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「偽物の天才魔術師」はやがて最強に至る 〜第二の人生で天才に囲まれた俺は、天才の一芸に勝つために千芸を修めて生き残る〜  作者: 空楓 鈴/単細胞
第8章 ヴェイリル事変

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第181話 虚な希望



 カタカタとなる車輪の音と、風に当てられて唸る幌。

 最後に馬車に乗ったのは、入学のために村から王都に向かった時だから三年ほど前だ。


「うっ、おえぇぇぇぇえッッ」


「大丈夫かリオン君!?」


 馬車で王都を出発してから二日。

 僕は今は、休憩で立ち寄った湖で馬車酔いしたリオン君を介抱している。

 レイシアさんやクロハちゃんに治癒魔術をかけないのかと尋ねたら、どうせかけてもすぐ酔うから魔力の無駄と切り捨てられてしまったので、仕方なく僕がお世話している。

 メンバーの空気がヒリついているのは、僕が嫌われてるからだと思ったけど、どうやら3人も仲良しというわけじゃないらしい。二人ともリオン君の扱いが凄く雑だ。


「——かの者を癒せ、『治癒ヒール』」


 少し落ち着いてきたようなので、初級の治癒魔術をリオン君にかけてあげると、だいぶ顔色が良くなった。


「おぉ……ありがとな……」


「初級しか出来ないけど、力になれたようで良かったよ」


「流石だ……また頼むぜ……!」


「……ねぇリオン君」


「なんだ?」


「レイシアさんやクロハちゃんと仲良くするにはどうしたら良いかな?」


 リオン君は良いとして、残る二人とも仲良く出来ないと、流石に道中での魔物との戦闘とか有事の際に連携がうまく出来ないかもしれないから、雰囲気は良くしておかないと危ない。

