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「偽物の天才魔術師」はやがて最強に至る 〜第二の人生で天才に囲まれた俺は、天才の一芸に勝つために千芸を修めて生き残る〜  作者: 空楓 鈴/単細胞
第10章 魔大陸紀行〜黒き騎士の誕生〜

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第230話 密林を越えて⑨


 アルクの乱入によって更なる混沌を極めようとしていた戦況は、数発の銃声によって白紙に戻された。


『やっとこさ顔出しよったな? 銀色の亜人』


 静寂に包まれる大通り、夜風に漆黒のローブをはためかせながら暗闇に光る金色の瞳に、竜人の槍兵バッカーは期待と皮肉半々に頰を吊り上げた。


ーー鎖を操る魔術(グレイプニル)ーー


 直後、戦場にいくつもの魔法陣が浮かび上がり、そこから生成された鎖の束が大通りの戦士達1人1人に襲い掛かる。


『鎖ッ……ぐアッ!!?』

『痺れルッ!!』


 虫人族の戦士達はその奇怪な魔術を前に一瞬反応が鈍り、代表戦士含めた数名を除いで大半が帯電した鎖に命諸共に絡め取られた。


『そいつはこの前見た!』

『同じ手にはかかるかボケがぁ!!!』


 対して一度ディンの鎖魔術にしてやられた竜人族の戦士達は全員がそれを回避することに成功した。


『一瞬で半分か……毎度ふざけたマネしよって……』


 自陣の被害ゼロとはいえ、一瞬で戦況を変えた魔術の脅威にバッカスは歯噛みする。


『無事か』


『当たり前だ。そして水を差すな』


 そんな竜人達の心情を他所に、ディンは周囲など眼中にない様子でアルクの隣に降り立ち、対してアルクはディンと目も合わせず悪態をつきながら魔術で大剣を手元に引き戻し、再び構える。

 側から見ればそれぞれが一方通行の矢印を向けている奇妙な構図であった。


『俺はこの竜人をやる。お前は虫人の方をやれ』


『ふざけんな、今はコイツらで消耗してる場合じゃないだろうが……って、おい!!!』


 ディンの制止も聞かずに駆け出すアルク。

 再びの独断先行を前に爆発ギリギリのディンはいっそのことアルクを見捨てようかと考えたが……ただでさえ少ない戦力を失うわけにはいかないと、なんとか踏みとどまる。


『……あとで締め殺してやる』

 

 そう誓いを立てながらも、ディンは今の今まで蚊帳の外となっていた虫人族の代表戦士に相対した。


『部外者がやってくれたナ——ッ!?』


ーー岩砲弾ーー


 部下の恨み言を口にする間も無く、ゲバルンの眼前にディンの放った巨岩が迫る。

 

『問答無用とハ、随分だナ!』


 半ば不意打ちに近い形で放たれたディンの本気の魔術であったが、ゲバルンは余裕を持って躱す。


 しかし、ディンもそれだけでは終わらない。

 初撃は様子見、これからが本命。

 巨石を躱した直後の一瞬の硬直を狙い、ディンはゲバルンの死角に魔法陣を展開して弾丸を遠隔で放つ。


(避けた……!?)


 不意打ちのタイミングは完璧であった。だがそれにも関わらず、ゲバルンはまるで背後の魔法陣に気付いてかのように、最小限の動きで身体を捻って弾丸を避けて見せた。


 頭部の触覚からわずかな空気の振動を感じ取り、複眼で広い視覚を確保できる虫人族の特性上、ディンの得意とする不意打ちや初見殺し主体の戦法はゲバルンに対して有効打になり得ない。

 相性が悪い、それを直感的に察したディンは奥歯を噛む。


 おそらく相手は自分と互角かそれ以上、だというのにラトーナ救出を考えている以上は余力を残さなければならず、おまけに悠長に戦っていても先にアルクがやられる可能性が高く、そうなれば2陣営から袋叩きに遭ってしまう。


