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「偽物の天才魔術師」はやがて最強に至る 〜第二の人生で天才に囲まれた俺は、天才の一芸に勝つために千芸を修めて生き残る〜  作者: 空楓 鈴/単細胞
第8章 ヴェイリル事変

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第180話 夢遊のように


 何となく、ディンは私に対して恋愛感情を持ってないのではないかと、思っていた。

 ディンの周りには美人な女の子が沢山いたのもそうだけど、普段の僕に対する態度が、友達に接するそれのように感じていたからだろうか。

 極め付けは、自分が最近身を置いている……というか勝手に加えられていた令嬢同士の仲良しグループで流れていた噂だ。


 グリム、つまりディンがラトーナ嬢を狙っているのではないかという噂だ。

 ラトーナ嬢といえば、飛び級入学を蹴ったり、武闘会では魔術師でありながら決勝に上がって、ディンと熱戦を繰り広げた有名人だ。しかもすごく美人だから、学園にはファンクラブがあるとか。

 それに確か、ディンは僕と別れた後はディフォーゼ家に滞在していたらしいから、二人はそれなりに面識があって仲が良くてもおかしくない。

 

 どうしようもない不安感が、僕の中で渦巻いた。

 たしかにディンは、ここのところ研究室に入り浸っているし、ディンが公衆の面前でラトーナに抱きついたのを見たと言う子もいる。

 もしかすると本当に、ディンはラトーナ嬢が好きなのかも知れない。

 仮にディンがラトーナ嬢と交際することになったら、僕はどうなるのだろう。

 婚約なんて、貴族の中じゃ簡単に破棄されるものだし、なんなら子どもの頃の戯言だからとはぐらかされてしまうかも知れない。簡単に用済みになる可能性は、決して低くない。


 そんな切り捨てられる不安に支配されて、時にはうなされる事もあった。

 けれどその真相、ディンの真意を確かめることが出来ないまま月日はどんどん流れていった。

 だって、こんなこと何て尋ねればいいのかわからない。


 そんな中訪れた社交会では、ディンが気になる投げかけを僕にしてきた。

 要点は『二股を許せるか』的な話題だったと思う。その時の僕は踊るのに精一杯で、何も考えず馬鹿正直に『二股は容認できない』と言ってしまった。

 後になってそれが、もしかすると僕やディン、そしてラトーナ嬢に置き換えられた話なのかも知れないと気づいた。

 『婚約は破棄しないが、ラトーナとも交際したい』そんな要望を、僕は突っぱねたのだ。

 

 まあでも、背景を察していても同じ答えになっていた気がする。

 ディンに切り捨てられるのは嫌だけど、自分がただの都合の良い女として扱われるのも嫌だった。

 〝数ある妻の内の一人〟なんて立場は、もはやそれが僕である必要性すらあるのか分からない。

 そんなのは英雄じゃない。ディンだってきっと、僕の考えをわかってくれると思っていたからだ。


 しかしそれは、僕個人の単なる願望でしかなかった。

 ラトーナ嬢が実家に帰還したことで何となく僕の中の緊張が薄れ、穏やかな日々が数ヶ月ほど続いていた、ある雪の降る夜。

 僕がいつものように修行を終えて自室へと戻る最中に、何やら大荷物を持ったディンの姿を見かけた。


 何だか嫌な予感がして、慌てて追いかける。

 なんとか校門の前で彼を呼び止めることが出来た。

 僕の声に振り返った彼の顔は、いつも通りのものだったが、どこか夢に浮かされたような、それでいて確かな一点だけを見据えているような不思議な雰囲気を纏っていた。

 

