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第193話 戦果と焦燥

宿を出たあとは染粉を落として銀髪に戻し、昨日の戦場を覗くことにした。

 

 標的だったコート子爵家とダイナ公爵家の内、コート家は屋敷が全壊し当主も死亡。仕様人も含めて、アスガルズに大使の付き添いで出張していた長男を除けば全滅だそうだ。

 その長男も戻ってきたところで家の再興は不可能だろうし、娼婦との約束も果たせそうだな。

 そして肝心のダイナ家。屋敷は半壊して従者の四分の三が死んだらしいが当主は存命。

 

 力を大きく削ぐことは出来たが、当主を殺害出来なかったのが少々厄介だ。

 結局のところ、ダイナ家は結婚式の警備指揮を任されているのであって、自分の家の従者が警備に使えないなら代えの人員を導入すれば良いだけだ。

 だから諸々の司令塔である当主やその身内を皆殺しにして、引き継ぎやらなんやらで結婚式を延期に出来ればと考えていたのだが……上手くいかないものだな。


 アイン達が現れることは読んでいたんだ。なのに、今になって殺したくないからと半端に手加減して、時間を無駄に消費してしまった。

 完全に予想外のシュバリエのことを考えても、アイン達の対処をもう少し早く済ませていれば結果はもっと変わっていたかもしれない。


「はぁ……」


 花街へと向かいながら、溜息を漏らす。

 いけないな、さっきからずっと溜息ばかりだ。

 いつもならここらのタイミングでヴィヴィアンが話しかけてきて軽口を……

 そうか、あいつと話してたから、今までは陰鬱な気分にならずに済んでたのか。無くなって初めてその必要性に気づく、某チーズスナック現象だな。

 マジでアイツ、一向に音沙汰ないけど何してるんだろう。


「動くなてめぇ!」


「やめ、やめてくれぇ!!」


 朝っぱらから頭に響く叫び声の方に目を向ければ、道の端でなにやら乞食のような男が衛兵二人に袋叩きにされているな。

 市民もそれを止める様子は無し。大方コソ泥の悪さがバレたってところなんだろうが……


「お前だな! レジスタンスに情報を流していたのは!」


「ひっ!? ちっ、違う俺はただ——」


「言い訳は拷問官にするんだな!」


「ぃっ、嫌だ嫌だ!!!」


 顔中ボコボコに腫れ上がってゴブリンみたいになった男を晒しあげ、仰々しく市民に語りかけるように声を上げる衛兵。


「死ね売国奴!!」


「そうよ! アンタのせいで街が滅茶苦茶!!」


 それに呼応するように町民は〝ただのコソ泥〟に石を投げつける。

 

 なるほど、国も中々えげつないことをする。

 繰り返されるレジスタンスの無差別攻撃、街への被害、治安の悪化。

 流石に危機感を覚えた国は、悪化した治安によって増加した軽犯罪者を国家転覆犯に仕立て上げて捕らえる。

 たかが軽犯罪者がレジスタンスに内通してて、しかもそれをたまたま民衆の前で捕えられるなんてよく考えたらおかしな話だが……これが案外効果があるようだな。


 わかりやすいヘイト対象を示すことで、国民の不安をそれにぶつけさせ、本来の問題から注意を逸らす。

 今回で言えば、レジスタンスそのものは掃討出来てないが、その共謀者……しかも情報提供者というキーパーソンを捕らえたことで、しばらく暴動は起きないのではと国民に思わせるわけだな。

