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第192話 意味を求める漂流者



「雰囲気が変わりやしたね。それに、とても懐かしい気配でさぁ」


 空中浮遊を始めた俺(ヴィヴィアン操作)を前に、シュバリエは初めて笑みを絶やした。


『ふーん、私のことを覚えてるんだね、リエ坊』


「その呼び方……やっぱりヴィヴィアンおば——」


『お姉さん。そうだともヴィヴィアンお姉さんさ』


「……」


 驚いたことに、シュバリエとヴィヴィアンには面識があるらしい。

 ていうかそもそも、どうしてシュバリエは俺の人格が入れ替わったことに気づいたんだ? 昔のエルフにそういう技能とかあるのかな、魂の知覚的なさ。


『ソロモンの教え通り良い子に育ってお姉さん嬉しいけど……悪いね、今は大人しく帰ってもらうよ』


「へぇ……今のあっしにどう勝つつもりで?」


『ふふん、こうやるのさ』


 そう言ってヴィヴィアンはシュバリエを指すと、その先端から極太のレーザーを発射し、視界の三分の一を閃光で埋め尽くした。


『うん、あの子(ラトーナ)の真似事だけど、やっぱり良い魔術だ』


「ひぇ〜、相変わらず恐ろしいお方でぇ」


 建物に飛び移って回避したシュバリエも苦笑いだ。

 だっておかしいもん、レーザーが走ったところ石畳溶けてるもん。

 

「魔剣が効かねえあたり、等々心まで捨てちまったんですかい?」


『失礼だなぁ、今は人形リモート操作中だからだよ』


「りもーと?」


 そうだな。シュバリエの魔剣はしっかり機能してる。

 体の操作はヴィヴィアンなのに、俺にだけ感情操作が適用されてるのが証拠だ。


『ほらほら、帰らないならお姉さん本当に君を殺しちゃうぞー』


ーー龍脈術•聖罰の光槍ーー


 ヴィヴィアンの足元から飛び出した細い魔力の槍が五本、十本とシュバリエの元へ伸びていく。

 考案したのは俺なのに、コントロールはこいつの方がずっと上だ。まるで追尾能力があるかのように、サイドステップを取ったシュバリエに喰らい着いて行く。


「ヒヤヒヤしやすね」


 流石に追尾の限界距離が来たのか、建物の壁を蹴って縦横無尽に逃げ回っていたシュバリエに一歩届かず、その活動を止めた光の槍。


『まだだよ』


「ッ! 刻印!?」


 しかしヴィヴィアンが笑って指を鳴らすと直後、槍で言うところの口金部分が炸裂し、その勢いで穂先を弾丸の如く飛ばしてシュバリエの体にめり込んでいった。

 魔術はまだ終わっていなかったのだ。

 そう、まだ続きがある。


『それ!』


 ヴィヴィアンが再び指を鳴らし、それに呼応しシュバリエに突き刺さった数個の穂先が溶け出すようにして合体。リングのような形を成して彼の胴体を縛る。


ーー龍脈術•連鎖の法ーー


 ヴィヴィアンが何をしたかはわからないが、今、ヴィヴィアンとシュバリエを縛る魔力の枷が繋がったのを感じた。


『虚像、明滅、星の枷、我は一途に君(のろ)う……「鈍化の呪詛」』


 『鈍化の呪詛』は対象に術者が触れる、もしくは魔法陣に対象を触れさせることで、仮想の重量を付与する魔術だ。

 

 けれど今、ヴィヴィアンとシュバリエはなんらかの方法で魔術的に〝繋がって〟いた。


「重っ!?」


 その〝繋がり〟を通して流れ込んだ呪詛が、俺の詠唱を警戒して更に距離を取ろうとしたシュバリエを大地に縛りつけた。


 なんか大量の魔術を短時間で使いまくっていたが、結果を言うならヴィヴィアンの魔術によって、シュバリエが身動き取れなくなって地面に片膝を突いたって感じだ。


 信じられるか? このヴィヴィアンは一分と経たずに伝説の英雄に膝をつかせたのだ。


『はははー! 弱いものイジメは楽しいね!』


 そしてまさかの、シュバリエを弱い者扱い。

 そりゃ千年以上生きている魔術師だし、シュバリエのこと『リエ坊』とか呼んでたから大物に間違いないんだけど……


「弱いなんて言われるのは、それこそ数百年ぶりでさぁ」


『そーかいそーかい。じゃあ実力差もハッキリしたところだし、さっさと退いてくれないかな?』


 膝をついたシュバリエに近づいて、その頭をワシワシと撫でるヴィヴィアン

 撫で方が犬を愛でるそれじゃないか。


「……ここまで叩きのめされちゃぁ、あっしも退がらざるを得やせんねぇ」


『素直で良い子だねリエ坊。今日だけど言わずに、しばらくは首を突っ込んで——ぶべ!」


「え?」


「あれ?」


 宙に浮いてシュバリエのつむじを見ていたはずが、気づくと地面にキスしてた。

 石畳の冷たい感触、そして落下で強打した顔面や膝の痛みが遅れてやってくる。


 そういえば、体が動く。

 顔を起こすと、何故か拘束が解けて立ち上がっているシュバリエと目が合った。


 え、あれ? どういうこと? ヴィヴィアンどこ行った? 


