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「偽物の天才魔術師」はやがて最強に至る 〜第二の人生で天才に囲まれた俺は、天才の一芸に勝つために千芸を修めて生き残る〜  作者: 空楓 鈴/単細胞
第7章 机上の下剋上篇

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第178話 暗闇を行く


「僕お手製の牢屋の、住み心地はどうですか?」


 古式研に勝利を納めた後は協力者への報告をして、その足で俺とラトーナはカルロスを監禁しているリディの隊の詰所へとやってきた。

 ちなみに、ジョージ室長は後処理や挨拶回りがあるとのことでお留守番だ。


「……古式研はどうなったんだ」


 薄暗い牢屋の中、鎖で胴体をぐるぐる巻きにされたカルロスは、鉄格子越しに俺を睨んできた。

 なんて覇気のない眼光だ。きっと喧嘩なんて碌にしてこなかったんだろうな、このボンボンは。


「質問を質問で返すな。お前ら下級貴族家は、疑問文に疑問文で答えろと教わったのか? あ、そうだ。そういえば知り合いの男色家の豚貴族が、新しい便器が欲しいって言ってたなぁ〜」


 軽く脅しただけで、カルロスは体に纏った鎖をガシャガシャと鳴らしながら口をつぐんだ。

 慣れてもないのに虚勢を張るからだ。

 まあ、もしラトーナにそれなりの危害が及んでたら、本当にこいつを肉奴隷にして売り飛ばしてたけど。


「……古式研は僕らに負けて、ギルドと揃って頭を失いました。学園側の裁量にもよるでしょうが……まあ解体されるか、一新されるかでしょう。ていうか、ラトーナがここにいる時点で予想ぐらいつくだろ」


 とは言ったものの、事の顛末はしっかりと伝える。

 その方がコイツにはダメージがあるだろうからな。


「マクガケット家はどうなるんだ……」


 俯いたまま、声音を震わせて問いかけてくるカルロス。

 この期に及んで、どの立場でまだ質問しているんだとキレそうになったが、なんとか堪える。


「それは、お前が先に質問に答えなければ教えない」


「……」


「どうして現代魔術研を、俺達を裏切った?」


 そう尋ねると、カルロスはバツが悪そうに視線を泳がせながら、口をつぐんだ。

 今更、何を言い渋ることがあるのだろう。

 言えない理由でもあるのだろうか。黒幕が他にいて、そいつに殺されるのが怖いから言えないみたいな?

 まあ何にせよ、話が進まないので吐かせるけど。


「よし、次からは俺が同じ質問をするたびに、お前の爪を一枚ずつ剥がそう。中級の治癒だと綺麗に治るかわからないから、綺麗に剥がせるように暴れないでね?」


「っ!? そいつだ! その女のせいだ!」


 牢の鍵を開け、カルロスの前にしゃがみ込んで足の爪に手をかけたところで、彼はラトーナの方を見ながら、声を裏返してそう答えた。


「は? 何言ってんの?」


「俺は……マクガケット家は昔、ディフォーゼ家に借金をして、不利な貿易条件を課せられていたんだ!」


「そりゃ当たり前だろ、借金してるなら」


「違う! それを返済し終えた今も、なにかと理由をつけて、俺達から農作物やら金銭をしぼりとるんだ! おかげでウチは領主家でありながら、領民より貧しい生活を強いられていた!」


「……でも、それとこれにラトーナは関係ないだろ」


「いいや! そこの女は、唯一の俺の活躍の場だった現代魔術研に入るやいなや、やりたい放題! わがままで高飛車で、だらしない性悪の癖に、室長はそれを容認していた!」


 なるほど。

 そういえばコイツ、水と炎魔術を無詠唱で行使できたっけ。

 半端に才能があった分、自分の家のコンプレックスと混ざって、自分の居場所を荒らされたのが、許せなかったのか。しかもそれが、目の敵にしていたディフォーゼ家の長女で、自分よりも才能に溢れているときた。 

