第18話 懸想の音色
夥しい数の露店が立ち並び、広場の中心からは音楽が、見たこともない種族が行き交い、肩がぶつかったのだなんだとで、喧騒に包まれている。
先程は魔族の女の子を見かけた。
黒髪で赤い角のある可愛らしい少女だ。
迷子になっていたみたいなので、母親を探してやったら、見たこともない木の実をくれた。トト○かな?
気になったのは、二人とも見窄らしい服装で髪もボサボサ。手荷物の一つも見当たらなかったことかな。
まあ、今となっては気にしても仕方がないか。
そうそう、ここが何処かだったな。
ここはミーミル王国アデイユ領城下街、そして今日ここでは、年に一度の大規模な祭りが開かれているのだ。
「ねえ、どこへ向かっているの?」
ラトーナの手を引きながら人だかりの中を進み、ザモアが一歩引いた所から着いていくる。
「そのうちわかるよ」
本日はラトーナ、ザモア、俺の3人での外出だ。
この世界の治安なんて碌なものじゃないだろうから、外出なんて真っ平ごめんだったのだが、ラトーナの為とあらば仕方ない。
そう、あれはつい昨日のこと。自室の扉の前にてメイダと名乗る女性に、俺はある頼み事を持ちかけられたのだ。
ーーー
「ダンスレッスンの手伝いですか?」
「はい……お恥ずかしいことに、私ではどうも力不足でして……」
心底不甲斐なさそうに、ヒルダと名乗る女性は己の額を手で覆った。
「ていうか、ダンスなんてどこで披露するんですか?」
「社交会でございます。我が国の伝統とも言えますので、こればかりは避けられませんので」
「絶対に?」
「はい。大舞台で恥を晒しては、婚約者も作ることができません」
「は? 婚約者!?」
「え、えぇ……」
「じゃあ社交会はラトーナのお見合いイベントも含まれてんですか?」
「御当主の方針ですのではい」
「ラトーナはなんて言ってますか?」
「『興味ないことに時間を割く気はない』と」
まあ大体予想通り、読心が使える彼女に取って、心の薄汚れた貴族のたまる社交会なんて地獄そのものだろう。俺でも行きたくないってのに、彼女が首を縦に振るわけがない。
しかも俺はラトーナの護衛をする傍らで、あの子が他の子とイチャイチャしてるのを見なきゃならんのか。
「すみませんやっぱNTRは無理です。お引き取りを」
「え!?」
ふざけるな。別にラトーナが好きってわけじゃないけどそれは嫌だ。
これは……あれだ。思春期の娘が家に彼氏を連れてきた時の父親の心境に近いはずだ。
「僕はその仕事を受けられません」
「そんな! これはディン殿にとっても重要なことなのですよ!?」
ラトーナにドア越しに話を聞かれるとまずいらしいので小声で話していたが、いつの間にかお互い声を張り上げていた。
「僕には関係ありませんよ!」
「ございます! これはアーベス様の命によるものなのですから!」
「え」
クソ、アーベスめ……そうやって娘を政治の道具としてしか見てないから、反抗されるんだぞ。
まあもっとも、娘が読心術の持ち主でなければ、見透かされることなんてまずないがな。
「……アーベスさんは、何とおっしゃってましたか?」
「『ヒルダの補佐も同様に頼む、報酬はラトーナの護衛としてではなく、ディン•オードとして社交会に参加できるように手配する。期待しているよ』とのことです」
なるほど、社交会で自由に動いていいというわけか。
アーベスはこうなることを見越して、俺の報酬に行動制限をつけていたんだな。
ラトーナが自分の言う通りにしてくれればそのまま。反抗してくれば、社交会での制限を解くという条件をつけて俺に説得させる。そういう腹積もりだったわけだ。
「わかっていただけましたか?」
どうする、断るか? 正直、俺はもう社交会でハーレムなんて作ろうと思ってないわけだし。ラトーナの婚活を手伝うのも絶対に嫌だ。
けれど……けれど、アーベスを敵に回したらどうなるかが読めない。
「わかりました。説得はします……」
「ご理解感謝致しますディン殿」
ヒルダの顔には笑みが戻り、彼女は深々と頭を下げた。
「失敗しても責任は取りませんからね」
「勿論でございます」
ヒルダはそう言って、満面の笑みで俺に軽く頭を下げて去っていく。
どうしてあそこまで嬉しそうなのかな。何か裏がある様にも思えるが、ひとまずは目先の問題を解決しよう。
ーーー
といった経緯で、俺はクソみたいな業務を押し付けられ、どうしたものかと頭を悩ませていたのだが、今朝たまたまザモアから祭りの話を聞いて閃いたのだ。
俺の作戦は至極単純。ラトーナを祭りに連れて行き、会場の中心にある広場のダンスイベントに参加させること。
意外と庶民的な趣味嗜好を持っているラトーナなら、絶対にこれにハマる。
そう、そしてここが肝なのだ。
ダンスといっても庶民的なもの。流れる曲からその踊りのジャンル、共に踊る人々まで何もかも違う。
この祭りの影響でダンスを受け入れたところで、本番にやるのは全くの別物。厳しい指導も入るし、相手はクズばっか。途中で投げ出してくれるはず。
そうなればラトーナはお見合いしない!
