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第199話 ここに散る


 結婚式当日、多くの来賓によって式の開会が待たれる中、ヴェイリル王宮は突如として千規模の軍隊に包囲された。

 王都を囲う城壁のさらに上空から飛来した二十体の飛行種魔物と、その背に乗った十人規模の小隊総勢二百。

 そして城門前に集まった千を超える歩兵。


 建国史上類を見ない大規模な反乱。

 しかし、大臣達はその現状を前に汗一つ流さずに式の続行を判断する。

 それはひとえに、百人を超える宮廷魔術師達によって日夜維持されている王宮を覆う強力な英級防護結界魔術の存在が大きい。

 この結界であれば、たとえ先日ダイナ公爵邸を半壊させたレジスタンスの砲撃魔術であろうとも通さない。事実、王宮の結界はダイナ公爵家に張られた結界の数倍の強度を誇っている。


 来賓達は王宮入りしているため、守るべきものは既に結界の中。そしてなにより、宗主国ミーミルの大貴族令嬢との結婚式を簡単に中断するわけにはいかない。

 これは国の威信が試される時なのだと、大臣達は息巻いた。


 しかし正午直前、突如何者かによって結界が解除され、王宮は大軍の侵入を許してしまう。


 破竹の勢いで攻め入るレジスタンスと、慌ててそれを迎撃する陸軍。

 王宮一階はあっという間に混戦状態となった。

 

「本当に、アーベス殿が言った通りだ……」


 むせ返るような血の匂いと、耳をつんざく叫喚の嵐。

 第四王子ランドルフは今、そんな地獄絵図を二階テラスから目にして思わず息を呑んだ。

 剥き出しの殺意、本物の死体。それは武の道に身を置いておきながら、ランドルフにとってはそれら全てが初めて目にするものであった。


「うっ……」


「殿下!」


 逆流しかけた胃液をランドルフは根性で押さえつけ、駆け寄ってきた従者を制止する。  


「平気だ……もう慣れたよ……」


 上に立つ者として部下に無様な姿を晒すわけにはいかない、ランドルフはその一心で戦場の圧に押し潰されぬよう己を鼓舞する。


「魔導具の準備を始めてくれ!」


「ここで演説なさるのですか!?」


「そうだ!」


 従者達は驚きつつも、素早く運んできた大型魔導具の組み立て作業に移る。

 その風景を眺める主人のランドルフの体は小刻みに震えていた。


 これから彼が戦場に向けて行う演説は己の人生を……国と運命を大きく変える事になる。

 その舵を握るのはランドルフ自身。十四歳の彼にはあまりにも重い責任がかかっていた。


「殿下、準備が出来ました」


 従者の筆頭、近衛騎士団副長のヒュースが拡声魔導具のマイクを手渡すが、ランドルフは思わずその受け取る手を止めた。


「……殿下?」


「僕は、正しいだろうか……」


 アーベスの明かしたこの国秘密は確かにランドルフにとって容認し難い事実ではあるが……同時に彼は王族として必要悪というものを理解している。

 これから放つ自分の言葉で急王政は打倒され、国はより良いものとなる。アーベスは間違ったことは言っていない。

 しかし、同時に今よりも多くの血が流れ、自分は一族の汚点となる。

 今は亡き彼の母は、それを是としてくれるだろうか。

 かつての視野が狭い自分のように、兄弟を蹴落とす好奇だとだけ思えればどれほど良かっただろうかと、ランドルフは複雑であった。


 そう思い悩む王子の問いに、彼が最も信頼を置く従者である副長ヒュースは力強く答えた。


「殿下、正しい選択だったと言えるよう、これから邁進すれば良いのです。このヒュース、どこまでもご助力させていただきます」


「そうか……感謝するよ」

 

 ヒュースの言葉に頷く従者達を見て、ランドルは決意し、魔導具マイクを握りしめた。

 

