第225話 密林を越えて④
後書きにてお知らせがありますので……
アセリアと語らった翌朝、俺達は早々に王都へ向けて平野の北上を開始していた。
俺のダメージが抜けきっていないこと、そして向こうに予想外に強力な駒があることからフィセントマーレの領域である大森林からのショートカットは諦め、森林の東を迂回しながらその先の王都へと向かうルートを進むのだ。
『アルク君! そのまま突っ込んでください!』
『わかった! はあああああああああッッッ!!!』
そして時刻は昼頃、湿地帯に差し掛かったところでワニのような魔物の群れが襲ってきたので食糧調達も兼ねた戦闘が始まった。
魔大陸と呼ばれるだけあって、俺の龍脈術の出力が目に見えて上がるほど魔力が満ちている大地だ、そこに生息する魔物もやはり冒険者時代に討伐してきたそれの比じゃないモノばかり。
現に今相対しているワニ型の魔物は外皮が異常に硬く、アルクのバスターソードによる斬撃を受けても重症にはならない。
『チッ……硬いぞ!』
『アルク君伏せて! 東の針山極点の龍巣、暗影払いて照り導せよ、『白像雷閃』!!!』
一撃でワニを仕留め損ねて隙を晒したアルクの背を別のワニが狙うが、詠唱遅延で待機していたアセリアがすかさずレーザーの如き雷をもってそれを撃ち抜いてカバー。
人形操作という本来の戦闘手段を失ったアセリアがどう戦闘に参加するのかと思っていたが……なるほど、詠唱遅延を行なっていつでも魔術を撃てるようにしておくとはな。
確かにその芸当ができるのはアセリアぐらいだが、結局はまた詠唱遅延してリロードが必要なわけだから一発芸止まりか……?
『ッ!? 共食いだと!?』
おっと、そんなことを考えていたら急展開だ。
アルクの斬撃を喰らったワニが、アセリアの電撃を喰らって倒れたワニに一目散に飛びついて死体を一飲み。同時に受けていた傷が再生したのだ。吸収再生ってやつか?
『!!?』
いやそれだけじゃない、同族を丸呑みしたかと思えば直後にまた二体に分裂しやがった! あれじゃん、RPGとかでよくある、二体同時に倒さないといけないやーつ!
『やっぱ手伝いましょうかー?』
『いいえ! まだ大丈夫です! ですよねアルク君!?』
『愚問だ。怪我亜人は引っ込んでいろ!』
というわけで俺は引き続き現場監督を続行。
まあ、アセリアの戦闘訓練である以上、あくまで助言程度で済ますつもりではいたが……それにしてもあの魔族はいちいち一言余計なんだよ。トリトンの悪意有りバージョンだな。アルクなんて贅沢な名前だ、今日からあいつはカスのトリトン、カストンだ。野獣に負けてテラスから落ちちまえ。
『カバーは——!?』
『いらない! 次は一撃で……仕留めるッッ!!!』
そんな宣言通り、今度は大剣に爆炎をエンチャントして一息で両断。相変わらず動きが直線的で素人丸出しだが、とんでもないパワーだな。
しかし、残るもう一匹に共食いをさせずに素早く仕留めるのはあの大雑把な動きでは無理そうだが……
「——暗影払いて照り導せよ、『白像雷閃』!!!」
そう思ったのも束の間、やられた一匹を捕食しようと動き出したワニを再びアセリアの放った閃光が貫く。
「詠唱遅延の重複……!!?」
遅延させていた詠唱は初弾で完成させてしまっていたので、再び詠唱のチャージをやり直す必要があるのかと思っていたが、どうやら彼女は詠唱遅延を行なっている魔術をまるで銃の残弾のように複数待機させているらしい。
なんつー力技というか……いやそれ以前に、そんなの右を見ながら左も上も見ておくような行為だぞ? いくら人形魔術でマルチタスクを磨いたとしても、人間業とは思えない。その点のみに絞るなら、魔術の才能はラトーナにも並ぶんじゃ…………なんか自信なくしちゃうわ。
『討伐完了ですね、お疲れ様です先輩』
『なんとかやれましたぁ……』
『おっと……!』
ふらり腰が抜けそうになったアセリアを紙一重で抱き止めると、彼女の緊張が体の震えとして直に伝わってきた。
そうか、そういえば魔物との戦闘も実質これが初めてか……相当無理をしたのだろうがよくやったとねぎらいも込めて、そっと頭を撫でておく。