 いやその前にシュバリエをなんとかしな——


ーーー


「はっ!?」


 気づくと、俺の視界には見知らぬ天井が映っていた。

 まったくこのくだりも何回目だと嘆きたくなる。


「ようやくお目覚めですかい?」


 ベッドから体を起こし、声のする方を向けばそこには椅子に腰掛けて酒瓶を煽るシュバリエの姿。

 まあそうだよな。最後に見たのはシュバリエだし、気絶させられて連行って感じか。


 彼の椅子の下には何本もの空の瓶が転がってる。外も明るいし、どうやら俺は結構な時間寝てたらしい。

 全くあのクソ女め、急に居なくなるとかどういうことだ。


「ここは宿ですか?」


「ご明察、王都北の端っこにある小さな宿でさぁ」


 そう言われて、ぐるりと部屋を見回す。

 小さいという割には、家具もしっかりしてて清潔感がある。中の上クラスと言ったところか。


「クロッ……いや、屋敷前の戦闘はどうなったんですか?」


「気絶したディンの旦那を群衆に晒したら、大人しくみんな退いてくれやしたねぇ」


「魔族の女の子とか、襲いかかってきませんでした?」


「魔族の……いんや、見てやせんねぇ」


 そうか、じゃあクロハは退避するなりしたのかな。

 多分リオンも付いてるし無事だろう。一安心だ。


「それで、俺はなんでこんなところに連れてこられたんですか? いくらこんなに美少年でも、今の景気じゃ買い手は少ないでしょうね」


「連れねぇことをいいなさんなぁ。せっかく数年ぶりの弟子との再開、腰を据えて話をしたいってもんでさぁ」


 美少年のところは完全スルーかよ。

 ていうかこの人、長命種族のくせに意外と年刻みの時間を生きてるんだな。


「別に話すことなんて無い気がしますが……」


「しばらく会わないウチに、随分と強くなりましたねぇ」


 無視かよ、強引に会話始めやがった。酔ってるのかこの人……?

 俺と同じでゴリゴリの毒耐性持ってるくせに、潰れるほど飲んだってか。

 ひょっとしてヴィヴィアンにやられたこと気にしてんのか?


「そんなことないですよ。結局貴方を倒したのはヴィヴィアンですし」


「いんや、ディンの旦那は強くなってやした」


 そりゃ、今までと比べれば身体能力もアインと並ぶかそれ以上だし、手数も圧倒的に増えてはいるけど……

 結局手数が多いところで器用貧乏の延長ってところだし、急激な身体能力の向上は外付けの魔力回復装置があるから、燃費度外視で最大出力の刻印魔術を維持できるからだ。

 武術もコロコロ変えて中途半端だし、結局俺は成長してない。


「ははっ、どこかですか……」


「心でさぁ」


 シュバリエは酒瓶の中身をタプタプと揺らしながら、まるで成長した我が子を見るような目を向けてきた。


「あっしの魔剣ダンダリオンはねぇ、色を加えてくれんでさぁ」


「はい? 色?」


「例えるなら、怒っている人は赤の瘴気を纏ってて、不安を抱える人間は灰、と言った風でさぁ」


 マジか、それ他人の感情を視認できるってことだろ?  

 精神操作以外にも能力を所持してたのか。

 いやでも、『力天使之狩具バルバトス』も複数の能力を一本に宿してたから、ソロモン魔剣においては不思議なことじゃないのか。 


「それで、俺の心を読んだわけですか」


「ええ、そんな色してたら。嫌でも目に入るってもんでさぁ」


「へぇ、どんな色ですか」


いかりふあんにくしみかなしみまよい……」


「多いですね」


「けれども、これが戦闘中になれば黒一色に染まる」


「黒? どんな感情ですかそれ?」


「殺意でさぁ。それも、ほとんど濁りがない純粋な」


 多分俺は顔を顰めていたと想う。

 なんだよなそれ、痛々しい厨二病かシリアルキラーのどっちかってことじゃねえか。


「今までの旦那は、戦闘中に迷いや不安が良く見受けられやした。物凄く戦いに消極的、まるで他人事のようなねぇ」


 言われてみれば、あながち間違いでもない気がする。

 元々、ラトーナと再開するまでに起きた戦闘はほとんど巻き込まれたものだったし……自分から進んで冒険者になったとはいえ、どこか作業的な部分もあった。

 なんなら、『負けても仕方ない』なんて心のどこかでずっと思っていた気がする。


「けど今は違ぇ、まるで負けた時のことを微塵も考えてねぇほどの、機械的……情熱的な殺意。ただ戦いだけに心を投じているとでも言いやしょうか……」


「戦いに積極的ってことですよね?」


 イマイチ話が見えないので、そう聞き返した。

 この人は吟遊詩人的な面があるというか、少しズレたリズムで話すからわかりにくい。

 リディみたいにどストレートな物言いの有り難みがわかる。


「戦い〝だけ〟に積極的ってのがミソでさぁ。本当の意味で勝つためならなんでもやる奴ってのは、中々いないもんでさぁ」


 まとめると、守るものも迷いもない貪欲さが俺の強さを引き上げてるってところか。

 でも俺、ヴィヴィアンに身を委ねるかで結構迷ったんだけどなぁ……そこらへんどうなの?