 要は、ラトーナばかり活躍するのが気に食わなかったんだろ。


「……」


 チラリと、俺の後ろに立つラトーナに目線をやる。

 彼女は無表情のまま、じっとカルロスを見つめていた。瞳の色が紫に変わっているので、読心に集中しているようだ。

 彼女はいったい、何を思っているのだろう。幼少期から読心が出来ただけに、直接に敵意悪意を向けられること自体には慣れていそうだが……少し心配だ。


「じゃあ、その腹いせにお前は俺達の魔導具を盗み出して、ハドラーに渡したわけか」


「そうだ。そうすれば、古式研にそれなりに良い待遇で転属させてもらえると言っていたしな」


「はぁ……そんなの嘘に——」


「嘘でも良いんだ。そこは重要じゃない。俺は、とにかく仕返しがしたかったんだ……」


 最後にそう締め括って、力無く俯くカルロス。

 なんだか興醒めだ。顔の原型がなくなるまでボゴボコに殴ってやろうと思ってたのに……

 さてさて、コイツの処分はどうしたもんだか。


「あ、そういえば約束だったな。あんたの実家のマクガケット家は無事だよ」


 そう伝えると、カルロスは静かに『そうか』とだけ答えた。

 つまんねぇ。反応の薄い奴だな。


「……再犯とかされたら面倒だし、学園から追放しようかな」


「それはダメ」


 裏切り者の結末としてはそれが妥当かなと思ったが、意外にもラトーナは反対してきた。

 理由を聞いても、目を逸らして『ダメなものはダメなの』と言うだけ。

 こういう時のラトーナは、例え俺が全裸で土下座しようが首を縦に振らないので、俺はすぐに諦めて、カルロスの処分はラトーナに一任した。


ーーー


 後味の悪かった裁判の日から、かれこれ一週間。

 年明けを前にして、冬の寒さも一層厳しくなり、最近じゃ便所でズボンを下ろすことすら億劫になってきた。


 あの一件により、魔術ギルドは芋蔓式で汚職が露見して、幹部が一新。しばらくは魔導具やスクロールの売買ルートに混乱が生じる等の問題で、市場が荒れた。アセリアパイセンも、肩凝り用のスクロールが品薄で半泣きになっていたな。

 そしてギルドに加担していたリッシェ家も、ペナルティによって領地や財産の三割を失い、それを見限った末端貴族家の鞍替えなどによって、貴族間の力関係にも多少の変化が見られたそう。


 そうそう、肝心の古式研だが、ハドラーというトップが粛正されたことで、新たにムスペル王国から魔術王の弟子さんが派遣されて、その座に着いたそう。他にもハドラーに結託していた法陣研もトップが消えて、体制が少し変わったらしい。ざまあねえな。


 そしてそして、なんとなんとだ。魔術科の学長でもあったハドラーが消えたことで、魔石研の室長が学長、次に我々現代魔術研の室長であるジョージが、副学長の座に着く大出世となったのだ。

 うちの地位が上がったことで予算も確保でき、氷結魔導具の量産体制が整って更に一儲け。

 まあ、なんだ、今までの苦労に見合った成果を得られて、頑張った甲斐があったというものだ。


「冬越し前だから、市場もなんだか味気ないわね」


「ま、まぁ新しい物が入らない分、骨董品や掘り出し物に目を向ける良い機会だと思うよ?」


 とまあ、そんなわけで、面倒ごとも色々とひと段落着いたので、俺はラトーナと共に午後の王都の市場へと繰り出した。

 そう、デートだ!!!


