第21話 無茶な提案
「君がラトーナと結婚するんだ!!」
「は!?」
「君はラトーナと仲がいい上に、リニヤットの血筋だから素性も申し分ない。君がラトーナと結婚すればいい。ラトーナもその方が喜ぶだろう」
胸を突かれたような感じがした。
正直、俺の顔は真っ赤だったと思う。
俺がラトーナと……結婚?
「でで……でも、それなら事前に話せば済む話では? 恋人のフリするだけでも……」
「それはあまりやりたくないんだ。父様は君の父上をよく思っていない節があるから、君への印象もあまり良いものではないだろう。何かの拍子にこの事が漏れれば、君の参加事態が危うくなる」
あ、それはやだ……社交会に行かないとラトーナに着く悪い虫を払えない。
親父め、余計なことをしおってからに。
「それに、ここでラトーナが社交会を欠席してしまえば、他家との交流に亀裂が入りやすい。なら形式に則って君がラトーナに接触し、正々堂々とあの子を手に入れる。全てが済んでしまった後なら、父様も口出しできないだろうしね」
「つまり出来レースみたいなもんですか」
「で、できれー……何だって?」
「一芝居打つってことですよね」
「まあそんなところだね」
あれ、ちょっと違うのかな。
「でも、身内の僕が彼女にわざわざ接触したら、周りからしても少し変じゃないですか?」
問題ないとばかりに、アーベスが腕を組む。
「だから前に言っただろう? 護衛としてではなく、ディン•オードとして社交会に出れるようにすると。周りには君の細かい素性を伏せておけば、大した問題にはならない」
「うっ……でも……」
「なんだい、ウチの娘は好みに合わな——」
「そんなことはないです!」
焦って少し大きな声を出してしまった。
顔を見なくとも、アーベスがニヤリとしたのがわかる。
「なら良いじゃないか。あの子と結婚すれば」
「とりあえず協力はします……でも、その先のことは彼女次第です」
俺は出来るだけあの子の意思を尊重したいしな。強引に付き合うくらいなら、その場凌ぎだとラトーナに話してしまおう。
まあもっとも、彼女に隠し事なんて意味をなさないわけだが。
「ふむ、わかったよ。でも見たところ、ラトーナは君を拒まないと思——」
「でっ、では、失礼します……!」
慌ててアーベスの部屋を飛び出し、自室に向けて歩き出す。
あのまま会話を続けていたら、確実に彼のペースに乗せられていた。強引に抜けて正解だったかもしれない。
コツコツと、寂しい靴の音が廊下に響いているが、今日はそんな音もろくに耳に入ってこない。
心臓がバクバクだ。足もガクガク震えている。話が急すぎて頭がごちゃごちゃだ。
アインのことだって、俺の中ではあんまり整理がついていなかったのに……それなのに、今度はラトーナと結婚?
貴族?
商会?
螺旋階段
カブトムシ
最後の二つは関係ないか。なんだよこれ。
ていうか、そもそも一夫多妻にすれば良いなんてアーベスは言うが、俺にとってそれは、あまり気の進む行為じゃないんだがな。
なんていうか、それは相手に失礼だ。
何一つ整理がつかないまま、とぼとぼと足元ばかり見つめて歩るく。
窓から差し込む夕日が、廊下の床に反射して眩しい。
「ッ!?」
廊下の角に差し掛かった時、勢いよく飛び出してきた金色の何かと激突し、俺は尻餅をついた。
「痛っ……って、あれ?」
強く心臓を握られた気がした。
目の前に同じく尻餅をついていたのは、ラトーナだった。
なんだかデジャヴだ。
「もう……気をつけなさいよ」
プクリと頬を膨らませるラトーナ。相変わらず可愛い。クールビューティーと可愛いのハイブリッドとか、もう兵器だろ。
この子まだ9歳だぞ? 最終形態はどうなってしまうのだ。
「うん。ごめん……」
「どうしたの? 今日のディンおかしいわね」
ラトーナがそう言って、無邪気に俺の顔を覗き込んできた。
「なにもおかしくないよ。なんでさ」
「あなたが素直に謝るわけないじゃない」
「失礼だな」
まずい。ラトーナの顔を直視できない。
緊張する。いつもどんな風に話してたっけ。
「教室は逆方向よ、これからマナーのレッスンでしょ? 一緒に行きましょ!」
「う、うん……」
「ちょっと、なんで目を合わせないのよ」
「……いや、別に」
ふと、目線を戻すとラトーナと目が合った。
キスでもするんじゃないかってくらい、顔が近い。
「わっ! えっ!?……ごめん!!」
慌ててラトーナと距離をとった。自分でもなんで謝ったのかわからない。
「はは〜ん、さては照れてるわね?」
「……」
心を読まれないように、口をつぐんで目を逸らした。
チラリとラトーナの方に目をやると、彼女は顔を真っ赤にしていた。
「なんでラトーナが照れてんの?」
「だって……そんな反応されたら……」
まずい、返ってわかりやすい反応をしてしまった。
「「……」」
互いの間に気まずい沈黙が流れた。彼女と過ごしていてこんな空気になったのは初めてかもしれない。
「——と、とりあえず行きましょうか」
立ち上がってラトーナに手を差し伸べる。
早くこの空気をなんとかしたい。
「え、えぇ」
ラトーナは俺の手をおずおずと握り起き上がり、二人並んで歩き出す。
結局、この後もおかしな空気は変わらなかった。
これじゃあまるで、俺が本当にラトーナを好きみたいじゃないか。
そんなはずはない。俺はディンじゃない。俺は村上太一、ただのアラサー就職浪人だった男だ。そのはずなんだ。
リニヤット家篇ーー完ーー
次章 社交会篇に続く