第23話 モテ期?
演奏は目立ったミスをすることもなく無事終わり、俺はトータルで二、三曲やって本来の奏者と交代した。
早く済ませようなんて言ったものの、実に充実した時間だった。
現在もこの会場には変わることなく音楽が流れ、ダンスを楽しむ者達が多くいる。
パーティーなんて初めて経験したが、慣れれば中々良いものだな。
しかし、ここにきて変わったことが1つある。
「お名前は!?」
「好みの女性は!?」
「おいくつなんですか!?」
「良ければ私と踊って頂けませんか!?」
「ずるいわ! 私がお相手になりますわ!」
そう……それはこの、俺の付近に集まるお嬢様方だ。ざっと数えただけでも10人はいる。
会場の隅っこで酒を飲んでいたら、いつのまにか囲まれてしまっていたのだ。
しかも驚くことに、みんな美人。
まあ、ラトーナ程ではないが。
「えっと……名前はディン。ディン•オードです。年齢はもうすぐ9歳になりますね」
「ディン様……素敵なお名前ですわね!」
「私もそう思いますわ!」
「どこの御家でしょうか?」
1人の女が褒めると、他の女もそれに続く。まるでお世辞のドミノ倒し。
ぐいぐいとお互いに押し合って、まるで餌にたかるハイエナの様な目をしている。
一体何が目的なんだ……?
いや、それともまさかこれは……ひょっとして俺、モテてるのか!?
勝手な妄想でついつい鼻息が荒くなりかけるが俺も成長する男、一度踏みとどまる。
落ち着け俺。
クールに振る舞え……素数を数えるんだ。23、28……いや違う29……
よし、段々落ち着いてきた。
よく考えてみたら、あり得ない話ではないぞ。
こっちの世界でなら俺は美形だし、さっきステージでソロとか披露してそこそこ目立ったし……
ということは今こそ、念願のハーレム作れちゃったりするんじゃないのか?
俺の聖剣は既に抜刀状態、性域までの道は開かれたんだ。
そう思った途端。
俺の脳は、今までになかったほどにフル回転し出した。
思い立ったら即行動、√ときたら計算は必須なわけだ。ベッドインまでのルートは計算済みだ。
「ダンスですか……あまり得意では有りませんが、僕で宜しければ」
少し謙遜気味に、爽やかな笑みを作って見せる。
「はい! 是非私と!」
「いえ! 私が先ですわ!」
反応は良好。
やはり謙遜できるイケメンはどこに行こうが等価値のようだ。
掴みはバッチリだし、ここから脱線することはないだろう。
さてさて、どこからいただくとしよう。
ショートケーキはどこから食べると聞かれれば、俺は断然本体派。
つまり、1番の楽しみはイチゴは最後に取っておく派だ。
そしてそれはこの場においても同じ。
まずは舌慣らしとして、俺の好みから少し外れた子から相手をし、最後に本命へとかぶりつく。
本命への口説き文句は『今日会った女性の中で君が1番スイートでフレッシュです』だ。
「私って言ってるじゃない!」
って、あれ?
ちょっと……?
「誰よあなた! 身分を弁えなさい!」
おーい?
「っ……あなたこそ! 私は公爵家令嬢よ!?」
俺が思考を巡らせているうちに、気づけば周りが揉め出していた。
睨み合う彼女達の視線には火花が出ているようにも見える。
そんな漫画みたいなことあるかなんて思う人もいるかもしれないが、俺にはハッキリと見えた。
「ディン様は私を選んでくださりますよね!?」
突然、1人の少女がそう言い出すと、全員の視線が俺に集まる。
「あ、いや、その……」
先程とは打って変わり。
まるで蛇に睨まれた兎のごとく俺は萎縮し、口をつぐむ。
ラルドが出す殺気に似たものを感じる。
一つでも回答を間違えれば、恐らくは死に繋がるだろう。
肌に突き刺さるような眼差しに耐えられず、目線があちこちに泳いでしまう。
こんなのどう答えればいいんだよ。
くそ、このままじゃ俺のハーレムが––––
「!?」
ふと、ぐるぐると変わる視界の中に、見慣れた金髪を見つけた。
俺を囲む少女達の輪を抜けた先の方には、確かにラトーナがいる。
そしてその周りには数人の男が群がっており、その話を聞く彼女はわざとらしくあくびをしている。
相変わらずだ。
「あれは……」
無意識にラトーナの方を指差して、声を漏らす。
すると、俺の視線の先を捉えた少女達は眉を顰めて、露骨に不機嫌になった。
「ああ、ディフォーゼの女ですね。ラトーナとか言う……」
「アンボン商会の御子息に、ミーミル上級貴族の御子息、果てはヴェイリル第四王子までがお声をかけていらっしゃるというのに……なんなのかしら、あの態度……」
え、何そのモテ具合。
じゃあなんだ、俺は残飯か?