俺もミッション達成!
勝てばよかろうなのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
「ディン! あれは何!?」
突然ラトーナが俺の手をグイグイと引っ張らながら、屋台の方を指差した。
先程までずっと警戒モードで口数も減っていたが、どうやら興味を持ってくれたようだ。
ひとまず第一関門突破。
「どっかの国の名物料理ですかね」
そこらじゅうの屋台から流れてくるとても香ばしい臭いが食欲をそそるのだが、とても不安だ。こんなかんかん照りの下では衛生面とか平気なのだろうか。食中毒で死ぬとか笑えないぞ?
「あれ買うわ! ザモアお願い!」
「承知しました」
ぴょんぴょんと跳ねるラトーナに、ザモアは軽く頭を下げて屋台の方へと向かっていく。
人混みの間を鮮やかに抜けるその手腕の鮮やかさたるや。
「さあ! ディンも怖い顔してないで食べましょ?」
「え、素の顔なんですけど」
ラトーナに言われて、反射的に自分の顔に手を当てる。
俺そんな怖い顔してたかな。
確かにラルドは目つき悪いから、遺伝してるかも知れないけどさ。
自分で言うのもあれだが、俺は可愛い顔してると思ってるんだけどなぁ。
「そ、そう……ごめんなさい……」
「いえ……」
「ぼっちゃま、お嬢様、これをどうぞ」
屋台から戻ってきたザモアが、串に刺さった団子みたいな物を差し出してきた。
「あ、ありがとうございます僕の分まで」
「広場はこの先です。私が先行しましょう」
「本当ですか!? 助かります!」
俺達の身長では、この人混みの中を思うように見渡せない。背の高いザモアに来てもらって本当に良かった。
「行くよ、ラトーナ」
目を輝かせながら辺りを見回しているラトーナの手を握る。彼女の手は温かく、少し湿っていた。人の多い場所には慣れていないから、緊張しているのだろう。ちゃんと見失わないようにしなければ。
「ほら、早く行きましょう!」
「うん……!」
ーーー
人混みを抜けた先、そこには話の通り広場中央の円形のステージと、それを囲むような石造りの客席があった。
印象としては、ローマ時代の演劇で使われているような劇場を彷彿とさせるものだ。
「すごいわ!」
メインイベントはまだだって言うのに、ラトーナのテンションは既に最高潮だ。
「あ、あれは……」
そんな中ふとステージ中央に置かれている黒い長机のようなものに目がいった。
「ピアノじゃん!」
思った以上に大きな声が出てしまい、慌てて口元を抑えた。
周りの視線も集めてしまい、恥ずかしくなって下を向いた。
「ぴあの……? あの楽器のことですかな」
「あ、いや、名前違いましたっけ?」
「決まった名前はありませんが、鍵盤としか呼ばれていませんな」
「へ、へぇ〜」
驚きだ、この世界にもピアノに似た楽器が有ったとは……
てっきり笛とか太鼓とかしかないと思っていた。
そんな『鍵盤』をしばらく見つめていると、ステージ裏から司会者らしき男が現れ、張りのある声が広場全体に行き渡った。
「ようこそお越しくださいました!!!」
ーーー
ステージでのパフォーマンスはシンプルな物だった。
こういった場では定番の英雄王の演劇、そしてその片付けの合間に子供限定の楽器体験。
この楽器体験に便乗した俺は広場で生前習っていた中途半端な実力のピアノを披露したわけだが、子供が難しそうな楽器を演奏していることが大衆の興味を惹いたのか、次のプログラムであるダンスの背景音楽に混ぜてもらうことができた。
まあ楽譜もないから、その場でコードを弾くだけの置物だったがな。
そして祭りは終わり、俺達三人は帰路についている。
大通りの両脇を彩っていた屋台も皆片付けを始めていて、辺りは忙しない雰囲気に包まれている。
「楽器まで弾けたのね」
そんな中、俺の後ろをザモアと並んで歩いていたラトーナが初めて口を開いた。
舞台から戻ってきてからずっと黙り込んでいた彼女だったが、何か心境の変化があったのだろうか。
「大して上手くないけどね」
「そんなことないわ」
彼女顔を見ないまま、俺は歩く。
「ラトーナは楽しめた?」
「ええ、楽しかった」
そうか、なら第二関門は突破だ。
ならばそろそろ本題を話さねば——
「やるわよ」
ラトーナが小走りで近づいてきて、俺の肩に手をかけた。
振り向くとすぐそこには彼女の顔がある。
「なんの話……ってとぼけても無駄か。いつから気づいてた?」
「最初からよ。ディンが私を部屋に運んでくれた時から」
「え、あの時起きてたの?」
「そうよ」
「俺に抱っこされたかったから?」
「ち違うわよ! 言い出す機会を逃しただけ!」
「ふ〜ん?」
「なによ! やっぱダンスやらないわ!」
「あー冗談! 冗談だよ!」
「ふん、わかればいいのよ。それにしても、随分と回りくどいことしたのね」
「はい?」
「こんなことしなくても、普通に頼まれれば受けたのに」
「本当に? どうして?」
そう尋ねると、彼女はニヤリと笑った。
「ひみつ!」
夕日と街灯を背景にした彼女の笑顔は、やけに記憶に残った。




