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「偽物の天才魔術師」はやがて最強に至る 〜第二の人生で天才に囲まれた俺は、天才の一芸に勝つために千芸を修めて生き残る〜  作者: 空楓 鈴/単細胞
第1章 社交会篇

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第24話 動き出す者


 こうして、ゆっくり星空を眺めたのはいつぶりだろうか。


 社交会場のテラスには庭の木々の間から夜風がしとやかに吹きこんでいて、喧騒の中で溜まった熱を心地よく覚ましてくれる。


 室内の方は本日最高潮の盛り上がりを見せており、外からでも耳をすませば音楽と人の声が聞こえてくる。


 テラスには俺とラトーナしかおらず、先程からずっと2人でぼんやりと屋敷の周りの景色を眺めている。


 暗闇に靡く彼女の金髪は、室内から届く灯りに照らされて一際美しく見えた。


「ディンはすごいのね」


 外に出てからは、ずっと無言だったラトーナがポツンとそう言った。


「え、何が?」


「さっきの……」


 さっきの?

 ああ、王子の件か。


「あんなの別に大したことなかったよ。それともまさか、口説いてる?」


 そう、本当に大したことがなかったのだ。

 口では1番強い剣士の指導がどうたらなんて言っていたが、実際に相手をしてみると動きが単調で読みやすかった。


 当たり前だ。

 こっちは1年近く毎日アインと実戦形式で打ち合いしてたし、この1ヶ月は死神の名を冠する男直々のしごきを受けてたんだ。

 毎日筋トレもしてるしな。


 いくら俺が魔術師とはいえ、そんじょそこらのちょっと強い剣士の弟子と『サシでやったらどっちが勝つ?』と聞かれれば、そりゃあ、十中八九俺だろう。

 

「それに、かわいい女の子達に囲まれてたし……」


 少し膨れながら彼女は続けてボソリとそう呟いた。


 おい、一国の王子やら御曹司やら、錚々たるイケメンVIP共に口説かれてたのはどこのどいつだ。


「あれは中々にキツかったよ。かなり緊張したし、もうごめんだね……」


 確かに彼女らは見た目が良かった。

 それなりに地位も持っているだろうし、有料物件なのだろう。


 でも俺は、彼女らを好きにはなれないと思う。

 なぜ? と聞かれればやはり、生前の俺に似ている気がしたからだろう。


 あれは天狗だ。

 努力する奴を馬鹿にして、怠けてばかり。

 視野が狭くて。

 自分のことは棚に上げて。

 目を逸らして、耳を塞いで。


 ああ、やめようやめよう。俺はもう変わったんだ。


「ベッドイン……いかなくていいの?」

 

 俺が表情を曇らせていたのを察知して何を勘違いしたのか、ラトーナは少し頬を赤くしながら尋ねてきた。


「ええ、彼女らとはちょっと……やっぱ僕はラトーナ一筋だね」


「……私?」


 珍しく拒絶しないな。

 よっぽどさっきの場が嫌だったのだろうか、いつもなら『あっそう。お断りよ』って反応なのに。

 少し言葉を選ぶようにしよう。


「冗談だよ」


「なによ……」


 むくれているラトーナは相変わらず可愛いな。

 なんだか、初めて彼女をからかった気がする。


「はははは」


 小さな笑い声が深海の様な空に溶けていく。


 彼女は俺をよく褒める。

 素直でいい子だ。


 ラトーナは俺なんか比べ物にならないくらいに凄い。

 自分の意思に関係なく、相手の本心を読み取ってしまう。

 考えてみれば、それは恐ろしいことだ。


 俺は馬鹿だから、最初に聞いた時はエスパー能力なんて羨ましいと思った。

 彼女の普段の動向を見ていても、誰にも邪魔されないところで好きなだけ本を読み、外に出たかと思ったら庭の動物と戯れるだけ。

 金持ちは楽でいいなと唾を吐いたりもした。


 今思えば、彼女が最終的にそこに行き着くのは当たり前だったんだ。

 本は直接人と触れ合う必要がないし、動物は人間の様な思考を持たない。

 彼女にとって居心地の良い場所となれば、そこぐらいだ。


「俺はラトーナのこと好きだし、尊敬してるよ」


 元気のない彼女を見ていたら、そんな言葉がぽろっと口から溢れた。


「ばっ……なな、何よ急にッッッ!?!?」


「い、いや別に、そう思った、だけ……」


 シンと、場が静まり返る。

 

 いかん。

 話すことがないし気まずい。

 できれば社交会が終わるまでずっとここに引き留めておきたかったのだが、所詮は非モテDTのトークスキル。

 俺が女の子との会話を維持するというのは、ヤ○チャが天下一武道会で1回戦を突破するくらい無茶な話……って、あれ?


 ここのテラスこんな静かだったっけ?


