第186話 悪夢の中で
【ディン視点】
毎日だ。毎日同じような夢をみる。
舞台は毎回違って、出てくる人間も様々。
けれど変わらないことが三つ。
一つ、そこにはラトーナがいる。
二つ、彼女が誰かに犯されている。
三つ、俺は動けずにただそれを見ていることしかできない。
「あああああぁぁぁぁぁッッッ!!!」
そんな悪夢はいつも、金縛りを解いた俺がその誰かに魔術を放って殺す所で終わる。
「……またかよ」
悪夢から弾き出されるようにベッドから飛び起き、辺りを見回してため息を漏らす。
部屋がぐちゃぐちゃだ。毎回夢とシンクロして、寝ながら本気の魔術をぶっ放してしまうのだ。
鋼鉄製の天井に出来たクレーターも、重なり過ぎてパッと見じゃ幾つあるか数えられない。
アジトを作ったのが地下じゃなくて屋外だったら、何度も天井をブチ破ることになってただろうな。
〔また『おね射』しちゃったのかい? 困った子だねぇ〕
「黙ってろババア」
そしてベッドから起き上がると、決まってアイツが頭の中で話しかけてくる。
なにが『おね射』だ。ふざけやがって。
〔むむ。昨日の件と言い、君は少しばかり女子に対する態度を改めた方がいいね〕
「昨日の……聞いてやがったのか」
〔接続を切るなと言ったのは君じゃないか。まあともかく、仮にも君を好いてくれている人間をあんな風に突き放すのは、一人の女として看過出来ないなぁ〕
「……」
たしかに、昨日は頭に血が登ってアインにキツく当たり過ぎた節がある。嫌味の一つくらい言って追い返すつもりが、かなりの暴言を吐いてしまっていた。
あのリオンが俺をぶん殴るくらいだから、相当酷かったんだろうな。
ヴィヴィアンなんかに言われるのは癪だが、こればかりは正論だ。
「説教なんて珍しいな。俺だって少しは反省してるよ」
〔やっぱり『呪い』のせいかね? 最近君がピリピリしてるのは〕
「知らねえよ」
そうは言ったが、単純に疲れているんだと思う。
毎日悪夢を見るせいで寝た気がしないし、ほとんど素人ばかりのレジスタンスの統率で心労が溜まるし。
まあ確かに、ラトーナから受けた『呪い』がストレスの要因になることは多いが、その分受けている恩恵も大きいので、こればかりはどうしようもない。
「まあでも、あれで良かったんだよ」
どのみち、アインとの関係はいつかハッキリさせる必要……いや、責任があった。
だから昨日の俺の態度を見て、俺を嫌うなり恨むなりしてくれれば、少なくとも中途半端な関係にはならないだろう。
リオンやレイシア、クロハにまで嫌われることになったのは、ちょっと想定外だったけど……
〔ワザと嫌われるような真似するくらいなら、ちゃんと誤解を解いておけば良かったのに〕
「……婚約が誤解だと明かせていれば、アイツは昨日ここに来なかったか?」
〔来ただろうねぇ〕
「結果が同じなら、少しでもマシな方を選ぶ」
婚約はニセモノだった上に、俺に暴言吐かれて突き放されるよりも、ただ暴言を吐いて突き放した方がアインのダメージは少ないと思う。
まあそれすら結果論で、婚約のことは真実を打ち明ける勇気が俺に無かったから偶然こういう結果になっただけだが。
「……この話は終わりだ。俺はこれから仕事するから邪魔すんなよ」
〔邪魔なんてしたことないけどね〜〕
言われてみれば確かにそうだけど、コイツにはなぜかそう言ってしまう。
いかんな、コイツに嫌われたら色々と不都合だから、態度には気をつけよう。
なにせ、生きた妖精を武器にするサイコ野郎だ。こういう輩はいつ爆発するかわからん。
ーーー
「盗賊討伐依頼……達成をたしかに確認させていただきました! こちら報酬になります!」
「どうも」
「……あの」
差し出された金貨入り袋を受け取ってそそくさと帰ろうとしたが、ギルドの受付嬢がそれを手放さずに俺に上目を使ってきた。
「何か?」
「A級ならもっと高い報酬の依頼があるのに、グリムさんはどうして受けないんですか?」
「あー……」
至極真っ当な疑問。
当然、理由は色々あるが……言うなれば、A級はしんどいのだ。
勿論、俺がしんどいわけじゃない。レジスタンスの面子にとってしんどいって意味だ。
情報収集のための王都への自由な出入りの口実として、冒険者としてのグリム名義を使ったわけだが、当然大義名分を掲げるからには依頼をこなす必要がある。
そこで俺は、どうせなら手頃な討伐依頼とかを受けて、レジスタンスの戦闘員の訓練に利用してやろうと思ったわけ。
だからA級が相手する様な魔物だと、訓練にはちょっと強過ぎるので避けているのだ。
「ここ数年は活動してなかったから、肩慣らし的な……ね?」
とりあえず、そんな言い訳で誤魔化すことにした。
「なるほど! ヒュドラ討伐の報酬で豪遊してたんですね!?」
「まあ、そんなとこ」
ややぼかしつつも頷くと、受付の姉ちゃんは子供のように目をキラキラと輝かせた。
若い見た目通り、新人だな。
俺は構わんけど、A級冒険者は結構プライド高い奴多いから、そんなフランクな態度だと怒らせちゃうかもよ?