「所詮は見た目だけで、男を見る目がないのではないかしら?」
「それとも、男じゃなくて、女に興味があるんじゃないかしら?」
そう言って彼女等は、口々にラトーナを貶した。
それを聞いて少し、眉間に皺が寄った気がした。
落ち着け……ただの妬み嫉みだ。これぐらいのことなら良くあるだろう。
ましてやラトーナだ。
初めて会った頃の彼女の刺々しさを態度を思い出せば、こういうことがあってもなんなら不思議なことじゃない。
「私も、少し懲らしめた方がよろしいかと思いまして、少しばかり細工をしましたの」
「へ、へぇ〜、それはどんな?」
「それは––––」
「どうしてだッッッッッッ!!!」
突然会場に怒声が響き、演奏が止まった。
何かと思って俺も声のする方に目をやると、ラトーナと話している男の1人が声の主だと言うことがわかった。
対面するラトーナはいつもの凛とした表情を保っていたので、ラトーナが相変わらずの毒舌で相手を怒らせたのだろうと推測した。
「ディン様ぁ〜 そんなことよりもっとお話しましょ?」
「あぁ、はい……」
俺を囲んでいた少女の一人に擦り寄られ、ラトーナから視線を外そうとした時。
相手の男がラトーナの腕を強引に掴むのが見えた。
相手は男だし歳上。
腕力で勝てるはずもない。
俺は咄嗟にラトーナの方へと走り出す。
「どこへ!?」
俺に擦り寄っていた少女が問う。
「失礼、大事な人の危機なので」
ーーー
一人の男の怒声で、会場は時が止まったかの様に静まり返っていた。
「なぜお前までそんな態度をとるんだ!」
少年の表情は歪んでおり、声は今にも泣き出しそうなほどに震えていた。
「そうやって、すぐに気を立てるからじゃないかしら?」
少年に強引に腕を掴まれていたラトーナは、その言葉が火に油を注ぐも同然とわかっていながら、冷静にそう言い放つ。
「ッ……くそッッッ!」
ラトーナの煽るような口調が引き金となり、男の怒りは頂点に達した。
彼はラトーナを掴んだまま、空いていた方の腕を大きく振り上げた。
「ッ……」
ラトーナは反射的に身をこわばらせて目を閉じる。
周りには彼を止めようとする者はおらず、もはや拳が振り下ろされるのは時間の問題だった。
「……」
しかし、いくら経ってもその拳がラトーナに触れることはない。
ラトーナがそれに違和感を覚えながら恐る恐る目を開くと、彼女の視界には振り下された拳を掴む少年が映っていた。
「何の真似ですか?」
二人の間に割って入ったのは、ラトーナと同じ背丈ほどの銀髪の少年だった。
「……無礼者がッッッ!」
男は銀髪の手を振り払い、声を上げる。
「大丈夫? 怪我とかしてない?」
そんな男に構わず背を向けて、銀髪の少年はラトーナの顔を覗き込みながら問う。
「え、うん……」
目を丸くして、首を縦に振る少女。
「––––で、この方は?」
男を睨みつけながら、銀髪の少年はラトーナに問う。
「ヴェイリル王国第三王子って言ってるけど……」
銀髪の少年はバツの悪そうな顔をした。
「それはうちの国の王子が失礼しましたね。ラトーナはそこで見ていてください」
銀髪の少年はラトーナにそう言って笑いかけると、王子の方に向き直った。
「誰であろうと、女性に暴力はよくないかと」
「ッ…悪いのはその無礼な女だ! それに何なんだ貴様は! 先程の下民ではないか! ここはお前のような羽虫が来るようなところではないぞ!」
王子の言葉を受け、周囲からはクスクスと銀髪の少年を卑下する声が漏れ出した。
「ディン……」
嘲笑の中、少女は心配そうに銀髪の少年––––ディンの名を呼ぶ。
「大丈夫」
ディンは振り返り、少女に笑顔を見せる。
とても自然で優しそうなその笑顔に、少女の不安は一瞬にして掻き消された。
「御言葉ですが、か弱い少女に手を上げるなんてそれでも王子の器ですか?」
わざとらしく大袈裟なジェスチャーをしながら、ディンはそう言った。
「なんだと……?」
