第22話 脚光
「これより第42回、ミーミル王国アンボン商会主催の、貴商親善交流会を開会させていただきます!」
鳴り止む気配を感じさせないほどの大きな拍手喝采、優雅にぶつかり合うグラスの音、昼間を思わせるほどに辺りを強く照らしつけるいくつものシャンデリア。
そしてどこを見回しても裕福だとすぐに分かるような出立ちの人々。
俺は今、念願の社交会の場に立っている。
「結構人がいるわね、お祭りの時ぐらいか、それ以上ね……」
そんな俺の傍には、目新しい景色に目を丸くした美少女が1人。
「だね……」
本日のラトーナは、白とエメラルドグリーンを基調としたドレスに身を包んでいる。
自前の金髪と紫の瞳がいいアクセントになって、ゲームとかに出てくるエルフのお姫様みたいだ。
めっちゃ可愛っす。尊すぎる。目が幸せ。
「あまり驚いてないようだけど、こういう所に来たことあるの?」
「はは、まさか。ただ緊張してるだけだよ……」
そう。
俺は緊張している。
脚は小刻みに震え、顔には変な汗が滲み出している。
なぜなら俺は今世……いや。
転生記最大の重要なミッションを背負っているからだ。
俺は今日、数多のイケメンが競り合うこの社交会で、目の前の美少女を口説かなければならない。
しかも公衆の面前でだ……
アーベスとの密談からここに至るまで、早いもので四日。
結局、作戦には同意したものの、ラトーナに対する俺の気持ちは全く纏まらずにいた。
いやいやいや、だって無理だろ。
中身はともかく、身体的にはまだ10歳にもなってないのに結婚がどうとか言われるし……
いやまあね?
ラトーナがタイプかと聞かれればタイプだし、好きかと聞かれれば好きだよ?
実際、ラトーナと話すのは楽しいし。
でも、疑問に思うんだ。俺はこの子に恋愛感情を抱いていいのか。
「……どうかしたの?」
「ああ、いや、なんでも……それよりどする? 俺ら明らかに浮いてるけど」
「別に、私はこのままでいい……」
既にこの会場には、賑わいの裏に苛烈なパイプ作り競争が始まっている。
それはこの場にいれば、誰もが肌で感じ取れるであろう。
そんなせいか、うまく雰囲気に馴染めない俺とラトーナはいつしか会場の隅っこで孤立していた。
いや、正確には孤立してるのは俺だけかもな。
先程からラトーナには多くの視線が集まっている。
俺がいなければ、あっという間にラトーナはそこらへんの男に囲まれてるだろう。
だからか知らないが、さっきからチラホラ俺をディスる声が聞こえる。
『どこの庶民だ〜』とか『生意気だ〜』とか。
ちょくちょく足蹴られたりするし。
正直、緊張も相まって俺の豆腐メンタルは崩壊寸前だ。
「おい、そこのお前」
そんなことを考えていた矢先、ラトーナに視線を向けていた男の一人が俺に話しかけてきた。
歳は13くらいか、結構ガタイの良い茶髪の男前だ。
「僕ですか……?」
「貴様のような平民が、何故ここにいる」
周囲の人間にも聞こえるように、男はわざとらしく大声でそう言った。
「は、はぁ……何故と言われましても……」
ちくしょう、これでもおめかししたつもりだったんだけどな。
滲み出す庶民臭というやつか……
「ここを、豊作の祭りかなにかと勘違いしてないか?」
男の皮肉めいたジョークに周りが同調し、周囲からクスクスと俺を嘲笑う声が聞こえ出した。
「ッ……あなたね……!」
ラトーナが顔を顰めて一歩踏み出したところで、彼女を制止する。
「落ち着いてくださいラトーナ、別に彼は間違ったこと言ってませんよ」
大方、ラトーナの隣にいる俺が邪魔なんだろう。
あと祭り感覚なのも否めない。
ていうかキレ顔のラトーナなカッコいいな。
「……でも」
納得の行かなそうな顔をして俺を見つめたあと、彼女は再度男を睨みつけて一歩下がった。
そう、別に男の言葉を真に受ける必要はない。
俺が庶民なのも事実だしな。
何より、こいつらと喧嘩したとして俺には不利益しかないからな。
ここは媚びへつらってでも、受け流そう。
「まあまあ落ち着いて、ここは秘策があるので」
「何よ秘策って……」
眉を八の字にしているラトーナの手を握り走って出す。
「おい、待て貴様!」
「逃げるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
これこそ、かの主人公一族に伝わる秘技。『逃げる』だ!
