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「偽物の天才魔術師」はやがて最強に至る 〜第二の人生で天才に囲まれた俺は、天才の一芸に勝つために千芸を修めて生き残る〜  作者: 空楓 鈴/単細胞
第8章 ヴェイリル事変

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第195話 取引


「賊が入ったというのは本当か!」


 ヴェイリル王国王城の門を潜った一台の馬車、その客車から飛び出した白髪の少年は出迎えの騎士に問いかけた。


「左様です、ランドルフ王子は、耳が早い」


 それに答えるは出迎えの最前に立つ男、近衛騎士団長『不倒のエリュシオン』。

 要塞を思わせる威圧感を放つ彼であるが、意外にも中身は小心者。

 しかし気丈な娘にさえも見た目を恐れられて婚期を逃すこと数知れず、それほどの男にランドルフは物怖じせずに詰め寄っていく。

 二人の間に師弟関係があることを知らない者にとっては、気が気でない状況だけに周囲は騒めき出していた。


「どうなったんだ! 賊の目的は? 被害は? というかその喋り方はなんだね?」


「……」


 こと戦闘以外においては酷く不器用なため、怒涛の如く押し寄せた質問にフリーズするエリュシオン。

 そんな団長を見兼ねた部下が、場を鎮める為にもと、ランドルフと彼の間に割って入る。


「えー、まずはお久しぶりですランドルフ殿下。この度近衛騎士団副団長を拝命致しました」


「お、おおヒュースか! 息災だね!」


「お陰様で、今や二児の父です。さて、雑談はこれ程に、ご質問にお答えしましょう」


「ああ、頼むよ」


「賊が王宮に入りましたのは二日前、ディフォーゼ家の者やエリュシオン団長と抗戦の後、駆けつけた死神殿によって撃退。賊は地下牢に幽閉されました」

 

「死神……あぁ、たしかエルロード君の……」


「王子?」


「いやなんでもない……それよりなんだね! その死神とかいう男はお師しょ……エリュシオンの手柄を横取りしているではないか! せめて体裁だけでも手柄は譲るべきじゃないのか!」


「それは……」


「バカな話はやめろランドルフ。貴様は政治に口を出すなと言っただろう」


「アルバート様!」


「兄上……」


 一塊の兵士には答え難い問いかけを遮って現れた第三王子に、兵士達が頭を垂れる。


「……この度はご結婚、おめでとうございます」


 少し遅れて頭を下げた腹違いのランドルフを前に、アルバートはフンと鼻を鳴らす。


「貴様が気にかけるべきは世間体ではなく、『不倒のエリュシオン』が瞬殺できないような輩が次に攻め込んできた時の対策だ」


「ですが僕……いえ私も王族として——」


「何度も言わせるな、貴様は軍人に成るべきなのだ。身の振り方も、思考も軍人のそれに合わせるのが美しい」


「アルバート様……それは——」


 現国王の退位が噂され、継承者争いも激化する中に投下された、ランドルフの王権を根底から否定する爆弾発言。

 当然この場に集う兵士の殆どはランドルフを持ち上げる者であり、場の空気は一瞬にして張り詰めたモノへと変わる。

 一触即発の雰囲気に危機感を抱き、なんとか空気を変えようと口を挟んだ副官をアルバートの鋭い眼光が貫く。


「私は今、ランドルフと話しているのだ……とはいえ、帰省早々に説教というのも無粋ではあったな。旅の疲れもあろう、ゆるりと体を休めるといい」


 そう言ってさっさと城に戻って行ったアルバートの背を見つめたまま、静かに立ち尽くすランドルフ。


 彼は知っている。

 アルバートという兄は、唐突に王宮仕えの者を解雇して左遷したり、街から拾ってきた平民を王宮の役職に就かせる横暴さばかりが話題に上がるが、その実彼によって配置し直された人員は皆その後に成果を出して出世を果たしている。


