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第189話 ディンの猛威

【アイン視点】


 その日は、僕達が予想だにしない形でやってきた。


「なんだ今の音!? 王宮の方からか!?」


 レイシアさんとクロハちゃんは外の見回りに行っていて、宿に残っているのは僕とリオン君だけ。

 そんな時、突然地響きと共に届いた轟音が宿の窓をガタガタと揺らしたのだ。


「リオン君! 外のレイシアさん達は無事!?」


 正直僕も混乱していたけど、僕以上に取り乱しているリオン君がいたからなんとか落ち着きを取り戻せた。


「あ、ああ無事だよ……え、なんだって!?」


 おそらく、精霊を介して外のレイシアさんと会話をしているであろうリオン君が素っ頓狂な声を上げた。

 どうやら外では、今以上に驚くことが起きているようだ。


「どうしたの?」


「えっとな……」


 状況をイマイチ整理できてないのか、擬音ばかりの辿々しい説明を聞いて、なんとなく自分なりに噛み砕く。

 城壁から発射された何かが、王都の貴族邸二つに着弾して大爆発。ほんの少しだけど周辺が更地になった。

 そしてその後すぐに、北の城門からレジスタンス軍らしき集団が、半壊した屋敷に向けて進軍を始めている……


「リオン君! レイシアさん達はどこにいる!? 今すぐ合流しよう!」


「お、おう!」


 情報がまとまったところで、急いでリオン君の腕を掴んで宿を出る。


 レジスタンス軍の進行。

 東、北、西と三つある内のどれが動いているのかはわからない。

 でも、東軍ならばラフトさんの魔剣を狙ってディンが現れる可能性は高いし、北軍はそもそもディンの所属だからいない方が不自然。

 つまり、三分のニの確率でディンが王都内に現れるということ、これは捕縛作戦を実行するのに十分な状況だ。


「いち早く着きたいから、君を抱えるよ!」


 宿を出てすぐ、そう言ってリオン君に近づくと、両手を前面に出して拒否された。


「俺は狙撃手だ! そもそも位置どりが違うからアインの姉貴だけで先に行ってくれ!」


「わっ、わかった!」


 そんなわけで、僕はリオン君の精霊通話に従いながら夜の王都を全力で駆けた。


ーーー


 騒動の中心は既に戦場と化していて、その状況は一般的に僕の知るものとかけ離れていた。


「一列目下がれ! 二列目構え……撃て!!!」


 北の城壁の門から屋敷へと続く大きな一本道。

 変わった隊列を組んだ集団が横並びになってその大通りを封鎖して、ジワジワと屋敷へ向けて進軍している。

 その後ろ、隊列の進んだ後には少し鉄板が混じった肉塊……恐らく死亡した貴族の従者達が何人も転がっていた。


「なんなのあれ……」


 ズドンズドンズドンズドン。

 レジスタンスが担いでいる筒状の物から放れたモノが、着弾地点に爆炎と轟音を撒き散らしていく中で、僕は呆然と呟いた。


「ディンの魔術を真似た魔導具……大量生産して配ってたようだにゃ……」


 レイシアさんは眉を八の字にしながら、見たままの様子を吐き捨てるように答えた。

 そう、確かにあれは、ディンが良く好んで使う、弾を爆発で飛ばす魔術。それの少し規模が大きくなったやつだ。


「二列目下がれ! 三列目前へ! 構え……撃てぇぇえ!!!」


 一列目には分厚い鉄の大楯を持った兵士。

 二列目から四列目には、レイシアさんの言うディンの魔導具を抱えた兵士達。

 一列が撃っている間、残りの二列は再装填のようなことをしている。


《あれ、ディンが前に言ってた『バズーカ』じゃねえかな。武闘会の団体決勝で、アセリアの人形兵に持たせてた奴だよ。多分》


 決勝でジャランダラ王子の進撃を止めるためにと、少し危険な威力の武器を用意したとディンが言っていたのを思い出す。

 その魔導具を撃ったのは遠隔操作されていた人形で、本陣にいた僕は実際にそれを見たわけじゃないけど、放れていても物凄い音がしたことは覚えている。

 

「魔族の豪傑の足を止める程の威力なら、この状況も納得だにゃ」


「そうだね……」


 現在僕達の目に映っているのは、砲弾の雨になす術もなく、攻めあぐねている従者達の姿だ。


「遠距離戦なのに何で魔術師があんまりいなのかな……」


「そんなの、後ろの半壊した屋敷を見りゃわかるにゃ。救出とか救護に大半が割かれてそれどころじゃないんだろうにゃ」


《えげつねぇことするなぁ……》


 素人対精鋭による戦い。普通ならその勝敗は考えるまでもないけど、今回に限っては上手く膠着状態を保てているどころか、やや素人レジスタンス側が優勢にさえ見える。

 そんな異様な状況を遠目から眺めていた僕らに静寂が訪れかけたところで、ふと我に帰る。


「ディンの姿がない」


 本来ならもっと早くに気づくべき疑問に辿り着き、それぞれがハッとした。


「おい筋肉、精霊の反応はどうなってるにゃ」


 そんなレイシアさんの問いに、リオン君は力無く首を横に振った。

 一週間ほど前から、リオン君の精霊感知は何らかの理由で阻害されたことで、機能しなくなってしまった。

 それは今もまだ続いているようだ。

 