俺は脱兎の如くラトーナを引いてその場を離脱して、人混みの中に入った。
反撃もせず逃げたせいか、ラトーナがしばらく口を聞いてくれなかったこと以外は完璧な結果だ。
ーーー
「ディン•オード様でいらっしゃいますね?」
人混みを抜けて一息ついていたら、社交会の使用人らしき男が俺のとこまでやってきて、話しかけてきた。
「はい。そうですが……」
なんだろう。
まさかアーベスとの密談の件がラトーナの爺さんにバレて、つまみ出されるのか……?
嫌だ!
もう地下には戻りたくない!
「この後のプログラムにダンスが有るのはご存知かと思いますが……」
あ、全然関係なかったわ。
「はい」
「ダンスの背景音楽を担当している楽団から、あなたに共演のお誘いが来ております」
「え、どこの楽団ですか?」
「確か……『アデイユ楽団』と仰っていました」
あ〜
「なによそれ」
ラトーナが首を傾げながら、俺の肩をつつく。
「前にお祭りで演奏してた楽団だよ。覚えてる?」
そう言われてピンときたのか、彼女の顔にはだんだんと笑みが浮き出てきた。
「凄いじゃない! 行って来なさいよ!」
ぐいぐいと俺の背中を押すラトーナ。
「ええ……いや、ちょっと……」
たしかにお誘いは嬉しい。
この1ヶ月間はラトーナのおかげで結構弾いてたから、勘もある程度は戻ってると思うしな。
しかしダンスのタイミングで君と離れるっていうのは、作戦的には全然よろしくないんだよなぁ……
「ほら! 早く!!」
見ろよ、このキラキラした眼差しを。
俺とアーベスの企みを知らない、この純粋なる眼差しを。
断った際の言い訳も特に見つからないし、目的のことも話すわけにはいかない……
そんなわけで、数分後、俺はラトーナの勢いに負け、楽屋に向かうことになった。
ーーー
「よお兄ちゃん! 久しぶり! まさか偉いとこの出だったとはな!」
楽屋に入ると以前の司会者ではなく、別の男が出迎えてくれた。
確かこの人、ベースかなんかやってた人だ。チェロみたいな楽器で。
歳は見た目からすると、ラルドやアーベスより上って感じだな。三十大後半のおっちゃんだ。
そして改めて近くで見ると、演奏者の割に図体がでかくて妙にガタイがいい。
フランクな人だと知らなければ、この貫禄に萎縮してしまいそうだ。
「ん? どうした兄ちゃん、俺の顔になんかついてるか?」
「あ、いえ……なんでもないです。こちらこそお久しぶりです! この度はお誘いいただきありがとうございます!」
「いいのよ、そんな畏まらなくて! 改めて、俺はセリってんだ。よろしくな!」
おお、なんとも覚えやすそうな名前。
「はい、確か以前はピアノ辺りの位置で……」
「そうそう! 覚えててくれたのか!」
そう言って彼が差し出してきた手を、ガッチリと握る。
「今回もまた隣になると思うから、宜しくな!」
「はい、宜しくお願いします! セリさん!」
もう一、二ヶ月も前のことだったから、正直忘れられてたりしないか少し不安だったが、周りを見る限り、どうやら俺のことを覚えててくれたようでほっとした。
それにしても、みんな前と違って高そうな服着てるなぁ……いや、まあ当たり前か。
「そういや、兄ちゃんの名前を聞いていなかったな」
「おっと、これは失礼しました……僕はディン。ディン•オードです!」
「オード……?」
