第182話 伝説との対峙
ディフォーゼ家のアデイユ領には三日ほど滞在して、情報と物資をそれなりに集めてから出発した。
そして現在、僕らはミーミル王国を出て、開拓地である僕の故郷の村へ続く街道を進んでいる。
「魔物が出ないから楽だにゃ〜 これならもう、探知役のリオンは捨てても平気かにゃ」
「え、本当に捨てたりしないよな!? アインの姉貴!」
「あはは……」
王都からアデイユ領に向かう際は、街道が遠回りなので悪路でも近道を優先して通ってたけど、今回の道はしっかりと直線で結ばれているので利用している。
道が整備されているおかげで馬車の揺れが少ないから、リオン君も酔わないし、魔物にも今のところ遭遇していない。
とても穏やかな旅だけど……
「それにしても、朝方見た行列は凄かったな」
「うん、そうだね……」
僕らがアデイユ領を出た際に、関所にはヴェイリル王国からの大勢の移民が列を作っていた。酷いのだと、近くで野営してる人まで居たくらいだ。
「服装から見ても、比較的裕福な庶民も混じっていたから、国内の情勢はよっぽど荒れているんだろうにゃ」
「レジスタンス……庶民にまで手を出すなんて、度が過ぎてるよ」
ヴェイリル王国内では、北東のミガルズ共和国から派生した共産(?)思想を掲げたレジスタンスがどんどん活動を強めていて、そこにミーミル王国による水面下の侵食に不満を持っていた独立を求める派閥が同調したことで、国が二分されてるらしい。
政治のことは難しくてわかんないけど、とにかく混乱してるんだろう。
「いいや、逆にゃ」
「逆? なにが?」
「窮民が加速度的に増えたのは、レジスタンスに対抗するために国が税収を引き上げたり、輸入を増やしたことによる国内の物価上昇が原因だと思うにゃ」
「そ、そうなの……?」
「規模が戦争レベルになってるっぽいから、大体そんなもんだと思うにゃ」
「つ、つまり?」
「レジスタンスだけが、市民に被害を出しているとは一概に言い切れないにゃ」
「へ、へぇ〜」
リオン君が目を白黒させながら、僕の代わりに相槌を打った。
良かった。よく分かってないのは僕だけじゃなかった。
いや……リオン君と同レベルってのは、少しまずいのかな?
「まあ、戦争特需で激安物価のアデイユ領内で食糧を買い込んで正解だったってことにゃ。せっかくなんだから、あとは余計なことを考えてないで今のうちに休んどけにゃ〜」
レイシアさんは大欠伸をしながらそう言って、眠りについてしまった。
クロハちゃんも馬車を引けるようになったから、レイシアさんは仕事が減ってご機嫌だ。
そのおかげであんまりピリピリした空気もないしね。
「そうだね、じゃあ僕も休ませてもらうよ」
「俺も〜」
そんなわけで、僕たち三人はクロハちゃんに馬車を任せて昼寝することになった。
ーーー
アデイユ領を出て四日ほどして、目的地である僕とディンの故郷の村へとやってきた。
本来なら懐かしさに浸るところなのだろうけど、いざ到着した村の様子は僕の知る頃のものとかけ離れていて思わず目を疑った。
まず、背の低い城壁が村の関所に建てられていた。配置された兵士も以前は一人だったのが十倍になっている。
「あれ、ここって村だよな?」
「想像より、かなりデカいにゃ……」
住居も倍以上に増えていて、道路も水路も整備されいる。
建物の雰囲気も、四角形のものじゃなくて、三角屋根のミーミル王国みたいになってるし、これじゃまるで……
「ミーミル統治下の開拓地とは聞いてたけど、もはや街並みはミーミル王国領そのものだにゃ」
「あ! おいどこいくんだ!?」
変わり果てた村を見て、ふとディンの家がどうなっているのか気になって走り出した。
建物が立ち並んでいて、景色は全く別物だけど、彼の家の位置はなんとなくわかる。だってそこは、何年も通い詰めた大切な場所なのだから。
「……ない」
けど、そんな思い出の地には見知らぬ家が建っていた。
戸を叩いてみると、全然知らない人が出てきた。