 今までも、交際こそしてはいないが、魔導具の視察やら杖の手入れやら、様々な名目の元にデートまがいのことは何度もやってきた。

 だがしかし、あの一件を乗り越えた今、俺達は更に強い絆で結ばれることとなり、関係は今までにないほどに良好。

 最早、これは今までのお遊び、おままごとデートじゃない。人生大一番、勝負をかける時へと昇格。

 俺は今日、ラトーナに改めて告白し、正式な交際をもぎ取るのだ。


「たしかに、それもそうね。良いこと言うじゃない」


「ふふん! そうだろう?」


 心なしか、あの一件以来ラトーナのツンデレ比率に調整が入り、ツンが四割、デレが六割という黄金比になり、若干物腰が柔らかくなった。

 口調は未だにキツく、たまに俺に対してナチュラルに毒を吐く時があるが、それも信頼の裏返し。

 あと他にも、彼女は俺が他の女の子と仲良さげに話しているのを見かけると、そのあとやけに甘えてくるようになったのだ。

 そう、嫉妬で血眼になりながら、木綿のハンカチーフを噛むのではなく、自分の匂いを上書きしようと、少々照れながらも絡んでくるのだ。

 可愛い。可愛すぎる。もうこれ付き合ってるだろ俺達。


 おっと、すまない。

 少々、My sweet wife語りが過ぎたようだ。彼女いない歴=年齢の、君達魔法使いの卵には、想像もできない話だったな。

 まるでどこかのサムライSF漫画のように、読者を置き去りにしてしまうところだった。

 

「それで、今日はプランがあるんだったかしら?」


「うん。今日の日のために、コネを最大限に活用して準備をしてきたよ」


 そう、今日のデートは、初のプランに従って動くタイプ。ラトーナへの告白という大イベントをかっこよく絞めるために、そこから逆算して、丁寧に助走を付けていくのだ。


「そう、楽しみね」


 ぶっちゃけ、俺が告白しようとしていることは彼女にバレているのかもしれない。本人は、普段は『読心』をオフにしているというが、無意識に心を読んでしまうこともたまにあるそうだしな。

