第237話 密林を越えて⑯
今回ちょっと長いです。「密林」はあと1話くらいで終わります。
ディンの手札を半分以上削った上で臨んだ魔術の撃ち合いにリオンが見事勝利し、さらにディンの義手を破壊することに成功した直後、彼の視界はディンを起点に漆黒に染まった。
(なんだあれ……知らない術だ)
異様な光景を前にリオンが警戒心から一瞬の硬直を見せる中、夜が弾けたかのようにして急速に膨張した闇は、ザアザアと波のような音を立てて螺旋を描きながら空へと勢いよく伸びていき、すぐさま15メートルばかりに到達すると同時にカニの上半身のような形を成してその膨張を止めた。
見る者が見れば、それはまるで幼児が〝砂遊び〟で作ったような、原型には似ても似つかない不恰好な彫像なのであろう。
しかし、波の音にも似た異音を放って流動しながらこちらへと手を伸ばす巨大な黒い彫像は、相対した者にとっては紛れもない怪物として映っていた。
「ッ……見てくれだけだ!!!」
ほんの一瞬、リオンは恐怖を抱かされたことを自覚しは歯噛みしながらも、すかさずこちらに覆い被さらんと迫り来るその巨大な掌を迎撃する。
ーー纏い星ーー
ーー猛り星ーー
リオンの羽織る片マントに閉じ込められていた精霊の光が一体、また一体と袋からこぼれ落ちるビーズのように空中へと漏れ出す。その全てが光の矢へと一瞬で変化し、一斉に巨大な黒腕とその持ち主たる黒い怪物となったディンを迎え撃つ。
中級精霊を核として作り出された無数の矢は、着弾と同時に自らの命を薪にくべる事で爆発を起こし、共に死地へと向かった矢に連鎖しながら絨毯爆撃となってディンの纏う漆黒の衣を飲み込む。
森中を照らすほどの光による一瞬の明転と静寂。その後の木々を揺らす衝撃波の到来を経て、周囲は黒煙に埋め尽くされた。
「硬い……」
爆発の余韻も薄れ、耳鳴りも治ってきたところで、リオンは立ちこめる黒煙の中で眉間に皺を寄せた。視界に映らずとも、その魔力反応から未だディンが健在であることはあきらかだったからだ。
すぐさまリオンが風魔術で黒煙を払うと案の定、そこには黒い怪物の姿。
しかし、先ほどの攻撃が全く効いていないわけではなかったようで、突き出した腕に繋がる右半身部分は大きく抉れ、中のディンの姿が露出していた。
2人の視線が絡んだ直後、リオンが攻撃に移るよりも早くにディンは損傷を修復して再び漆黒の中に閉じ籠る。
「きゃー! リオンさんのえっちー!!!」
そしてそんな奇声に連動する様にして、ディンの纏う黒い怪物がリオンを薙ぎ払わんと大きく腕を振るう。
(さっきよりも速い……!!!)
最初に掌を押し出してきた時の鈍重な動きと打って変わり、俊敏……とはいかずとも本物の人間の腕の様に滑らかに動き始めたそれを前に、リオンはディンの魔術の精度が現在進行形で上がり続けていることを直観。
理想は魔術が完成する前に突破する事だが、現状のリオンが放てる最も威力の高い攻撃を凌ぐ防御力と再生能力に対しては非現実的。
それを理解していたリオンは方針を転換。ディンの振るった巨大な腕を空中に退避してやり過ごしつつ、怪物の頭上に大量の矢の雨を降らせた。
「効かねえよ!」
「まだだぜ!」
ーー縛り星ーー
リオンが鳴らした指に呼応して、地面に突き刺さった大量の矢の尻から光の糸が伸び、黒い怪物に絡みついてその動きを封じ込めた。
「だから効かねえよ!!!」
——ように見えたが、黒い怪物はディンの磁力魔術によって制御されている大量の〝砂鉄〟であるがゆえ、その体は魔力の糸を容易くすり抜けて拘束をモノともしない。
しかしながら、大量の砂鉄生成とそれを制御するための膨大な磁力、全身を覆う魔装など諸々の消耗は半端ではなく、現在のディンの魔力量から見ればこれを維持していられるのは残り3分弱。