たった2年。それしか経っていないのに、毎日のように打ち合い稽古をしたあの庭も、一緒に勉強したあの家も、影も形も残っていなかった。
ディンはこのことを知っているのだろうか。
もし知っているのなら、どう思っただろう。
「……ここ、ディンの家だったんだ」
後から遅れて追いついてきた三人にそう教えると、みんな複雑そうな顔をした。
「レイシアさん」
「なっ、なにかにゃ……!?」
「少し、父上に会ってきても良いかな」
ディンの家族のこともそうだけど、ここまでの変貌を遂げた村……いや街について、領主である父上に聞かなければならない。
夕暮れまでには戻ると付け加えると、レイシアさんは了承してくれたので、僕は一人実家へと向かった。
ーーー
変わっていたのは村だけじゃなかった。
久しぶりに再開した父上は、少し頬がこけていて、覇気がなかった。
僕と対面している時は明るく振舞っていたけれど、やはりどこか無理をしているのが伝わってきた。
開拓もそうだけど、レジスタンス運動とかのせいで、きっと色々仕事が増えてるんだろう。
「あの城壁、ヴェイリル王国の人から村を守るために建てらしいんだ」
父上に宿を紹介してもらえそうだったけど、やっぱりなんだか居づらくて、早々に家族に別れを告げてすぐに村を出た。
正直なところ、僕を女という型にハメようとする両親には苦手意識があったので、すぐに立ち去る抵抗も少なかった。
そしてそのまま夜が来て、僕は焚き火の前で父上から聞いた話をそのまま三人に伝えている。
「まあ、ミーミル統治下の開拓拠点だし納得にゃ」
僕が学園に入った後あたりから、アデイユ領のディフォーゼ伯爵家と交流が出来て村の開発自体は元々勢いを増していたらしいけど……城壁なんかが作られたのはここ一年の出来事だそうだ。
理由はやっぱり、激しさを増すレジスタンスに同調した王国独立派の人達が、ミーミル王国による侵略の前哨基地でもあるこの村に襲撃を頻繁に行うようになったかららしい。
「そういえば、ディンの家族はどうなったんだ?」
「なんか、ディフォーゼ家の方に居るらしいよ」
「ディフォーゼ家と死神はズブズブだからにゃあ」
「え、そうなの?」
「有名な話にゃ。国でも五本の指に入る絶世の美女のヘイラ嬢を嫁に差し出して、一匹狼の死神と友好を結んだってのは」
「へ、へぇ〜」
なんだかんだ、師匠のことは凄い剣士ということぐらいしか認識してなかったな……
「まあ、実際はヘイラ嬢との交際に反対したディフォーゼ家に死神が木刀一本で押し入って、全員ボコボコにしてヘイラ嬢を連れ去ったってのを体良く隠してるだけって、ディンが言って——……」
最後まで言い切らずにレイシアさんが口をつぐんだ。
多分、僕を含めて四人とも同じことを考えていると思う。
「……まさか、そんなことないよな?」
「う、うん。流石に一国と貴族家じゃ規模が違うしね!?」
「……ディンもそこまで馬鹿じゃないにゃ」
ディンがラルド師匠のように、ラトーナさんを取り返そうと王城に乗り込んでいるかもしれない。
前々から薄々思ってはいたけど、その話を聞いて、そんな心配が更に強まってしまった。
流石に杞憂だよね……
「「「はははは……」」」
ーーー
少しの不安を抱きながらも、旅はさらに二ヶ月ほど続き、ようやく王都が目前となった。
「検疫の進みが遅いね」
王都への門に並んでいる人はそれほど多くは無いのに、列は一向に進まない。
それどころか、最後尾であったはずの僕達の後ろには、更なる列が出来上がっていた。
「状況を考えれば、外部からの流入に敏感になるのは当然……ていうか、なんで王都を封鎖してないのか不思議なくらいにゃ」
「難民の受け入れとかをしてるのかも……」
王都までの道のりは酷いものだった。
野営中の見回りで、何度も焼け落ちた小さな村を見つけた。裸に剥かれた女の人の死体がそこらに転がってるせいで強烈な腐臭が漂ってて、中には僕と同い年くらいの女の子も……
レイシアさんが言うには、ヴェイリル王国は他国の倍以上の農村が領地内に点在してるから、小さすぎる村までカバーしきれずに見捨てられた結果らしい。