「ぼっ……我が名は第四王子ランドルフ! 聞け兵士達よ! 貴様らの真の敵は他にいる!」


 ランドルフはそう宣言すると共に、部下に大量の書類をテラスから一階の戦場に向けて一斉にばら撒かせた。


「これは……王家の朱印?」


 突如空から舞い散った紙切れに衛兵、そしてレジスタンスまでもが争いの手を止める。


「だな、でもなんだこの数字の羅列は……」


「それこそは国の陰! 魔草の製造という国事を餌に無辜の国民を謀り、その実集めた国民は他国に奴隷として売り払って資金を得ていたのだ!」


 戦場は騒然とする中、ランドルフは尚も演説を続ける。


「貴様らが守るべき民を、家族を現王政が脅かしているのだ! 王政はこの非道を海軍に強要し、離反を招いたのだ!」


「嘘だろ……?」


「こんな時にあのランドルフ王子が冗談を言うはずがないだろ!」


 魔力によって作り出される紋様である『王印』、そしてその紋様を作り出す魔導具の作製法は国お抱えの一族によって保管されており複製は不可能。


 詳細不明の莫大な資金が記された書類と、それが本物であることを表す『王印』。そしてそれら二つを繋げるランドルフの演説。

 ランドルフは武人を志す者として幼い頃から王宮の兵舎によく出入りしており、その熱心な姿勢や真面目な人柄は兵士達に陰ながら評価されていた。

 そんな彼が放つ言葉には、何よりも強い信用がある。アーベスはそれを知っていた故に、彼をこの舞台に引き上げたのだ。


「違えるな! 剣を向けるべきは目の前の相手では無い! 今一度守るべき者を——」


「ノンノン、それ以上は困るヨ。王サマ」


 最後の一押しとばかりに、一際大きな声を張り上げたランドルフの視界には、一人の槍兵が飛び込んできた。


「殿下!」


 一階城門前広場から二階テラスまで跳躍、そこから着地を待たずに空中で振り下ろされた槍を、副長ヒュースがランドルフに代わって受け止める。

 

「王族に剣を向けるとは何事ですかエルメポス殿!!!」


 陸軍改め、土衛騎士団長リリンバーラ•エルメポス。

 『不治』の呪いを宿す魔槍を構えた黒髪の男は、不敵な笑みと共に端正な口髭を揺らした。


「ヘイヘイヘイ! それが仮にも近衛騎士団のセリフかヨ。王族に牙剥こうとしてんのは、そっちだゼ?」


「ッ……殿下! お逃げ下さい!」


「やめろ無茶だ!」


 あくまで王政への忠義を取った陸軍団長エルメポス

 彼にランドルフが殺されて仕舞えば、兵士達の意識は再びレジスタンスに向いてしまう。

 主人の目的遂行の為、副長ヒュースは無謀ながらエルメポスの足止めを買って出た。


「はっ、良い根性だ! だがそれは俺の役目だ!」


 決死の覚悟で剣を構える副長と以下に手早く王子を仕留めるかを模索するエルメポス団長、そんな二者の間には、白の上空を旋回する魔物の上から飛び降りた男が割り入った。


「アララ……まさかここに来るとはネ、ラフト元帥ィ」


「は、気安く呼んでくれるなオシャレ髭野郎」


 真っ青な刀身をフラグラフトが掲げると直後、城の上空を旋回していた魔物達がエルメポス目掛けて急降下を始める。


「おおッとォォォォォォォォォ!?」


 並のように空から押し寄せた魔物達に翻弄され、エルメポスは慌ててテラスから飛び降りて一階に退避。

 それ追おうとテラスに手をかけたフラグラフトを、ランドルフが呼び止めた。


「待ってくれ!」


「なんだ」


「どうして助けてくれたんだ?」


「はっ、良い演説だったからな。それにまだやる事があるんだろう? とっとと行きな王子殿下」


「あ、ああ! ありがとう!」


 動揺しつつも部下を連れて王宮内に戻っていくランドルフを見送ったラフトは、テラスから一階へと飛び降りた。


ーーー


 舞台は移り王宮二階。

 三階へと続く一本道の廊下では、二人の魔剣士が相対していた。


「そこをどけ、さもなくば賊を、取り逃がす」


「二度言わせるな」


 あと一歩でディンとその仲間を仕留められようかという好機に、突如として現れ立ち塞がった銀髪の剣士。


 エリシュオンの記憶では、目の前の男はラトーナ嬢の実家の従者として王宮入りしている。

 その立場にありながらなぜ、侵入した賊ではなく近衛騎士団の自分に剣を抜くのか。


「内乱……内通者……」


 浮かび上がる可能性を呟くも、その思考を振り払うように首を振って構え直す。

 理由はどうあれ、目の前の剣士が自分に敵対しているという事実は変わらない。

 殆どの騎士は一階広場の戦いに回っており、内部の警備は厳重とは言い難い。この階を突破されて仕舞えば、三階の式場まで辿り着かれてしまうだろう。

 