俺の名を聞いた途端、セリは血相を変えて俺の顔を覗き込んできた。
何かおかしなことを言っただろうか。
その眼差しには、殺気すら込もっていた様な気さえする。
「兄ちゃん……あんた親父の名は?」
なんだろう、この威圧感……どこか覚えのある感じだ。
めちゃくちゃ怖い。
「ら、ラルドです!」
テンパって声が裏返ってしまった。
「ラルド!?」
「はっ、はいっっっ……!」
急に大声出すなよ……びっくりすんなだろ。
「ラルドは……あいつはまだ生きてたのか……!?」
「はい?」
ーーー
「出番まであと少しです、入場のご用意を」
舞台袖に待機している俺達に、使用人がそう伝える。
「ミスすんなよ? 兄ちゃん」
「セリさんこそ……ていうかディンでいいですよ」
「いんや、兄ちゃんは兄ちゃんだ。ハハハッ」
本番前の緊張漂う暗闇に、セリの笑い声が響く。
俺の隣で楽器を構えて待機しているこの男––––セリはどうやら、ラルドの傭兵時代の仲間だったらしい。
道理で覇気もあれば、ガタイもいいわけだ。
彼曰く、楽団として各地を転々としていても名前や噂を全く聞くことがなかったので、死んだと思っていたのだそうだ。
丁度よかったので、ラルドもここに来ているから会いに行ってはと提案したがNOと即答された。
理由を聞けば、傭兵団の最後は喧嘩別れだったらしいし、警備の仕事の邪魔にもなるだろうから遠慮するとのことだ。
彼らにも色々あるんだな。
「入場お願いします!」
スッタフの声。
やべ、緊張してきたぁ……
まあ、簡単な伴奏だけだし、打ち合わせは十分な時間が取れたけど大丈夫かな……
そういえばラトーナは上手くやれてるかな……
1つ気にし出すと止まらない。
すぐにダムは決壊し、俺の中にはいくつもの不安が渦巻いた。
ソロでミスらないようにしないと。
任務の方大丈夫かな。
観客とかどれぐらいだろう。
カブトムシ……秘密の皇帝……
おっと、最後の2つは関係なかったな、忘れよう。
「兄ちゃん」
緊張で足が浮いている俺の肩を、セリがポンと叩く。
「楽しもうぜ」
セリはそう言って笑った。
とてつもない安心感だ。これがプロか……
「はい!」
入場が始まると、会場が拍手で包まれた。
俺も周りに合わせて、暗い舞台袖から飛び出してステージの光を浴びる。
「!……」
うわ……思ったより観客多いな。
指揮者が一礼することで拍手は止み、挨拶が始まった。
持ち場についてから話が終わるまでの間、特にすることがなかったので、ステージの上からラトーナを探したのだが、一向に見つからなかった。
一体彼女は何をやっているんだろう……
「そして本日の演奏には、とある良家の御子息がゲストとして参加しています!」
ぼーと観客席を眺めていた俺の意識を、指揮者の放った言葉が引き戻した。
「……は?」
え……おい、何やってる!
紹介なんかするなよ!
なにが良家だ。俺の家はごくごく普通の一般家庭だぞ。
とりあえずセリに促されて椅子から立ち、一礼。
もちろん以前習った貴族流の挨拶でだ。
周りからは歓声よりも、驚きの声の方が多かった。
『あんな子供が演奏できるのか』とかな。
「さて、紹介も済んだことですし。それでは演奏に移らせていただきます!」
指揮者の合図で会場の雰囲気が変わる。
俺は椅子につき、深呼吸。
さっさと済ませてラトーナを探すとしよう。