第190話 混戦
【ディン視点】
アインという剣士は強いが、一言で言えば器用貧乏だ。
高レベルの疾風流と剣聖流、そしてレベルこそ基礎程度だがしっかりと実戦使用が可能な瞞着流。それらを修める彼女は攻撃力、敏捷、そして守りのパラメータのバランスがほぼ均等。
だがそれは総合的な評価であって、戦闘時はもっと偏ったパラメータになる。
疾風流の軽技と剣聖流の豪剣を組み合わせる死神流みたいに、流派同士を組み合わせて自己流に昇華するでもなく、彼女はそれぞれの流派の技を使う際にわざわざ立ち回りごと切り替える悪癖があるからだ。
いや、仮面ラ◯ダーじゃないんだからさ、そんなにフォームを意識しなくたっていいだろ。
もっと柔軟に行こうよと思うが、頭の硬い彼女にとってはどうしても苦手な分野らしい。
まあ何が言いたいかと言うと、彼女は互角以上の相手には最も慣れた疾風流で挑む。
そんで軽技スピード特化のあの流派は攻撃を力に欠けるわけで、スピードで互角以上の俺にとって大した脅威じゃなかった。
だが炎のエンチャントで攻撃力を無理やり上げたとなれば話は別。炎の剣を籠手で受け止めるなんてリスキーなこと出来るはずもなく、かといって格闘から剣術に切り替えればさすがに俺が不利だ。
というわけで回避に専念しようとしたら、アイツら寄ってたかって俺を攻撃するものだから、奥の手の一つである龍脈術まで晒すハメになったって話だ。
〔超絶美人教師の私に感謝するんだね〕
なんてふざけたことを脳内で言ってくるヴィヴィアンに対しても、今回ばかりは頭が上がらない。
こいつが龍脈術やら古い魔術を色々教えてくれてなかったら、俺はアイツらを殺すことになっていたかもしれないんだからな。
「いや、まだ一人残ってるな」
なんて思いつつも、浮ついた思考を引き締める。
現在、俺はリオンが隠れているであろう狙撃地点に向かって、某蜘蛛男のようなスイングアクションで急行中だ。
なんだかんだ、『封魔の呪詛』と『反魔の呪詛』を付与した魔術ガンメタの矢でチクチク狙撃してくるのが一番ウザかった。
しかもアイツ、絡め手抜きにしても馬鹿みたいな威力の狙撃を放てるからな。大砲だよ大砲。船一艘落とせるんじゃねえの?
前衛二人は倒したからといって放っておくのはあまりにもリスキーだ。
だからわざわざ、狭い路地にアイン達を誘いこんで、さらに鎖だらけの蜘蛛の巣戦法で射線を絞って、狙撃を待ったのだ。
いくらリオンとは言え、アインの隙を狙撃でカバーするみたいに離れたところからリアルタイムの戦闘に介入するのは、矢の到達時間を逆算しなきゃだったりでそれなりに難行だろう。
障害物だらけの場所に矢を寸分の狂いなく当てるとなれば、射線から位置を捕捉されないように複雑な曲射で対応なんてする余裕も無い。
つまり、最後に奴が放った狙撃の射線が、そのまま案内経路になるというわけ。
そしてたった今、周囲で一際高い建物に陣取るリオンを捕捉したわけだ。
「?……」
しかしおかしい。
ここまで接近しているのに、迎撃の矢が一発たりとも飛んで来ないのは一体どういうことだ?
ーー矢避けの加護ーー
引きつけて引きつけて……仕留める!
なんて展開を警戒して、念の為飛び道具が体に当たると自動でそれを破壊する刻印魔術を体に施す。
といっても魔術一回につき一発限定だし、リオンの豪弓ともなれば、おそらく相殺とはいかずに威力をいくらか軽減する程度になるだろうが……致命傷は避けられるはず。多分。
しかし、そんな心配は杞憂に終わることになった。
「え、どういうこと……」
リオンのいる建物の屋根に降り立って早々、思わずそう漏らしてしまった。
今俺の目の前には、武装解除して両手を上げているリオン。
そしてその背後には……
「クロハ?」
クロハがいた。
てっきり、さっきの前衛二人と一緒にいて、透明化で俺の隙を窺っているものかと警戒していたが、まさかこっちにいたとは……目的はリオンの護衛か?
そう考えるも、一瞬でその線は消えた。
なにせ少し歩いてリオンの傍に回ると、クロハがショートソードをリオンの背中に突きつけている光景があったのだから。
裏切り?
え、どういうこと?
なんでクロハがリオンを脅してるの?