その点でリオンの取った「待ち」の選択は非常に有効であり、彼のポテンシャルであればディンを完全拘束する方法を編み出すのも時間の問題だ。
当然、ディンもそれを理解しているゆえに、威勢よくリオンを煽る裏で決着を急ぎ始める。
彼が最初に行ったのは「怪物を羽織る魔術」の調整。土壇場で使ったことで生まれていた無駄を一つ一つ修正する。
——継続使用に慣れていない磁力は出力する事だけに集中して消耗を抑える。
——巨体の動作制御は敢えて風魔術の応用によるエネルギー操作を利用することで、義手を操っていた時の感覚に近づけてより滑らかな動作に。
——カニよりはスライムをイメージ。巨体全てに魔装を外骨格として纏うのではなく、砂鉄全体に薄く魔力を流すことで変幻自在に。
より機能的に、よりリオン向けに、より短期決戦仕様に、それらの設定変更をリオンを煽りながらモノの数秒で済ませ、そして反撃に転じる。
ーー空虚なる御手ーー
砂鉄の塊から浮上して上半身を外気に晒したディン。
下半身を埋めている大量の砂鉄を10本の触手に整形し直すと共に、それを操作して空中に座すリオンに向けて勢いよく突き立てる。
「遅えぜッ!!!」
「チッ……」
迫る触手の全てをリオンはまるで妖精がワルツを踊るかの様に空中で躱し、対するディンはそれに負けじと触手の速度をさらに上げる。
「くそっ、避けんな!」
「避けるに決まってんだろバカ!!!!!!」
「バカはお前だろ! なんで抵抗するんだよ! お前がこっちに協力すれば人質も楽に解放できるんだよ!!!」
「ッ……余計なこと、すんな!!!」
「はぁーッ!!?」
差し伸べた救いの手を払い退けるリオンの意図を理解できず、ディンが怒号をあげる。
ディン達の予想通り、リオンは学園時代から意中の女性であるサラと共に魔大国の地に漂着した。
そして運悪くもこのフィセントマーレの集落圏に足を踏み入れてしまったことで戦闘に発展し、諸々不利が重なったことで敗北。
その戦闘の中でのリオンの活躍に戦士長ヒュッポリテが目をつけ、サラを人質にとる形でリオンへの命令を得て今に至っている。それ故に、ディン達の救援は正に地獄からの蜘蛛の糸と言えよう。
しかし、リオンはそれに縋り付くことはしない。
リオンは常に活発で楽天的な好青年として普段から振る舞ってこそいるが、その根底は非常に臆病な性格だ。
それは族長の息子として、上に立つ者として自らの失態で仲間に犠牲を出すような選択をしてはならいと教えられていたこと。
そしてなにより、1人の狩人として常に「最悪の想定」を考えて行動するように育てられてきたことが起因しているのだろう。
故に、自分が寝返ることで人質のサラが殺されてしまう可能性が少しでもある以上、リオンはこのままディンに全力でぶつかる以外の選択肢を持たない……持つことができない。
「意味わかんないことばっか言いやがって! さっさと堕ちやがれッ!!!」
絶え間なく襲いくる触手の操作に慣れてきたのか、ディンはそれの操作に並行して本体からの射撃も加え、攻撃の密度を更に引き上げる。
「ッ!!!」
触手だけならまだしも、本体からの弾幕によって徐々に反撃の余裕を潰され始めるリオン。
「被弾」の文字が頭によぎり始めたことで、彼は底が見え始めた精霊のストックを仕方なくマントから抽出し、自身の周囲に展開して防御面での援護を任せようとするが——
「きゃー!!!」
「逃げろー!!」
「なっ!?」
顕現させたそばから精霊達はリオンを離れ、散り散りに逃げ去っていく。
それはまるで、先ほどディンが自身に「精霊払い」の魔術を施した時の場面に酷似していた。
(いや、そんなはずねぇ……だって——)
そう、精霊を寄せ付けない魔術の適用範囲はあくまで術者を中心に半径1メートル程度。