「……あのね、ディーー」


「待ってラトーナ」


「えっ、どうし––––」


「しっ、静かに!」


 俺は彼女の口に指を当て、耳を澄ます。


「何かがおかしい」


「おかしいって、何がよ……」


 そうだ、おかしい。

 先程俺たちの会話に間ができた時からだ。


「……」


 室内から音楽が聞こえない。

 人の賑わいも。


 今日は静かな曲は演奏される予定はないってセリが言ってた。

 ここまで音が届かないのはおかしい。


「急に会場の音楽が止まった。曲が終わったとかじゃなく、途中で急に……」


 そう聞いてラトーナは、少し口を尖らせながら耳を澄ました。

 それを見たせいか、緊迫した状況のはずなのに口角が緩むのを感じた。

 

「……言われてみればそうね」


「とりあえず見に行くよ」

 

「ええ、わかったわ」


 ラトーナは静かに首を振った。


「くれぐれも僕から離れないで」


「わかったわ」


 屋敷の中は、異様に暑く感じた。

 外は結構涼しかったしな。

 それを加味すれば自然なことなのだろうが、この状況もあってか少し気味が悪い。


 気持ちの悪いほどに静かな室内。

 靴の音だけが僅かにコツコツと響く廊下を少し警戒しながら進み、会場のあるホールに向かう。

 まるで魔王の居城でも歩いてる気分だ。


「すごく静かね……」


「だな……」


 やはりおかしい。

 流石に室内なら人の声が届くはずだし、それどころか使用人達が動いている気配すら感じられない。


 何か嫌な予感だ。


 廊下を進み、曲がり角からゆっくりと、少しずつ顔を出していく。


「何をしようとしてるの……?」


「索敵」


 目を丸くして首を傾けるラトーナを他所よそに、俺は索敵を続ける。


 そして廊下を曲がった先の景色が片目に映り出した時、俺は心臓が止まりそうになった。

 ブワリと、嫌な汗が身体中から噴き出してくるのを感じる。


「ラトーナ」


「なに?」


「テラスまで引き返す。音を立てずにゆっくりと着いてきて」


「え、何でよ」


「お願い、今は……聞いて……」


 俺が相当顔を青くしていたのか、それとも心を読んだのか、ラトーナはすぐに指示に従ってくれた。



ーーー


 なんとかテラスまで戻ってこれた。

 気配だけでなく息まで殺していたせいか、今にも酸欠で倒れ込みそうだ。


「ねえ、何があったのよ」


 ラトーナが怪訝そうに俺の肩を揺すった。


「落ち着いて聞いてください、今から説明します」


 説明するとは言いつつも、俺だって何が起こっているのかわからない。

 ていうか、ラトーナは俺の心を読めばある程度状況がわかるんじゃないのか?

 

「……わかったわ」


 まあ良い。

 とにかく起きたことをそのまま話そう。


「先程僕が覗いた曲がり角の先には、恐らくこの社交会の参加者ではない武装した男がいました。少し遠くて見えにくかったですけど、格好から推測するに盗賊の類いでしょう」


 多分そうだよな?

 明らかに服装が無骨で汚かったし。


「え……つまり?」


「この屋敷は何者かによって包囲されているんです。彼はホールに繋がる扉付近を守るように立っていました。恐らくは他の扉にも同じように人が配置されているでしょう」


 あくまで推測に過ぎないが、ホールの音楽が止まっているあたり、まず間違いなく相手は複数人だ。


「でも、なんで……」


 俺だってそんなの知らない。

 めちゃくちゃ怖いし、足だってガクガクだ。


 だが、一つだけ心当たりがある。


 それは以前、アーベスから聞いていた話。

 ディフォーゼ以外のリニヤット家が、俺達に差し向けた刺客による襲撃だ。

 大物VIPが集まるこの社交会、その警備が単なる賊に突破できるわけがない。

 これは何者かが周到に用意した状況の可能性……


 なんにせよ、この状況で俺はラトーナを守り切らなければ。


「ラルド叔父様はどうしているのかしら」


「わかりません……でも、室内にいる場合は人質を取られていて、うまく動けないんだと思います」


 そうだ、室内にはセリだっているんだ。

 引退の身とはいえ、相手が小規模とかならすぐになんとなってるはずなんだ……


 どこにいるんだラルド……早くなんとかしてくれ。


ーーー


【ラルド視点】


 社交会なんていつぶりだろうか。


 ヘイラと初めて出会った時を思い出す。

 17くらいだったかな。

 俺はあの時も警備として社交会に参加していた。


 あの頃は貴族連中なんて小賢しい悪人ばかりだと思っていた。

 人を利用するだけ利用して、いらなくなれば忽ちに切り捨てる。

 自分が良ければそれでいい。 

 俺は幾つもの国を渡ってそういう奴らを見てきた。

 親も親なら子も子。そんな奴らが揃ってケラケラと優雅に食事やら、娯楽を楽しんでいるのを見て虫唾が走っていた。

 いっそ俺が皆殺しにしてやろうかと。

 彼女に会うまではな。


 見回りの一環で屋敷のテラスに出た時、彼女はそこで1人寂しく夜空を眺めていた。


 美しい。

 後ろ姿だけでもそう思った。

 月の光に薄らと照らされた金髪の美しさは、今でも鮮明に覚えている。


 あの時はそこまで特別な感情ではなかったがな。

 言うなれば、ただの彼女を含めた景色に対する感想だろう。


 警備上は特に異常もなかったので、すぐにその場を立ち去ろうとしたところで、彼女は口を開いた。


「ああ、お月様、また一人ぼっちの人が来ましたよ」


 何を言ってるんだこの女は。頭がおかしいのか?

