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第188話 激震


【ディン視点】


王宮内で準備が進んでいる結婚式がラトーナのものだと知った俺は、すぐさまアジトのある村へと帰還し会議を開いた。


「ようやく俺達の初陣か」


 地下アジトの会議室にて幹部達が集まる中、団長のラトが感慨深そうにそう言った。


 たしかに、コイツらには王都外での勧誘や訓練しかやらせていなくて、活動していたのは実質俺だけだったもんな。

 まあ、かく言う俺がやっていたことと言えば、東軍の統領を何度も奇襲することぐらいだが。


「で、どこを攻撃するんだい?」


 初陣を前に盛り上がる者、緊張で顔をこわばらせる者がいる中で、幹部で唯一の女である婆さんが落ち着き払った面持ちで問いかけてきた。

 この婆さん、昔はこの国の宮廷魔術師の一人だったそう。そんなエリートがこんな村で何をしているのかと思えば、嵌められて落ちぶれたらしい。まあでも、そのキャリアに見合う腕は持っていて、アジトの隠蔽などを任せている。

 なにより、若者ばかりの幹部の中で唯一の年長者だ。なにかと頼りになる相談役として、レジスタンスの精神的支柱にもなっている。なんなら俺よりも。


「今回はただの強襲作戦で、狙うのは王都のコート子爵家とダイナ公爵家だ」


「ダイナと言えば国有数の軍家だが……どうしてコート家も含んでるんだい?」


 婆さんの疑問に、他の幹部達もうんうんと頷いた。婆さんはともかく、コイツらはどうせよくわかってないだろうに。


「コート家を狙うのは、位置的に近いからだ」


 って言うのは嘘で、本当はアンネローゼとか言う娼婦との約束を果たすためだ。

 色々と調べまわったところ、どうもあの女を娼館に売って飼い殺しにしている黒幕がそのコート子爵家だったらしいのでな。

 

「そりゃあ、ちと厳しいんじゃないかい?」


「俺もそう思う」


 婆ちゃんに続いて、一人の幹部が手を挙げた。

 ロイドとかいう名前だったか。確かこいつは、国の最北で活動していたレジスタンスの長だった男だ。以前武闘会を襲撃した奴らの主犯格と言ってもいいな。

 ミーミル王国に大口のスポンサーを抱えているらしく、ウチと合体してからは彼自身がそこそこの良家出身ということで会計顧問みたいになっていたから、それなりに頭は良い方だ。