「……私は、ディンとラトーナお姉ちゃんの味方」
思わず棒立ちになってしまっていたところで、クロハがそう言った。
「そういうわけで俺も降参するから、クロハに剣を納めるように言ってくれよ……」
「え、あ、ああ。クロハ、もう良いよありがとう」
そう言うとクロハはすぐにリオンから離れ、俺達の間には何とも言えない手持ち無沙汰な空気が流れた。
とりあえず整理しよう。
まず、クロハは実は俺の味方だった。
で、俺の作戦の邪魔をさせない為に、ここぞとばかりにたった今レイシア達を裏切った。
うん、なんとなく理解したぞ。
「えーっと、でも良かったのかクロハ? リディに俺を捕まえろって命令されてるんじゃ……」
この空気を誤魔化すついでに、たった今浮かんだ疑問を投げかけると、クロハこくりと頷いた。
「もともとディンについていくために来た」
「俺達だってな、なにも恩人の邪魔したいわけじゃないんだよ。でもリディだって恩人で、色々してもらってるわけだし……わかるだろ?」
クロハの言葉に付け足しながらポリポリと頭を掻くリオンは、珍しく困り顔。
こいつが脳筋ってのもあるが、普段の温厚さに比べて仕事人として色々割り切れる人間だったから、そこらへん葛藤してたのは意外だ。
「……よし決めた。俺もお前に付くぞ、ディン」
それは願ってもない。
俺にとっては都合の良いことだが……
「付くって具体的に何をする。お前に罪もない人々を殺せるのか?」
「いや、そういうのはナシだ。俺はあくまでお前を守るだけな!」
「リディはディンを連れて帰って来いって言った。だから私はディンが早く帰れるように手伝う」
「それいいなクロハ! そういうことだとディン! だから俺達はお前を守る!」
「……そうか」
だいぶ屁理屈染みていて心配だが、この申し出を断るほど俺に余裕はない。
「ただし! 一つ俺と約束しろ!」
「なに」
「アインの姉貴には後でちゃんと謝れよ! あれは本当に酷かったぞ!」
まあ、こいつが俺を殴るくらいだから相当だろうしな。
正直、謝れと言われてもどんな顔してアイツと顔合わせれば良いのかなんてわかんないが……
「善処するよ」
日本で言う『行けたら行く』みたいな返事だが、リオンは人を疑うことを知らないので嬉しそうに頷いた。
悪い返事の仕方だとは思うが、今は早く前線に戻ることを優先したい。
だからちゃんとした答えは先送りにさせてもらう。ごめんな、愛すべき馬鹿よ。
「じゃあ、俺は行く」
「私も付いてく」
踵を返して歩き出したところで、ふと我に帰る。
よく考えればクロハを危険な場所に連れ出すことになる。手を貸してくれるのは嬉しいが、あくまで後方支援とかに徹してもらうべきだろうか。彼女なら諜報活動も出来るし……
そんな思考が巡り出したところで、クロハが俺の裾を引いた。
「クロハはレイシアとかよりも強いから大丈夫だ。信じてやれ」
リオンにそう言われて、再びクロハを見つめる。
自信に満ちた……って感じの表情ではない、いつもの仏頂面だが、どことなく気合いと覚悟は感じられる。気がする。
「わかった。力を貸してくれクロハ」
心なしか、クロハが少しだけ嬉しそうに微笑んだ気がする。
「俺はこっち残るぜ、レイシア達を色々説得しないといけないし。一応精霊を付けておくから、ジャミングするなよな?」
「わかった」
「ディン!」
「まだなにかあるのか?」
「前は……殴ってごめんな」
こっ恥ずかしそうに手を合わせるリオンに、俺は笑って『後で百倍にして返す』なんて冗談を言って、その場をあとにした。
ーーー
さて、思わぬ展開に思わぬ援軍と想定外だらけだが、ようやく前線に向かうことが出来る。
まだ爆発音は聞こえているので戦闘は続いてるみたいだが、状況は詳しくわからない。出来るだけ早く到着したいな。
「クロハ、ちょっとごめん!」
屋根を並走するクロハをお姫様抱っこ。
そして、進行ルート上に魔法陣を次々と展開していく。
鎖による振り子運動よりは遅いが……幾分マシなはずだ。なによりこっちは人抱えながらでも出来るし。
「ほっ!!」
魔法陣の上に飛び乗ると同時に斥力が働いて、前方に急加速!
「ほっ! ほっ! ほっ!」
そして勢いに乗ったまま次の魔法陣に乗り移ってさらに加速!
