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「偽物の天才魔術師」はやがて最強に至る 〜第二の人生で天才に囲まれた俺は、天才の一芸に勝つために千芸を修めて生き残る〜  作者: 空楓 鈴/単細胞
第9章 束の間の安息篇

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第212話 君に触れる【前編】


 王都外れに位置するオード邸、その一室には五人の女性が集っていた。


「その、ラトーナ様……やはり私は給仕の方をさせていただければ——」


「却下よジーナス。今回は私の友人の一人として呼んだのだから許さないわ」


 卓を囲む五人の中で唯一、落ち着かない様子で挙手したジーナスの言葉を此度の主催であるラトーナはバッサリと切り捨てた。

 

「まあ、茶会なんて大層な名はついてるけど、中身はただの女子会にゃ。おミャーも肩の力を抜くことだにゃ」


 主人の少々横暴とも取れる行動に不満げな表情で口をつぐんでしまったジーナスを隣で気遣うレイシアであったが、その実この中で一番この場から退散したいと切に願っているのはレイシアであった。

 円卓の左隣には話した事もないディン夫婦のメイド、そして右隣は披露宴でちょっとした諍いを起こして以来一切口を聞いていないアセリア。

 唯一の救いである最も親しいクロハはと言うと、ラトーナの隣で黙々と茶菓子を口に放り込んでいる始末。

 いや助けろ、何故そこに座った、とレイシアは内心で舌を鳴らす。


「このお茶、ハーブティーですか? すごく美味しいです……!」


「ヴェイリル王国を出る時に王宮からもらったものよ。濃い味が好きなアセリアには合わないかもと心配してたけど、良かったわ」


「いえ、別に濃い味付けが好きというわけではないんです……」


「あら、違うの?」


「はい。私ってその、見ての通り太っているので……味付けを濃くして少ない量で満足できるようにしてるんです」


「……」


 アセリアが自虐混じりに苦笑する中、一同の視線は彼女の胸部へと釘付けになる。

 同年代の中でも群を抜いたボリュームを誇るアセリアの胸部に聳える双丘は食事制限というハンデを背負っていた新事実を前に、ラトーナを含めた他四人は今までにない絶望感を抱かされた。

 ディン風に例えるならそう、戦闘力53万を誇る某宇宙人が変身を3回残していたことが判明した時のそれに近いものだ。


「普段濃い味ばかりなので、サッパリしたものは好きなんです……って、どうしました皆さん? 私の服に何か付いてますか?」


「い、いいえ何でもない……気に入ってもらえて良かったわ。それよりクロハ、お菓子は独り占めしないで皆んなにも分けてやりなさい」


「……チッ」


「こいつ今舌打ちしたにゃ」


「……仕方ないわね、他のお菓子も持ってくるから皆んなは少し待ってて」


 立ちあがろうとするジーナスを制止してラトーナが部屋を出ていくと、途端に会話が途切れる室内。


「ラトーナもずいぶん明るくなったにゃ」


 沈黙を何より嫌うレイシアはいち早く不穏な空気を感じとり、すかさず共通の話題を提示して間を潰しにかかる。

 そして残る二人も渡に船とばかりに、その意図に同調した。


「憑き物が落ちたようですよね〜」


「あーしも良い加減相手を探さないとにゃ……全く、獣人の血を恨むにゃ」


「あ、獣族の方は13で成人でしたっけ?」


「んにゃ、そんで15までには大体皆んな子供を産んでるにゃ」


「成人と言えばですが、クロハ様の種族はどうなのですか?」


「わかんない。私は同族に会ったことがない」


「左様でございましたか……」


「んま、少なくとも今の調子じゃコイツの貰い手はないだろうにゃ〜ギャハハ」


「そっくりそのまま返すよ」


「お?」


「あら、楽しそうね。何の話かしら」


「ああ、それがにゃ——」


 タイミングよくラトーナが戻ってきたことで、会話はさらにスムーズに展開されていく。

 懸念は杞憂に終わり、レイシアも内心でほっと胸を撫で下ろす。

 

