第1話 「見知らぬ天井」
「・・- -・・- --- -・ ・・- -・・- --- -・ -- ・--・-!!」
ああ……また、声が聞こえる。
俺はどれくらい寝てたんだ……?
「-- ・・・- ・-- -・ ・-・ -・・- -・--- -・・・ -・-・ --・-・ --!!」
ていうかうるさいな。まるで耳元で叫ばれて……
——って、ん……? さっきまで頭に直接響く感じだったのに、急に聴こえるようになったぞ?
身体の感覚も、ボヤついてはいるが、確かにある。
重い瞼を持ち上げる。しかし、辺りは一面真っ白。
けれど、確かに目は開いている。視界が安定するまでもう少し……
ーーー
ようやく焦点があった。
だが俺の目に映っているのは、見知らぬ天井だ。
勿論、俺は紫色の人造兵器のパイロットじゃないし、FOXなんたらの特殊部隊でもない。
ていうかまず『落ち着いて聞いてください』なんて言ってくれる医者が居ない。
それどころか、俺を取り囲むようにして覗き込んでいるのはナースですらなく、金髪の美人さんと、銀髪の強面の男だ。
「・-・・・ -・・・ -- ・・- ・-・-- ・・ ・-・-・ 」
言葉も何言ってるかさっぱりだし、そもそも日本人顔ですらない。
「おーあーあ?(どなたですか?)」
あれ? 発音がうまくできない……
舌が回らないので、今度は体を起こそうと両手を伸ばす。
けれど、俺の視界に映ったのは、小さなブヨついたちぎりパンの様な手——赤子の手だった。
ーーー
視界に映った赤子の手が、俺自身のモノだと気づくのにはそうかからなかった。
だってまぁ、本来180センチぐらいあるはずの俺の体を、この金髪の美人が軽々抱き上げられるわけないし。
怪我人相手に急におっぱい見せて、母乳を飲ませてくるわけがない。
そう、おっぱいだ。
あ、違う、間違えた。
そう、俺は今、赤子の身体なのだ。
どことも知らぬ場所で目覚め、気づけば身体は赤ん坊。
これはいわゆる、転生というやつなのか?
ーーー
一ヶ月ほど経った。
身体が幼いせいで自由に動けず、文字通りおんぶに抱っこの生活が続いていて退屈だが、大半は睡眠に時間を使っているのと、この金髪美人のおっぱいを毎日見れるというニ点のおかげで、なんとかやっていられる。
あーいや、金髪美人なんて他人行儀だったな。銀髪の男がこの美人を『ヘイラ』と呼んでるので、多分名前は『ヘイラ』なんだろう。
で、おそらく俺の母親はヘイラだ。
となると、同じ家にいる銀髪の強面の男が俺の父親ということになる。
名前は『ラルド』。であってるのかな?
赤ちゃんって、どれくらいで動けるようになるんだっけ。
俺は後何ヶ月この退屈に耐えれば良いのだろう。
今のところは地獄、生き地獄だ。俺の気が狂う前に早く……
ーーー
あれからさらに……何ヶ月だ?
二ヶ月経った辺りから数えるのを辞めたので、よくわからない。
人間の成長って、こんなに遅かったっけ、生まれて一ヶ月の頃と何も変わってる気がしないんだけど。
あ、でも言葉がほんの少しだけ分かるようになったのは進歩か。
といっても『おはよう•おやすみ』とか『おかえり•ただいま』程度のことしかわかんないけどね。
あははは、ははははははははは!
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛誰か助けてぇぇえぇぇえ!!!!
ーーー
ようやくだ。ようやく『ハイハイ』が出来るようになった。
身体の感覚にも慣れてきた。転生体は良く馴染む、最高にHighってやつだ! あははははははははははははははは!!!