 だが、俺達の間で大事なのは、言葉に出すこと。相手に〝伝えようとする気持ち〟だ。

 だから知られていようがいまいが、俺は全力で彼女を楽しませ、その上で気持ちを伝える。結局やることは変わらんのだ。


ーーー


 というわけで、まずは一軒目。

 最近王都に出来た歌劇場。魔導具販売の過程で得たツテから、二人分のチケットをふんだくっておいたのだ。

 物語好きのラトーナにとっては、中々に良い刺激になるだろう。しかも一番前の特等席からの観覧。文句なしの初体験となろう。


「なんか間延びして退屈ね。魔術だけ本物で演出のバランスも悪いわ」


「うぇ!?」


 と思ったが、ラトーナのお気には召さなかったらしい。

 俺はこの時代と文明力にしては、なかなか最先端で頑張った演出だと思って満足だが……仕方ない、次だ次。


 ということで、二軒目は王都でも五本の指に入る服屋にやってきた。

 国外や辺境伯領に出向く貴族御用達なだけに、季節感に囚われず多種多様な服が揃えられていると評判なわけだ。


「……」


 しかし困ったことに、ラトーナの反応はまたもよろしくない。

 真顔。魂が抜けたように、全ての表情筋が機能停止している。

 服飾関係は、二、三年前にもデートで行ったから好きなのかと思ったけど……もしかすると、彼女の嗜好にも変化があったのかもしれない。


 仕切り直しの三軒目。

 ムスペル王国産のガラス細工を中心に取り扱っている雑貨屋だ。


「懐かしいね。王都の方が品揃えがいいよ」


「そうね。あの時は、ガラス細工の店を最後に、私と別れたのよね」


「あ、いやその……」


 しくじった。

 地雷を踏んで最悪の空気にしてしまった。

 全然そんなつもりなかったのに。


「ごめん、次に行こうか」


 というわけで、泣きの四軒目。というかこれが最後の砦。

 最近手に入れたコネから紹介された、高級レストラン。


「「…………」」


 お高い店なだけあって、冬越し前にも関わらず豊富な食材ばかりでまさにご馳走なわけだが……この無言の空間の中では、全く味がしない。


 なぜだ、俺はどこで間違えた。

 アセリアにも相談して入念に組み上げた俺のPDP、perfect date planに問題はないはずだ。

 時代の最先端と上品さの二つを兼ね備えた、完璧な内容なのに……

 ——いや、考えたところでわからない。こういう時は、素直に本人に聞くのが早い。


「あの、今日つまらなかった……?」


 俺の向かいで黙々と料理を口に運んでいるラトーナにそう問いかけると、彼女はぴたりと動きを止めて、眉を八の字にした。


「退屈というよりは、期待外れ……って感じかしらね?」


「うッ……」


 まさかの顔面ストレート。

 まじで頑張って準備してきただけに、まじで今の一言はキツい……


「あ、違うのよ!? いや違わないんだけど……あれよ! 今日のプラン自体は結構面白かったわよ!? そうじゃなくてその……」


 慌てて弁解を始めたラトーナだったが、上手い言葉が見つからなかったようで、彼女は勢いよくワインを煽った後に深呼吸をしてから、再び口を開いた。


「私はグリムじゃなくて、ディンと遊びたかったのよ」


 言っている意味が、イマイチわからない。

 今の俺はもう好きじゃないってことだろうか。


「こうしてお金をかけて上品な場所を巡るのもまぁ、悪くはないのだけど……私はこの二、三年で色んなところを旅してきた貴方の見てきたものを、見せて欲しかったの」


「つまり……?」


「例えば、一緒に冒険者ギルドで依頼を受けたりとか? あとはそうね、知る人ぞ知る絶景や秘密のお店とかに行ってみたり」


「俺と冒険したかった、ってこと?」


「うん、まあそんなところかしら」


 ああ、なるほど。

 そうか、そうだよな。お嬢様なんだから、高級店なんて慣れたものより、そういう奴の方が新鮮なのか……

 くそ、なんで気づかなかった。これが庶民と金持ちの発想の違いか。


「ごめん……」


「何を勘違いしてるのか知らないけど、別に今日の逢瀬が悪いなんて思ってないわ」


「でもつまらなそうじゃん」


 半端な慰めはいらないと、突き放すようにそう吐き捨てると、ため息が返ってきた。


「……私、こういうところって落ち着かないから緊張してるのよ。テーブルマナーとか煩わしくて苦手だし」


 落ち着かないのはともかく、そんな文句のつけようがない美しい所作で、周囲の客の目すら引いておきながら、マナーは苦手と申すか……


「だからその……あれよ。ちゃんと、楽しいからね? 貴方といれて」


 頬を薄っすらと朱に染めて、視線を逸らしながらラトーナはそう言った。

 嘘を言わない彼女が、楽しいとハッキリ言ってくれたのだ。

 安心した。嬉しいよりも先に、そんな感情が胸中を巡った。


「ちょっ!? なんで泣いてるのよ!」


「うん……なんか色々嬉しくて。次は冒険しようね……」


「……ふふ、そうね。楽しみにしてるわ」


ーーー


 ラトーナが真意を話してくれたおかげで、お互いの間に流れていた緊張した空気もほぐれて、その後の会話はとても弾んだ。

 次のデート(?)ではどんな冒険をするかなんて話題が主だったな。

 俺としては、最初は比較的簡単な討伐任務が良いと思うが、横着なラトーナは迷宮探索がやりたいらしいので、レクチャーも兼ねて冒険者時代に潜った迷宮の話をした。


 そして現在。料理も堪能し腹も膨れたところで、俺達はレストランを出て、ブラブラと夜の王都を散策していた。


 元々のプランならば、流れに乗ってレストランで告白するはずだったが……なんだかそんな空気でもなかったので、上手く切り出すことは出来なかった。

 なのでプラン変更。どこか人気が無くて、かつ景観の良い場所を見つけて、そこで告白するのが理想だろう。


「どこか、行きたい場所はある?」


「ううん。なんだか、こうやって意味も無く歩いていたい気分だわ」


「そ、そう!」


 不自然に語尾が裏返った。

 熱いのに、寒い。空気が俺の顔の毛穴一つ一つに刺さるようだ。

 体は薄っすらと白い湯気を帯びているのに、震えが止まらない。


 緊張。

 そう、緊張しているんだ。

 どうして? 高々両思いの相手に、付き合おうと提案するだけのこと。どこに恐れる要素があるというのだ。

 