「——それで一つ、皆んなに聞きたいことがあるの」


 そんな中、会話も程よく弾み各々が互いに打ち解けてきたことを見計らったラトーナが本題を口にした。


「ディンの性癖についてよ。どうかしらレイシア」


 愉快な雰囲気から一転、途端に凍りつく場。

 硬直して目を見開くアセリア。

 菓子を食らうクロハ。

 口を引き攣らせるレイシア。

 菓子を食らうクロハ。

 半目になって視線を逸らすジーナス。

 二箱目に手を伸ばすクロハ。

 しかしラトーナはそんな事もお構いなしに、有無を言わせず名指しで意見を求めた。

 

「は? いやなんでいきなりそんな——」


「下世話だけどこれは極めて重要な事なの貴方達の意見が必要よ」


 異常なまでの早口で捲し立てるラトーナに気圧され、レイシアは思考を放棄して素直に答えることにした。それだけ今のラトーナは、詮索を一切許さないだけの〝凄み〟を纏っていた。


「……まあどう考えても胸だと思うにゃ。あいつ、基本的に話してる時に視線が谷間に行ってるにゃ」


 何やら言いたげな表情で自身の胸元もとい絶壁を見下ろすクロハの傍で、アセリアもレイシアの意見に首を縦に振る。


「なるほど、胸……ね……」


 二人の意見を受けて、ラトーナは自身の体を見下ろす。

 さすがにアセリアやレイシア程ではないが、世間一般的に見てラトーナのそれは〝大きい〟部類である上、ここ一カ月のトレーニング生活もあってスタイルの仕上がりは完璧である。

 しかし、だ。胸なんて男なら誰しも大好きなのだから、ディンをただのオッパイ星人と判断するのは早計であるとラトーナは考えた。


「他は? 他にはないかしら? もっとマニアックで決定的な何かがあるはずよ……」


 理由も明かさず執拗に食い下がるラトーナを前に、レイシアとアセリアは若干頬を引き攣らせつつもこれまでのディンとの記憶を遡る。

 かたやジーナス、乱心した主人を前にショックで思考停止。


「ごめんなさい、やはり思い当たる節はありません……」


「同感にゃ。ていうかそもそも、そんなの夜にベッドの上で本人に聞けば良い話にゃ〜」


「それが無理だから困ってるんだよ。クロハねえはまだディンに抱いてもらってないもん」


「ちょっ!? なんで知ってるのクロハ!?」

 

「え、一カ月経ってるのにまだなの?」


 少しばかり茶化してやろうとしていたレイシアであったが、全く予想外の方向から投下された爆弾には思わず、自身の語尾アイデンティティを喪失するほどの動揺を見せる。

 ガキも作らないのに何で結婚した? 出産に強い使命感を持つ獣族であるからこそ、そんな言葉を飲み込むのが今のレイシアにとっては精一杯であった。


「あーもう! そうよしてないわよ! こっちだって驚いてるのよ! こんな顔が良くてスタイルの良い女が毎日隣で寝てるのに抱かないって何!? 不能なの!? 不能なのかしら!!」


「お、おぅ……」

 

「ラトーナねえから誘ってないの?」


「そ、それはなんていうか……恥ずかしいのよ!」


 もちろん、今まで必死に演じてきたクールな自分を崩したくないことや、端ないと思われたくないなど、年相応の恥じらいはある。

 だがしかし、根底にある理由はそれではない。

 ディンは左腕を失い、文字通り死にかけてまで自分を暗闇から救い出してくれたのだ、だというのにまた自分から彼を一方的に求めることには気が引ける、そんな意識が彼女にブレーキをかけている。

