第202話 決着の裏で
「これは一体……」
自身の足先からじわじわと広がっていく石化を目にしたアルバートは目を見開いて驚愕をあらわにした。
「適性者じゃなかったんだろうな、お前」
アルバートの持つ魔剣の能力は、嘘をついたり投げかけを無視した相手を石化させるもの。
そして俺に嘘を指摘されたアルバートは、魔剣の能力対象として石化された。
持ち主にすらデメリットのある魔剣なんて見たことないが……アルバートはこの魔剣への適性が中途半端だった、と考えれば何となく納得できる。
いやだが、石化発動のタイミングは嘘をついてそれを俺に指摘された後、タイムラグにしてはかなり長い。じゃあ『相手に嘘がバレた場合』にペナルティがあるとか?
まあ何でも良いか、作成者すらよく理解してないこの魔剣を俺が正しく分析出来るはずないし。
「馬鹿な……! この魔剣は、代々王家の人間が使いこなしてきた物だ。私に資格がないなど……」
「適性に血縁は関係ない。魔剣がそいつの性格を認めるのかが重要……だったはずだ」
誰だったか、レキウスだったかラーマ王か、はたまたヴィヴィアンがそんなことを行っていた気がする。
「適性者じゃないから、魔剣に所有者として認識されず、お前も石化の対象に含まれてたいたんだろうな」
「……はっ、そうか。この魔剣は私に王の素質は無いと言うのか」
少し間を置いた後、アルバートは石化が進行する自身の足を眺めながら乾いた笑いを漏らした。
「俺は魔剣の適性の話しかしてない」
「建国から今に至るまで、数多の王の一生を見届けてきたこの魔剣が私を拒むと言うのだ。同義であろうよ」
「ふーん、その割に随分落ち着いてるじゃねえか。さっきまで自分が相応しいとか騒いでたくせに」
「ああ、それは——」
「アルバート殿下!!!」
突如会場がざわめき出すと共に、賓客を守っていた衛兵達の叫びがアルバートの言葉を遮った。
いきなり何かと思えば……そうか、石化が腰あたりまで進んだことで、遠目で見ていた周囲の奴らもその異変に気づいたわけか。
「来るな無礼者!」
衛兵達がこちらに駆け寄ろうとしたところで、アルバートが一喝した。
「決闘はまだ終わっていない。踏み入ることは許さん」
頑とした態度でそう付け加えるアルバートを前に、衛兵は渋々といった様子でその身を引いた。
「……さて、なんの話だったか?」
深いため息まじりに、アルバートはこちらに視線を戻した。
「ああ、この状況で随分落ち着いてるなって」
「……全ての人間は生まれ持って明確な役割を持っている。私はその秘めた役割を見抜く魔眼を持っていたと言うのに、肝心な自身の役割を知ることは出来ない。だから私は己の存在理由を知りたかった、求めていた……なるほど言われてみればと思ってな、長きにわたる焦燥感の正体を知れて私は満足したのだ」
「その程度のことで、満足なのか?」
「いや、満足とは少し違うか。そうだな、私はそんな感情的な理由で動いていたのだとわかって、途端に全てが馬鹿馬鹿しくなった、という方が正しいのかもな」
「……」
俺はコイツの今の態度に激しい苛立ちのようなものを覚えていたが、その理由にようやく気づけた。
これは嫉妬だ。
思えば、コイツと俺と重なる部分が多い。
俺も他者との優劣に囚われて、自分の存在意義を示したくて、でもうまくいかなくて、それを紛らわすためにおかしな自己暗視をかけてどんどん歪んで、孤立して……
そして結局、何も成せず呆気なく死んだ。
それを今こうして愚かな行為、くだらない考えだったと言えるのは、こうして第二の生があったからだ。
この世界での生活がなければ、俺はきっと愚かなまま、絶望や嫉妬に塗れて死んでいたんだろう。
でもコイツは俺と違う。
俺よりもずっと若く、そして第二の生でもおそらくなく、俺よりも険しい道を歩んできながらも、最後は自分の中の間違いに気づき、そして認めたのだ。
とにかく、コイツは俺に出来なかったことをやってのけたのだ。
俺はコイツ……いや、アルバートへの認識を少し改めた。評価はできないが、敬意を表するべき男だと俺は考えた。そして嫉妬した。
「まあ理解など求めるつもりはない。これは私の……おっと、どうやらあまり時間も残されていないな」
気づけば、アルバートの石化はヘソの上あたりまで侵攻していた。
たしかに、このままじゃ全身が石になるまでにそうかからないだろう。
「決闘は……いや、あれを決闘と呼ぶには烏滸がましいのだろうが……とにかく、私の負けだ。石になる前に首を刎ねたくば好きにするが良い」
「いらねえよ首なんか……」