 他の兄二人によって隠蔽されその事実を知る者は限りなく少ないが、彼は『人の潜在的な才覚を見抜く』才を持っている。

 かくいうランドルフ本人も、武人としての潜在能力の高さを彼に見出されたのだから。


 それだけに、アルバートからの評価は何よりもランドルフの心を締め付ける。

 王としての器を持っていない自分では、周囲の期待に応えることが出来ない。

 妾の子という立場でありながらも、こうして不自由少ない人生を歩ませてくれている者達に報いることが出来ない無力感が、彼を支配するのだ。

 

「ランドルフ様……」


「気遣いは無用だよヒュース、兄上の目利きも〝絶対〟じゃないんだ」


 言葉に詰まった副官に、ランドルフは爽やかな笑みを見せる。


 かつてのランドルフならばアルバートの秘めた才能を知るが故に、その言葉に推し黙ることしか出来なかった。

 しかし、そんなアルバートが武人としての才を保証した自分は、学園で出会った一人の少年に手も足も出ずに叩きのめされた。


 そう、絶対ではないのだ。

 武人として高みへ登り詰められる自分も。

 王としての器が無い自分も。

 

「最適が最善とは限らない。だから僕が王を目指すことは揺らがない」


 ある少年がランドルフにもたらした敗北は、彼を才能という呪縛を解きつつあるのだ。

 

「さて、僕も疲れた事だし少し部屋で休もうかな」


「え、あ、はい! ご案内いたします!」


ーーー

【ランドルフ視点】


 部屋で休もうかと思ったものの、どうも久しぶりの王宮は落ち着かない。

 学園の寮に比べてこの部屋は少しばかり広すぎるのだ。

 案外、僕は庶民肌なのだろうか。


 臣下への挨拶回りは午後からで時間を持て余すばかり。そんなわけで、気を紛らわすために王宮内を散歩することにした。


「おはようございますランドルフ殿下」


「ああ、おはよう」


 すれ違う仕様人に挨拶を返しながら、なんとなくの感覚に任せて宮廷を散策していく。

 二年ほどこの国を離れていたというのもあるが、仕様人の顔ぶれも屋敷の装飾もしょっちゅう変わるので、あまり家に戻ってきたという実感は無い。

 むしろ、学園寮の方が僕には馴染み深いな。


「あ、そこの君」


 ふと、通りかかった仕様人を呼び止める。


「は、はい? いかがなされましたか、ランドルフ殿下」


「兄上……アルバート王子とラトーナ嬢の結婚式まではあと二週間ほどだったか?」


「え、ええ、左様にございます。それがどうかなさいましたか?」


「いや、ただの確認だ。呼び止めてすまなかったね」


 学園に戻るまで二週間か……

 いや、いけないな。今からホームシックになっていては先が思いやられてしまう。

 

 お師匠が居るのだから、二週間稽古をつけてもらえると考えれば、そう悪くはない。

 やはり僕が目指すのは王だから、武人一筋で生きていく気はないが……グリム•バルジーナには一度でも買っておかなければな。


「そういえば……」


 そう、グリム•バルジーナだ。

 ラトーナ嬢の結婚を僕が教えたら、その翌日には学園から姿を消してしまった彼。

 ラトーナ嬢とは恋仲と言っていたし、実際そのようにも見えたが……まあ、グリムの方はともかく、ラトーナ嬢は自分で結婚相手を決められる立場ではなかったから裏で色々あったのだろう。


 彼は今どこにいるのだろうか。

 ラトーナ嬢をなんとか取り戻そうと、彼なりに足掻いているのだろうか。

 となれば向かうは故郷のムスペル王国か、それともこの国に……いや、そんな身一つで乗り込むなんて短絡的な真似を彼はしないだろうな。


 そんな事を考えながらボンヤリと廊下を歩いていたら、誰かの背中にぶつかってしまった。


「あっ、すまな……」


 咄嗟に発した謝罪の言葉は、目の前の男がこちらに振り返った事で、吸い込まれるように消えてしまった。


「なんだお前、俺の顔がどうかしたか」


 ずいっと睨めつけるような視線で顔を覗き込んできた男。

 見たこともない銀髪と金色の瞳、そして透き通る白い肌。

 そう、その姿はまるで……


「す、済まない。僕の知人によく似ていたものでな」


「知人?」


「ッ……」


 怪訝そうな顔で目を細め、僕を凝視し続ける銀髪の男。

 思わず息を呑む。

 