「もう一つ、爆発した屋敷があるにゃ。もしかしたらそっちち……」


「あっちの屋敷は壊滅してた。だからディンはこっちにいる」


 レイシアさんが読み違えたかとばかりに苦無視を噛んだ様な表情を見せたところで、ずっと黙っていたクロハちゃんが口を開いた。


《確かにそうだな……ってか、うぉ!? なんか話してたその屋敷から火が上がったぞ!?》


「そりゃあ、倒壊したなら火ぐらい——」


《違う! 変なのが一人いる! あ、鎖で移動した! 多分ディン! ディンがそっちに向かったぞ!》


 恐らく何処かの高台で王都全体を俯瞰しているリオン君が、慌てて声を上げた。

 

 かなりイレギュラーな状況。

 けれど、何度も打ち合わせしていただけに、僕らは極めて冷静に次の行動に移ることができた。


「潜伏にゃ!」


ーーー


 その後、待ち構えていたところにやって来たディンに奇襲をかけたけど、それを全て回避されたのが現在だ。


「お前らとは戦いたくない。死にたくないなら帰ってくれ」


 前後を僕とレイシアさんに挟まれたディンは、警戒体制のままそう言い放った。

 もちろん、任務ということもあって聞き入れるつもりはないので無視すると、ディンはため息を吐いて構えを取った。


「ッ……」


 殺気に当てられ、思わず息を呑んで剣を構え直す。

 僕の知る彼とは全く違う覇気を纏っている……僕の知らない一年の間に、彼は何をしていたのだろう。

 ダメだ。ここでディンの空気に飲まれてはいけない。


 冷静に、そしてレイシアさんの分析をもう一度思い出すんだ。


『ディンの怖い所は、手数の多さにゃ。魔術は勿論、剣術、槍術、体術をその都度使いこなしてくるにゃ』


 復唱しつつ、今目の前にいるディンを見るんだ。

 両手の銀色のゴツゴツとした籠手……つま先断ちの様な構えは獣王流のもの。

 格闘戦に持ち込むつもりなのかな?


『そんでもって、一番警戒しなきゃいけないのは……』


 そんな考察を巡らせながら続いていた睨み合いの中、ディンが両手を重ねて勢い良くこちらに突き出す構えをとった。


「ッ!!!」


 その直後、彼の掌から目も眩む程の強い閃光が爆ぜる。

 そう、これだ。

 暗闇ということに加えて、相手から目が離せない状況であれば強力な効果を発揮する、彼の光魔術。効果は長くないけど、受ければ十分な隙が生まれてしまう。


  でも、僕は対処法を知っている。 それは前の戦いでラフトさんが見せてくれた。


「そりゃぁッ!!!」


 目眩しと同時に僕の元へ肉薄してきたディンに、カウンターの一撃を振り下ろす。


「!?」


 驚きつつもバックステップでそれを回避したディンには、着地の隙を狙ったリオン君からの追撃の狙撃が迫る。


ーー簡易障壁クイックバリアーー

ーー刻印結界エオローーー


 流石に回避は間に合わないと悟ったのか、ディンは手先から障壁を二枚重ねて展開してその矢を防いだ。

 

「今の矢、呪詛を仕込んでいたな」


 僕は三人みんな曰くすぐ顔に出るタイプらしいから、図星だとバレない様に必死に表情を引き締める。

 