 対象を軽犯罪者に絞ってるのも上手い。

 マジで無実の民に罪着せて吊るし出したら、それこそ魔女狩りになって、国民が疑心暗鬼になるだろう。


《おいディン! 大丈夫か!?》


 と、そんなことを考えていたらリオンからの精霊通信だ。

 そうか、一応俺は負けて攫われたんだもんな。クロハが無事そうだったんで気を抜いてたが、先に安否の連絡を入れるべきだったか。


「無事だよ、色々あって逃げられた。それよりクロハは?」


《ディン達のアジトにいるぞ。こっちの宿じゃレイシアがカンカンに怒ってるからな》


「あー……お前は平気なの?」


《おう! 四発ぐらい殴られたけどな!》


 それは大丈夫の範疇なのかと思うが……まあ良いか、殴られてもそれ以上頭悪くならないだろうし。


《で、ディンは今から何するんだ?》


「今は協力者のいる花街に行こうとしてる。その後は結婚式がどうなるのか情報を集める」


《結婚式?》


「ラトーナと第三王子の結婚式。近々開かれるらしいからな」


《そうなのか!?》


「高級娼館の娼婦を利用してそこに通う衛兵から聞き出したんだよ」


 あれ、よく考えたら今アンネローゼを手放すと王宮内部の情報を手に入れる手段が無くなるな……

 いや仕方ない、約束は約束だ。あの人は仕事を果たしたんだから解放してあげるべきだろう。

 時間はかかってしまうが、情報収集は元々考えてた強行手段でやれば良い。


《じゃあ結婚式を止めるのか!?》


「出来たらな」


《レジスタンスみんなで攻め込んじゃえば勝てるんじゃないのか!?》


「そう簡単な話でもない」


 レジスタンスなんて言っても一枚岩じゃない。

 隣国ミガルズ共和国に影響を受けて民主化運動をやってるとこ。

 現在の王政の上層部を一新したがってるラフトのおっさんのとこ。

 そしてウチ、レジスタンス活動による被害を受けた国民を救おうとしないこの国に憤るデモ組織、もとい八つ当たり軍。

 仮にも徒党を組んで王宮を攻め落としたとしても、そっからどこが主導権を握るかでまた戦争になる。


「いきなり国は落とせないからまずは結婚式を遅延させる。その間に他の勢力が王宮攻めてくれれば最高だな」


《おう、そうだな》


「おう、わかってないな」


 コイツに難しい話するだけ時間の無駄だった。

 とっとと娼婦を解放しに行ってやるか。


ーーー


 というわけで娼婦ことアンネローゼを冒険者の護衛付きでムスペルに送り、一度アジトに帰ってきた。


「よおディン! アンタが無事で良かったぜ!」


 村に入ると早々、団長であるラトがご機嫌で出迎えてきた。


「着いて来いよ、下はお祭り騒ぎだ」


 ラトに連れられて村の井戸から地下アジトに降りると、そこら中に人が倒れていた。

 一瞬何事かと思ったが、鼻をつくアルコールの匂いですぐに平常心を取り戻した。


「宴会してたのか」


「おう! 俺達の初陣の成果を祝ってな!」


 シュバリエに退却させられたとはいえ、たしかにそれなりの戦果ではあったから祝うのもわかるが……俺、一応敵に捕まってだんだけどな。

 無事なのはリオンと通信できるクロハから聞いていたんだろうけどさ、参謀が敵に捕まったんだからもう少し心配してくれても良いのに。


「で、クロハはどこなんだ?」


「魔族の女の子のことか? それがだな……」


「なんだよ」


「いや、アンタの部屋に篭ったきりで出てきやしないんだ」


「怪我とか病気ってわけじゃないよな?」


「あ、ああ……多分」


「そうか、じゃあ今から話してくる。じゃあな」


「え、おい宴会は!?」


「俺は酒に酔えない」


 そもそも、コイツらと違って俺の目的は結婚式の遅延と国を滅ぼすことだ。

 ダイナ家を半壊させたって、結婚式が延期されなきゃ喜べるものも喜べない。

 そんなわけで、俺はラトを振り切ってさっさと自室へと向かった。


「入るぞクロハ」


 ノックを挟んで部屋に入ると、部屋の隅で布団にくるまっているクロハ。

 一瞬こちらに顔を向けたものの、すぐに引っ込んで蛹に戻ってしまった。


「ど、どうしたんだ? どっか痛いのか?」


 ひとまずクロハの隣に腰掛けて体を軽く揺すると、布越しにクロハが首を振った。

 良かった、病気とかそういうわけじゃないらしい。


「……」


 無言のまま背を向けるクロハ。

 困ったな。病気じゃないなら何なんだ? 