「ギルドも大変だろうけど、仕事頑張ってくださいね。お姉さん」
「は、はい!!!」
これ以上聞かれても面倒なので、営業スマイルと共に早々にギルドを出る。
最近じゃ王都の警備が厳しくて、どこで誰が聞き耳を立ててるかわかったもんじゃない。気をつけてるとはいえ、ボロが出てはまずいからな。
「おい、ちゃんとジャミングは機能してるよな?」
路地裏で髪を金色に染め直しつつ、頭の中でヴィヴィアンに話しかける。
〔どうだろう。教えた通りの詠唱をしたなら、平気だと思うけどな〜〕
「ちっ……」
全く、適当な奴だ。
昨日の今日だぞ。リオン達に見つかって、背後から刺されでもしたらどうするんだ。
コイツに習った『精霊を寄せ付けない魔術』も、『結界に探知されない魔術』も、効果が目でわかるものじゃないから不安でしょうがない。
とはいえ、それに怯えてアジトでじっとしているわけにはいかない。
毎日王都に出入り出来るわけじゃないし、王宮関連の情報は些細なものでも欲しい状況だからな。この機会を無駄にするわけにはいかない。
さてさて、まだ日は高いが、今日はどこの酒場に行くか決めておくか。
〔ねー、酒場ばっか行ってないで、そろそろ他のところも回ってみたら?〕
なんて考えていたら、ヴィヴィアンがぐちぐちと口を挟んできた。
「他って……例えばどこだよ」
〔服飾系の店とか? 王都なら貴族も利用するだろうしさ。グリム名義ならドレスコードも問題ないでしょ?〕
「髪、金に染め直したばっかなんだけど」
〔ふーん、じゃあいいさ。そうやって偏った情報ばっか集めてればいいよ。まあそのうち、酒場も第三王子とラトーナの子供の話題一色になるだろうけどさぁ〜〕
「死にたいのかクソバ……わかった、わかったよ。行けば良いんだろ、行けば」
〔クソババアって言いかけたの、聞こえてたからね〕
「……」
ーーー
そんなわけで、わざわざ頭の染粉を落として王都でも人気の服屋に行ってきた。
〔ふふん! 我ながら素晴らしい提案だったね!〕
ミス若作りこと、ヴィヴィアンのご機嫌ぶりからも分かる通り、当たりだった。
最近は婚礼式典用の服の発注が多くて景気が良いが、治安のせいで布の仕入れが滞りがちなので納期に間に合うか心配だ〜……みたいなことを、店主が考えているのが読み取れたからな。
つまるところ、近々、かなり高位の人物が結婚するということがわかったわけだ。
〔貴族間の話なら当たらずとも遠からずじゃないか。もっと喜んでも良いんじゃない?〕
「ふざけんな。どこに喜ぶ要素がある」
その『高位の人物』とやらが、ここの第三王子とラトーナだったらどうするんだよ。店主の頭の中にあった納期から逆算しても、最速で一ヶ月後には結婚するってことじゃないか。
同じ王族のランドルフの見立てじゃ、結婚はまだ数年先のはずだったのに……読み違えたか?
いや、元々婚約自体はしていて、結婚が確定したから事前告知として婚約を公表したのか?