 道ゆく人々はどこか寂しそうな、夜の繁華街。

 ふと、人肌が恋しくなって、隣を歩くラトーナの手に触れようと、自分の手を伸ばしてみて……そして途中で引っ込める。

 拳数個分しか離れていないのに、彼女への道のりが異様に長く感じて、途中で羞恥が勢いに勝ってしまう。


 何を躊躇っているんだろう。ラトーナの反応がわからないから、怖いのだろうか。

 おかしい。俺はもっと自分勝手な奴のはずだ。軽薄なフリして、勢いに任せて彼女の手を引けば良いじゃないか。


「来て!」


「うぉ!?」


 そんなことを考えてウジウジしていたら、ラトーナの方から俺の手を引いてきた。


「ちょっ! ちょっと速くない!?」


 しかもまさかの、手を掴んですぐさま猛ダッシュ。


「どういうこと!?」


「逃げてるのよ!」


「は!?」


 俺に目も向けずに、雑踏の中を全力疾走で抜けていきながら、乱暴に返事するラトーナ。

 流石に冗談を言っている様には思えないので、周囲に気を回してみる。

 

「まじかよ……」


 たしかに、視界の端に、雑踏を掻き分けながら慌ただしく俺達を追う影が一瞬見えた。

 

 いきなりの展開に頭が追いつかない。

 ものの数秒前まで、ラトーナと良い雰囲気で歩いていたのに。

 ていうか、俺達は本当に追われているのか?

 何故だ? ハドラー陣営の残党? ギルドかリッシェ家の刺客? 


ーー身体強化ーー

ーー土槍ーー


「ちょっと揺れるよ!!!」


「キャッ!?」


 誰にせよ、敵に違いは無い。

 俺が尾行に気付けない程度にはやり手だ。ここからは思考をすぐに切り替えなければ危険。

 俺は即座にラトーナを抱き抱えると同時に、土魔術で足場を勢いよく隆起させ、繁華街の屋根に登って駆け出した。


「ラトーナ! 強化魔術かけて!」


「……今やってるわ!」


 屋根に登って視界が開けると、途端に追手の数が増えた。

 10人越え。やけに多い。しかも統制が取れているように見える。

 相手の実力が不明瞭な上、ここは王都で、しかも目下には繁華街。無益な犠牲者を出さぬために、戦闘は避けたい。

 だが果たして、このまま繁華街の空を駆けながら、この数を振り切れるだろうか。

 無理だ。安全な策を取ろう。


ーー濃霧ーー

 

 王都で魔術の使用は控えるべきと言ったそばからだが……俺は周辺一帯の繁華街を巻き込んで、大規模な霧を展開した。


 屋根伝いに逃げるのは悪手。

 相手が魔術を使うなら、手数で押し潰される。

 ひとまず霧で全員の視界を塞いで戦線を離脱。そのまま路地裏に逃げ込む。

 少しと周りだが、裏道を使って学園まで逃げよう。


「はぁ……はぁ……なんだったの、あいつら」


 5分ほど全力で路地裏を走り、追手の気配が無いのを確認して、ラトーナを下ろして歩き出した。

 特に怪我とかはしなかったから良いものの……全く、せっかくのデートが台無しじゃないか。

 