 自分が満たされるより、ディンを満たしたい。ディンの方から自身を求めてくることに大きな意味があると、ラトーナは考えているのだ。


「だから何とかしてディンの方から事に及んでもらおうとしたのだけど、中々上手くいかないの」

 

「具体的に、何をしたんですか?」


「えっと、その……ふとした時にキスしたり、腕にハグしたりとか……」


「お嬢様かっ!」


 れっきとしたお嬢様である。


「なるほど、そういう小さなアピールの効果が薄かったから、何か別方向からのアプローチをかけたくてディン君の趣味を私達に聞いたんですね」


 話が脱線しかけたところで、アセリアが軌道修正をかける。

 自然に会話を整理している点から、ディンとラトーナという重要戦力を失った現代魔術研を二年間守っただけの成長を感じ取れる。


「そうよ。悔しいけど、ディンとの付き合いは貴方達の方が長いからね」


「……では、1日まるまる使ってその雰囲気に持っていくというのはどうですか?」


「あー、それ良いと思うにゃ。アイツって恋愛観だけはロマンチストだからにゃ、結構前に誘惑した時も風情ムードに欠けるとか文句言ってたし」


「なるほど、ね……」


ーーー

【ラトーナ視点】


 親友達への相談を通して入念な計画を練った私は、そこから三日後の今日にデートの予定を取り付けた。


「ラトーナから誘ってくれたの嬉しいよ」


 昼下がり、天気は快晴、街は程よい賑わい、互いの体調も万全、邪魔者シーザーは始末済み……ふっ、全ての条件は整ったわ。

 今日こそ、ディンを落として見せる……!


「それで、今日はどこに連れてってくれるの?」


 温かい視線で微笑むように尋ねてくるディン。

 多分、彼の思うかっこいい旦那を演じているのだろうけれど、目の輝きや踵を浮かせて歩いているところからワクワクを隠せていないのがとても可愛い。


「焦らないで、まずはついてきなさい」


「あ、うん」


 ということでまず最初にやってきたのは、主に若者(庶民)の服を取り扱う人気店。

 ありたきり? ふっ、それ褒め言葉ね。土台はシンプルかつ強固なものが望ましいの。


「え、俺が服選ぶの?」


「そうよ、貴方が選んでくれたやつを着たいわ」


「なんでも?」


「なっ、なんでもよ……」


 つい反射的に『なんでも』と許可してしまったが、まあ良しとしよう。

 ディンのことだから、どうせ臆して際どいモノは選ばないはず……


 と、思っていた私がバカだった。


(え、なによこれ……)


 10分ほど経ってディンがカゴいっぱいにピックアップしてきた品の中には、なんとヒモと小さなアーマーだけで構成された、最早服と呼んで良いのかすらわからない珍品が入っていた。

 

 いやいや、流石にこれは冗談だろう。だってこんなの着たらほぼ裸だし……

 うん、とりあえずこれ以外のものを着よう。


「どうかしら?」


 一着目はバスとが強調されたヘソ出しスタイルのボタン服とハーフパンツ。色合いは全体的に地味だけど、ボディーラインが強調されててインパクトはかなりある。シーフ用のコーディネートに近い感じがするわ。


「うん、エロいな」


「……直球ね」


 うぅ、恥ずかしい……

 これだって結構露出があるから試着室から出るのに勇気がいったけど、でも流石にあの狂ったビキニアーマーを見せられるとマシに思えてしまう。

 とはいえ、私のスタイルを意識させるという本来の目的は果たせているわ。

 このままどんどんやるのよ、気張りなさいラトーナ。


「——ふぅ、これで全部かしらね……」


 とりあえず、渡された服は全て〝見せた〟のだが……いや、正確には一点を除きだけれど、流石にあれをは——


「あれ、もう一着あったはずだけど、着てくれないの〜?」


 ニタニタと悪童のような目つきで口角を吊り上げるディン。

 やっぱり私を揶揄っていたようね。際どいモノは着せてこないだろうとタカを括っていた私へのカウンターか、見後に彼の術中にハマってしまった。

 でも甘いわ、舐めた相手にはこのラトーナ、容赦しない!