あと、接敵も魔物の割合が減って、盗賊とかに襲われることが結構あった。焼かれた村を見てきたから、その怒りに身を任せて盗賊を何人も斬ったけど、初めての人殺しだったし、情けない命乞いばかりされ逆に気分が悪くなった。
「ここならもう敵襲は無いだろうし、気長に待とうぜ〜」
「リオンにしてはマトモな提案だにゃ」
なんだかんだ1番驚いたのは、僕以外の三人は表情ひとつ変えずに淡々と敵を殺していた事だ。
最年少のクロハちゃんは1番殺してるし、普段はこんなにのんびりなリオン君でさえだ。
僕なんか、殺した人の顔をまだ夢に見るのに……
リディアンさんの部下はみんなこうなのかな。ディンも、僕と再開するまではたくさん殺してたのかな……
いやいや、何を考えているんだ僕は。
殺す殺さないは問題じゃない。そこに正義が有るか否が大事なはずだ。
それが、僕の目指す英雄という存在なのだから。
「じゃあ三人は休んでて良いよ。僕が馬車を見るから」
「よろしくにゃ〜」
結局、王都へ入るのには検疫も含めて1時間ほどかかった。
ーーー
「聞いてたより治安良い」
「そうだね」
「まあ、軍事力の六割近くがここに集結してるともなれば、レジスタンスも簡単に動けないだろうにゃ」
検疫が終わったので適当な宿を取って、昼間は各自別行動でディンの情報を集めた。
そして日が落ちたのて宿に戻り、情報交換をしようとなったところで、みんな同じ感想が出た。
郊外の荒れ具合を見てきただけに、その差には驚いた。まあでも、みんなどことなくピリピリしていたし、街を巡回してる衛兵の数がやけに多かったから、平和というわけではないっぽいけど。
「……それにしても、情報ゼロとは驚いたにゃ」
「なー、アイツ結構目立つ見た目なのにな」
そうそう、肝心のディンの情報だけど、全くと言って良いほど集まらなかった。
関所の人も、銀髪の少年なんてそもそも見てないと言っていたしね。
「変装してるのかな?」
僕達の追跡に引っかからない為なのか、それとも別の意図があるのかは知らないけどね。
「ありえるにゃ。金髪にでも染めれば、アイツはただのハーフエルフに見えなくもないからにゃ」
「見た目で探すのは無理か……なら、リオン君の魔力探知とかに頼るしかないのかな?」
「アデイユ領ならまだしも、王都は人が多すぎてちょっと厳しいな」
「役に立たないね」
クロハちゃんの辛辣な一言に、リオン君はかなりダメージを受けていた。
けれど確かに困った。リオン君の魔力探知なら、広い範囲を一気に、しかも隈なく調べられたのになぁ。
「まだ王都全域を調べたわけじゃないからにゃ、一通り聞き込みを終えて見つからなかった時にまた考えれば良いにゃ」
僕達が現在いるのは王都の北西。
昼に歩き回ってみた感覚だと、王都全体を調べ切るのには一週間以上かかりそうだ。
宿代や食費に余裕があるわけでも無いのに、レイシアさんにしては随分とのんびりな気がする……
「というわけで、ここからは二手に分かれて深夜の情報収集を行うにゃ」
なんて思っていたら、全然のんびりじゃなかった。
「なんで二手なんだ? 効率落ちるだろ?」
「最後まで聞くにゃ脳筋エルフ。片方は夜の王都を捜索して、もう片方は宿で休息を取る。これを1日ごとに代わりばんこでやっていくにゃ」
「流石に寝る間も惜しんでってわけにもいかないからね……僕は良いと思うよ、その案で」
「そういうことにゃ。そして乳八重歯に理解力で負けたことを恥じろにゃ脳筋エルフ」
「うぅ……」
「君の中の僕はどれだけ馬鹿なんだ! 一応この中だと一番歳上だからね!?」
あ、乳八重歯にツッコむべきだったのかな。タイミングを逃しちゃった……
「編成はどうするの」
「おみゃーとあーし、脳筋エルフと乳八重歯に分けるにゃ」
援護一人と前衛一人か。
うん、バランスも良いね。
僕とリオン君の方は治療とか出来ないけど……まあ、僕の初級治癒魔術でなんとかなる程度に頑張ろう。
「じゃあ早速、どっちが先に見回りをやるか決めるにゃ」
というわけで、順番はコイントスによって僕達が先にやる事になった。