 二人からの扱いは酷いけど、それなりに付き合いが長いリオン君だ。もしかしたら何かヒントがあるかもしれない。


「クロハは甘いものが好きだぜ。レイシアは……よくわかんねぇな」


「そ、そうか! ありがとう……」


 と、期待してみたけれど、お菓子なんて持ってるわけないし、望んでいたような答えは得られなかった。

 横着はダメってことだね。ちゃんと話して仲良くなれるように頑張ろう。


ーーー


 翌日、二人に思い切って話しかけてみた。


「クロハちゃんとレイシアさんって、出身はどこなの?」


「知らない」

「知らんにゃ」


「え?」


「あーしは奴隷の子として檻の中で生まれたし、クロハは物心ついた時から母親と逃亡生活をしてたにゃ」


「ッ、ごめん……嫌なことを聞いたね」


「別に、クロハはともかくあーしは気にしてないにゃ。今は奴隷紋も剥がしてもらったし」


 馬車の手綱を握っているレイシアさんは淡々とそう答えたけど、クロハさんは少し表情が暗くなっていた。

 早速失敗しちゃった……


「仲良くしようとするのは構わにゃいけど、連携に関しては心配しなくて大丈夫にゃ。おみゃーが勝手に動いてくれればこっちでいくらでも合わせられるからにゃ」


「え、うん……」


 この時は遠回しに突き放されたのかと思ってけど、二日後に通った平原で起きた野生の魔物との戦闘で、それが本当だったと知った。


 鎧ゴブリンの群れに僕が斬りかかると、レイシアさんが魔術で体を強化してくれて、僕が相手しきれない個体をクロハちゃんが透明化で近づいて倒して……

 血の匂いに釣られて出てきたグリフォンなんかは、レイシアさんの魔術やリオン君の狙撃であっという間に倒されてしまった。

 奇襲だったけど、リオン君がいち早くそれに気づいて、対応する時間に余裕があったから怪我も無しだ。


「レイシアさんは何でも出来るね……」


 魔術による強化や回復支援と援護射撃、近接戦闘にも時々混ざってくるし、思えば今日まで馬車の整備や寝床の結界設置なんかも、全部レイシアさん一人でこなしてる。

 正直、ディンはどうして武闘会の決勝の時に、この子をチームに入れなかったんだろう。


「あーしは魔力が少ないから、あんまり頼られても困るにゃ」


 そうは言っても、冒険者をやってたら引っ張りだこになるのは確実だと思うな。

 僕なんか、剣を振り回すことしか出来ないのに。


「……それに、ディンならこれを全部あーし以上に出来るにゃ」


「そ、そうかな……?」


 たしかにディンは何でも出来るけど、馬車の整備なんてマメなことは、面倒くさがって誰かに押し付けるかサボりそうだけど……


「レイシアは褒められたことないから照れてる」


「余計なことを言うにゃ! 早く馬車に乗れ!」


 クロハちゃんを小突きながら、レイシアさんは御者台にさっさと登ってしまった。

 露出が多い服を着ているから、もう少しやんちゃな人なのかと思ってたけど、レイシアさんは案外真面目な人っぽい。

 結構僕と気が合う人なのかも。


ーーー


 旅が始まってから一ヶ月、遂にヴェイリル王国と隣接するディフォーゼ伯爵家のアデイユ領までやって来たのだけど、喧嘩が起きてしまった。 


「お前ら良い加減にしろにゃ!!!」


 馬車を止められる宿を僕とレイシアさんが探す間に、リオン君とクロハちゃんが買い出しをすることになったのだけど、どうやら二人はレイシアさんの言いつけ通りの品を買って来なかったっぽい。


「そんなに怒らなくてもいいだろ!? ちょっと少ないけど食料は買えたんだし!」


「〝ちょっと〟じゃないにゃ! おミャーらに渡したお金なら、この二倍の量は買えたにゃ! 相場の二倍はぼったくられてるにゃ!」


「でも必要な分は買えた」


「そうじゃないにゃ! ヴェイリル王国にどれだけ滞在するかハッキリしてないのに、限られた資金を無駄遣いして良い理由がどこにあるにゃ!」


「う……」


「大体、長耳族と魔族は舐められるから、定価は何度も執拗に店員に確認しろって言ったにゃ!」


「……確認はした」


「それでこの値段なら確認してないのと一緒にゃ!」


「俺達そこまでわかんねぇよ……そんなに言うなら、レイシアがやれば良いじゃんか……」


「なっ! 馬車を扱えるのがあーしだけだから仕方なくやってるのに、なんにゃ言い訳ばっかして! ポンコツだけどやる気がある乳八重歯を見習えニャ!!」


「え」


 僕ってポンコツだと思われてたの!?

 ていうか乳八重歯? それまさか僕のこと!? 誰が考えたのその名前!?


「もういいにゃ!!」


「あっ! ちょっと!」


 レイシアさんはありったけの不満を吐き出すと、そのまま宿を飛び出して行ってしまった。


「お、追わないと!」


「やめとけー」


 慌てて後を追おうとドアに手をかけると、リオン君が苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。


「どうしてさ! それはあまりにも薄情——」


「レイシアが本気で逃げたら、捕まえるのは難しい」


「アイツは足速いし、刻印魔術で気配とか匂いを消せるからな……」


「じゃあ、どうしろって言うのさ! このままほっとくわけにはいかないでしょ!」


「位置は精霊に聞けばわかるから、一旦落ち着くまで待って、それから向かったほうがいいな」

  

 そうか、逃げてる間は捕まえられないんだもんね。

 なら少し時間を置くしかないか……

 そろそろ夜になるし、女の子一人で街を歩いてると思うと心配だなぁ……露出も多い子だし。


「……ところでさぁ、みんな、僕のこと陰で乳八重歯って呼んでたの?」


「うっ……えーっと、それは……」


「リオンが考えた」


「え!? そりゃないぞクロハ!」


ーーー


 30分ほど経ってか、レイシアさんの動きがとある場所で止まったとリオン君が教えてくれたので、僕は宿を出てそこに向かうことにした。


「本当にこんな路地裏にいるの?」


《おう! 精霊もそう言ってるし、魔力の反応も確かにそこだ!》


 リオン君とクロハちゃん曰く、自分たちが今顔を出してもまた喧嘩になるとのことで、僕が仲裁として一人で向かうことになった。

 まあリオン君が遠隔通話で案内してくれるし、二人とも反省してるみたいだから良いけどさ……ちょっとこの路地裏、不気味で嫌な感じがするなぁ……


《そこだ!》


 リオン君に言われて立ち止まる。

 けれど僕の周囲には誰もいない。


《んー、なんか地面に埋まってる?》


 リオン君が訳のわからないことを言い出したので、不安になって自分も改めて周囲をキョロキョロと見回すと、路地裏に並ぶ一つの建物の裏戸から、僅かに明かりが漏れていることに気づいた。