加速効果付きの魔法陣を足場に、街の上空を高速で疾走する。
「成功……!」
思ったより加速具合が良くて、想定より早く前線に辿り着くことが出来た。
仕組みは簡単で、俺の足裏に磁力を発生させる魔法陣を展開、そして空中にも同じ魔法陣を展開して磁力の反発によって進んでいく。
まあロジーの磁力魔術とそれを応用した移動法をパクったわけだ。
俺はロジーみたいに人や物に磁力を付与したりとか器用なことは出来ないので、習得したもののイマイチ使い道が無くてお蔵入りしかけていたが……まさかこんなところで役に立つとは。
それはさておいて、クロハと並んで戦場を俯瞰する。
目下では明らかに異常事態が起きていた。
戦況は俺達レジスタンス側が圧倒的優位。屋敷をバックに敷かれた大通りの貴族兵共の前線は壊滅。
農民出身の素人レジスタンスはバズーカを構えてダイナ邸屋敷を包囲、そして残る半数は半壊した屋敷に突入していた。
さっきまで膠着状態。というか長引けば長引くほどこちらが不利になる状況下でありながら、いきなり形成逆転なんてのは普通あり得ない。
「なにあれ、仲間割れ?」
そんなあり得ない状況を作り出した〝原因達〟を見て、クロハは首を傾げる。
「いいや、違う」
血だらけだったり体の一部を欠損していたりと、明らかに致命傷を負っている筈のダイナ家従者が動き出して同胞を襲っている光景を前に合点が入った。
「あれはアンデットだ」
そう、逆転の要因は即ち第三者の介入。
よりはっきり言えば、死体を操る魔剣使いを筆頭にしたレジスタンスの東軍による介入だ。
「リオン、聞いてるか」
《おう!》
早速仲間になったリオンに、魔剣の反応が周囲にないか調べさせる。
大抵、あの魔剣使いはゾンビアタックを仕掛ける時は戦場から少し離れた所に隠れてアンデットの操作に集中している。
以前はそれを探し出すために虱潰しに駆け回ってたわけだから、その労力たるや。
そんでそのクソハードかくれんぼの末に本人に奇襲をかけたと思ったら、毎回良いところで逃げるもんだからそのストレスは尋常じゃなかった。
《直ぐ近くにいるぞ! 前方右のデカい宿の中にいる!》
だが今回は超有能探知機のリオンがいるから、一発で丸裸。なんなら、このまま魔術で壁抜きしてやるのも良い。
なんて思っていた矢先だ。
またまた戦況がひっくり返った。
「前進せよ!!!!!」
「「「「おおおおおおおおおお!!!!!!」」」」
屋敷に攻め入った俺達の軍を後ろから挟み込むようにして、重武装の歩兵軍がかなり速度で大通りを進軍してきているのだ。
「陸軍重装歩兵団……!」
王宮とは真反対な方角から突如現れたことを考えるに、奇襲の為に息を潜めて迂回してきたのか? あの大所帯で? しかもなぜ今になって陸軍が出た?
いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
このままだとレジスタンスは無防備な背後から攻撃を受けて蹂躙される。
既に屋敷を包囲していた奴らは気づいてバズーカで迎撃を始めたが、半数にも満たない人数であの大所帯をチクチク砲撃したところでその進軍は止まらないだろう。
騎兵もかなり混じってるから、接触はもはや秒読みだ。
《気をつけろディン! 魔剣の反応がその集団の中にある!》
「!?」
まさかの二本目のソロモン魔剣!?
まずいまずいまずい! 尚更そんなの近寄らせるわけにはいかない!
「ここ待ってろクロハ!」
すぐさま屋根から飛び降りて、俺は陸軍の進行ルートに立ち塞がる。
ーー龍脈術・派川の法ーー
ーー魔術強化刻印ーー
ーー豪炎波ーー
先手必勝。地面に降り立って早々に、迫り来る兵達に向けて出力120%の灼熱の本流を浴びせる。
しかし相手は全身鎧の重装歩兵。炎にある程度耐性があることを考慮して、炎は出しっぱなしにしつつ上級魔術で岩礫を炎の海の中に手当たり次第にぶっ放しまくる。
果たしてどれほどの戦果が見込めるのか。炎魔術は威力が高いけど視界が遮られるので、少し不べ——
「ヒィィィィィィンッッ!!!」
「なっ!?」
突然炎の中から飛び出してきた騎兵の突進を、間一髪のところでサイドステップ回避。
すぐさま相手の方に向き直って構える。
相手は全身甲冑の騎兵。
武器は長槍。つまりこいつは魔剣持ちじゃない?
どうやって炎を防いだ? 無効化したのか?