大地に根を張るディンと、そこから離れた上空に座すリオンとの距離では精霊が影響を受ける筈がない。
それこそ、ディンの纏う魔力がラトーナ並みに膨大であれば影響位範囲も超拡大されるのであろうが……
——と、思考を巡らせていたリオンに青天の霹靂。
「触手か!!!」
「精霊払い」は〝術者の魔力そのもの〟に効果を付与する。
そしてディンの操る黒い触手には微弱ながらも彼の魔力が満遍なく染み込んでいることこら、触手も同様の効果を帯びている。
——つまり、電波塔の役割を持たせた触手を差し向けることによって、「精霊払い」の有効範囲が拡大されており、リオンは触手が近くにある限り精霊魔術を満足に行使できなくなったのだ。
「はっ! さっきと真逆だなぁ!?」
「お前ほんとッ……なんでもやり返さないと気が済まないんだな!!!」
「はいはいそうですよ! 俺は倍返しがモットーだ。そんでこのまま続けるとお前を殺しちゃいかねないから——」
「だから降参しろって言うなら、断る!!!」
「んでだよ! この時間無駄でしかないだろ! もっと合理的に考えろバカが!!!」
「知るか! 頭良いからって正しさでねじ伏せようとすんな!」
未だ勢い衰えぬ触手の猛攻を凌ぐのに息を切らしながらも、リオンは一段と声を張り上げる。
「お前のそういう、人をコントロールしてやろうって感じが俺は許せねえ!!!」
「!」
心から搾り出したようなリオンの一言にディンは一瞬口をつぐみ、その隙にリオンは更に捲し立てる。
「お前を好きだって言うレイシアに別の男を紹介したな! パイプ作りとかなんとか言ってレイシアの真面目さに漬け込んだ!」
「いやそれは——」
「アインの姉貴を追い返す時にもひでぇこと言ってたなッ! 結局謝ってねえし! ……今だっておなじだ!」
「ッ……」
「お前は頭良いから色々考えてるんだろうけどな! もっと仲間の気持ちも考えろ!」
きっと、サラと漂着したのが自分ではなくディンだっなら結果は違ったろうと、リオンは思う。
しかしそれは、なにかと乱暴なディンのやり方を認めてしまうことと同義で、途端に自分の不満が酷く幼稚でちっぽけなモノに見える気がして、まるで自分の宝物を目の前で叩き割られたかのような感覚があった。
リオンはディンに倒されたい。倒されて、そのままサラを救ってもらいたい。
——が、それと同時に否定したい。
ディンが人間関係をどこか損得で捉えるところ、人をどこか記号として見ているところ、合理的なことを正しいことと思っているところ……そういった考えに基づくディンのやり方が絶対でないことを証明したいのだ。
「気持ち気持ちって具体的になんだよ! 俺が今からお前のカウンセリングでもすれば良いのか!?」
「違う! 今はただ俺と戦えば良いんだお前は!!!」
そう叫びながら空中で静止し、矢をつがえ始めるリオン。
当然、回避行動を辞めたリオンの腹部をいち早くディンの弾丸が貫く。
「かはっ……!!」
焼かれるような痛みに顔を顰めながらも、リオンは矢を引く手を緩めない。
しかし、弾丸に続いて触手が迫っている事に加え、2本ほどは本体の防御ようにディンの手元に残されている。
この極短時間では、ディンの防御を破るほどの攻撃は繰り出せない……が、そんなことはリオン本人が最も理解している。
「ッ! うおおおああああああああッ!!!」
ーー縛り星ーー
故に、それは単なる攻撃にあらず。リオンは触手に到達される寸前に空高くへと放った。
「あ?」
リオンの突飛な行動に思わず惚けるディンであったが、1秒と経たずに目の前でリオンの意図が示される。
「おおおおおおお!?!?」
天を突く勢いで打ち上げられた矢に引っ張られるようにして……いや、実際に魔力の紐で矢と本体を結ぶことで、リオンもまた凄まじい勢いで触手の包囲を抜けて空高く急上昇していく。
(しまった……!)
