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第17話 スランプ


 フカフカのベッドで目を覚ます。


「おはようディン」


 瞼を開くと直ぐに目に入ってくるのは、俺を優しく見つめている美少女。

 そんな夢見たいな状況が、この一週間のルーティンと化している。


「なんでそんな早起きできるの……?」


「夜更かししないことよ。ディンこそいつも何してるの?」


「文字の勉強と……あと魔術の勉強」


 目を擦りながら起き上がり、クローゼットの前まで歩いて立ち止まる。


「あの……今から着替えるんだけど」


「見ればわかるわよ? どうしたの急に」


「いや、恥ずかしいんだけど……」


 背を向けたままそう答えると、彼女が椅子から慌てて立ち上がる音が聞こえた。


「ごごっごめんなさい! 書庫で待ってるから!!」


 言葉を詰まらせながら、彼女はものすごい勢いで部屋の戸を閉めた。


 この一週間、一日中ラトーナと過ごすような日がほとんどだったおかげか、彼女の態度がかなり柔らかくなった。

 前のツンケンしたお嬢様って雰囲気も嫌いじゃなかったが、やはり今の人懐っこい彼女の方が好きかな。

 

「よし、着替え終わり!」


 屋敷から支給されているシャツに袖を通し、自室の戸を開く。

 今日も彼女との一日が始まる。


ーーー


 書庫に流れていた穏やか時間を打ち破るようにして、ラトーナが運んできた大量の本を机に置いた音が響いた。


「この前紹介した本は読んだかしら?」


「読んだよ。王道ものかと思ったら最後はバッドエンドなんてびっくりしたよ」


「サクセスストーリーばかりじゃつまらないでしょ?」


「そうだね。ちょうど良かったよ」


「そういえばディン、あなたもうほとんど字読めてるわよね?」


「ラトーナが教えてくれたおかげだよ」


 そう、この屋敷の生活にも慣れてだいぶ自分の時間が作れるようになってきたので、からっきしだった文字の勉強にも取り組むことにしたのだ。


「なに、ディンはセッ◯スしたいの?」


「はぁ!? 急に何!?」


「『読み書きができないと社交界で舐められる。舐められたら女の子が寄ってこないからベッドインを狙えない』って考えてたから」


 一週間もずっと一緒に過ごしてきたせいで、俺という人間への解像度が上がったのか、ラトーナの『読心』は精度が上がっている。

 本来は発言の裏に隠れたハッキリと言語化された思考しか拾えていなかったのに、発言との関係性が薄い思考まで拾ってくるのだ。


「随分と盛っているのね。二次性徴はまだでしょ?」


 なんの悪気もなさそうに、手元の本に目を通しながらベラベラと喋る彼女。


「別に……俺の勝手じゃん……」


「忠告しておくけど、セッ◯スはしない方が——」


「美少女がセッ◯ス連呼しないでッ!」


「言っておくけど、社交界で出会った貴族の子とは性交渉しない方がいいわよ」


「なんでさ……」


「既成事実って言ったかしら? あれよ、そんな子供ができちゃうような真似したら、責任取らされて相手の家に取り込まれるわよ」


「マジか」


「そうよ。それに、そういう股が緩い女なんか他の男とも同じことしてるに決まってるんだわ。あー嫌だ嫌だ不純ね。だからきっと病気持ちよ、病気。知ってる? 最近の流行病、斑目病って言って並の解毒魔術師には治せないんですって。だから王都常駐の宮廷魔術師じゃないと治せないのよ。もちろん宮廷魔術師は利用の際に王宮に申請が必要だから、あなたは『性交渉して病気にかかった』って言う必要があるのよ? そんなのが王宮の記録に残るのよ? それでもいいならすれば?」


「お、おう……」


 随分と饒舌だな。

 あ、ひょっとしてヤキモチ妬いて——


「ちっ、ちがうから!!!」


 ラトーナが机をバンと叩いて立ち上がって、出口へと走り出す。


「あ! ちょっと待ってどこ行くの!」


「知らない!」


 慌てて大量の本を片付けてから、ラトーナを追いかけた。

 

ーーー


「なんで逃げるのさ」


「ついてこないでちょうだい! せっかく心配してあげたのに何よその態度は!!」


 頑なにこちらを振り返らずに廊下を歩く彼女。

 これでも数分追い回してようやく口を聞いてもらえたのだ。


「からかってごめんってば。嬉しかったんだよ」


 そう伝えると、ラトーナはようやく足を止めてくれた。


「へぇ、どうして嬉しかったの?」


「ラトーナが心配してくれて……」


「ふぅ〜ん?」


 ようやくこちらに振り向いたラトーナは、頬が不自然に引き攣っていた。

 込み上げる笑みを堪えているといったところか。


「でも、俺に本を全部片付けさせたからおあいこだね」


「うっ……ごめんなさい」


「いいよ別に、お互い様だし。それより今日はやらないの? 魔術の練習」


「もちろんやるわよ!」


ーーー


 魔術の練習は半日ほど行い、発動速度の更なる上昇、新たな魔術の無詠唱化、混合や複数同時発動などの習得を目的としている。


 ギフテッドって言うんだっけ、とにかくラトーナは歳の割に知能が高いので飲み込みが早い。加えて努力家なので今言った項目の半分近くは既にクリアしてしまっている。

 俺が用済みになる日もすぐそこだ。


 まあそうならないために、俺も色々と修行しているわけだが。


「さっきからディンは何をしているの?」


「散弾を作ってる。ほら、この小さい筒に小さい弾を大量に詰めて、爆発で一気に押し出すんだ」


「そんなの作って何するのよ」


「父様ぐらい速い人に魔術は当たらないからさ。こういう範囲攻撃で対策するんだ」


 そう言って、噴水に腰掛けながら魔術の練習をしていたラトーナに、十五センチほどの筒を見せる。

 前世での金属を土魔術で再現する技はかなり前から習得できていた。しかし問題は火薬のレシピ。どっかの科学漫画でやっていたレシピの『硫黄と炭素が必要』から先が中々思い出せず、手当たり次第に混ぜてみたのだ。