 故にエリュシオンは一切の雑念を取り払い、目の前の男に集中する。


「貴方とは、いつか手合わせ、したかった」


「そうか」


 淡白な返事をしたラルドも剣を構え、両者の睨み合いが始まる……かに思われた。


「死ね」


「ぬお!?」


 剣を中段に構えると同時に、エリュシオンの視界から姿を消したラルド。

 ほんの刹那、エリュシオンは思考が停止するものの咄嵯の勘で旋回し、背後からの一振りを盾にて受け止める。


 そしてこの瞬間、エリュシオンは安堵する。

 魔剣『渡流鳥イポス』の能力使用条件が満たされた。

 

 ソロモン魔剣二十一番『渡流鳥イポス』、その〝盾〟が有する能力は未来視。

 発動条件は、一定上の相手の魔力を盾に触れさせる事。盾が読み取った魔力を元に分析が開始され、対象がこれから取る行動を十秒先まで予測する。

 

 現在、最大の難所であったラルドの初撃を受け止めたことによって魔剣の条件は満たされ、エリュシオンは能力を二秒先までに限定しラルドの未来の行動を把握する。


「ッ!?」


 そして同時に、ラルド•オードが死神と呼ばれ裏社会で恐れられる由縁を知る。


 ラルドの右手から振り下ろされた刃。

 それをエリュシオンが受け止めようと盾を突き出す。

 しかし盾と刃が接触する瞬間、ラルドの剣が彼の右手から消える。剣は引き手であった左手に転移。

 空き手となった右手だけが、盾に遮られることなく本来通るべき軌道を走って行く。

 ラルドの右手が盾を通り過ぎたその直後、再び彼の右手には魔剣が現れる。

 

 わずか一秒にも満たない一連の攻防を側から見ていたディンには、ラルドの刃がエリュシオンの盾をすり抜けたように見えているだろう。


 とにかく全てが速い。

 予知がなければこの一撃で死んでいただろうと内心肝を冷やしながらも、エリュシオンは後退せずラルドに向けて刺突を放つ。

 必殺の一撃へのカウンターである。


 未来予知によりタイミングを計っていたエリュシオンの攻撃の方が、僅かに到達が早い。

 

「本当に見えてるんだな。未来」


 攻撃のタイミングを予知していたからこその、ギリギリまで引きつけたカウンター。

 避けるは愚か、反応する事すら難しいであろうとエリュシオンは読んでいた。

 しかし、ラルドは攻撃を認識し、魔剣の転移によってそれを回避して見せた。


「ッ!?」


 慌てて背後に回り込んだラルドに振り向くエリュシオンであったが、彼の視界にラルドが入ると同時に、彼の左腕が地面に落ちた。

 カウンターの失敗による一瞬の硬直、そしてなにより、『渡流鳥イポス』の未来視は仕様上ラルドの魔剣の転移魔術を反映することができないため、エリュシオンの反応はどうしても一瞬遅れる。


 その一瞬が、大陸最速の剣士を前にしたこの状況では致命的だった。


「まだ!!!」


 続くラルドの二撃目を、エリュシオンは残った右手の盾で受け流す。

 守りをすり抜ける太刀ならば、盾を体に密着させれば防げることはわかった。左腕は落とされたが、未来視があればまだ攻撃は捌ける。


 一人の武人として己は敗北を喫したも同然、しかし一人の騎士として、せめて一階広場の賊の掃討が終わるまでの時間稼ぎを果たそうとエリュシオンは考えた。

 

「おおおおおおおおッッッ!!!!」


 転移能力を利用して左右の持ち手を一瞬で入れ替えることによる、実質二刀流のラルドの高速連撃。

 さらにはラルド自身が頻繁に転移して相手の頭上や背後を取る多角的な攻撃。

 最早剣士のものと呼ぶには余りにも非人間的なその猛攻を、エリュシオンは耐え続ける。

 それは逆境による覚醒か、それとも風前の灯か。


「強いな」


 そして何年振りか、手負いでありながら自身の全力を凌ぎ続けるほどの力を持った騎士を前に、ラルドのボルテージは最終段階へと突入する。

 久し味わうことのなかった昂りによって、彼は絶技を抜くことを決定した。


「やめだ」


「……?」


 連撃を止め、一度距離を取ったラルドに疑問抱いたエリュシオン。

 二秒後の未来では、ただこちらに横凪の一閃を振るうのみ。特段変わったことをしてくる様子は——


「なっ!?」


 分身。

 そう、再び剣を中段に構えたラルドが総勢四人、己を取り囲むように現れた。

 そして有無を言わさずそれらはエリュシオンの元に高速で肉薄し、剣を振り抜く。

 