触手が放つ精霊阻害の電波圏を一瞬で離脱され、大業を警戒して空を仰いで身構えるディン。
それに応じるようにして、森林の遥か上空から眩い光が放たれ始める。
「この一撃で決着だディン!!!」
直後、ディンの近くに遠隔で展開された風の魔法陣から、リオンのそんな声が届く。
「なるほどな……死んでも文句言うなよ!!?」
そんなディンの返答は果たして届いているか、リオンは上空で解放された精霊支配の力を存分に解放して大技の準備に入る。
「傾聴せよ! 我が名はリオン! 姿なき者達よ、彷徨う者達よ、求むる声に集えッ!」
対して地上のディンもまた、リオンによって制限されていた龍脈術や上級魔術などを一斉解放し、自身が持ちうる最高峰の攻撃魔術を展開する。
「砲身形成……角度、リオンに向け固定——」
「献上せよ! 其方らの望む終末こそこれ、この一撃なれば!!」
着々と詠唱は進み、両者の高まり続ける魔力の余波が森そのものにざわめきを与える。
「弾頭構造策定、並びに強化付与術式統合、龍脈のチャンネルを変え電力供を開始……」
「刮目せよ! 我が矢は國、握りし我は精霊皇子!! 束ねし一矢は万物を射抜くッ!!!」
倒したい、倒されたい……リオンは自身の願望が矛盾していることを理解している。
だがそれでもリオンは遠慮を捨て、矛盾と言う名を背負った渾身の一矢をぶつける。
なぜなら相対する人間は、きっとその程度ではびくともしない英雄だからだ。
世間の評価は知らないが、弛まぬ努力で逆境を打ち破ってきたディンは、リオンにとってはまごうことなき英雄である。
故にリオンは、この一撃〝で〟縋るのだ。
「——全工程終了、弾頭装填……発射ッッッ!!!」
「——蹂躙せよッッッ!!!」
示し合わせることもなく両者の技が同時に完成し、そして放たれる。
ーー改・超電磁槍ーー
ーー万物穿し暴君の矢ーー
大地に満ちる大量の魔力を宿した鋼鉄の槍は、空気を切り裂くように迸る迅雷を纏いながら、ソニックブームを起こして瞬きのうちに空高くへと駆け上がる。
体に纏っていた数千にも及ぶ精霊が束ねられて形を成した矢、ソロモン72柱魔剣にも届き得る権能を宿したそれは、絶対破壊の理を孕んで、周囲の雲全てを薙ぎ払う程の勢いで大地へと落とされる。
内包する破壊力はどちらも対・都市規模、今を生きる人類の到達限界である「英雄級魔術」にも匹敵するそれは、放たれて間も無く上空で衝突。音、光、時すらも消失したかのような錯覚を森林全土に与えた直後、まさしく天変地異と言えるような衝撃が余波として森中を駆け巡った。
「ッ……! やった……のか——」
崩れゆく光の王冠、空に溶けた星の外套。爆発の余韻が未だ残る中、リオンは大地へと吸い寄せられるように落下を始める。
手持ちの精霊を全て吐き出したことにより飛行能力を失っただけでなく、魔力も使い果たした彼は落下速度を風魔術で抑えることもままならなかった。
(あぁ、これ死んじゃうなぁ……)
ぼんやりと遠のく空を眺めながら、ただ死を待つばかりのリオン。
しかし、その時は訪れることなく、内臓が浮くような感覚はすぐに治った。
「あれ……?」
突如空中で静止したことに困惑するリオン。孤独だったはずの空で、そんな彼に近づく二つ人影があった。
「なんとか、間に合ったようね」
「「ラトーナ…………それにサラさんまで!!?」」
そんなリオンの驚愕の叫びと、地上から慌てて空へと駆け上がってきたディンの叫びが重なる。
「早いな、もう全部終わったのか」
ラトーナの隣で浮遊するサラを見て、しみじみと呟くディンにラトーナはフンスと鼻を鳴らして胸を張る。
「当たり前よ! それにそっちこそ、漢同士のケンカ(?)ってやつは終わったのかしら?」
そんなラトーナの問いかけに2人は一瞬目を合わせると、先にリオンが口を開いた。
「あー負けたよ、俺の負け。こっちはもう動けねえのに、コイツときたら俺を助けにまで来ようとしてるし!」
憑き物が落ちたように快活な様子でそう語るリオンの傍、ディンはぎこちない笑みを浮かべながら内心で彼の言葉を否定する。
(試合に負けて、勝負に勝ったってとこだよ……)
「どうかしたの? 浮かない顔だけれど」
「え、あぁ……いや——」
リオンの一撃で森に生まれたクレーターに目を向けていたディン。
ラトーナにその煮え切らない感情を見抜かれまいと、彼が咄嗟に誤魔化しを入れようとしたその直後だった。
再び森が揺れ、彼らから少し離れた場所から天まで届くような巨大な竜巻が発生した。
「え、何よあれ……」
「あの位置って……ディン!!」
「あぁ、アセリア達がいる場所だ……」
【解説】
ディンが今回使った「改・超電磁槍《グングニルⅡ》」は、ヴェイリル事変でディンが使った「超電磁槍」の発展強化型魔術です。
具体的に変わっているのは、弾頭に「矢避けの加護」を中心とした様々な強化付与が施されているのに加え、電撃に変換された龍脈の魔力を纏って発射されるのが大きな特徴。要は威力とか電力を馬鹿みたいに上げたテーザー銃。雷が質量持って音速越えで迫ってくると思ってください。
ちなみにアセリアが使用している「白像雷閃」の上位互換です。