 そこで、ディンから聞いた旅の話を思い出した。たしか、地下にもの凄く大きな酒場があったと言っていた。

 

「あ、階段があるよリオン君」


 徐に扉を引いてみると、地下へと続く階段があり、そこを降りた先には小さな酒場があった。

 思ったより小さくて少し残念だけど、ひとまずレイシアさんを探さないと……


 そう思ってカウンターへの方へ進むと、案外早く見つかった。


「レイシアさ……ってうわぁ!?」


 彼女の肩に手をかけると、その手を掴んで引っ張り込まれて、無理やり隣に座らされた。


「ちょ、いきなり何を——」


「しっ、黙って耳を澄ませるにゃ」


 いきなりのことに状況を把握しきれなかったけど、レイシアさんの険しい表情を見て、ひとまず指示に従って周囲の音に意識を向ける。


「なぁ聞いたか? 移民の話」


「あ? どこの移民だ?」


「ヴェイリル王国からこっちに流れてくるんだよ。なんでも、レジスタンスと騎士団との戦闘被害がバカになんねぇそうよ」


「レジスタンスぅ? あー、あれか、王立寄宿の武闘会で暴れて学生に鎮圧されたとかいう」


「そいつらの数が多すぎて、国は王都を守るだけで手一杯で、周辺領地も手を焼いてるんだとよ。おかげでウチも景気が良くなったわ」


「羨ましいなくそ〜、俺もなんか売り込もうかなぁ」


「あーやっとけやっとけ! 今は領主様がその手の斡旋をしてくれっから、関税もかかんねぇぜ!」


「うへ〜レジスタンス様々だなぁ〜 もっと暴れてくれぇ〜」


「なっ……!」


 あまりに不謹慎なことを言うもんだから、見逃せなくてつい席を立とうとすると、レイシアさんが僕の袖を力強く引いた。


「余計な問題を起こすにゃ」


「でもあの人達……!」


「気持ちはわかるけど、ここは酒の席にゃ。それに所詮は対岸の火事……属国ともなれば関心なんてこんなもんだろうにゃ」


 レイシアさんは特に表情を変えるでもなく、無機質にそう言った。

 そうかな……そうなのかな? 

 すぐ隣の国で苦しんでいる人々がいるのに、それを冗談で済ませるのは普通なのかな。


「お前は人に期待しすぎにゃ。あと、言うこと聞かないならあーしはお前との会話も拒否するにゃ」


「うっ……」


 納得がいかずに、イマイチ落ち着かないでいたら、それを察したレイシアさんに釘を刺されてしまった。

 

「とりあえず、店を出るにゃ」


「うん」


ーーー


 早々に酒場を出た僕たちは、当てもなく夜の街を歩いていたつもりだけど……どうやらレイシアさんは違ったようだ。


「ここかにゃ」


 いつの間にか僕達は柵で覆われた広場のような場所の前まで来ていて、レイシアさんは眉根を寄せながら柵越しにその敷地を眺めて呟いた。


「ここは……何の場所?」


「領主……ディフォーゼ•リニヤット家の屋敷。ディンとあの偏屈女が出会った場所にゃ」


「!……」


 偏屈女って言葉だとわからなかったけど、目の前の屋敷がディフォーゼ•リニヤットの物ということで、それがラトーナ嬢を指しているのだと分かった。


「あの馬鹿、何考えてるにゃ……王子と婚約した令嬢なんか追いかけて……」


 声音には怒気が混じっていたけれど、レイシアさんの表情はかなり複雑だった。

 彼女も一時はディンと旅をしてきて、僕の知らない彼の一面を知っているのだろうから、それなりに思うところがあるのかもしれない。


「……おミャーはどうして、ここに来たにゃ」


「え、それはリオン君達と仲直りして——」


「違う、どうしてディンを追いかけに来たのかってことにゃ」


「……」


「リディから聞いたにゃ。おミャー、ディンの婚約者だったそうだにゃ。そんな婚約者を振り切ってどっかに消えた奴の事を、どうして追いかけるにゃ? まさか、捨てられたって分かってな——」