「防げっ——!?」


 魔剣の過剰解放オーバードライブ

 一秒すらですら余るという刹那の間に四地点に絶え間なく転移し続けことによって、質量を伴った残像を作り出すラルドの最終奥義。

 

 四つの方向から同時に放たれた一刀一殺の豪剣が、五体の残りを余すことなく両断せしめた。


「マジかよ……」


 黄金の騎士の四肢と首が飛散し宙を舞う中、ディンを含めた誰もが絶句する。


 エリュシオンの誤算、それは『渡流鳥イポス』がラルドの転移魔術の使用を3Dモデルに反映できない事。

 転移魔術によって分身を生み出し斬りかかるラルドの奥義は、エリュシオンにはただこちらに高速で剣を振ってくるようにしか見えていなかったのだ。


 断たれた首が地面に落ちるまでの刹那、わずかに残った意識でエリュシオンが目にしたのは……


「良い戦いだった」


 こちらを見下ろす死神ラルドの晴れやかな笑顔だった。


 不倒の黄金、ここに散る。


ーーー

【ディン視点】

 

 金ピカの能力を見誤って助けにきたクロハ諸共殺されかけたと思えば、いきなり俺が牢獄にぶち込まれた原因のラルドが現れて、そんで急に分身して金ピカ野郎を達磨にした。


 うん意味がわからん。どういうこと?

 なんで仲間の金ピカ殺したの? 


「怪我してるぞ」


 やけにスッキリした顔で剣を収めたラルドが、こっちにやってきて一言そう言った。


「え? 怪我なんてしてな——」


 そう言いかけたところで、自分の手が血塗れな事に気づいた。

 でも体に痛みは無い。じゃあこれは俺の血じゃなくて……


「クロハ!!!」


 今更、抱きしめていたクロハの背中が血で滲んでいることに気づいた。

 俺を庇って押し飛ばした時に金ピカ野郎に斬られてたのか! くそ、切羽詰まってて気づけなかった!


「レイシア! クロハが!」


 慌てて皆んなを呼びつける。

 意識はあるが、息が荒い……

 額に手を当ててみれば、高熱を発している。

 出血はそこまで多く無いのは、自分で治療したのか……?


「男どもは目ぇ潰れ!」


 レイシアがクロハの服を脱がせて治療を開始する。

 出来るなら俺がやってやりたいが、レイシアは解毒や鎮痛系のポーションも持っているから、任せた方が良いだろう。


「……傷はそんなに深くなかったにゃ。半日ぐらい休めば熱も下がるはずにゃ」


 ひとまずほっと胸を撫で下ろしつつ、俺は決めた。


「皆んなはクロハを連れて脱出してくれ。乱戦の今ならなんとかなる」


 クロハの死を感じて、俺は怖気付いた。

 もう、皆んなを巻き込むわけにはいかない。


「は!? 無茶言うにゃ! あーしらだけじゃ危険にゃお前も来い!」


 たしかにそうだ。流石に考えが甘いかったか。

 でもくそ、そうなるとやっぱりラトーナは諦めざるを得ない……


「俺が城の外まで送る」


 一瞬の迷いを振り払って苦渋の決断を下そうとした時、ラルドがそう言って出た。


「え、なんで?」


 思わずマヌケな声で聞き返すと、ラルドは俺の頭を乱暴に撫で始めた。

 前はもっと見上げる高さにこの人の顔があったのに、いつの間にかその差はかなり埋まっていた。


「勝てるんだろ?」


 多くを語らないこの人のシンプルな問いかけ。

 そうか、ラルドは……いや親父は俺に味方してくれるのか。


「そっちこそ、クロハを守れるんですか?」


 だから俺は、笑って問い返した。


「誰に言ってる」


「そうですね、じゃあお願いします」


「俺も行くぞ!」


「ぼ、僕も!」


 ラルドに軽く頭を下げて歩き出すと、リオンとアインが着いて来た。レイシアは残るようだ。


「リオンは兎も角……アインは大丈夫か?」


 さっきの金ピカ戦でかなり体力を消耗してたようだが……いや、止めても着いてくるって顔だな。


「師匠! ディンは僕が守ります!」


 アインがそう言って頭を下げると、ラルドをぶっきらぼうに「気張れよ」とだけ残して、クロハとレイシアを連れて歩き出した。


「よし! あと少しだ!」


 そんな背中を見送った俺達も、近いゴールに向けて再び走り出した。

 

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