第194話 死神はいつも——
「——咎人の外套、不在の証明……」
視界の半分を占める苔むした城壁と、月を突かんと聳え立つ王城を見上げながら、ひたすらに精神を研ぎ澄まし詠唱を続ける。
「——幾度風が舞おうとも、この軌跡捉えられるもの無し」
詠唱が終わり、結界の探知を弾く加護が俺に付与される。
ヴィヴィアン曰く低級の結界にしか作用しないものだが……無いよりマシなはずだ。
続いて城壁に触れ、別の詠唱を小声で開始する。
透明化中とはいえ、流石に大きな音を出せば見張りに感付かれるからな。
「破天、清浄、流転と反発。我が手の元に屈せよ、我が法の元に誅されよ。恐るることなかれ、螺旋を穿つは奇跡の詩。サンガルガーノの声を聞け。枯燥、雷鳴、慟哭、福音、邪法を散滅すは無情の光『反魔の呪詛』」
必死に暗記した中級呪詛魔術に俺が込められる最大の魔力を込め、さらに龍脈と刻印を利用して威力を底上げ。
限界まで膨れ上がった妨害電波とも言うべき魔力の本流が、城を覆っていた大規模結界の術式を打ち砕く。
「よし、今だ」
一時的とはいえ、結界の防壁を解除。
すかさず磁力の反発を利用して城壁を越え内部に侵入する。
城壁を越え庭園を走り出して間も無く、城中に警鐘が響き渡った。
「もうバレた」
それもそうか、これだけ警戒の高まってる時期にいきなり結界をぶっ壊したんだし。
あれ、ていうか透明化が解けちゃってるな。『反魔の呪詛』の影響か?
いや、理由を考えてる時間はない。とにかくまずい、こうなれば接敵まで秒読みだ。
ーー死神之砲哮ーー
いちいち入り口から入る時間も労力も勿体無い。
城の壁に砲弾をぶち込んでダイナミックエントリー。
「リオン、ラトーナの魔力を感知できるか?」
《い◯お……わかーーぞ……》
声が途切れ途切れだ。結界の復元が始まって魔力の流れが遮断されたのか? どちらにせよ、リオンのナビゲートは使えないということか。
困ったな、そうなると虱潰しに城内を探さなきゃだが……考えてる暇はない。
とにかくスピード勝負だ。
「いたぞ! 曲者だ!」
勘に従って廊下を駆けること二分、正面から近衛兵が接近してくる。
ーー氷層ーー
「ぬぉ!?」
「氷の魔術!?」
すぐさま地面に氷を走らせ相手の足を固定。
接近して顔を近づける。
「ラトーナ嬢の部屋は何階だ」
「は!? 何だと貴様!」
(ラトーナ……ディフォーゼの令嬢か! たしか四階に居られたはずだが、この男は何故それを……)
なるほど、ラトーナは四階。具体的な位置は知らなそうだが、それは四階の兵士に聞けばいいか。
「外から行くか」
すぐさま廊下のガラスを突き破って飛び出し、『土槍』のエレベーターで四階まで一気に上がりって再び窓から城内へ突入。
「!!!」
ガラスを突き破って着地すると直後、俺の全身に裂傷が現れ鮮血が宙を舞った。
ガラスで切ったわけじゃない。これは……
「まさか下衆人がいきなりここにやって来るとはな」
「ああ。だがここに逃げ込んだのが運の尽きだ。我らがディフォーゼの刃に散るが良い」
前方には金髪ローブの男が二人、こちらに杖を向けて構えている。
巡回していたディフォーゼの魔術師とたまたまカチ会ったわけか、当たりだな。
見覚えのない顔だが、こちとら色々と借りがあるんだ。絶対に今ここでぶち殺してやる。
「そんなチンケな斬撃魔術で何が散るって? ムダ毛処理の間違いじゃないか?」
「なっ!?」
「その余裕、いつまで続くか……な!」
男はそう言って力むが、俺には傷一つ付かない。
「なっ……は?」
「気をつけろ! この男我々の術を見破ったぞ!」
別に見破ったわけじゃない。
ディフォーゼは風魔術師の名家、なら奴らが使う『不可視の斬撃』の正体も必然と風に由来するものだ。
初めての戦闘ではその脅威度に焦って分析を怠っていたが、よくよく考えればわかることだ。
「『嵐鎧』だったか? お前らの十八番魔術、パクらせてもらったぞ」
というわけで、目視でも魔力感知でも相手の斬撃を認識出来ないなら、常に暴風を纏う……よりわかりやすく言えば、俺を中心とした小規模な竜巻を常に発生させることで強引に風の干渉を断ち切ることにしたわけだ。