 俺か? 俺なんか嫌われるようなこと……いやしたな。アインに最低な暴言吐いてリオンに殴られてたわ。その後もレイシアとアインをボコボコにしたな。

 味方になってはくれているが、あの件は許してないとかそんな感じか? 

 とりあえず謝れば良いのかな……


「ごめんなさい」


「え?」


 なんて頭を悩ませていたら、クロハが鼻声でそう言った。


「ディンを助けようとしたのに……怖くて動けなかった」


 微かに彼女が震えているのが、ベッドの振動で伝わってくる。

 怖いというのはシュバリエのことか? 確か気絶した俺を晒してその場を収めたとか言ってたけど……その時に助けてくれようとしたのかな。


「ディンはたくさん……助けてくれたのに、私は……ぐすっ、何もっ、出来ながっだ……」


 助けようとはしたものの、シュバリエの放つプレッシャーを前に動けなかったわけね。

 まあ、あの魔剣はバカみたいな強さのヒュドラですら怯ませる精神操作能力だから、別にクロハが気に病むことはないのだが……彼女の心を読むに、そういう問題じゃないか。


「もう、ディンに会えないがど思っだ……まだ恩返し、全然出来でないのに……うっ、うぅ……」


 なるほど、それで凹んでたわけか。

 ていうか、俺に恩返ししてくれようとしてたのかこの子……


「心配させて悪かったな」


 色々言葉は考えたが、シンプルにそう言って彼女の頭……があるはずの部分を布団越しに撫でた。

 子供扱いするなと怒るかと思ったが、身を委ねている感じだな。相当精神的にキてたんだろう。


「……ディン」


「何?」


「…………アインじゃだめなの?」


 思わず、彼女を撫でる手が止まった。

 危ない事するならアインで妥協しろって言いたいんだろうが……クロハがそんな事を言うとは思ってなくて、少し面食らった。

 まさか、クロハに説教されるとはな。


「クロハは、もうラトーナに会えなくなっても良いのか?」


「やだ」


「そうだよな、そういうことだよ」


 別にアインがダメなわけじゃないんだが……いやまあ、この話はもう良いか。


「クロハ」


「……なに」


「お前が味方してくれて、すごい嬉しかったからな」


「……」


「だからその……ありがとな」


 クロハの心境が読めるようになったから、前より会話のぎこちなさは減ったが……繊細な彼女に向ける言葉を探す難しさは据え置きだ。

 その点ラトーナは凄いよな。この力を使いこなしてたのかは知らないが、警戒心の強いクロハと短期間であそこまで仲良くなるなんて。


 結局のところ、俺は時間をかけてこの子との距離を縮めていかなきゃならないってことだろうな。

 ひとまず言う事は言ったし、今は良しとしよう。


「って、クロハ?」


 ベッドから立ち上がった途端、蛹の中からクロハの透き通るような白い手が俺の袖を強く引いた。


「どこ行くの」


「王都だよ。情報を集めないといけないからね」


「私も行く」


 そう言ってすぐさま布団から飛び出してきたクロハ。

 涙やけが凄いし、あー鼻水が垂れてるんじゃんか。ほらこのハンカチで拭きなさい。

 