それだったらラトーナは、俺と学園で過ごしている間も婚約者が居たってことで……
〔なんか勝手に結婚するのがラトーナって決めつけてるけど、まだ判明したわけじゃないだろう?〕
「最悪は想定しておくべきだ。この後はそれを中心に情報を集める」
ともあれ、まずは事実確認が最優先だ。
結婚する人物次第では、レジスタンスの動かし方も変わってくる。とにかく早めに知っておきたい。
〔それには同意だけど、また酒場で情報を集めるのかい?〕
「いや、花街に行く」
〔え〕
「だから、風俗街に行くって言ったんだよ」
〔……〕
「なんで黙るんだよ」
〔うんうん、お姉さんわかるよ? 君も肉体は思春期の男の子だからね、そりゃあ年中性欲を持て余しているんだろうけど……流石にこのタイミングで行くなんて、ラトーナNTRを想像して発情した変態みたいじ——〕
「ぶっ殺すぞお前! 誰がそんなクソジャンルで興奮するかボケが!」
〔え、違うの?〕
「花街を衛兵とかが利用しているなら、娼婦を買収して客から情報を引き出せるかもしれないからだよ」
〔なるほどね。まあ貴族筋の情報にも限界があるだろうし、多角的に調査するのも良いんじゃない?〕
まったく、ふざけた勘違いもほどほどにして欲しいものだ。
なんて内心頭を抱えつつ、俺は王都の東部へと足を運んだ。
「靴! 靴を磨きます……!」
「あ?」
そして花街に着いて早々、入り口で見知らぬガキに通せんぼされた。
「く、靴を……磨かせて下さい!」
反射的にガンを飛ばしてしまったが、少年は怯えつつも引き下がらない。
「……ほらよ、それで妹にもちゃんとした飯食わせてやれ」
付き合ってやっても良かったが、今は時間があまりない。高位の軍官が好みそうな人気の娼婦を狙いたから、開店直後に一番乗りが良いだろう。
というわけで時短のために、先程ギルドで受け取った報酬金貨を数枚手渡した。
「あ、ありがとうございます!」
「気をつけろよ。あまりしつこいと、相手によっちゃぶっ飛ばされる」
「はい!」
深々と頭を下げる少年を背に、俺は花街へと入った。
〔リーシャと言い、これからめちゃくちゃにする国の人を助けてどうするのさ〕
「リーシャは仕方ないだろ。恋人の前で盗賊にレイプされてたんだぞ」
〔じゃあさっきの靴磨きは?〕
「……気分だよ」
さっきの少年は、レジスタンスの暴動で家が戦火にさらされて、財産を失った王都の住民だった。
『妹を守らなきゃ』なんて強い思考が漏れ出していたから、自分とクロハに重ねたのかもしれない。
「良いんだよ。どうせアイツが死ぬとしても、俺がそれを見ることはない」
〔自分の目に入る範囲で死ななければどうでも良いってこと? 最低だねぇ〜〕
「言ってろ」
とにかく、まずは一番高い店でナンバーワンの娼婦を探そう。
ーーー
「ご指名ありがとうございます。アンネローゼ•ハウリッヒと申します」
大人気娼婦の指名は、手持ちの金貨を全て犠牲にしてなんとか成功。現れたのは、茶髪の儚げな表情をした色気のある美少女だった。
15歳くらいかな。ラトーナほどじゃないけど、スタイルも良くて美人だ。そりゃ人気だろうけど……
「ん? ハウリッヒって……」
「はい。私は、長きに渡りヴェイリル王国海軍の元帥を務めてきた、ハウリッヒ家の末の娘でございます」
あー、そうそう。死体を操る魔剣使いの家系だ。
アイツが謀反を起こしたから、妻や子供は処刑されて家が取り潰しになったって聞いたけど……娘は生きてたんだな。
「なんで本名で娼婦をやってるんだ?」
「その方が沢山ご指名を貰えますので」
「へー」
〔君の記憶のエロ漫画にもこんなシチュあるよね〕
なるほど。たしかに娼館に美人の元令嬢がいたら、指名してみたくもなるよ。
まあそれはそれとして、人のプライバシーに平然と踏み込んでくるクソババアは許さん。勝手に記憶を読みやがって。
「本日はどのようにご奉仕いたしましょう? 私をご指名頂いた殿方には、大変具合が良いと褒めて頂いておりまが——」
「あーいや、そういうのはやらないぞ。俺は」
「え?」
「少し、貴方に協力して欲しいことがあって来たんだ」
仕事抜きにしても、そんな死んだ目の女を抱いて喜ぶほど俺はまだ拗れてない。何度も言うが、俺はイチャラブ派だ。
まあそれはさておいて、俺は取引の詳細を説明した。
「つまりは、近々王宮で行われるであろう結婚式展の詳細を私に探って欲しいと?」
「その通り。貴方の客層になら、王宮の内情をある程度把握してる人間もいるでしょ?」
「それは……」
心の声が筒抜け。この少女が何に葛藤しているのかも、怯えているのかも手に取るようにわかる。
「もちろん報酬は弾む。貴方には新しい職と身分を用意して、この国から逃そう。辞めたいでしょ? この仕事」
守秘義務とかがあるんだろうが、そんなもん逃げちまえばこっちの勝ちだからな。
「でも——」
「アンタを裏で飼っている貴族は、俺が始末しておく。それなら万事解決でしょ?」
数十秒ほど考える素振りを見せたのち、彼女は俺の提案を受け入れた。
期限は三日。その間に俺は、彼女への対価を用意する。貴族の暗殺と職安は中々面倒だが、成果を期待して頑張ろうじゃないか。
「じゃあ、三日後にまた貴方を指名しに来ます」
やっぱり一揉みくらいしておけば良かった、なんて後悔しつつ、俺は娼館をあとにして早速仕事に取り掛かった。
そして三日後、少女の調査によって裏で準備が進められている結婚式は、第三王子とラトーナのものであることが判明した。