あれだけぶっ殺してやろうと思っていたのに、今はとてもそんな気は湧いてこない。
ここまであっさりと、そして爽やかに負けを認められて……むしろ俺が負けた気分なのだ。
「ていうか他に言い残すことはねえのかよ」
「無い」
即答だった。
そんな淡白な答えに対して、なぜ後悔しないんだとか、なぜそうも燃え尽きたようなのかとか、ぶつけたい疑問は多くあったが胸に押し留めた。
結局のところ、こいつは俺とは違う人間だった、それだけの話なのだろう。
だからそんなこと聞いたってしょうがない。
そして時間もない。
石化は既にアルバートの首元まで進んでいる。
「……あんた、すげえな」
残された短い時間を前に、何となく溢れた俺の本心。
それを聞いたアルバートは少し驚いたような顔を見せた。
「ふっ、そうか」
そして最後に小さく笑って、彼は石になった。
「……」
決闘の果てはあまりにも呆気なく、そして静かな勝利だった。
とはいえ、これで最後の関門は突破した。あとはラトーナを連れ去るだけだが……
「貴様よくも!!!」
「アルバート様に代わり我らが!!!」
決闘が終わるとすぐに、衛兵に取り囲まれた。
一難さってまた一難か。
気持ちを切り替えてすぐ迎撃しようと腕に魔力を込めたその時だった。
「全員剣を下せ!」
やけに聞き覚えのあるムカつく声が、式場に響き渡った。
見れば、式場の入場口にはランドルフが大勢の兵を伴って立っていた。
「すでにこの城は我ら革命派が抑えた。速やかに我らの元へ投降せよ!」
よく見ると、ランドルフの隣には西軍レジスタンスの首領であるラフトのおっさんがいるではないか。
驚いたな、外では合戦が始まっていると聞いていたが、この短時間で勝利して制圧まで始めているとは……
ていうか、ランドルフの言っていた使命ってレジスタンスへの合流だったのか。
「そ、そんなまさか……」
「ランドルフ様が国賊と……?」
「ランドルフ貴様! 王宮に背くとは何事だ!」
式場内が騒然とする中で、一人の男が顔を真っ赤にして声を荒らげた。
「私は国の行末を考えて動いたのです兄様。必要とあらば、王宮も排する覚悟です。手荒な真似はできるならしたくありません、ご同行を」
「っ……!」
流石にランドルフの兄も兵力さを理解しているようで、苦虫を噛み潰したような顔で振り上げた拳を力無く下ろした。
俺を取り囲んでいた衛兵たちも、それを見て皆武器を下ろし、それをもって式場含めた王城は完全制圧となった。
戦いは終わったのだ。
「おっと……!」
レジスタンスによる連行が始まり俺も手持ち無沙汰になったところで、式場から降りてやってきたラトーナに飛びつかれた。
「……」
彼女は何も言わないまま俺の首に手を回し、胸ぐらにぐりぐりと頭を押し付けてくる。
泣いているのだろうか、彼女の体の震えが伝わってきた。
「遅くなった……」
そんな彼女の頭を俺はそっと撫でた。
約二年、長かった。
ようやく、また会えたのだ。
「あ、あれ……?」
なんかほっとしたら、途端に体の力が抜けてきた。
「ディン……?」
俺の異変に気づいて顔を上げたラトーナが、いや視界がぐにゃぐにゃに歪み出した。
踏ん張ろうとしても力は抜ける一方、なんだか寒気までしてきた。息も苦しい。
あ、これまずいやつだ……
「ディン!」
慌てる彼女の顔を最後に、俺の意識は暗闇に落ちた。
ーーー
「ぐ、むう……」
ヴェイリル王宮二階、とある廊下を老人が足を引き摺りながら歩いていた。
「おのれあの小童め……」
名はスペクティア・ディフォーゼ・リニヤット。
本日行われるはずだったヴェイリル王家との親密な関係構築の一歩である、王子とディフォーゼ家の長女の結婚式に参列していた、ミーミル四大貴族家当主その人である。
式が始まって少しした頃、会場である三階に念の為張られていた防護結界が破られたことに気づき、状況確認として出向いたところで侵入者と遭遇、戦闘に及ぶが不覚にも重傷を負って敗北したのが先ほどのこと。
致命傷であったが、死にかけでも名門魔術家の当主。
ギリギリで治療が間に合ったものの、専門外の治癒魔術では背中に負った致命傷を完全には修復できず、足に障害が残った。
現在はその後遺症治療を行う診療所に向かうため、誰かの手を借りようと歩き出したが……
「なぜだ! なぜ誰もいない!」
しばらく廊下を進んでも使用人は愚か、衛兵の姿すら見かけない。
外での戦闘が激化したのか、はたまた王宮が制圧されてしまったのか、嫌の想像に身を震わせながらも、スペクティアはとにかく人を探す。
そしてさらにしばらく歩いたところで、彼はようやく人の声を聞いた。
「父上! ご無事でしたか!」