いやそんなはずはない、現に馬の方は鎧の隙間から黒煙が漏れ出ている。
大火傷を負っているんだ。
「ヒイィィィ……ン……」
推測は当たっていたようで、炎を潜り抜けるなり、馬は弱々しい雄叫びと共にズドンと地面に横倒れになって動かなくなった。
「大義だったヨ、マレンゴ」
倒れる前に馬から飛び降りた男はその馬をそっと撫でるとすぐ、こちらに槍を向けてきた。
《ディン! 目の前にあるの魔剣だぞ!》
「は?」
思わず間抜けな返事をしてしまう。
どういうことだよ。アイツが持ってんの槍だろ槍。
ソロモン魔〝剣〟っていうんだから剣の形をしていろよ。判定どうなってんだヴィヴィアン。
〔わかんなーいっ! てへ!!〕
くそ。聞くだけ時間の無駄だっ——
「うおぁ!?」
「ヘイヘイヘイ! ほんの一瞬気を抜いたネ? 黒鎧のエルフゥ!!!」
ノーモーションから放たれた心臓狙いの一突きを、身を捩ることで紙一重で躱しつつ、カウンターとして右手で散弾を炸裂させる。
しかし、弾丸をぶっ放した場所にそいつはもう居ない。
「ほわっト!? ヒヤヒヤするネ!」
「チッ!」
なんつー身のこなしだ。
刺突とほぼ同時かってくらいのタイミングですぐさま俺から距離をとっており、直ぐに狙い直してマシンガンをぶっ放すも走り回って逃げられて、結局命中ゼロ。
対して俺は、回避がやや遅れたせいで左腕をパックリ切り裂かれた。
幸い傷はそこまで深くないので、牽制としてマシンガンをぶっ放したまま、片手間に大気の魔素を利用した刻印魔術で治療する。
「ッ……?」
あれ、治らない。
それどころか痛みが増している。
さらに魔力を込めてみるが、容体は変わらない。
おかしい、傷はそんなに深くないはずなのに……
いや、まさかこれは——
「その顔ォ、気づいたネ? この『茨之狩人』の力にィ」
不治。
字の如く、おそらく奴の槍によって付けられた傷は治らない。それがあの魔剣の力。
「ッ……あぁッ!!!」
以前マシンガンは放ち続けたまま、すぐさま傷口を焼いて止血する。
痛みで飛びそうになる意識に喰らいついて、気を紛らわすように必死に頭を回す。
血は止まった。左手も動かすことは出来る。あくまで効果は回復阻害だけ。
絶対的な力を持ってるわけじゃない。
だが決して侮っちゃダメだ。
さっきだって、奴への注意が緩んだのはほんの一瞬なのに、凄まじい速さでそれに反応して攻撃してきた。
あの俊敏さから繰り出される連撃を喰らえば、たとえ傷が浅くとも能力のせいで致命傷になりかねない。
俺なんかが近接で敵う相手じゃない。
ならば遠距離から弾幕や上級魔術のオールレンジ攻撃で擦り潰すしか勝ち筋は無い。
しかし、問題はコイツを俺の有利な距離まで引き剥がすのかだ。
たださえ今この瞬間も、相手は俺のマシンガンを常に動き回ることで狙いをずらしながら、尚且つ俺と一定の距離を保ちつつ逃げ回っている。
より正確な射撃、そして更なる弾速が必要だ。
しかしその条件を今の魔導具で再現するにはスペックが足りない。
〔ピンチだね。私のアドバイスは要るかい?〕
「……」
なにも、手が無いってわけじゃない。
ただ成功率が不確定過ぎる。
ゴールは見えてるが、そこまでの道筋をまだ組み立てられていない。
ここは素直にヴィヴィアンの助言を受けるのが吉——
「ほわっとォォォ!?!?!?」
突然、弾丸から逃げ回っていた槍野郎に黒づくめの剣士が切り掛かった。
その手には、飽きるほど見た剣が握られている。
「まかさかアナタが出てくるとはねェ! フラグラフト元帥殿ォ!!!」
「〝元〟元帥だ」
そう、突如乱入してきた剣士は、東軍のネクロマンサーである、フラグラフト・ハウリッヒだった。
「おいキチガイ長耳族、今は一時休戦といこうじゃないか」
陸軍重装歩兵に炎が効いてないのは、元々コート家の火災現場に急行するために『耐火の加護』を宮廷の魔術師にかけてもらっていたから。
馬にはかかってないので普通に死んだわけですが、あの獄炎の中を走り切った彼君はガチ名馬。G 1でもやってけるかも。