ともあれまあ、討伐は無事に済んだ上に、アセリアを戦力として数えられそうなのは嬉しい誤算だな。不安だった二人も組ませれば前衛後衛で補完し合えるので事態はかなり良い方向に傾きつつあるな。
「とりあえず飯にしましょうか」
「はい……」
ーーー
食事を終え、再び都市を目指して進む。
アセリアの希望で戦闘は俺以外の二人が行うので度々魔物に苦戦してスムーズにはいかないが、概ね予定通りのペースで進めていると思う。
『いや〜、それにしてもあのワニの不味さ……思い出したらまたイライラしてきました』
『まあ沼地に住んでいましたからね、泥臭いのは仕方ないかと……』
『そうか? 歯応えもあって自然の味が良かったぞ』
『それを普通の奴は「筋張ってて泥臭い」って言うんだよバカ舌が』
『なるほど。ちなみに俺の一族では味にうるさい男はモテないのが普通だ』
『そうですかー! 残念俺は既婚者でしたー!』
『アセリアが特別優しいだけだ。調子に乗るな』
『なっ!? わわわ私はディン君の妻じゃないですよッッッ!!!!』
『違うのか? 夜になるとベタベタ絡んでいたから俺はてっきり……』
『ち違いますッッッ! 断じてベタベタなどしてません! というか見ていたんですか!!?』
『酷いですよ先輩、俺にあんなことしてその言い草は……うぅ、もうお嫁に行けない……』
『ああ言ってるが?』
『ディン君!!』
最近はやられっぱなしだったので、ここぞとばかりにアセリアを揶揄っておいた。
受け答えが早いので精神的に無理をしている様子もないどころか、少々元気過ぎるくらいだな。少しは今の環境に慣れて余裕が出てきたということだろう。
やはり行幸だ。あとは王都で他の仲間……欲を言うならルーデルやセコウと合流できれば森林攻略に希望が見えてくる。
……このままいけばラトーナ救出も夢じゃない——
『おいアセリア! 大丈夫か!!!』
『え……?』
なんて思った矢先だった。
突然、俺の後ろを歩いていたアセリアが倒れ、アルクが声を上げたのは。
『先輩!?』
慌てて倒れたアセリアの上半身を抱き起こす。同時に、触れてみて初めて彼女の異様な体温の高さに気づく。
『あはは……やっぱり、ダメでした……』
『アセリア、お前まさか……!』
俺の腕の中で虚な目をして苦笑するアセリアに対し、アルクが言葉を詰まらせる。
『アルク! アセリアに何をした!!!』
『俺じゃない!! いや、俺と言えば俺なのかもしれないが……』
『いいから答えろ!! 何をした!!!!!!』
最早アセリアのことも放り出してアルクに掴みかかると、彼は目を泳がせながらしどろもどろに口を開く。
『たぶん毒だ。森林での戦闘で、お前と別行動している時に、アセリアは……その、脚に矢傷を負ったんだ』
『ッ! 先輩失礼します!!!!!!』
慌ててアセリアのローブをめくり、件の傷を探す。
……あった。微かだが、白い切り傷の痕が太腿の側面にある。
『解毒はしなかったのか!!!』
『したに決まっているだろ!!! 実際その後は普通にしていた!!!!!!』
必死の形相で否定するアルクに気圧され、同時に少しだけ頭を冷やす。
今は喧嘩してる場合じゃない、アセリアの容態だ。
こいつの話を聞く限り、解毒しきれなかった残りが徐々に体に回ったということか? それとも遅効性の毒……?
——って違う、そうじゃない。なんにせよ今の俺達では治療手段を持たないということが問題だ。セコウとかなら……とにかく王都にいけば何とかなりそうだが……
『ここから休まず走ったら王都までどのくらいだ!!!』
『アセリアを担がないにしても2日は掛かる!』
それじゃあ遅過ぎる……!
いつから症状を隠していたのかにもよるが、どちらにせよこの高熱では長く保つとは思えない。
クソッ、飛行魔導具が生きてれば、あるいはもっと俺が解毒魔術を学んでいれば……今更ながらに悔やみきれない。
どうすれば、どうすれば助かる……???
『……里だ』
『は? 里がどうしたんだよ!』
『あっちに2本角が生えたような山があるだろ、あそこに「スカー」の集落がある。ここから急げば半日足らずで着く距離だ』
『!』
「スカー」と言えば、たしかクロハと同じ鬼族の集まりだったか……?