 高速展開出来る障壁は一枚だけと聞いていたのに……既に想定外だ。


 だけど、動揺して止まるわけにはいかない。

 ディンは頭が良い。もしかしたら用意した作戦全部に気づくかもしれない。

 だからとにかく、考える時間を与えちゃダメなんだ。


ーー炎刻印ケン!!!ーー


 指先を少しだけ切って、刀身に血文字を刻む。

 すると刀身から溢れ出す様にして発生した炎によって、周囲が段々と明るくなっていく。


属性付与エンチャントか」


「もう目眩しは通じない!」


 一回目は狙撃を当てるためにわざと目眩しを使わせたけど、次からは通用しないだろうから、こっちも動きを変える。

 ディンの光魔術は明るい環境だと効力が落ちる。だから、レイシアさんから習った僕が唯一使える炎の刻印魔術で、周囲を照らしながら戦う。


 レイシアさんの合図を見て、二番目の策に移る。

 もし呪詛付きの矢を防がれた時は、防げない状況を作るわけだ。


「やあぁぁぁッ!!!」


 炎纏った剣の連撃を浴びせようと、僕はディンに向かって肉薄する。


ーー死神之糾弾バレットフルオートーー


 対するディンは、牽制として弾丸を雨の様に連射して僕に向けてくる。


ーー刻印障壁ーー


 すかさずレイシアさんがフォロー。

 突進する僕の前に遠隔で障壁を展開して弾丸から守ってくれたので、足を止めずになんとかこちらの間合いに持ち込めた。


 炎を纏った連撃を嫌って後退しようとしたディンの背後に、すかさずレイシアさんが回りこむ。


「「はぁぁぁぁッ!!」」


「ッ……」


ーー氷層アイスコートーー


 瞬間、ディンの足元を中心に発生した氷の層によって僕らの足が奪われる。

 半歩足りなかった。挟み込むことは出来たけど、ギリギリ間合いから外れている。


 でも——


「やあッ!!!」


 僕は振り抜こうとしていた剣をそのまま無理やり投擲、レイシアさんは火球を数発撃ち出すことで、その間合いを埋める。


 そしてそれら二つの攻撃を、ディンは二枚の障壁をそれぞれ前後に展開することで防ぐ。


 ここだ!!!


「ッ!?」


 前後に障壁を展開したことで無防備になった彼の側面。

 そこを狙って放たれたリオン君の3本の矢が、彼の腕に2本突き刺さる。

 残りの一本はどういうわけか、彼に当たった瞬間に弾かれて砕けてしまった。三つのうちどの呪詛が付与されたのかわからないけど……こうなったら仕方ない!


 剣を足元に突き刺し、魔力をありったけ込めて生み出した爆炎によって氷の枷を吹き飛ばす。

 レイシアさんはまだ足の氷を壊せてない。だから僕が攻撃を繋ぐ——


ーー龍脈術•聖罰の光槍ーー


「ぐふっ……!?」


 突如腹部に激痛が走り、思わず足を止める。

 目線を下にやるとそこには、ディンの足元からせり出した青白く輝く細い槍数本が、僕のお腹を貫いている光景が。

 おかしい、リオン君の矢を受けたなら、魔術は使えなくなってるはずなのに……


「アイン!!!」


「致命傷じゃない! それよりディンが逃げる!!」


 そんな疑問をすぐさま取り払って、腹部の槍も引き抜かずにそのままそれを叩き折り、屋根から降りて細道を逃走するディンを追う……


 ——そのつもりだったけど、僕が屋根から降りると、ディンは足を止めてこちらに向き直ってきた。

 一体どういう意図なのか、そう考える暇もなく、僕はその答えを知ることになった。


ーー錨鎖弾アンカーバレットツインーー


 狭い路地に空中に浮かんだ幾つもの魔法陣、その両面から鎖が撃ち出され、建物同士を結ぶようにそれが何重にも張り巡らされていく。

 僕らは彼の巣に誘き出されたのだ。


「くっ……う、早い……」


「あぁぁぁぁぁうざいにゃ!!!」


 そしてその鎖を利用して縦横無尽な動きを披露するディンに翻弄され、僕らは手も足も出ずに防戦一方となった。


《くっそ、射線が通りにくいぞ!》


 もはや作戦どころじゃない。

 完全にディンのペースに飲まれてしまった。

 しかもこの鎖硬い……本気で振らないと切れない!


「うぎっ……このくそ……にゃ……」


 先に狙われたのはレイシアさん。

 鎖を利用した不規則な機動と、ラフトさんとも渡り合った格闘術で守りを崩し、最後は足払いからの風魔術を交えた掌底で彼女を壁に吹き飛ばしてあっという間に倒してしまった。


 そして標的が僕に移る。

 張り巡らされた鎖に囲まれて動きを制限された僕にに、ディンは指先を向けた。

 

「降伏して腹の止血しろ、死ぬぞ」


「……」


 勝てない。

 全力、しかも複数で挑んだのに負けた。

 僕だって、鍛錬を怠ったはずはないのに。

 この期に及んで手加減されている。


 それがどうしようもなく受け入れられなくて、悔しくて。

 僕は喉が裂けるほどの声を張り上げた。


「はあああああぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」


 剣にありったけの魔力を込め、限界まで増幅した炎をディンに向ける。

 わかってる。所詮は僕の魔力で、しかもそこまで得意じゃない刻印魔術だ。

 片手間の障壁で防がれる。

 でも——


「今だ!!!!!!」


 不意打ちの炎を防いでいるディンの頭上、建物の隙間を縫うようにして、空からリオン君の狙撃が降り注ぐ。

 

 今なら、障壁を二枚同時に展開できない今なら矢を止めることも——


「そこか」


 読まれていた。

 ディンはまるで矢が来るのをずっと待っていたかのように、容易くそれをバックステップで回避。


「待っ——」


 そしてすぐさま彼は屋根に飛び移って、リオン君がいるであろう方向に行ってしまった。


 慌てて追いかけようとしたその時、王都には再び地響きと轟音、そして誰かの絶叫が響き渡った。


「死体の軍勢だぁぁぁぁぁ!!!!」



※補足

レジスタンス軍がやった戦法はかの『三段撃ち』です。

あとディンが使った『聖罰の光槍』は魔術ではなく単純な魔力操作に分類される、彼のオリジナル技です。

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