 スポンサーがミーミル王国ってのさ、政治的な思惑がドロドロに絡んでいそうだが……まあ、今の所俺にはプラスにしかなっていないので無視だ。


「ダイナ公爵家を相手にするのに、他の家にちょっかいを出す余裕は無いだろう」


 軍家の出身ともあって、ロイドの意見は尤もだ。

 なにせダイナ家は、近々催されるラトーナの結婚式の警備を、近衛騎士団と共に担うほどの力を持っているからな。

 まあ、だからこそ狙うわけなんだけど。


「ダイナ家は一週間前に、西軍の統領に強襲されてかなりの痛手を負っていた。そこまで無理な戦いじゃない」


 さすがソロモン魔剣ということで、単独の攻撃にも関わらず、当時の戦況はかなり押され気味に見えた。

 たまたま居合わせたので、魔剣欲しさに統領を奇襲したが、今考えれば失敗だったなと思う。

 せめてあのネクロマンサーが公爵家を倒した後に襲っておけば……いや、どのみちアインの奴が邪魔に入ってたから、結果はどうなってたかわからんな。


「初手でどっちの家にも俺が全力の魔術を撃ち込む。効果はともかく、混乱は狙えるから上手くその隙につけ込んでほしい」


 その一撃でどちらもお陀仏に出来れば楽なんだが……

 王都内の貴族邸は、昨今の情勢もあって、屋敷を守る対魔術結界に強化を加えたと聞く。

 そう上手くことは運んでくれないだろうな。


「その言い方だとまるで、ディンは別行動を取るみたいに聞こえるけど」


「そうだ。俺だけは別働隊として、開戦と同時にコート家の当主を速攻で片付ける」


「うーん……」


 そう説明しても、婆さんとロイドは口をへの字に曲げて唸る。


 まあ、そうなるよな。

 いくら特別な武器を与えて鍛えたとしても、結局のところウチのレジスタンスは半数がただの農民。

 北端のレジスタンス軍と合併したとは言え、それでも総勢百数十人。この世界の貴族家一つ相手にするには心細い戦力だ。

 最大戦力でもあり軍師でもある俺が本命の戦場を離れるなんて、愚策にも程があるだろう。


「当主を殺すだけで、最短を目指すつもりだ」


 勿論、俺だってリスクのことはわかっている。

 だがコート家への攻撃はどうしても外せない。こうした大規模の攻撃に乗じなきゃ出来ないからだ。別の軍の攻撃に乗っかるのも手だが……そいつらを待っていたらいつになるかわからない。

 娼婦との約束は早めに果たしておきたいんだ。


「婆さんは村で撤退用の魔法陣を準備。ロイドは俺が来るまでの現場指揮、ラトが先導役だ。陣形は前に話した通りだ」


 コート家の攻撃に関しては譲れないので平行線。

 だから反論する隙を与えまいと、作戦の要項を続けて説明した。


 ブレーン組もそれを理解したのか、特に何も言わずに頷いてくれた。


 決行は一週間後、それまでに準備を進めなくては。


ーーー


 そして、その日はやってきた。


「……よし、ちゃんと見えるな。足場を上げる必要は無しだ」


 人々も寝静まったであろうかという頃、未だ灯りが点々と散りばめられた王都の街を、城壁から見下ろす。

 高さにして20メートルほどの城壁だが、上は結構風が吹いていて、立春を思わせない寒さが残っている。


 連日の襲撃によって警戒が増して、十名以上の見張りが設置されていたが、なんとか不意打ちで皆殺しに出来た。

 もう少し人数が多ければ、警鐘を鳴らされていたかもしれないと思うと、肝が冷える。


「王城も……ちゃんと見えるな」


 今まで見上げてばかりいた壮大な城は、こうして離れた城壁からその全貌を捉えると、案外小さく見える。

 なんとなく、遠近法でそれを親指と人差し指を使って城を潰してみたり……


〔どうせなら、城にも魔術撃っちゃえば?〕


 なんてやってると、ヴィヴィアンがそう提案してくる。


「却下だ。万が一ラトーナに当たったりでもしたらどうする」


 そんなことコイツならわかっているだろうに、わざわざ馬鹿真面目に説明してしまったあたりで、緊張を自覚した。


〔手が震えてるね〕


「震えてるな」

 

 この震える手が、体が風にさらされたせいだったら良かったのにと思う。

 

 俺は今から、最大出力の砲撃魔術を行使する。

 標的の屋敷を吹き飛ばせるかはわからないが、少なくとも周囲の建物……民衆には間違いなくその余波による被害が出るだろう。


 いっぱい、人が死ぬ。


 今まで何人も殺してきた。今更だとは思う。

 けれど、無辜の民に危害を加えるのは初めてだ。

 

〔やっぱり辞める?〕


 そう、これは大義も正義もない殺戮。悪鬼の所業だ。

 

「いいや……」


 わかっている、この国を一人の人間が滅ぼすことなんて現実的に不可能。

 これは心の虚無を埋めるための八つ当たり、ただの薄っぺらいエゴに過ぎないんだ。


 それでも——


る」


 ハッキリと口に出した。

 体は震えていても、やっぱり精神的な抵抗は殆どない。

 結局俺は、どこまで行っても利己的な人間なのだ。

 そんな俺を、剥き出しの俺を好きと言ってくれた、たった一人の少女のためなら、俺はいくらでも他者を踏み躙る。


「砲身形成」


 俺の頭上後方の空間に魔法陣を展開し、そこから銅製のレールを向かい合うように二本、標的に向けて伸ばす。


 そして伸ばした銅レールを空中で維持したまま、その片方に最大出力の電撃魔術を流す。

 