(想像以上にしんどそうだ……)


 かつてない制約ではあるが、投げ出すわけにもいかない。

 ディンは改めて気を引き締めた。


ーーー


『はあああああああああッ!!!』


 金音かなおと、火花、金音、火花、金音、火花……

 周囲に爆炎と衝撃波を撒き散らしながら、アルクは持てる力を今この瞬間に出し切る勢いでひたすら目の前の竜人に大剣を振り翳していた。

 現在アルクが相対している「ルエラーク」の代表戦士である竜人のバッカー、彼の持つ槍は物体をすり抜ける性質を持っていることが前回の戦闘で判明している。

 故に後手に回れば防御不可能の攻撃が飛んでくることは目に見えているので、アルクは我武者羅に攻めの姿勢を崩さない。

 

『前より速くなったのぉ……?』


 炎を伴った高速剣撃は実際、バッカーからしても目を見張る勢いがあった。

 スピードは互角、パワーは下手をすればアルクが上。炎刻印を動きに取り入れたアルクの成長度合いは凄まじい……

 それらは紛れもない事実であるが、バッカーとの実力差はその程度で埋まらない。後のことを一切考慮しない120%の猛攻を浴びせてなお、アルクはバッカーの守りを崩せていないのが何よりそれを証明していた。


『見切ったぁッ!!!』


『ッ!?』


 そして徐々に目が慣れてきたバッカーが連撃の隙間を縫って放った鋭いカウンターによって、アルクはとうとう攻撃を中断して距離を取らざるを得なくされる。

 

『くそっ……!!!』


ーー炎印×射出印ーー


 接近を恐れて牽制として火球をバッカーに向け連射するアルク。

 本来刻印魔術はその性質上、血で刻印を描きそこに魔力を流してから発動する以上むやみやたらに放てるわけではない。しかし「耳なし芳一」が如く、予め衣服の下の素肌に大量の刻印魔術を書き込んでいるアルクはそれを擬似的に解決している。


『おどれぇ街中で何ちゅーもんをッ!!!』


 大通りを埋め尽くさんとする勢いで飛来した大量の火球を前に、バッカーはやむを得ず親指の腹を噛んで手のひらに血文字を描いて魔力障壁を展開してそれを受け止める姿勢をとった。


『ッッッッ……!』


 ディンも陰ながら評価しているその魔術のセンスから繰り出される火球の嵐、いかにバッカーが優れた戦士であってもそれを受け止め続けることは厳しいであろう。

 実際、バッカーが展開した障壁は火球が一発、また一発と当たるたびに大きく欠けていっている。

 もはや着弾は時間の問題、アルクの勝利は確定しただろう。


 ——ある事を見落としていなかったのならば。

 

 やがて刻印のストック切れによって火球の雨が止むと、アルクは再び肉薄されることを恐れて剣を構えながら掃け始めた黒煙を凝視していたが、そこで自身の目を疑った。


(消えた……!?)


 煙の中に立っている、もしくは倒れているはずのバッカーの影はそこになく、ただ火球に抉れられて出来たクレーターがあるのみ。

 激しい突然の中で戦士が忽然と姿を消すという不可解な現象を前にアルクは疑問では無く言葉に出来ない強烈な違和感を抱き、本能的に構えを解かなかった。


 そしてそれが功を奏した。

 

『やってくれよったな坊主がッ!!!』


『ッ!?』


 数秒の間を置いて、大通りに立ち並ぶ建物の一つ、ちょうどアルクの真横に位置するそこからバッカーが壁をすり抜けて姿を現し、一瞬にしてアルクとの距離を詰めた。


 そう、アルクが見落としていたのは「バッカーが能力を隠している可能性」。

 以前、自身の大剣のガードを貫通され槍の一刺しを受けたことから「バッカーの槍は物体をすり抜ける能力」とアルクは決めつけていたが、実際は少し違う。


 バッカーの持つ槍、ソロモン魔剣六十八番「悪突ベリアル」は、槍そのものとそれが触れた物体の〝表と裏〟を入れ替える。

 ルールは単純、現在アルク達の身の回りに存在するもの全てが〝表〟であり、魔剣によって〝裏〟の性質に変更された物体は〝表〟の物体に触れることができなくなる。

 故にたった今姿を消したかに見えた現象も、火球の弾幕によって立ち昇った黒煙の中でバッカーが脇の建物の壁に〝裏〟を付与することですり抜けて侵入し、そのまま建物から建物へと壁を無視して移動しアルクの真隣から飛び出すという過程が踏まれていたのだ。