「うーん……眠いなぁ……」
街には酔い潰れてる人が多いので、時刻はなんとなく深夜を過ぎた頃かな。
夜になってからぶっ続けで4時間以上行動してるわけだし、リオン君は半目になって足取りもおぼつかない。そろそろ限界って感じの顔だ。
そのうち、僕が背負う羽目になるのかな。嫌だなぁ……リオン君体大きくて重そうだし。
「ちゃんと魔力探知はしてくれてるよね?」
「んー? あー、そっちは平気——」
なんて欠伸混じりの生返事をしていたリオン君は、突然血相を変えて大通りのど真ん中で立ち止まった。
「?」
「精霊が騒いでる……!」
そしてその直後、南の方角には轟音と共に黒煙が上がった。
「あ、おい姉貴!」
「先に行く! 援護よろしく!」
レジスタンスが暴れているんだろう。
ディンのこととは全く関係が無くなってしまうけど、人々に被害が出るのは見過ごせない……
レイシアさんに怒られるのも覚悟で、僕は煙の昇っている方向へ全力で駆け出した。
ーーー
火の手が上がっていたのは、僕達がいた王都北西から少し南下した、西部寄りの屋敷だった。
現場には既に近衛兵が到着して、屋敷の貴族の私兵と連携して合戦状態だけど……
「なんだこれ……」
戦争の経験がない僕にだってわかる。
これは、普通の戦場じゃない……
「あぁぁぁぁぁ!!! おいやめろぉぉぉぉぉぉ!!!!」
兵士の一人が、数人の市民に飛び掛かられて殺された。
「おい! どうして急に俺を……! うあぁぁ!?」
倒れていた兵士が起き上がって、仲間の背中を突然槍で貫いた。
そして背中から貫かれて倒れた兵士は、しばらくするとムクリと立ち上がって他の兵士を襲い出した。
「くそ! こいつは西軍の統領の死体を操る卑劣な術だ!!! 至急教会へ援軍要請! 残りは防衛陣形だ!!!」
兵士のリーダーらしき人が、そう叫んで屋敷の入り口で守りを固め出した。
死体を操る術……そんなの、普通の魔術にあったっけ?
いや、僕はその手の話題に詳しくない。考えたって無駄だろう。
《おい! そっちはどうなってるんだ!?》
戦場を俯瞰しつつ行動に迷っていたところで、リオン君からの精霊通話が届いた。
「死者になって操られてる市民とかを相手に、兵士が屋敷を守ってる……」
《死者を操る!? なんだそれどこの魔術だよ!!》
「わからない。術者らしき人は周囲には見当たらないよ……」
なんとか屋根に登って、もう一度戦場を見渡してみるけど、やはりそう言った人物は見当たらない。
《近くに気持ち悪い魔力を感じるから、もしかしたらそいつかもな》
「ほんとかい!? その人はどこにいる!?」
戦況を見るに、兵力が逆転してしまっている近衛兵側がやや不利だ。
これなら僕一人が加勢するより、単独で術者を叩いた方が良いはず。ディンも使役術の使い手は、術者を先に潰せって言ってたし。
《今から案内する!》
「わかった!」
リオン君の指示に従って、すぐさま敵の元に直行した。
敵の位置は思ったより近くて、100メートルほど離れた所にある小さな鐘つき塔の最上階だった。
たしかに、ここなら屋敷の戦場を見渡せるし、見つかりにくい。
「うわっ!?」
待ち伏せだ!
螺旋階段を駆け上がって鐘のある最上階に着いた途端、敵が斬りかかってきた。
慌てて受け止めつつ、相手の脇に飛び込むようにすり抜けて、その背後に回る。
「鼠みたいな野郎だな……」
頭をかきながら僕の方に向き直って剣を構えたそいつは…………その男はなんてことない、どこにでもいそうな市民の服を纏っていた。変装? カモフラージュ?
とにかく異様だ。目つきや立ち姿だけじゃない、この男からは言い知れない圧が漂っていた。
これは魔術師じゃない……どちらかといえば、剣士とか武人の覇気だ。しかも結構強い……!
《思い出した! その気配は多分魔剣だ! 気をつけろ! 『そろもん魔剣』とかいう奴だ!》
リオン君の言葉に、相手は少し顔を痙攣させた。
どうやら、本当らしい。
僕はこれから、伝説の魔剣と戦うのだ……