背後から聞こえた人の声に、スペクティアは安堵のため息を漏らす。
何せそれは、彼がよく知る人物のものであったからだ。
「アーベスか……」
振り返るとそこには、実の息子であるアーベスと、そのそばに控える銀髪の剣士がいた。
「状況は……王宮は一体どうなっている」
「第四王子の演説によって多くの衛兵が寝返り、その中で陸軍団長、近衛団長、第四王子は死亡し王宮は制圧されました」
突きつけられた計画の失敗に込み上げる怒りを抑え、冷静に次の一手を思案する。
当主の実力を保ちながら王子をみすみす死なせ、あまつさえ革命すら許してしまったとなれば多少肩身が狭くなるものの、国にさえ戻れればいくらでも再起は測れる。
彼はそう結論づけた。
「であれば、我らは脱出を目指すぞ」
「左様ですか」
「死神の小僧がいるならばなんとかなるであろう、懸念すべきはこの足だが……」
「足がどうかなされたので?」
「ああ、不覚にも侵入した賊に遅れをとってな、足が満足に動かんのだ。全く忌々しい…………そうだ、あやつ私の孫を名乗っておったぞ。容姿も死神の小僧に似通っておって……」
「ああ、ディンのことですか。強かったでしょう?」
「!……知っていたのか」
「ええ、何せ投獄された彼の処刑を延期させたのも、彼を解放したのも、この私ですから」
「……どういうことだ」
「種明かしですよ父上。ディンの投獄を知った私は、彼が王宮制圧の切り札になるのではと考え利用したまでです」
「王宮制圧……? 何を言っているのだお前は……」
「苦労しました。北部レジスタンスへの出資は半端ではありませんでしたし、西軍の統領も警戒心が強く接触に時間がかかりました」
「待て、まさか……三階の結界を解いたのは……!」
「ええ、私の手の者です。この革命の盤面は私の努力の賜物というわけです」
「何のために……何がしたいのだお前は!」
「ははは、これから殉職する父上にそれを教えてどうするのですか」
アーベスが笑い、彼の隣に立つ剣士ラルドは剣を抜く。
「ッ!?」
危険を察知したスペクティアは、咄嗟にアーベス達に向けて『風刃』を放った。
長きに渡り磨かれた繊細な魔力操作と、血統主義由来の高い魔力から放たれるは死そのもの。
鋼をも容易く断ち、並の高等結界すらも一撃にて破壊せしめるそれは……
「なっ!?」
アーベスに届くことなく、その直前で霧散した。
そして直後、ラルドの凶刃がスペクティアの胸を貫いた。
「やれやれ、最上級のものでも一度防げば壊れてしまいますか……恐ろしい人です」
倒れるスペクティアを見下ろしながら、アーベスは苦い顔をして左手にはめていた指輪を一つ捨てた。
風属性のみに限定することで強度を底上げする防御魔術が仕込まれた魔導具を彼は計十個、その手にはめていたのだ。
「おのれ……」
「どうかご理解を父上。これも全て貴族社会、ひいては力が支配する世界に終止符を打つため。これはマルテ王もご賛同なさったことです」
スペクティアはアーベスの言葉を理解できない。
しかし、薄れ抜く意識の中で彼は悟った。知らず知らずのうちに、息子が化け物へと変貌していたことを。
「ご機嫌よう父上、ユグドラシルが解放されるその時まで」
ーーー
【ディン視点】
柔らかい。
気がついたら暗闇の中にいて、最初にそんな感想が出た。
何も見えないけどこう……中々体中の感覚がソフト、特に頭部の辺り。まるで羽毛の中に沈んでいるような心地よさと安心感。
それになんだかあったかい。
「あ、気がついたのね」
声に釣られて目を開けるとそこには……
「ああ、天使がいる……」
「残念ね、呪いの魔女よ」
目を開けるとそこには、俺を覗き込むラトーナの顔があった。
ソロモン魔剣『誠実之大鷲』
形状 派手な装飾が施された両刃の剣
使用者 歴代ヴェイリル王家
能力 斬りつけた相手に対し持ち主が質問を投げかけ、相手がその問いに嘘をつく、もしくは無視した場合に石化させる。石化は嘘をつくほどに加速する。また、持ち主が嘘をつき、それが周囲にバレ指摘された場合、罰として持ち主が石化する。(ペナルティが存在するため、この剣は基本的に誰でもフルスペックで使用できる)
背景 覚醒者でもあるヴェイリル王国の前身となった国の王の思想が強く能力に反映されている。
『民は国を回す王に嘘を付いてはならない。王は民に嘘を知られてはいけない』
補足 他の剣に比べるとあまり戦闘向きじゃないです。普段は式典や重要な裁判の際に使用されています。
結婚式の場にあったのは、王族は魔剣に対して伴侶との永遠の愛を誓うという慣習のためです。




