地が抉れるほどの踏み込みを見せると同時に、居合いの構えから手裏剣を放つかの如くラルドはその魔剣を投擲する。

 そして続け様、その剣を追うようにしてラルドは全力で地面を蹴った。


 回転しながらも美しい直線で空中を進むその剣の軌道は、正確に男の脳天を捉えている。


 対して、あまりの早技と月光が刃に反射したことが相まって、男にはラルドが剣聖流の飛ぶ斬撃を放ったかのように見えていた。


 しかし、極度の集中を保っていた彼が、それが斬撃でないことに気づくのは早かった。


 男は咄嗟にその剣を打ち払う。

 弾かれた剣は中空を舞い、男のすぐ後ろの地面へと突き刺さった。


 投擲された剣への集中を解き、男は再度ラルドへ意識を移す。


 居合いに見せかけた一撃必殺のフェイントは見切った。

 丸腰の今が勝負の着け所と。

 

 しかし、目に映るのは、静まり返った草原の景色のみ。ラルドの姿はとうに視界から消えていた。


 刹那、ゾッと背中を襲う悪寒に振り向くと、そこには剣を振りきったラルドの姿が映っていた。


 先程地面に刺さっていた剣は既にラルドの手に握られており、刃にはべったりと赤黒い液体が付着している。


(あぁ……終わりですか)


 男の身体は両断され、胴体だけが下半身から地面へと滑り落ちた。


「前ばかり気にし過ぎたな」


 そう言って剣に付着いた血を振り払い、それを鞘に納めるラルド。


「位置……の入れ替えですか……?」


 男は息を絞り出し、今にも消え入りそうな声で問いかけた。


「この魔剣の権能は、持ち主と剣の位置関係の操作だ。俺はお前が弾いた剣の場所に飛んで斬りかかった。良い冥土の土産になったか?」


 ラルドは久しく会っていなかった目の前の強者に敬意を払い、彼の問い答えた。


「はい……ありがとうございました……」


「お前、名は?」


「……ラシャドーネ」


「そうか。じゃあな、ラシャドーネ」


 ラシャドーネの目から光が抜け落ちるのを見届けると、ラルドは静かに走り出した。

 ラルドの移動によって生じた風が地に落ちていた木の葉を巻き上げ、木の葉はラシャドーネの安らかな笑顔へと静かに舞い落ちた。

 

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