「僕は——!」


「!」


「……捨てられた事くらいわかってる。だから友人として助けに行くんだ。彼には死んでほしくないから!」


 自分でも驚くほどスラスラと浮かんできた言葉を口にすると、レイシアさんは目を細めて僕を凝視した。


「……何、かな」


「嘘つきの臭いにゃ」


「ッ……」


「あーしは今までたくさん嘘つきを見てきたにゃ。だからわかるにゃ」


「……嘘は、言ってない」


 嘘は言ってない。

 さっき口に出したのは紛れもない本心だ。

 でもたしかに、それだけじゃないってのも本当だ。


「……僕だって、わからないんだよ」


 搾り出した言葉は結局、『わからない』の一言だった。

 僕は、ただ友人の身を案じただけで危険な地に赴くことが出来る人間なのだろうか。少なくとも、そうあろうとは思っている。


 僕の中には今、モヤのかかった酷く不確かな希望が渦巻いている。

 でも僕は、その希望が何に対して向けられたものなのか分かってない。きっと、中身なんてないのかもしれない。

 そんな虚な希望が、僕を駆り立てているんだ。

 馬鹿馬鹿しいと分かっていながらも、僕はその希望を追っている。


「そうか」


 レイシアさんの返事は淡白なものだった。

 なんだか含みがある様にも思えたので、何となく僕も同じ質問をした。『なんでディンを追いかけるのか』って。


「仕事だからにゃ」


「え、それだけ?」


「そうにゃ。ディンには恩義があるけど、こんな合理性のカケラもない行動の尻拭いを、命をかけてまでやるつもりはないにゃ」


「……そうなんだ」


 勘違いだったのか、僕の目には、レイシアさんがディンに好意を寄せている様に見えていたんだけど。


「結局のところ、あーしは自分単位でしかモノを考えられないにゃ。育ちの悪い短命種族なんて、所詮こんなもんってことにゃ」


「そんなことは……」


「今のは独り言だから気にしなくていいにゃ。じゃあ用も済んだし、とっとと宿に戻るかにゃ」


 あたりに吹いている微風の様に、レイシアさんは軽快な足取りで屋敷に背を向けた。

 さっきまでの緊張が嘘みたいだ。

 慌てて僕も速足で彼女の隣に並ぶ。


「え、この屋敷を見るのが用事だったの?」


「情報収集したかっただけだから、用事ならとっくにそんなもの済んでるにゃ。屋敷は散歩ついでに寄っただけにゃ」


「じゃあ、何でわざわざ宿をいきなり飛び出したのさ……」


 そう尋ねると、レイシアさんは尻尾をつんと立てて、口を尖らせた。


「あの時は本当にイライラしてたにゃ。碌に仕事しない二人と、馬鹿なディンと、気味が悪いおミャーににゃ」


「え、僕も?」


「フラれたくせして妙に澄んだ目で振る舞ってて、気持ち悪かったにゃ」


「気持ち悪いって……」


「でも、その原因がわかってスッキリしたからもう良いにゃ。おみゃーが思ったより面倒くさい女だって分かったしにゃ」


「さっきから酷いなぁ……でも、それで仲良くなれたなら複雑だよ」


「あ、別にあーしはお前と仲良くするつもりはないから安心しろにゃ。そんな余計なことする暇があったら、仕事の一つでも覚えろにゃ」


 せっかく距離が縮まったと思ったら、レイシアさんは素っ気ない態度で歩調を速めて、どんどん僕から遠ざかっていった。

 なんか機嫌の悪い時のディンみたいだ……

 普段ならムッとするところなんだろうけど、そう思うとどこか親しみを感じてしまった。


 その後宿に戻ると、レイシアさんが二人に1時間くらいお説教をして和解となった。

 翌日から、リオン君とクロハちゃんが積極的に仕事をするようになった。

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