「おまけに、殺意だけしか抱かねえ輩には、魔剣の効果が出にくいのなんの」


「そうなんですか?」


「『さつい』を他のかんじょうに変えるってのは、難しいことでさぁ」


 それに関しては、妙に納得だわ。

 黒の絶対性を崩せるのは、まよいだけってとこか。

 

「褒められてるのかイマイチわかりませんね」


「これは単なる分析でさぁ。あっしからすりゃあ寧ろ、今の旦那には褒めるようなとこが一切ありやせん」


「……無実の民まで巻き込むな、理由もなく人を殺すな、ですか?」


「驚いた、まさにあっしが言わんとしていたことでさぁ」


 そりゃそうだろ、お前の心に直接聞いたんだから。


「こっちこそ驚きですね。歴戦の英雄ひとごろしが道徳を説いてくるなんて」


 言われなくても、俺が悪であることぐらい自覚してるっつーの。

 でもこっちはこれしかやることねーし、これしかやれねぇんだよ。


「別に道徳なんざ説いちゃいやせん。戦略に取り入れるならまだしも、なんの価値もなくただそこらの石のように扱うなと言ってるんでさぁ」


「無駄に殺すくらいならせめて利用して殺せと?」


「ええ、そう言ったんでさぁ」


「はは……頭おかしいんじゃないですか?」


「いんや? 悠久に近い時を生き、数多の死を見送った長耳族あっしらにとっちゃ、そこには意味がなくちゃならないんでさぁ」


「……?」


「永遠が不平等な世界で〝終わる〟には、理由が、意味が必要でさぁ。でなきゃこの世は茶番にも程があらぁ」


「言ってる意味が全くわかりません」


「ははっ、そうでしょうなぁ。だからあっしは、わかりやすく恩人の正義を語って生きてるんでさぁ。側は違えどその方が共感されやすい」


「そうですか」


 ギリギリ読めた範囲で勝手に纏めると……いやわからんな。

 とにかく大義なく人を殺すな的なお説教と捉えるか。


「だから、あっしは旦那に一つ尋ねたい」

 

「はい?」


 突然張り詰めた表情を見せたシュバリエを前に、思わずこっちも姿勢を正す。


「旦那の殺戮について、ヴィヴィアンねえは何か言ってやしたか?」


「え、あー……」


 なんとなく、ここ一年を振り返ってみる。

 記憶にあるのはアイツと下ネタで盛り上がったことと、色んな古い魔術を教わったことぐらい。

 俺の行動に関しては、徹底して傍観を貫いている気がするな。


「特に何も言われてませんね。魔術教えてくれる点で言えば、寧ろ協力的?」


 そういえば、アイツが出てこないな。

 性格的に、話題に上がれば一言くらいコメントしてきそうだが……


〔———〕


 やはり、特に反応が無いな。プツリと通信が途切れたみたいだ。

 アイツ、何かあったのかな……


「……そうですかい、ならあっしはこれ以上咎めることはありやせん。この件からは手を引くことにしやしょう」


 怪訝そうな顔を浮かべつつも、シュバリエはそう言い切った。

 やけに清々しいな。


「良いんですか、俺また暴れますよ?」


「どのみち、あの人に負けた時点であっしは手を引くつもりでさぁ。生かされたのは気まぐれか、それとも……」


「どうしました?」


「いんや、なんでもありやせん。これにてお開き、あっしもこの宿を立つとしやしょう」


「え、あ、はい?」


 そそくさと帰り支度を済ませたシュバリエに連れられ、外に出る。


「眩しっ……」


 まだ冬だというのに、宿の扉を潜るとやけに明るい日差しが俺の顔に差した。

 時刻は昼前か。


「あっ、一つ聞き忘れてやした」


 よし、アジトに帰ろうかと歩き出したところで、シュバリエが俺を呼び止めた。


「なんですか?」


「一番肝心なことでさぁ。ディンの旦那は、どうしてその拳を振り上げてたのかを、聞き忘れてやした」


「好きな人いるからです。無駄かもしれないですけどね」


「へへっ、なるほど」


「何がですか?」


「いんや、こっちの話でさぁ。まあ、あっしが言うことは多くありませんが……その道行きに〝意味〟ある終わりがあることを祈ってやす」


 やけに満足そうな笑みを浮かべたシュバリエはそれだけ言うと、さっさと大通りの人混みに紛れて消えてしまった。

 やけにあっさりした別れだ。なんか向こうだけ自己解決して、一体なんの時間だったのだと言いたくなるが……まあ、殺されなかっただけマシと考えようか。


「さて、俺も帰らなきゃな……」


 

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