「彼女に暴力を振おうというならば、僭越ながら僕がお相手いたしましょう。王子ならば下民の私なんて軽く捻れるでしょう?」
「ほう、貴様如きが俺の相手か……いいだろう。ちょうど良い余興だ。皆見ておれ! 今からこの私が直々に無礼者の下民を処罰する!」
王子はそう高らかに周囲に宣言し、ディンに向けて構えを取った。
「俺はヴェイリル王国きっての剣士に指導を受けている。悪いが手加減はしないぞ?」
王子のその言葉を受けて、ディンは言葉を飲み込んだ。
『今はお互い素手だから、それ関係なくない?』と。
ディンと王子を中心に段々と人が集まり、あっという間に天然のリングが完成する。
「さあ、どこからでもどうぞ?」
王子が構えを取るのに対し、ディンは棒立ちでそう言った。
しかし、その目に一切油断の色はない。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!」
雄叫びと共に突進してきた王子が繰り出したのは、大振りの拳。
ディンはそれを素早く、かつ優雅にかわして相手の背後に回る。
隙あり。
だがしかし、ディンは敢えて反撃しない。
大事なのは相手に勝てないと思わせること。
無血開城、それが彼の目的である。
「遅いぞ、ナッパ!」
王子の背後に回り込んだディンはそう叫んで軽快に動き回る。
誰が見ても〝ふざけている〟とわかるほどに。
「ッ……鬱陶しいッッッ!」
王子は叫びながら腕を横薙ぎに振り、少年はそれをバックステップで回避する。
散々煽られたせいか、王子の目には冷静の文字がなく、彼はまるで獣のようなオーラを放っていた。
「はぁぁぁぁぁああッッッ!」
その後も突進は続くが、少年は難なくそれを躱し続ける。
「何であんなことしたんですか?」
「あの女が悪いのだ! 私に向かって無礼な態度を!」
王子の上段蹴りを、ディンがヒョイとかわす。
「調子に乗りおって……少し顔が良いからといってあの女ぁ! なんの苦労もないくせに!」
王子の言葉を聞いて、ディン顔から笑みが消える。
「それはあなたの心に問題があるからですよ」
「……なんだと?」
「薄汚い下心を丸出しで彼女に近寄るからそうなるんです。1人の少女に心を見透かされるなんて……王子の名が聞いて呆れますね」
ディンが呆れたように笑うと、王子の動きがピタリと止まった。
「フーッッッ……フーッッッ……!」
段々と王子の息が荒くなる。
顔は真っ赤に染まっており、その目はただ一点に集中していた。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッ!!!」
雄叫びからの突進。
疲れが出ている分、今までよりさらに単調で隙が多い。
「少し頭を冷やしてください」
ーー発石ーー
待っていたとばかりにディンは土魔術を発動し、突進してくる王子の軌道上に拳ばかりの大きさの岩を作り出す。
「なっっ!」
ディンの作り出した岩に足をつかえさせた王子が、カクンとその体勢を崩す。
「かかりましたね」
ーー風破ーー
すかさず体勢を崩した王子へと距離を詰めたディンが、風魔術で生み出した衝撃を相手の顎に打ち込む。
「っぁ……!」
強烈な一撃を顎にもらった王子はよろよろと後退し、遂には頭から倒れ、天井に向かって白目を剥いた。
「勝負ありですね」
ディンはため息を吐いて周囲を見渡す。
辺りはシンと静まり返っている。
「……お、王子は少し気絶しているだけで無事です!皆様大変お騒がせ致しました!」
慌ててディンは周囲にそう言い放つと、一瞬の静寂を経て会場全体は拍手に包まれた。
「ふぅ……」
周囲の反応を見て、ホッと胸を撫で下ろすディン。
王族に手を出したからぶっ殺されるかと思ったと。
拍手が止んだのち、ディンは床でのびている王子に治癒魔術をかけ、口をポカンと開けている少女––––ラトーナの元に再び歩み寄って手を差し出した。
「少し、外の空気を吸いませんか?」




