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第20話 画策

 

 ギラギラと照りつける日差しの中、昼過ぎのディフォーゼ邸に響き渡るピアノの音色、ここ最近は誰もがそれを楽しみに1日を過ごしている。


 そしてディフォーゼ邸の稽古部屋には今日も手拍子と共に汗を流す少女が1人。


「1.2.3.1.2.3……今日はここまでにしましょう」


 講師の女性が手拍子を止めて合図を出し、ピアノの演奏が止まる。


「ありがとうございました」


 踊りをやめた少女が汗を拭いながら、手拍子を止めた女性に一礼する。


「素晴らしい上達ぶりですよ、お嬢様!」


 満面の笑みを浮かべながら歩み寄る女性に対し、少女はクールに返す。


「先生方の指導の賜物です」


ーーー


 お祭りから1ヶ月、社交会まではあと1週間を切ったわけだが、ラトーナのダンスはかなり上達した。


 さすが完璧美少女と言ったところか、最初こそ少し苦戦していたものの、一週間も経てば見違えるほどに上達していた。


 対する俺は、ラトーナがダンスをやっている空き時間を利用して、剣の修行に割く時間を増やしていた。

 まあ剣と言っても魔術はバンバン使うわけで、実践稽古と言った方が正しいのだろう。


 ようやく十秒以上ラルドとの戦闘を維持できるようになった。

 以前は俺が一撃放てばそのカウンターでやられるか、初撃で潰されるかのどちらかだったが、俺も成長したということだ。

 戦闘スタイルも特に変化したわけじゃないが、技や魔術と言った全てのキレが増した。今ならアインもボコれる気がするよ。


 そうそう、成長といえば俺の身体だ。

 先日風呂に入ったときに気づいたが、段々と体の節々に目に見える変化が出てきた。

 まだ九歳にもなってないのに二次性徴は少し早い気がするが、そもそも前世とじゃ暦も違うので正確な肉体年齢なんかわかったものじゃない。


 とにかく、肉体の成長に伴って、俺の中にはある一つの確かな変化があった。

 そう、ラトーナといるとちょっとドキドキするのだ。

 前は愛玩動物くらいにしか見てなかったが、今度は明確に彼女に好意を抱いているっぽい。

 いや待てと、まずいだろと、これじゃ俺はロリコン変態野郎だ。


 なんとかして彼女に悟られぬよう過ごさなければと、最近神経を使っているわけだ。

 この重労働はいつまで続くのやら……

 

ーーー


「報告ありがとう。どうだい? 最近の娘は」


 ここ最近から始まった定期連絡、普段は書庫で行うのだが、なぜか今日はアーベスの自室に呼び出された。

 辺りを見回すと、難しそうな本がたくさん並べられていて、ドラマとかでよく見る『社長室』って感じがする。


 何の用だろう……こんな所にわざわざ呼ぶってことは、まさか解雇とか?

 いやいやまさか、最近は色々と順調だったし、特にやらかした記憶もないんだが……


「いっ……いい調子です。このままいけば、問題なく社交会を迎えられると思います」


 今日のアーベスはなんだか雰囲気が違う。

 顔には出ていないが、声のトーンやら放っているオーラがやけに真剣味を帯びていたのでそう感じた。


 日が沈みかけているのか、既に窓の外は薄暗く、部屋の空気は凍りついている。

 そのせいか、俺は余計に緊張して、この手に握られた紅茶の入ったカップが、カタカタと小さい音を立てて震えている。


「君が教えているのだから、うまくいっているのは当然だろう」


「あはは……買い被りすぎですよ。じゃあその言葉の意味は?」


 アーベスが窓際にかけていた手を離し、俺の向かい側にあるソファーに座ると、大きく息を吐いて再び口を開いた。


「君、ラトーナは好きかい?」


「ブフッ!」


 紅茶を少し吹き出しかけた。


「す、好きとは……突然なんですか?」


 よっぽど深刻な顔をしているから、何かと思えば随分と高度なギャグだ。


「いや、ちょっとした雑談だよ。だめかい?」


「い……いえ」


 まさかのギャグですらなかった。なんだよこのオッサン……いい歳して恋バナか?

 やめとけやめとけ、おっさん同士の恋バナなんか、どこにも需要ないぞ。


「ラトーナは賢いので好きですよ、積極性があって素直で、いい生徒です」


 アーベスの真意がわからないので、適当に当たり障りのないことを言って笑うと、彼は眉を落として膝の上に頬杖を着いた。


「ほう、上手だね……」


 なにが『上手だね……』だ。

 俺が彼女をどう思っているかは別として、政略結婚をさせようとしている娘を、部外者に好きかどうかなんて普通聞くか?

 『人妻は好きか?』なんて問っているようなものだぞ。

 まさかそれとも……フリですか!? 寝取れってことですか!? 