「ラトーナさん……のところに行くの?」


 思わず勢いで聞いてしまった。

 もう後戻りは出来ない。答えを聞く時が来てしまったのだ。

 そう悟った僕はいっそ流れに身を任せて、さらに踏み込むことにした。


「僕じゃダメなのか!?」


 数ある妻の中の一人じゃない。

 ディンだけの僕、僕だけのディン。

 そんな関係は成り立つだろうか。いや、成り立ってほしい。ディンが愛するのは、認めるのは僕だけであって欲しい。

 そんな願望を包み隠さず伝えた。


『さよなら』


 けれど……けれどディンは応えてすらくれなかった。

 最後まで僕と眼を合わせずに、去っていってしまった。


ーーー


 気づけば、あれから一年。再び冬が来た。

 当時はグリム失踪事件として学園内じゃかなりの大騒ぎになって、なんとか生徒会がそれを抑えていた。

 真実を僕の口から聞いたリオンくん達はすごく難しそうな顔をしていた。レイシアさんあたりは、止めなかった僕に怒るかなと思ったけど、それすらなかった。


「アイン殿」


 なんとか上がった三年生として過ごした一年。

 日常の一部と化していたディンという存在が欠けた日々は、どうも違和感だらけだった。

 ふとした時に、彼の姿を探そうとして、そして居ないことに気づき、言い知れない喪失感に襲われる。


「アイン殿」


 ディンは元気にしているだろうか。

 ラトーナ嬢がヴェイリル王国の第三王子と婚約した話が半年ほど前に入ったから、きっと彼が無事ならヴェイリル王国にいるのだろうけど——


「アイン殿!!!」


「うあぁ! はい!?」


 目の前で炸裂した大声によって現実に引き戻され、その反動で思わず飛ぶように立ち上がった。


「お待たせしました。さあ、手合わせを始めましょう」


 サラさんが僕に木刀を渡しながら、今日こそは勝つと息巻いた。

 ここ半年ほどは、サラさんと打ち合い稽古をすることが多い。

 今も少し早めに訓練場に来て、自主練を終えて少し休んでいたつもりだったけど……ぼーっとしてたせいで彼女に気づけなかった。


「今日も僕が勝つよ!」


 そうして今日も、流れ作業のように組み手が始まる。

 サラさんは僕と同じく、気づいたら勝手に貴族女子のコミュニティに入れられていた同族で、歳も家柄も剣士という点も同じ。武闘会の団体決勝でも対戦相手ということで名前は知っていたので、仲良くなるのは早かった。


「はぁぁぁ!」


 カツカツと、慣れ親しんだ心地の良い木刀の音が訓練場に響く。


 サラさんは先祖代々受け継いできた炎の魔剣使い。剣聖流鋭戟派っていう、魔物戦特化を少し対人用にいじった新しめの流派と、家に伝わる我流剣術を交えて攻めてくる。

 守りは少し脆いけど、炎の力を抜きにしても攻撃力は結構高い。

 女でありながら、兄を差し置いて家宝の魔剣を受け継げたのはひとえに、彼女の剣才のおかげだろう。

 ディンが正面から戦うのを避けて、リオン君と連携して倒したのも頷ける。

 彼女は2度も瞬殺されたことが結構トラウマになってるらしいけど……


 そして僕は、そんな彼女を圧倒している。

 攻撃が強いなら打たせなければ良い。僕は開幕から今に至るまで、絶え間なく連撃を叩き込んで、サラさんを防戦に回らせている。

 

「そこ!」


 そして長いようで短い攻防の末に、決着の時が来る。

 連撃の中で生まれたサラさんの隙に、僕はすかさず渾身の一撃を叩き込んだ。

 僕がラルド師匠から習った死神流は、軽い連撃で攻め続ける疾風に、剣聖流の剛剣を混ぜたモノ。ディンはそれを、雨の中に突然矢が混じって降ってくるようなモノって表現して、相反する流派の性質を混ぜてるから、習得自体がとんでもなく難しいと言っていた。

 

「うぐっ!」


 脇腹に僕の木刀がめり込んで、サラさんはその場に倒れ込んだ。

 同時に、僕も片膝をついた。

 体中から汗が吹き出して、右腕が今にも千切れそう。既に悲鳴を上げている全身の筋肉で、なんとか破裂しそうな肺を抑えている感覚だ。

 

 そう、僕はラルド師匠の死神流で戦うと、すぐに息切れして動けなくなる。

 この半年で、師匠の技を納めようとすればするほど、リディアンさんの言っていたことの意味を思い知ってきた。

 諦めない諦めるの話ではなくて、僕には適性がない。ラルド師匠の剣を受け継いで、それを完璧に振るうことは出来ないんだ。


 世界最高峰の剣士の直弟子というのが、僕の強みだったのに……結局それを活かすことは出来てない。

 やっぱりリディアンさんの言うとおり、僕だけの強みを見つけなければいけないんだ。

 