そして最近分かったのは、俺のここでの名前は『ディン』だという事だ。
『ディオ』でも良かったわけだが、まあ良いだろう。
あとほとんどの言葉が分かるようになって来た。俺、英語のリスニングとか苦手だったんだけどな……若い身体のおかげなのかな?
まあ、ひとまずは自由に動けるようになったので、地獄からの脱却は成功だ。
ーーー
歩けるようになった。
けれど、ヘイラにはまだこの事を秘密にしている。立ち上がるタイミングを見兼ねているのだ。あんまり成長が早くて、気味悪がられても困るからな。
まあそんなわけで、『ハイハイ移動』のみでの生活が数ヶ月続いてきたわけだが、この家のことは大体わかった。
まず、家が結構広い。俺を含めて三人しか暮らしていないというのに、日本の二世帯住宅の平均くらいの大きさはある。
『金持ちの家かよラッキー』なんて思っていたわけだが、驚くことにこの家の生活水準は低い。はぁ〜テレビもねぇ、コンロもねぇ、車やトイレや風呂もねぇ。
って感じだ。あ、いや正確にはトイレはあるけど、昭和を彷彿とさせるポットン便所だ。
ひょっとして俺タイムスリップとかしたのか?
家がこんな調子だと、先が思いやられ——
「ディンは大丈夫なのかしら……」
そんな事を考えながら家の廊下をうろついていたら、ヘイラとラルドがリビングで話している所に遭遇した。なんだか不穏な空気だ。
慌てて入り口の影に隠れ、耳を澄ます。
「あ? あー……あれか、別に大丈夫だろ。いつも家をチョロチョロ動き回ってるんだし」
ん……? 俺は何か心配されているのか?
「けど……普通の赤ちゃんって、もうとっくに立ってる頃じゃないかしら……」
あ、はい立ちます。
「不安なら回復魔じゅ……って、おい。ディンが立ってるぞ」
スクっと立ち上がって、リビングの入り口で待機していると、それに気づいたラルドがこちらを指差した。
「え、ディンがどうし……
——って、キャアァァッッッ!?」
ラルドの指差す方向を追うヘイラ、そして目が合うと、彼女が腰を抜かして叫んだ。
「お母さん危ない!」
勢いよく尻餅をついたもんだから、慌ててヘイラの元に駆け寄る。
「あ、うん……大じょ——
……え?」
「あ?」
2人が急に固まった。何かあったの——
『喋ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』
あ、喋っちゃったわ……
やばいやばいッッッ、完全にこんなの化け物だろ!
魔女だ、魔女裁判にかけられて火あぶりか、おかしな学者に生きたままバラバラにされる……カートリッジは嫌だッ!
なんとか誤魔化さなきゃ!!!!!
「あー……うー、あいあううー!」
ーーー
結論から言おう。誤魔化せなかった。
流石に無理があった。
だが幸い、魔女裁判にかけられることも、バラバラにされることもなかった。
「ディン〜お母様のところにおいで〜」
「……」
ヘイラが俺のことを『才児』だとか言ってダル絡みし始めたということを除けば、問題無しだ。
美人に溺愛されるのは悪くないが……流石にここまでくると、相手をするのに疲れる。
「もぉー! また無視してぇ……ほら! こっちに……おいでっ!」
あー、うるさいなぁ……
——って、ん? ちょっ、あれ? え、え!?
ヘイラがそう声を出すのと同時に、俺の体が突然宙に浮かんだ。
よく見ると、俺が座っていた場所には、薄緑色に光る妙な円——まるで魔法陣だ……
「ほらほらおいでぇ〜」
「!?!?!?」
ヘイラが手招きするままに、床の魔法陣らしきものから発生した風が、彼女の元へと俺の体を運ぶ。
「か、母様!? なんですかこれは!?」
「魔術よ〜やっと喋ってくれたわねぇ〜」
ニマニマと俺に頬擦りをするヘイラをよそに、俺は思考する。
ひょっとして、ここは異世界なのか?
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