「龍脈術:派川の法」


 そさらに、その電撃魔術に大気から汲み取った魔力を注ぎ込んで、威力を底上げする。

 こっからは魔力の昂りで敵に感知されるから、スピード勝負。


強化刻印ウル


 さらにさらに、刻印魔術の魔術強化で電流を強める。


「もう一本……!」


 狙いはコート家とダイナ家なので、この工程をもう一度繰り返し、レールの砲身を合わせて二つ作り上げる。


「出来た……」


 いくつもの魔術を同時併用しているので、失敗の可能性は高かったが、今まで何百と練習してきたおかげで今のところは維持できている。


 盛りに盛りまくった魔力によって強化された電撃魔術。向かい合う魔法陣レールニ本の間には、超強力な磁場が発生している……はずだ。

 

 あとは最後に、このレールの間にこれでもかと火薬を詰めた超硬度の弾頭を作る。


「グングニル」


 そう口にすると同時に、砲身の形成が完了。


 大気を割くような稲妻の様な破裂音が夜の王都を揺らしたかと思えば、そこから一瞬にも満たない誤差を経て、目標のニ地点で大爆発が起こった。

 思わず耳を塞ぎたくなるような轟音の後、道という道の煉瓦を剥がす勢いで爆風が街を駆け抜けていく。

 数キロ離れたここにまで、その余波が届いた。


 強力な磁場によって超高速、超密度の砲弾を撃ち出す、俺の世界じゃ有名な電磁砲レールガンの真似事。

 構想は昔からあったが、ついぞ使う機会に恵まれなかった技でもある。


〔やっぱり凄まじい破壊力だね。威力だけなら英級魔術にも引けを取らないと思うよ〕


 ヴィヴィアンの言う通り、レールガンことグングニルは想像以上の威力を発揮。

 どちらの屋敷の結界も打ち破り、コート家はほとんど全壊、ダイナ家の屋敷は半壊という戦果を叩き出した。しかも、その周辺を更地にするおまけ付きだ。


 どうせならこのまま連射したいが……まだ連射出来るほど精度が良くないので控えよう。隙も大きいし。


「おっ、来たな」


 そんなことを考えていたら、俺が立っている東の城壁から北の城壁の方角に黒煙が昇っているのを確認できた。

 本陣が門を爆破して突入することに成功したようだ。あとは目的のダイナ家に到達して攻撃を開始するだけだ。


ーー錨鎖弾アンカーバレットーー


 近くの塔に向けてアンカー付きの鎖を飛ばし、城壁から飛び降りて街の上空をスイングして駆ける。


 ラトーナやアセリアの協力によって、俺の籠手型補助魔導具の性能は大幅向上した。

 その最たる例が、複雑な『錨鎖弾』とかの発生速度短縮。

 更には足の風魔導具もあるから、おかげでムスペル王国でやってた頃の立体機動よりも何倍も早く動ける。


 コート家の屋敷が近い東側から動いただけあって、到着は想定以上に早かった。


 屋根の上から、瓦礫の山と化したコート邸を見下ろす。

 既に屋敷周辺は大騒ぎ。

 逃げ惑う市民と、瓦礫を掻き分ける佩刀した男達。恐らくは外の見張りをやっていたコート家の従者達だろう。

 軍家ではなく、どちらかと言えば商家に近い性質を持っているから、情報通り大した戦力ではないと見た。


「な、なんだ貴様は!」


 王宮から陸軍の援軍が来るのは避けたいので、早期決着が望ましい。

 と言うわけで、すぐさま屋根から瓦礫の山へと降り立った。


「当主は瓦礫の下か?」


「ッ……いきなりなんだ!」

(そうだ……この時間、当主様は奥様との——)