あそこはアスガルズとの戦争被害をもろに受けている、正直余所者を受け入れるとは思えないが……いや、それ以前にだ。
『そこなら治療できるのか?』
『あの山は毒を持つ魔物が多い。それらを狩って暮らしいている奴らだ、俺達よりは毒に詳しい……はずだ』
『「はずっ」て……間違ってたら今度こそ先輩を助ける時間がなくなるんだぞ!!?』
『どのみちここで動かなければアセリアは死ぬだろ!!』
『ッ…………』
アルクにそう詰め寄られ、再び苦しみに喘ぐアセリアに目を向け、一度目を閉じてしばらく思考を真っ白にして……ようやく覚悟を決める。
『わかった。案内を頼めるか?』
『ああ。へばるなよ?』
予定とは大きくズレるが、アセリアの命には変えられない。鬼族の集落へ向かうとしよう。
ラトーナにはもう少し我慢してもらうことになるな……
でも、彼女が俺と逆の立場でもきっと同じ選択をするはずだ。
ーーー
【アセリア視点】
あれから二度目……ディン君に浜辺で助けてもらった時と合わせて二回目の、昔のことの夢を見た。
まだ社交場に慣れることが出来ない私を見限って追い出される前、ライネック家にいた時のことだ。
私はたくさんの人形に囲まれてて、人形魔術をみんなが褒めてくれて、みんなが優しく笑顔で、お父様もお母様も私に暖かい視線を向けていた頃だ。
そして少し歳が離れたお兄様だ。あの人はいつも「良い子だ、良い子だ」と私を可愛がってくれて、最後まで私の味方で……
あれ? 違う。お兄様は私が家を出る前に死んでしまったではないか。あんなに優しかったお兄様が死んでしまった悲劇を、どうして忘れていたのだろう。
死んでしまった理由は……えっと……そうだ、私の部屋だ。
私の部屋で、お兄様が私の目の前で裸で倒れてて……それで…………血が、たくさん…………
〔良い子だ、良い子だぞ。俺の可愛いアセリア〕
——あれ?
「はっ!!?」
お兄様の笑顔が頭に浮かんだ直後、視界は暗転し、気づけば私の目の前には見知らぬ岩の天井が広がっていた。
「ここは……?」
天井から壁にゆっくりと視線を移す。
やはりそこにあるのは天井と地続きの岩肌で、どうやらここは小さな洞窟を部屋に改装した空間らしい。
「あっ……」
石に藁を敷いただけの簡素なベッドから起き上がって出口に向けて歩き出すも、体に力が入らず足取りがおぼつかない。
……そうだった、毒のせいで倒れていたことを忘れていた。
あの後どうなったのか記憶は定かではないが、今の体調から考えてディン君らが何処か治療できる場所に運んでくれたと推測するべきだろう。
となれば、ひとまず意識が戻ったことを伝えにいかなければいけな——
「……!?」
そう考えた直後、何かが崩れたような激しい物音が私の鼓膜を打ち、何事かと慌てて簾を潜って穴蔵の外に出る。
「……谷に、集落……?」
月光が淡く照らす周囲を見渡すと、そこには切り立った谷の側面に住居が並ぶ変わった景色。
しかし一際目を引いたのは景観ではなく……
「ディン君……それにアルク君ッ!!?」
私が出てきた小屋のすぐ近くで激しい戦闘を繰り広げている二人の姿であった。
※補足とお知らせ
【補足】
•詠唱遅延について
詠唱遅延というのはその名の通り詠唱を途中で中断した状態で術式発動準備状態を一定時間維持する行為です。
本来はほんの一瞬だけ詩の中で間を置いて発射タイミングをズラしてフェイントを行ったりするものでして、アセリアのように残弾としてあらかじめ詠唱を八〜九割完成させて好きな時に魔術を素早く撃つ用途ではありません。
ていうか複数の魔術を詠唱遅延状態で維持するのに至ってはコーラ2リットル一気飲みした状態でゲップしないようにカラオケしながらかつ尻に下剤を入れて踏ん張りつつ、さらに鼻をくすぐられてもくしゃみを堪えるのを何時間もやる様なトチ狂った行為なので普通出来ません。彼女の異様な忍耐力と繊細な魔力コントロールあって成せる技です。
【お知らせ】
活動報告にてキャクターの詳細な情報を載せた「キャラクター図鑑オンライン」を作成しました。第一弾では我らがラトーナ様のビジュアルイメージイラストや裏設定なども掲載してますので、良ければご覧になってください。
あとコメントやリアクションあると奇声をあげて喜ぶ&モチベと爆上げで更新頑張るのでよろしくお願いしますッ!!!