『かはッ……』


 予期せぬバッカーの奇襲を前にアルクは再び反射的にガードを取ろうとしてしまい、回避が遅れて腹部を貫かれる。


『カタギのタマ取るんわ主義に反するが、死んだ若い衆の手前、ケジメはつけなあかんわな』


『ッ……』


 グリグリとアルクの腹に食い込んだ槍を捻るバッカー、対するアルクは激痛に顔を歪めながらも最終手段として腹部の血を指ですくって素早く血文字を服に描き、自身諸共に相手を燃やそうと試みるが……


『させんわッ!!』


 それすらも早期に見抜かれ、バッカーは槍を引き抜きながらアルクを蹴り飛ばした。


『がッ……!!』


 大通りに立ち並ぶ建物の壁に勢いよく叩きつけられて肺の空気を全て吐き出したアルク、霞み、歪んだ視界でも尚立とうとするが彼の体は言うことを聞かない。

 どれだけ魔術でパワーを強化できても、魔装の技術が拙いアルクの防御力は一般人に毛が生えた程度のものでしかないからだ。


『道連れとは大したタマじゃ……のッッ!!!』


 更なる隠し球を恐れ、バッカーはアルクが立ち上がるのを待たずにトドメの一撃を突き出そうとする……


白像雷閃イートゥーディー!!!」


 が、しかしそれは突如2人の間に割り込んだ迅雷によって妨げられた。


『遅れてすみませんアルク君!』


『アセリア……!』


 バックステップを踏んで雷を回避したバッカーの前に、路地裏から飛び出した桃色髪がアルクを庇うようにして立ち塞がる。


『……まぁだ伏兵がおったとはのぉ』


 予期せぬ横槍にバッカーは眉を顰めながら警戒を高め、対するアセリアはそんな彼の殺気に当てられて息を呑むと同時に、勢い任せに飛び出した事を後悔した。


(どうしよう、足が動かない……)


 戦い、それ自体は学園でディンの武闘会団体戦を手伝った時に経験してきたが、命の奪い合いはこれが初めてなのだ。

 加えて、目の前の相手と同格のディンは別の敵で手一杯、前衛のアルクは満身創痍、自身も速射できる魔術6回分の内1回をたった今使ってしまったばかり……


 今までの彼女ならば、命乞いすら出来ずに恐怖でその場にへたり込んで終わっていただろう。


 しかし、彼女は短くなった自身の後ろ髪を軽く撫でながら、その恐怖を更なる闘志で塗り替える。

 誓ったのだ、もう足は引っ張らないと。始めて出会った、自身を慕い、心を打ち明ける事が出来る〝特別な存在〟に。

 

「——猛き大地は頭を垂れる、我が腕となるがため」


 詠唱遅延のストックを消費してアセリアはゴーレムを生成、そしてそれを前にバッカーが頭を掻きむしりながら舌を鳴らす。

 ——速射は残り4回。


『退がらんかい、おなごの出る幕とちゃうわ』


『……私はここから一歩も動くつもりはありません!』


 どのみち足がすくんで動けないなんてことを内心呟きつつも、アセリアは精一杯の虚勢を張る。


『今の内に回復してくださいアルク君』


『やめろアセリア……』


 倒せるとは思っていない。

 とにかくまずはアルクを復帰させる、そのための時間を稼ぐのだ。


『はぁ……今日は飛んだ厄日じゃ……のっ!!!』


 やむを得ないといった様子でアセリアに向かって一直線に地面を蹴ったバッカー、弾丸の如きその跳躍に魔術師のアセリアは反応出来ず、瞬きの内に心臓が貫かれる……かに思われた。