 いつもなら聞き流していたんだが、彼女の放つ不思議な雰囲気に当てられたからか、心のどこかで図星だったのか、俺は珍しく応えた。


「俺は仕事中だ、あんたと違ってな」


 そう返すと、彼女は少し頬を膨らませながら振り向いて言った。


「私も一応仕事中です……」


 彼女と目が合った時、俺は身体中が熱くなった気がした。

 なんだろう、この胸の感覚は……

 好奇心からか、俺は無意識に彼女との会話にのめり込んでいった。


 彼女との会話は新鮮だった。

 1番上の兄と姉が死んだことや、それですぐ上の兄が変わってしまったこと。

 貴族の娘という立場のしがらみ。

 交流会と聞いて楽しみにしていたが、そこは思う以上に居心地が悪かったこと。


 他にも彼女自身のこと。


 クズだと思っていた貴族に対する認識が少しずつ、俺の中で変わっていった。

 全員が全員、そういうわけではないのだと。

 そう思えたのは、相手が彼女だったからだろう。


 社交会は、彼女との会話だけであっという間に終わった。


 なんの縁があってか、社交会から数ヶ月経ったある日、俺は彼女の護衛を引き受けることになった。


 また会えて嬉しかった。

 彼女も段々と俺に興味を持ったのか、その後も自然と、仕事以外でも会うようになった。


 そして出会ってから2年ほどで俺達は結ばれた。


 思えば初めて会ったあのテラスにも、こんな風に派手な音楽が鳴り響いていた。

 違うことがあるとすれば、あの時は演奏者の中に9歳程度のガキなんかいなかった。


 そう……ディン、俺のはじめての子供だ。

 あいつは天才だ。

 生まれて数年で、すでに大人と遜色ないくらいの会話ができていた。


 本来なら6歳あたりから教えるはずの魔術も、ヘイラの提案で2年早く教え出した。

 そしてあいつはそれを完璧にものにしていた。


 俺は魔術を使ったことがないからわからないが、今まで戦ってきた中でガキの頃から無詠唱魔術を使えるやつなんて、他に一人しかいなかった。

 これは異常だろう。


 そんなせいか、産まれたての頃は可愛がっていたが、次第と俺は自分の息子を気味悪く思い、少し距離を置いていた。


 あの魔物の一件があるまでは。

 あの日、魔物に怯えるディンを見て、こいつがいくら天才でも、中身はまだ子供なのだと知った。


 あいつはとにかく頭がいい。

 剣の才能自体はないものの、俺の言ったことを的確に理解し形にするだけの頭脳を持っていた。

 道場内で浮いていたアインともうまく付き合えていたしな。


 俺は段々とあいつの親である事が誇らしくなってきていた。


ーーー


 俺は息子の演奏を聴き終えると、ホールを出て見回りを再開した。

 今回も特に異常はないようだ。


 室内の見回りを終え、外の巡回をしばらく続けていると、ふと近くの茂みから視線を感じた。


「誰だ」


 俺は腰の剣に手をかけて、視線の方に体を向けた。


 すると、茂みからカサカサと人影が逃げていくのが見えた。


「おい!」


 俺は即座にその影を追った。

 しかし、相手の逃げた先は屋敷を囲む密林の中。

 明かりもない上に障害物も多く、思うようにスピードが出ない。


 本当なら木を斬り倒して進みたいところなのだが、お偉いさんが怒り狂うのは目に見えているので、それは避ける。


 対する相手は、慣れた手つきで、するりするりと林を進んでいく。

 まるで猿の様だ。

 久しぶりだ、本気で相手を追跡するのは。


ーーー



 相手に追いついた頃には、すっかり林を抜けていて、月がよく見える少し広い草むらに出ていた。


「何をしていた?」


 剣先を向けながら少しずつ距離を詰めていく俺に対し、男は黙ったまま剣を抜きながらこちらに振り向いた。


 月明かりに照らされ、男の姿がはっきりと俺の目に映る。

 体をスッポリと覆うマントの下には鎧の一つもつけておらず、ただ顔に仮面をつけているだけだった。

 一言も喋らないせいか、かなり不気味だ。


 月明かりの下で、静かに戦いは始まった。

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