 成功したは良いものの、工程が多すぎて魔術として即座に無詠唱で放つことができないので、事前にこの筒を装備しておかなきゃ行けない。しかも筒一本で一発しか撃てないから嵩張るのなんの。


 結局肝心の魔術自体はなにも上達していないわけだ。

 屋敷の本で見た『硬魔石』や『吸魔石』といった、特殊な石を土魔術で再現したいのに一向に出来ないのだ。

 前世の金属が再現できるのだから、理論上は問題ないはずなのだが術式がわからないせいでこっちも手詰まりになってしまった。


 成果という成果は、治癒魔術中級の詠唱を覚えて、初級の詠唱を短縮できるようになったことくらいかな。


「ラトーナは才能があっていいね」


 そう、彼女には才能がある。じゃあ俺には何がある?  

 俺は特別じゃない。ただ肉体年齢と精神年齢が乖離してるだけで、頭抜けて知能が高いわけでもない。この先歳をとっていけば、俺は順当に凡人の仲間入りを果たすのだ。


「ディンが私に向き合ってくれなきゃ、その才能も見つからないままだったわね」


 見透かした様な表情で、彼女は芝生に座り込んでいた俺の頭に手を置いた。

 生徒に慰められてしまった。


「……そうだね」


ーーー


「他の子供?」


 夕食終わり、いつものようにラトーナが俺の部屋に押し入ってきた。

 いつもは消灯まで何気ない会話をしているが、今日はふと浮かんだ疑問を投げかけた。


「そうそう。この屋敷、ラトーナ以外の子供を見かけないな〜って」


 屋敷に来てからもう二週間近く経つわけで、ラトーナに連れ回されて色々な所を回ったがその中に子供の影は驚くほどに無かった。


「本家の子供は私だけよ? お父様の兄弟はヘイラ叔母様以外、子供を産む前に全員亡くなったからね」


 亡くなった……アーベスが言っていた権力闘争が関係してるのかな。


「じゃあ分家の人は居るんだ」


「大半はお爺様の護衛やら学園に通っていて王都に、その他の小さい子は南館の中だけで生活してるのよ」


「なるほど、道理で」


「あと……」


「あと、なに?」


「ラルド叔父様は分家の人達に嫌われているから、向こうも避けているのでしょうね」


「そう言えばそうだった」


 ちょっと考えれば解ける謎だったわ。


「……ねぇ」


 会話の隙間に生まれた少しの静寂の中で、突然ラトーナは俺のベッドにダイブし、枕に顔を埋めながら口を開いた。


「なに?」


「ディンはあと数ヶ月したらヴェイリル王国に帰っちゃうの?」


「うーん、どうだろうね。アーベスさんが俺を雇うとかなんとか言ってたけど、子供だから茶化されただけかもしれないし、本当だとしてもここで働くのはまだ先かもしれないなぁ」


「仕事も何もなかったら、帰っちゃう?」


「まあ、そうなるかな」


 そう伝えると、彼女は突然黙り込んでしまった。

 枕に顔を埋めたまま、置き物の様に固まってピクリとも動かない。


「ディン」


 かと思えば、彼女は声を震わせながら喋り出した。


「なに?」


「もしディンが良いなら、私と——」


「失礼します、ディン殿はいらっしゃるでしょうか」


 ラトーナが何か言いかけた肝心なところで、使用人の女性が部屋の戸を叩いた。


「ごめんラトーナ、また後で」


 扉を開けると、そこには純人族の女性が立っていた。

 獣族のメイドさんの大半とは顔見知りだが、見かけない顔だ。歳は四十代くらいかな。


「はっ、申し訳ありません! ラトーナお嬢様までいらしていたとは……」


 部屋の奥に視線を向けたメイドが、口を手で押さえながら頭を下げた。仕草がとても優雅で、ただのメイドには見えない品格だ。


「構わないわ。続けてちょうだい」


「し、しかし……」


 メイドは眉を八の字にして、俺とラトーナと交互に視線を送る。

 なるほど、ラトーナには聞かせられない内容か。


「ごめんラトーナ、ちょっと話してくるから待ってて!」


 ドアを閉めながら彼女にそう告げると、枕に顔を埋めたまま頷く姿がチラリと見えた。

 あんまり待たせると可哀想だから、早めに済ませたいな。


「それで、ご用件はなんですか」


 ドアをそっと閉め終えて、メイドに小声で問いかける。


「まずはお気遣いに感謝をディン殿」


 メイドは小声で給仕服の裾を少し持ち上げて腰を落とした。


「いえいえ、それより本題をお願いします」


 俺も前にザモアから教わった貴族流の挨拶で返す。

 ぎこちないが、やらないよりマシだろ。


「はい……実は——」




 

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