「ふん、誰がきてないとい言ったの? ほ、ほら見なさい……?」


 たった今着て見せていた服をその場で脱ぎ捨て、その下に隠していたビキニアーマー姿を堂々とディンに晒し——


「え?」


 素肌を晒してから一秒と経たずして勢いよく閉められた試着室のカーテン。

 あまりに一瞬の出来事に呆然としていると、カーテン越しに大きく息を吐いたディンが口を開いた。


「いや、ちょっと、ごめん……周りに見せたくなかった……」


「ッッッ〜〜!!!」


 なによそれ、そんなのずる過ぎる。

 まずい、恥ずかしさと嬉しさで気持ちがぐちゃぐちゃだ。

 きっと私、今凄く変な顔になってる。こんなの見せられない……


「き、着替えるから少し待ってて!」


 ダメだダメだ、気づいたらディンのペースに持っていかれる。

 早く次のところに行って軌道を修正しないと。


「へぇ、化粧品店ねぇ……こっちにもあるんだ」


 少しぎこちない雰囲気が残りつつも、次にやってきたのは最近流行りの化粧品と香水を取り扱う店。

 もちろん、ただの買い物が目的なわけではないわ!


「ねぇねぇディン、どうかしらこの香り」


 耳の後ろにつけた香水を嗅がせることによって、物理的な距離を極限まで縮めるとともに、甘い香りによる幸福感の増幅!

 効かないとは思うけど、性的興奮も煽る効能があるモノを選ぶのもポイント(レイシア談)。


「どれどれ」


「んッ……」


 あれ、んっ……なんていうか、耳の付け根あたりにディンの息遣いを感じてくすぐったい……

 て、ていうか顔が近い……! これじゃ私が落ち着かないじゃない!


「うん、可愛い匂いだね。ラトーナのイメージとは違うけど、これはこれで良いかも」


「そそそそそうよね! じゃあこれにするわほら早く行きましょ!」


「え、おう……」


 変にディンを意識してしまっているせいで、作戦が空回りしてしまう。

 そんな問題に対処するため、一旦そういうプランのことは頭から除外して適当に店を回ることにした。

 そして日も落ち、段々自身のペースも戻ってきたかというところで再び軌道修正。

 本来のプランに組み込まれているディナーのため、予約していた高級レストラン……ではなくホテルと併設している少し高めの飲食店へと足を運んだ。


「驚いた顔ね」


「うん、ラトーナがこういう店を選ぶんだなーって。少し意外かな」


「高いお店はそれだけに良い点が多いけど、どうしても肩が凝ってしまうもの。たまにはこうして趣向を変えてみたの」


 もちろん今言ったことは事実ではあるが、同時にカモフラージュでもある。

 ここを選んだ本命の理由は、〝そういうこと〟をしても怒られないタイプの宿であり、かつその中で一番格が高い場所だからだ。


 ……そう、ここまでで散々私のことを意識させておき、最後は同居者の事を気にしなくて良い他所のホテルで二人きり。

 ここまで状況を整えたのならば、あとは魚が網にかかるのを待つだけよ。


「ご馳走様、美味しかったね」


「ええ、思った以上の味だったわ」


 料理も食べ終えて席を立ったところで、ここぞとばかりに彼の手を引く。


「ねぇねぇ、流石にここから家まで遠いし、今日はここに泊まっていかないかしら?」


 あくまで偶然を装ったふうに提案してみると、突然のことながらもディンは素直にそれを快諾してくれた。

 当たり前だ、そのために明日の予定も空くように調整したのだから。


「それじゃ、部屋に行こうか」


「ええ」


 さあ、ここからが本番よ……


 

さらりと始末されたシーザーの安否やいかに

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