「……」


 ラトーナは逃げ回っている時から今に至るまで、ずっと無言。今も暗い表情で口をつぐんだまま、俺の背を追ってとぼとぼ歩いている。

 怪我でもしたのかと聞けば、静かに首を横に振る。

 今にも破裂しそうな自分の肺のことよりも、様子のおかしいラトーナが気になった。


「ねぇ……」


 そんな矢先、ラトーナがようやく口を開いたので、俺はやや食い気味に返事した。


「なに?」


「私って、横暴で我儘かしら」


「は?」


 こんな時に、頓珍漢な質問。

 やけに頭の回っている今でも、発言の主旨が読み取れない。

 追手の奴らが何らかの手段で、彼女の精神か頭に干渉したのか、そんなケースが浮かびかけたが……そういう呪詛系統の案件なら、そのエキスパートのラトーナに効くわけないわな。


「私って、人の迷惑にならない程度に好きにやってたつもりだけど……実は誰かの何かを踏み躙ってたのかしら」


 内容がどんどん不穏な方向に転換している気がする。

 話の流れからすれば、追手が現れたのはラトーナの行動に原因があるということだろうか。


「急にどうしたの?」


 足を止めて振り向くと、彼女は拳を握って俯いていた。


「……私はッ……私だって、今まで散々我慢してきたから、自由にして良いって教えてもらったから、その通りにしているだけだったのに…………」


 会話が噛み合わずに置いてけぼりだというのに、ラトーナの声の震えから、その悲痛さだけが伝わってくる。

 背景を語ろうとしないあたり、おそらく言いたくないのだろう。

 だから俺は、この問いに答えるだけで良いらしい。


「……ラトーナは我儘だけど、それがどうしたの?」


 否定して欲しかったのだろうか。彼女はこの答えに凄く驚いたように、目を見開いた。


「ッ……私はッ——」


「別に我儘で良いと思うよ。その我儘に親愛が含まれているのなら」


 そうそう。

 こんな世界だ。弱肉強食の中で、人に遠慮なんかしてたら自分が食い物にされる。

 かといって、前世の俺のように他者を顧みない振る舞いは、社会から隔絶されがちだ。

 だから大事なのは、相手を突き放す我儘じゃなくて相手に寄りかかる我儘。要は立ち回り次第ってことだ。


 話しているうちになんとなく、彼女がカルロスから受けた言葉を引きずっていることに気づいた。

 だからといって、別に俺が言う事は変わらないけどな。


「また自分を押さえつけるつもりなら、俺にだけは我儘でいて欲しいな。そういう君が好きだから」

 

 なんだか小っ恥ずかしくなって、ラトーナから顔を逸らす。流石に臭いセリフだったかな。


「ちょっ……」


 けれど彼女は、ゆっくりと距離を詰めてきて、そっと両手を俺の頬に添え、顔の向きを正面に戻してきた。


 いじらしく上目を使う彼女と視線が絡む。

 青い瞳と、紅潮した彼女の頬は目と鼻の先。少し前に動けばキスでき——


「んむ!?」


 キス……されちゃった。

 ラトーナの心音が、体温が、その小さな唇を通して伝わってくる。背中の方がじんわりと暖かくて、不思議な魔力が流れ込んでくる感覚だ。


「ぷはっ……はぁ……」


 やけに長かったキスが終わると、その余韻に浸る間もなくラトーナは歩き出してしまう。


「行きましょ」


「え、うん……」


 やや遅れて、それに着いていく。

 コツコツと暗い路地に響く足音が、高まった心音に重なる。

 照れ隠しなのかな、心なしか彼女の足取りが速い。


「やっぱりいたわね……」


 しばらく進んで、路地裏から出る瞬間、彼女は憎々しげにそう呟いた。

 なんのことかと思ったが、その答えはすぐ目の前に広がっていた。


「なっ、待ち伏せ!?」


 路地裏を出た先の、人気のないはずの広場は、謎の追手十数人によって包囲されていたのだ。


「お迎えにあがりましたよ、ラトーナ様」


 

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