 不気味、そう一言で表すならそれが適切だ。

 立ち姿や筋肉のつき方で、この男が強いのはわかる。

 だというのに、この男には殺気というか……闘気というか、そう言った覇気のようなものを一切感じられない。


 いつしか、お師匠エリュシオンが言っていた。そうした覇気は日常で誰もが少なからず無意識に放っているものだと。

 もし仮に、例外がいたとするならそれは……


 暗殺者の類か、殺しが当たり前の殺人鬼だ。


 跡目争いで王宮内はピリついているからな、こうした人物が他派閥からの刺客である可能性は——


「こらこら、顔が近いよラルド。ランドルフ殿が緊張しているじゃないか」


 そんな事を考えながら警戒を強めていると、背後からそんな声が聞こえた。

 振り向くと、そこには金髪でおっとりとした顔の男性。

 目の前の銀髪と違って、華美な服装からかなり身分の高い貴族だとわかる。


「貴殿は……」


「失敬、申し遅れていました。私はアーベス•ディフォーゼ•リニヤット。この度第三王子殿の正妻となるラトーナの父にあたる者です」


 背後からやってきてそう名乗った男は、僕と銀髪の間に割り込むようにして優雅なお辞儀を見せた。


「あ、ああ! ラトーナ君の父君か……! 彼女には世話になったものだよ!」


「ええ。聴けば、王立寄宿がくえんでは我が娘と共に武闘会の戦場を駆けたとか」


「ははっ、とはいえ無様に敗れてしまったがね」

 

 思えば、武闘会の団体決勝は同期最高峰の魔術師と魔族の大英雄が味方にいて負ける要素などほぼなかったのに、僕の愚かな失態が敗北を招いてしまった。

 いやしかし、あそこで敗れていなければ僕は未だ愚かなままだった可能性もある。


「いえ、音に聞こえし『鎧砕きのランドルフ』とはいえ、アレは少々相手が悪かったというものですよ」


「アレというのは、グリム•バルジーナのことか?」


「グリム? ああ、そうですねはい。アレは我々とは〝異なる世界の住人〟ですから」


「異なる……世界? どういう事だ?」


「興味がお有りですか、そうですねぇ……少し、場所を変えて茶でも飲みながら語りましょうか」


「え? あ、ああ……」


「なに、警戒の必要はございません。我々が言葉を交わす姿は、既に何人かの仕様人に目撃させました。御身に何かあればまず先に我々が疑われますゆえ、危害の類は一切加えませんとも」


 そう言われて振り返れば、確かに今チラリと仕様人の影が廊下の曲がり角に見えた。敵意は本当にないらしい。

 

 完全に信用し切ったわけではないが、ひとまず話も気になるのでアーベスが使っている客間について行くことにした。


「さて、さっきの続きを話してもらえるとありがたい」


 部屋についたものの、護衛も付けていない身だから落ち着かない。

 話だけ聞いてさっさと帰ろうと決め、ソファに腰掛けるなりアーベスを急かす。


「まあまあ、茶が沸くまで少しばかりかかります。その間に、こんなものでも見ていては如何ですか?」


 そう言ってアーベスが侍女に持って来させた紙を受け取る。

 羊皮紙ではないということは、政務関係の書類? 数字が幾つも羅列しているから財務系だな。しかもこの国のだ。

 困ったな、僕はこういった話には少し弱いんだが……ん?