「正直、私はあのやり方は好きじゃない」


 少し間を置いて、アーベスは再び口を開いた。


「はい?」


 アーベスの真剣な眼差し、それは普段の温和な雰囲気からは、微塵も想像がつかないものであった。


「自分の子供を政治の道具になんざ、使いたくないと言っているんだよ」


「え……でもじゃあ、なんで彼女にあんなことを……?」


「娘を他家の嫁に出して繋がりを作るのは、私の父——つまり先代のやり方。そんな形だけに囚われたやり方じゃ意味がないさ。我々貴族には利害のみによる関係が必要だ」


「利害?」


「家の格、周囲からの目、血筋、そんなものに囚われた繋がりなど、発展の邪魔さ。我々も商人と同じようにやれば良い」


「な、なるほど?」


 そういえば、前に交渉のための資料集めたりしてたな……薄ら変だなとは思っていたが、こういうことか。


「娘には単に聡くあって欲しいから厳しくしているんだ。私の兄……本来当主となるはずだった彼は、そういった政略結婚関連で起きた問題で恨みを買って暗殺された」


 前に書庫でしてくれた話は身内のことだったのか。


「姉は知識の浅さ故に、簡単にどこかの悪人に騙されて、今じゃどこにいるのか。私はもう家族を失いたくないはないよ」


 アーベスはつまらなさそうに笑いながら、頬をかいた。


 今の言葉が本当なら、俺は少しアーベスを誤解していたのかもしれない。

 今までの行動は出世欲ではなく、純粋な家族愛からくるものだったなら、小狡い貴族という評価は取り消さねばなるまい。


「なるほど……でも——」


 そう言いかけたところで、言葉を飲み込む。


 でもなアーベスよ、俺はそのやり方じゃ厳しいと思うぞ。

 政略結婚というのはリスクが低く、リターンはそこそこで良くできた仕組みだと思う。

 互いのプライドがあるからこそ、本来なら無理な関係が成り立つわけで、単なる利害関係だけでは脆い。もしくは、こちらに着くそれ相応のメリットを示すとかな。


 いや、それ以前に……


「それは伯父さんのお父様——現当主の方針に反していますが、どうにかなるものなのですか?」


 これが1番の問題だ。

 大層な方針を掲げてくれるのは構わないが、それを認めさせるだけのメリットを提示しなければ意味がない。


「確か、君には婚約者がいたよね」


『その言葉を待っていた』とでも言わんばかりに、アーベスの口調が加速する。


「はい……えっ、はい!?」


 いきなりなんの話だろうか。

 というか、俺は婚約なんてした覚え……あ。

 ペンダント……か……?


「……何故、その事を?」


 そう尋ねると、アーベスは悪い笑みを浮かべながら続ける。


「耳がいいものでね。じゃあ、ディンは彼女の父親のことについて知っているかい?」


 アインの父親? 


「そこそこ有名な建築家だと聞いていますが」


「そこそこって……まあいいか。たしかに建築家でもあるがね、彼はとある商会の重役でもあるんだ」


「その商会が凄いんですか?」


「そこらへんの貴族よりかはよっぽど力があるんじゃないかな。本拠地はヴェイリル王国の開発区に移ってしまったが、こっちのミーミル王国にも深いパイプを持っているし、戦力にはなるだろうね。しかし、あそこはどうもガードが硬い」


 話が飛躍し過ぎているな……少し整理しないと。


「つまり伯父さんは、僕を通じてアインの親に接触し、なんらかの取引を得て味方につけようという事ですか?」


「簡単に言うとそうだね。理解が早くて助かるよ。君のツテに頼ってしまうことにはなるが、あまり強引さもないし。この手が1番いいと思っているよ」


「でもそれって、そう簡単に上手く行くんですか?」


「問題ないよ。既に、軽く話しは通してあるし、本日正式に向こうからいい返事が貰えた」


「既に……?」


「うん。君がラトーナに初めて授業をした日だったかな? 向こうの方々に少し会ってきてね」


 あの時か! ザモアと一緒に出かけていったとかいう……そのおかげで俺はラトーナのパンツを見てもお咎め無しだったわけだ。


「なるほど、お手が早いですね」


「そもそもラトーナを嫁に出すことで得られるのは、結果的に1家との交流のみだ。面倒な制約も多い。それなら、僕自身が自力で交渉した方が相手を限定せず、利益を増やしやすい」


「凄いですね」


 難しくて半分わからなかったが、ここは『できる女のさしすせそ』で対応しよう。

 

「はは、僕なんか全然だよ。これだって所詮は、ラトーナの延命措置でしかないからね」


 延命って……あれ? そういえば元の話題ってなんだっけ。


「だから聞いたんだよ。ラトーナは好きかと」


 なるほど、わからん。


 俺がキョトンとしているのを見たアーベスがやれやれとため息を吐き、続ける。


「つまり、今後はやり方を変えて行くから、ラトーナは社交会で無理に結婚して繋がりを作る必要がない。だがしかし、他家との付き合いもある以上、旧世代的な考えを持つ父様はいくら説得しようが、目ぼしい他家の男児にラトーナを接触させようとするだろう」


「そこはラトーナに言えばいいのでは? 付き合うなとか……」


「まず、ラトーナは僕の話に耳を貸す気がない。どうやらあまり好かれていなくてね……それに、父様の方針に正面から逆らうのも後々よくない。だから、父様の策に乗ってやるのだよ」


 悲しいかなアーベス。もう少し娘にしっかりと話してやれ。

 彼女は賢いからその誤解もきっと解けるぞ……


「で、その策とは?」


「君がラトーナと結婚するんだ!!」



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