「行くからね」


 体よく断るつもりだろうがそうはさせねーぞ、そんな目をしている。

 こういう時のクロハは、透明化してでも着いてくるだろうからな……いっそ手元に置いておいた方が安全か。


「人とか殺すかもだぞ」


「だからなに」


「……わかったよ、明日の朝に出発だ」


ーーー


 そんなわけであれから三日。

 昼間はクロハと王都を回って情報を集め、たまに屋台の飯をねだられたりと、とにかく色んな店に足を運んで情報を集めた。

 まあ特にこれといって有益な情報は無く、金だけが減っている。


 いやしかし、二人分ともなれば結構宿代が嵩むな。女の子と同じ部屋ってわけにもいかないんだが……そろそろ貯金がやばい。本格的に偽札作りに挑戦する時期だろうか。


「近々王宮で結婚式が開催されるそうだが……延期になったという情報を知らないか?」


「は、はぁ? それを聞いてどうする気だね!」


 さてさね、時間は進んで夜。

 現在俺は適当な子爵家に忍び込んで、当主を脅している最中だ。


「それに一体どこから現れた!」


 クロハの透明化と、低レベルな結界の感知を無効化する魔術。

 この二つの要素が揃った事によって、子爵家程度なら誰にも気づかれずに侵入することも容易い。

 もういっそ、二人で泥棒として生計を立てた方がいいのかも思うほどだ。生かした一張羅とワルサーを購入しなければ……


「質問に質問で返すな。俺は結婚式のことを話せと言った。それだけを話せ。あ、叫んでも無駄だぞ。この執務室には防音の結界を張ったから」


「ッ……それを知ってどうするつもりだ!」


 クロハに背中から短剣を当てられているというのに、随分肝の据わった当主だこと。

 正義に燃えるのは結構だが残念、俺の目を合わせた状態で言葉を交わした時点でそっちの負けだ。


「なるほど、延期予定は無しね。そしてディフォーゼ家の当主とその従者が王宮入りか」


「なっ!? なぜそれを——」


「やっぱお貴族様の情報網は違うなぁ。無駄な抵抗御苦労さん、じゃあな」


 必要な情報は今の会話で大体読み取れた。

 三日も探してようやく当たりってか。情報統制自体はされてないはずなのに……くじ運の悪さが出たか。

 

 まあ、情報が入っただけ良しとするか。結界の効力もそろそろ切れるので、俺は当主を鎖です拘束しつつ、窓から透明化で逃げ出した。


ーーー


 屋敷から抜け出し、適当な路地に隠れたところで一休み。


「はぁー……マジかよ……」


 体力的に消耗はしてないが、精神的な動揺が大きい。


 薄々そんな気はしていたが、やはり結婚式は延期になっていないか。

 それどころか、ダイナ公爵家は一時的に王宮に住まいを移し、ディフォーゼ家まで加わって当日の警備はより強固に。


「ディン? どうしたの?」


「あー……何でもない」


 まずいぞ。さっきの貴族の情報が正しいなら、結婚式まであと一ヶ月もないじゃないか。

 ことを急ぎ過ぎだろ。まだ王都は荒れてるのに……いや、だからこそ今になって、急に魔女狩り紛いの治安維持を強行したのか?

 くそ、意味がわからん。


 どうする……どうするどうする?

 今度はどこを攻めれば……いや、国の警戒度が上がってるから前のような成果は見込めないだろう。

 となればもう、直接王城を攻めてラトーナを攫うか

 いけるか? 俺一人で……


「……クロハ、もう一度俺に透明化をかけてくれ」


「ん、今度はどこに行くの?」


 そう尋ねながら魔術をかけてくるクロハだったが、俺は質問に答えずに魔力を行使する。


ーー龍脈術•蔓の足枷ーー


 青白く輝く魔力によって編み込まれた蔓が地面から踊り出し、彼女の足に絡みつく。


「ディン!?」


「悪いな、俺は王城に行く。おいリオン、クロハの枷を解きにきてやれ!」


《えっ!? ちょっ、どうなってんだ!?》


 リオンの返事も聞かずに、俺はクロハを置いて城に向けて走り出した。


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