正式な術式を知らないマニュアル操作だから、厳密には『嵐鎧』と違うんだろうし制御もクソむずいが……なに、コイツらを殺すためなら扱いきって見せようぞ。
「お返しだ」
ーー死神之糾弾ーー
すかさずマシンガン連射で反撃。
男は素早く竜巻の盾を展開して防御、もう一人はその陰に隠れて……
「ッ……賊風情が知った口を!」
「!」
男の動作に合わせて、俺を囲い込むように全方位から魔法陣が複数展開。
そこから放たれた斬撃が俺の体中を切り裂いた。
風の鎧は纏っていた。だがしかし相手の攻撃は通った。
理由は明確、今の斬撃は魔力的な反応が感知できた。
なるほど、『不可視の斬撃』は威力が低いから風の鎧で防げるが、『通常の風刃』は完全に防げないわけね。
ーー治癒刻印ーー
傷を負ったが、その血を利用して文字を体に描きすぐさま回復。
ーー土壁ーー
治癒を片手間に、相手の背後の廊下を完全に塞いで逃げ場を奪う。
「なんのつも——」
「死ね」
ーー死神之糾弾ーー
間髪入れず、再びマシンガン連射。
今回は片手のみの連射だが、相手は片方を盾役にしてその陰に隠れる陣形だから問題はない。実質、的は一つだ。
「馬鹿の一つ覚えだな!」
男が言うように、放った弾丸は全て風の盾によって軌道を逸らされ後ろの壁にめり込むばかり。角度を変えて調整しても同様だ。
「これで終わりだ!」
盾役の背に隠れていた男が叫び、再びいくつもの魔法陣が俺を囲むように展開。
再発射までに時間が空いていた。おそらくワザとフル詠唱してさっきのより出力を上げているな?
これは今の風の鎧じゃ防げないだろうが……
「ああ、お前がな」
別に防がないのでいい。
ーー磁場魔法陣ーー
ーー魔術強化刻印ーー
相手の魔術の発動よりも速く、こちらはマシンガンをから切り替えて、最大出力の磁力を発生させる魔法陣を敵の手前に展開。
目の前の高密度の魔力を帯びた魔法陣に警戒する盾役の男だが残念……後ろなんだな、本命は。
「ぬっ!?」
「ぐふっ!?」
魔法陣展開の直後、いくつもの弾丸が奴らの体を背後から貫いた。
「馬鹿な……背後に魔力反応など……」
仕組みは簡単、ポイントは二つ。
一つ、今しがた俺がぶっ放していたのは、弾頭をS極磁石にすり替えた弾丸。
二つ、ブラフの役割も兼ねてN極磁力の魔法陣を最大出力で展開。
要は、敵の背後の壁にめり込ませておいた弾丸を超強化した磁力で引き戻す。魔法陣に引き寄せられた弾丸の軌道上に立っていた男二人は……その答えが今の状況。死角からの時間差射撃によって蜂の巣の完成というわけだ。
当然、ごく一般的な自然現象を利用したので、魔力反応なんてあるはずもなく感知は不可能だ。
「小細工にやられる気分はどうだ?」
何が起こったのかわからず床に倒れ込んだ二人に魔術を使う隙も与えずヘッドショット。
事前に用意していた策がハマったのもあって、かなりスムーズに撃破出来たんじゃないだろうか。時間に余裕があるなら、あのまま拷問でもして以前の憂さ晴らしをしたのだが……タイミングが悪かったな。
「あっ、しまった……」
ラトーナの部屋の位置を聞き出すのを忘れた。
……いや仕方ない、他の敵が集まる前に倒す方が大事だ。現場はまだ俺の正確な位置が割り出せずに混乱してるはずだ、この隙を利用しない手はない。
フロアは広いがラトーナは同じ階。こうなりゃ地道に彼女の魔力反応を探そうと俺は走り出した。
「ハァ……ハァ……」
かれこれ走り回って五分ほどかな、道ゆく先にあるドアと言うドアに意識を向けて感知に集中しているが、今のところそれらしき反応はない。魔力感知が苦ってっていうのもあるけど、流石に近距離でしかも慣れた相手の魔力なら分かる……はずだ。
「……ホールか?」
さらに廊下を進むと、かなり広い六角形のホールに出た。床は大理石、天井はシャンデリア。各辺が別の廊下へと繋がっている合流地点のようだ。
でも変だな、広さの割にインテリアや装飾が一つもない。ヴェイリル王国はミニマリスト的な美意識は持ち合わせてないはずだったが……考えられる最悪のケースは——
「予測より、二分遅いぞ、侵入者」
「ッ!」