『ぬおっ!?』


 アセリアの胸へと突き立てられたバッカーの槍が、突如彼女の体に浮き上がった魔法陣によって弾かれる。


『「反射の呪詛」ッッッ……!!』


『よくご存知で!!!』


 事前に仕込まれていた呪詛の罠により槍を弾かれ、バッカーは憎々しげに奥歯を噛みながら仰け反り、アセリアはその隙を待っていたとばかりにゴーレムの拳を叩き込む。


 その刹那の攻防の中で、想像の遥か上を行くゴーレムの俊敏な動きにバッカーは目を見開く。

 本来ゴーレムの速度や動きは術者の力量に大きく左右され、バッカー程の戦士と同等の動きをするとなればそれこそ魔術王……とまではいかずとも宮廷魔術師クラスの実力が必要。

 当然アセリアにそこまでの実力は無いが、本来はオート操作のゴーレムを人形魔術でマニュアル操作することでその性能が格段に上がっていたのだ。


(捕らえた……!)


 ゴーレムの巨腕がバッカーの体を手中に収めた瞬間、アセリアはそう確信した。

 だがアセリアは知らなかった、バッカーの持つ槍の能力を。

 そしてそれを知るアルクだけが叫んでいた。


『ダメだアセリアッッッ!!!』


 しかし声を上げた時には既に遅く、ゴーレムに拘束されていたはずのバッカーが再びアセリアの前へと迫っていた。


『え……?』


 あるいはアセリアのゴーレムが本来の精霊魔術に依存した術式であれば、ゴーレムは魔剣(槍)に〝裏〟の性質を付与されてバッカーの身体をすり抜けてしまうことはなかったであろうが……それは既に過去の事。

 嘆いてもこの現実は覆らず、呪詛魔術トラップによる保険も使ってしまったアセリアは、ただ訳もわからぬまま胸を貫かれるのを待つばかりである……はずだった——


『んおっ!? なんじゃまたかいなッッッ!!!』


 しかしアセリアに向けて無慈悲に迫っていた絶望の一撃は、再びバッカーの前に走った閃光によって阻止された。


『そこまでなのですッ!』


『ええ、私達が来たわ!』


『あ゛ぁん? なんじゃいおどれらわッッッ!』


 アセリアを庇った閃光の出どころに目線を向ければ、そこには月をバックに屋根に立つ2人の少女の影があった。


『何者かと聞かれたら!』


 バッカーの問いかけに黒髪の少女が仮面に片手を添えながらビシリと指を突き上げて叫び……


『答えてあげるが世の情けね!』


 その隣に立つ仮面の金髪少女が杖を構え直しながらふよふよと空中浮遊を始める。


『全能なる大地の代弁者、万物の声を聞きし美少女戦士……ビーナス=ガイア⭐︎⭐︎!!!』


『暗闇に笑い、月に涙を流す者、我が魔光の指すところに正義あり……美少女戦士、ビーナス=ムーン!』


 明らかに練習したことがわかる流暢な名乗り口上の後は迫真の決めポーズ。

 突如として現れた美少女戦士達によって、戦況は更なる混沌を極めていくのだった。

補足

悪突ベリアル」の能力の制限として、一定以上の魔力を帯びた物体に対しては手軽に〝裏〟の性質を付与できないというものがあります。

 これにより、もしアセリアのゴーレムが精霊術を核としたオートマ操作によるものだったのならば規定値を超える魔力を帯びたゴーレムとなっていたため、「悪突ベリアル」の能力付与が間に合わずにそのまま鷲掴みにされていた……という話です。パフォーマンスを優先して人形魔術による手動操作に切り替えたのが仇となりました。

あと更新遅れてすみません

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