「この強調線が引かれた大きな収入はなんだ? 魔草や香辛料の輸出……は別枠で設けられているし、不自然だ」


「奴隷です」


「は? 何を言ってる、我が国の奴隷貿易は購入のみに留まっているはずだ」


「表面上はそうですね。ところで殿下、この国特産の魔草とはどのようなものかご存知で?」


「馬鹿にしないでくれ、薬品だろう? 乾燥させることで鎮静剤の原料になるものだ。一部では幻覚作用のある麻薬として加工されているらしいが……栽培は貧民に職として与えられているから、公共事業として必要不可欠だ」


 話が読めないな、奴隷と魔草になんの関係があるのだろうか。

 ああ、この勿体ぶる話し方はどことなくグリム•バルジーナに似ているな。


「ええ、ですがその魔草、加工時に有害物質を放ち、不治の奇病の原因となると言ったら?」


「そんなわけがない、魔草の栽培に従事した者は、任期を終えれば王都やその近辺への定住が許されると聞いている。そんな噂は——」


「勿論噂など立ちません。なぜなら奇病を発した者は皆、ヨトヘイム王国に生け贄用の奴隷として輸出されますから。そしてその発症率はなんと100%、つまりは栽培に携わった時点でヨトヘイム行きは確定なのですよ」


「……は?」


「ですから端的に申し上げれば、魔草栽培に貧民や失墜した者を利用し、奇病の兆しが現れ次第他国に高価で売り捌くのです。なんとも無駄がない事業ですね」


「嘘だ」


「お気持ちはわかります、なにせ栽培場は南部の山脈に隠されていますから見つけるのは困難。専門に作られた組織によって、奴隷運搬を担う海軍にすら実情が秘匿されていましたから」


「ッ……仮にそれが本当なら、なぜそれをお前が知っている!」


 国が守るべき民を謀って……しかも金儲けに利用していた? 

 いいや、そんなはずない。いまやミーミルの従属国とはいえ、誇りはまだ捨てていないはずだろう。


「何故と聞かれしても……まあ、それに加担していた者から情報を仕入れたとしか言えませんね。今の貴方には」


「……どういうことだ」


「ここから〝先〟の話を聞きたいのなら、一つ取引を。殿下には私に力を貸していただきたい」


「取引き?」


「ええ、少しばかりの演劇にお付き合い頂きたく。勿論、一度聞けば引き返す事は叶いません。ですが、殿下は受け入れるでしょう」


「……なぜそれがわかるんだ」


「貴方の魂がそう言っているのです。さあ、この国を真に思い、王を志すならばこの手を——」



《補足》

 ヴェイリル王国が奴隷販売をやっていないのは、西側隣国のアスガルズ神聖国が大手である事と、東側隣国のミガルズ共和国は奴隷制度を持たないことに起因しています。売る相手が居ないんですよね。


 今回判明した秘密裏の取引は正確には奴隷取引ではないです。ちなみに少し前の話でフラグラフト(死体を操る人)がこのことに言及してますね。

 詳細は魔草(麻薬)製造業の中で末期中毒者が年々増え続け、これが国民に知れては国政に不信感を招いてしまう問題が発生。

 一方、これもまたかなり前の話で明かされてますが、ヴェイリル王国からムスペル王国を仲介した先にあるヨトヘイム王国(冒険者編の舞台)では、魔物へ人間を捧げる文化や、魔術に人間を生け贄にする研究が勧められているので、彼の国は安価で大量に仕入れられる人間が欲しかったわけです。

 ここで利害の一致。魔草の中毒で使い物にならなくなった人間を、ヨトヘイム王国に安価で売っぱらうのです。

 病気だろうが人間なので生贄として充分機能しますし、ヴェイリル王国側も不都合な存在を消せるどころかお金儲けになってWin-Win!!! ミーミル王国の植民地支配から抜け出す為の資金集めとして裏でこっそり海路を利用しやっていたわけです。

 

 はい、そしてそれに気づいた海軍元帥フラグラフトはブチギレ。昨今勢力を増すレジスタンスに倣って自分も一部の部下を率いて革命軍を立ち上げたわけです。

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