丁度ホールの中心に立ったところでおかしな区切りの声が響くと共に、目の前こ廊下の陰から変わった形の楯を持った大柄な全身甲冑の男が姿を現した。
「一人で待ち伏せとは、随分な自信だな」
「問題はない、俺は負けない」
やけに静まり返ったホールの中で男はどっしりと構えながら、おかしな区切りでそう言った。
「短歌かよ」
「真面目過ぎ、王女様は、そう言った。だから私は、歌を学んだ」
「そうかい」
こんな時まで歌を詠むな。
というかこっちの世界にも短歌のリズムあるんだ。
他にも金色のやけに目立つ鎧と言いツッコミは尽きないが……直感でわかる、この男はとんでもない強さだ。
左手に大剣と右手に楯でおそらく停進流、おまけに俺の座標を誰よりも早く把握した異能ないしは頭脳。
シュバリエやラルド程じゃないが、少なくともラフトのおっさんやあの不治の槍使い並みかそれ以上……マトモにやりたくない相手だ。
「私の名、近衛騎士団、エリュシオン。団長として、お前を討たん!」
「うぉ!?」
全身甲冑の重装備からは想像もできない速度で接近して振り下ろされた大剣を、紙一重のサイドステップで躱し距離を取る。
同時にカウンターとして、ガラ空きな鎧男の左脇に炸裂弾を浴びせる。
「マジか」
完璧なカウンターにも関わらず、男は剣を振り下ろした前傾姿勢のまま素早く右手の盾を左脇に回して爆風を防ぎやがった。
いや、今の流れるような動作、大剣を振り下ろすのと盾をカウンターに合わせるのがほぼ同時にも見えた。
まるで、俺の不意打ちを知っていたかみたいな動きだ。
「未来予知か。これまた凄い能力だな」
「我が『渡流鳥』、その反応も、予測済み。ソロモン魔剣、とくと味わえ」
カマをかけたが、心を読むまでもなくまさかの即カミングアウト。
言っても問題なく勝てるってか?
舐めやがって……と、言いたところだがかなり不味い状況だ。
ソロモン魔剣だって? 勘弁してくれ未来予知の魔剣とか無法だろ。変形しか出来ねぇ『力天使之狩具』さんに謝れ。
「見えている、貴様の無惨な、敗北が。今なら殺さん、白旗を振れ」
「誰が!」
ーー閃光弾ーー
ーー死神之砲哮ーー
左手で目眩しからの右手で砲弾発射。
並のやつなら即死だが、極光がホールを白一色に染め上げる中で男は怯まずに迫り来る砲弾に盾を添えてぬるりと受け流しやがった。
だが——
ーー岩砲弾ーー
男の頭上には俺が展開した魔法陣。
砲弾を受け流した直後の奴に鋭利な岩塊をノータイムで叩きつける。
「ふん!」
「チッ……」
完全な死角からの砲弾は、大剣による受け流しに寄って狙いを逸れ、床をぶち抜きながら下に消えていった。
完璧なタイミングだと思ったのに避けられて絶望の一言だが……今ので分かった。
こいつ、上級魔術によって空中に展開された魔法陣への反応は他と比べて少し遅かった。
つまりは未来予知の適応外と見た。
「恐ろしき、貴様の放つ、魔術達……」
以前劣勢だが、スピードに全くついていけないわけじゃない。あとは攻撃密度を上げ、決定的なタイミングで上級魔術の不意打ちをかませば正気はある。
……あれ? なんでアイツ構えを解いた?
ていうかどこを見て——
「動くな」
「!!!!!」
気づけば、視界の端には切先。
首筋には冷たい鉄の感触。
そして、かつて毎日聞いていた声。
脳髄も凍るような冷気を纏ったその声に俺は慣れていたはず……だというのに、今こうして背後から刃をかけられた俺はピクリとも動けずにいた。
「驚いた、死神殿まで、出向くとは」
「騒がしい。ダラダラと戦うな」
今の戦いをダラダラと断じるのかよ、なぁ——
「父さん……」
金縛りにあったような感覚の中で、なんとか顔だけ振り向くと、やはり俺の背後にはラルドの姿が。
そうか、この人は今ディフォーゼに身を置いてるんだから、おおよそアーベスの護衛が何かで結婚式にも同行してやってきてたのか。
迂闊……その可能性を考慮するべきだった。
「……くだらない、眠っていろディン」
目を細めながらそう言ったラルドの持つ刀がフッとブレた映像を最後に、俺の意識は暗闇へと沈んでいった。
活動報告にて設定マテリアル第二弾更新しました。
誰も見ていないでしょうが、今回は「ソロモン魔剣」についてです。