 そう気づいたは良いものの、結局なにも進展がないまま一週間ほどが過ぎたころ、僕はあの人と再会した。


「やぁ、ボイン・エルロード君!」


 夜の稽古を終えて、寮の自室の扉を開けると、そこには窓辺に腰をかけてこちらに手を振る影があった。


「リディアン……さん……?」


 相変わらず失礼な呼び方だ。僕だって胸の大きさのことはちょっと気にしてるのに。

 とはいえそのおかげで、暗がりでも誰だかすぐにわかったから、少し複雑でもある。


「久しぶりだね」


「いきなり女子の部屋に来るなんて、どういうことですか……」


「君が真面目人間過ぎて、学園の敷地から出ないから、こうして侵入してるんじゃないか」


「……僕に何か要があるって事ですか?」


「そう警戒しないでよ。それとも何、俺に嫌いって言われた事を根に持ってる?」


「……いえ、嫌われるのは慣れてます」


 こんな脈絡ないタイミングで僕の前に現れるなんて、何があったのだろう。

 多分、ディンの話なんだろうけど、なんだか嫌な予感がする。


「そうかい。じゃあ早速本題だけど、俺と契約しないかい?」


「契約……?」


「内容はディンの捜索と捕縛。報酬は、君の要望を一つだけ俺が聞いてあげるってのでどうかな?」


「! ディンがどこにいるか知ってるんですか!?」


 僕がそう尋ねると、リディアンさんは目を細めてため息を吐いた。


「ヴェイリル王国に決まってるだろう? 君、ラトーナ嬢の婚約知らないの?」


「……いえ」


 なんとなく、そうかなとは思っていた。

 認めたくなかったんだ。ハッキリと口で言われるまでは。


「どうして、僕にお願いするんですか」


「ディンも半端に強いからさ、捕えるには人手が足りないんだ。だからそれなりに強くて、口の固そうな君を選んだんだよ」


「でもそれじゃあ、ディンはラトーナさんと……」


「お利口なお返事で結構だけど、君に取ってはその方が良いんじゃないの?」


「……」


 わからない。

 たしかにディンには戻ってきて欲しい。

 でも、ディンとラトーナさんを引き剥がしても、あまり物として彼に選ばれるのは嫌だ……

 僕はどうしたい。

 僕はディンとどうなりたいんだろう。


「まあ君の恋愛事情はどうでも良いとして、報酬からしても悪くない話だとは思うよ?」


「なんでも一つ、お願いを聞いてくれるんでしたっけ?」


「何でもは無理だけど、俺に出来る範囲でならまあ……何でも良いよ。例えば君の修行に付き合ってあげるとかね」


 剣に行き詰まっていた僕にとっては、願ってもないチャンスだ。

 でもそれが、ディンとラトーナさんを引き裂いた対価だと思うと……


「君が動こうが動かまいが、ディンとラトーナが結ばれることはないんだから、君はやるだけ得だと思うよ?」


 僕の考えを読むかのように、リディアンさんはそう付け加えた。


「じゃあ、無理にディンを連れ戻さなくたって、いずれ——」


「ヤケを起こして国に喧嘩売って、下手に死なれたりでもしたら困るんだよ。

 ……うん、そうそう困るの。君もディンが死ぬのは嫌でしょ?」


 たしかに、ディンの性格ならそういうことをするかもしれない。

 色んな感情を抜きにしても、ディンがそんな無謀なことをして死ぬのは嫌だ。

 そう考えると、答えは単純になった。


「どう? 俺の依頼を受けてくれるかい?」


「……わかりました。でも、報酬は要りません。僕は僕の意思で、彼を助けます」


「ふーん、そうなんだ。まあ何にせよ、一緒に動いてくれるってことで良いんだね?」


「はい」


 下心が無いとは言い切れないが、僕は友人として正しい選択をした。

 こんなことをしても、彼に嫌われるだけなのはわかってる。

 行くつもりはなかったんだ。

 僕は狡い言い訳をしている。友人ではない関係を望んでおきながら、友人だからという大義名分を都合よく利用するんだ。

 答えはわかってるのに、もう一度、ちゃんと彼の口から答えを聞くために。


「じゃあ、三日後には出発してもらうから、旅の準備しといてね〜」


 リディアンさんは少し機嫌が良さそうに、そう言って部屋の窓から去っていった。


ーーー

 

 あれから三日経って、約束の日がやってきた。

 僕は今、リディアンさんが指定した王都の外れにある古い建物の前に立っている。

 なんでも、昔の商会が使った建物を買い取って、ここに僕らが使う幌馬車を置いているらしい。


「こ、こんにちは〜」


 ボロボロの扉を恐る恐る潜ると広い部屋があって、そこには見知った三人がいた。


「おう! やっときたか!」


「なんだか久しぶりだにゃ」


「あれ? どうして——」


 クロハちゃん、リオン君、レイシアさん。どうして同じ学園の三人がここに居るのかと尋ねようとしたところで、それを飲み込んだ。

 なんとなく理解した。

 ディンはリディアンさんと何か特別な契約をしてるみたいだし、ディンとやけに距離が近かったこの三人も、きっとリディアンさんと縁があるのだろう。

 

「リディアンさんはまだ来てないのかな?」


 質問を変えて、当たりを見回しながらそう問いかけると、三人とも不思議そうに首を傾げた。


「アイツはこないにゃ」


「え?」


 思わず聞き返すと、三人は目を合わせて、やれやれとばかりに大きなため息を吐いた。


「リディは忙しいから、ヴェイリル王国に向かうのはここに居る四人だけだぞ!」


「その顔じゃ、ろくに説明もされなかったってことだろうにゃ」


 ずっと引っかかっていた部分が腑に落ちた。

 ディンがリディアンさんは自分よりずっと強いと言うほどなのに、どうしてわざわざ僕の手を借りて捜索なんかするのかと思ったら……こういうことだったらしい。


「なんにゃその顔。あーしらじゃ不満ってかにゃ?」


「いっ、いやそんなことは……!」


「別に良いにゃ。実際、あーしらだけでディンを止められるとは思ってないにゃ」


 図星を突かれて慌てていたけど、レイシアさんは怒ることもなく、静かにそう言って出発の準備を再開してしまった。


「まあそういうわけで、俺たちも頑張るけど、頼りにしてるぜアインの姉貴!」


 なんとも気まずい空気をリオン君がそう締め括り、僕は『姉貴はやめて欲しいな』なんて苦笑した。

 結局、どこかぎこちない空気は拭えないまま出発となった。

 何だか、先が思いやられるなぁ。

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