 知りたくもない情報が頭に流れ込んで来そうだったのですぐさま能力を遮断し、男の胸に弾丸を数発ぶち込んだ。


「貴様!!!」


「全員抜刀!!!」


 他の従者達が慌てて臨戦態勢を取るが、もう遅い。

 彼らの背後には既に、弾丸を撃ち出す魔法陣が浮かび上がっている。


ーー死神之糾弾バレットブラインドーー


「うっ……」


 背後から放たれた銃弾に貫かれた従者達が怯んでいる隙に、俺は懐に隠していた酒を手当たり次第にばら撒く。


「じゃあな」


 再び錨鎖弾で近くの建物に飛び移り、そこら中に酒が撒き散らせた瓦礫の山に火矢フレイムアローを放った。


「よし、次」


 立ち昇る爆炎と、おおよそ人のものとは思えない断末魔を背にして、俺はすぐに次の目的地へと向かう。


 かなり度数の高い酒を撒いたし、冬ということもあって今夜の乾燥気候ならよく燃える。

 きっとあの豪火の中じゃ喉が焼けて水魔術の詠唱もままならない。確実に当主諸共殺せたはずだ。

 これであの娼婦を自由の身に出来る。


〔当主を焼き殺したことは黙っておきなよ〕


 ヴィヴィアンの声がいつもよりずっと冷めたものだったことに少し驚いて、俺は素直にその忠告を受け入れることにした。


「よし、到着」


 そしてようやく、本命のダイナ家邸に到着。

 目下では既に、ウチの本陣とダイナ家の私兵による戦闘が開始されていた。

 

 俺の奇襲によって屋敷が半壊していながらも、ウチの軍相手に戦況をやや不利程度に抑えているのは、さすが国有数の軍家というべきか、もしくはウチの突貫工事軍が弱いのか……

 なんにせよ、俺も到着したわけだし、ここから戦況はいくらでも巻き返し——


「!?」


 突如感じた悪寒に身を任せ、その場から飛び退いて別の屋根に移ると直後、俺の立っていたところにはいくつもの矢が降り注いだ。

 暗闇の中でもハッキリと視認できる、青白く輝いた矢。魔力を凝固させて形成した長耳族や妖精族特有の技術。


 いいや、今はそんな蘊蓄どうでもいい。

 今のは明らかに俺を狙った狙撃だ。しかも頭上から降り注いだ点で曲射。かなりの技量がある。

 射手は誰だ? まさかリオン?

 いや、誰かどうかは重要じゃない。一体どこから撃ってき——


「え」


 辺りを見回そうとひとまず振り向いたすぐそこには、よく見知った褐色肌の猫娘レイシアが音もなく迫ってきていた。


「うお!?」


 かなりの速さで突っ込んで来たレイシアの拳をバク宙で回避しながら、また別の屋根に飛び移る。


 追撃の様子はない。ということは……


「そこ!」


 すぐさま振り向いて、頭上後方に岩礫を放つ。


「うわぁ!?」


 するとそこにはやはりアインがいて、慌てて俺の礫を弾いた彼女はレイシアと二人で俺を挟み込むような位置の屋根に着地した。


〔待ち構えられてたね〜〕


「最悪のタイミングだ」


 リオン、レイシア、アイン。

 どうやらこいつらは、まだ俺を捕まえることを諦めてなかったらしい。


〔どうするの?〕


 どうもこうもない。

 ウチの部隊とダイナ家は互角とはいえ、魔導具に頼ってるウチは魔力が尽きればこっちが押し負ける。

 しかも、半数が農民とか一般市民で構成されているウチだ。魔力量が低いのでその持久戦に関しても、そう長くはもたいないだろう。

 早く俺が加勢しなきゃ作戦が水の泡だ。


 だが、コイツらは、今目の前にいる三人は、半端に手を抜いてあしらえる相手じゃない。

 本気……殺す気でやらないと、退けることはできないはずだ。


「お前らとは戦いたくない。死にたくないなら帰ってくれ」


 そう告げるも、全員引き下がる様子は無い。

 ダメか。

 戦わなきゃいけないのか。

 こいつらと……いや、友達と。

 


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