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「偽物の天才魔術師」はやがて最強に至る 〜第二の人生で天才に囲まれた俺は、天才の一芸に勝つために千芸を修めて生き残る〜  作者: 空楓 鈴/単細胞
第7章 机上の下剋上篇

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第176話 反撃の糸口(後編)

「ん、うっ……うぅ……」


「おはようございます、殿下」


 ソファの上で唸り声を上げたランドルフに、精一杯の優しい声音で喋りかけた。

 まだ運び込んで5分ほどしか経っていないが、こいつ案外タフだな。あんなにボロボロだったのに。まあ、一番酷かったダメージは俺の膝蹴りだったっぽいけど。


「ここは……」


「生徒会室ですよ。今は全員出払っているので、取り調べの場として使わせていただきます」


 向かいのソファに座る俺は、紅茶を啜りながら優雅にそう答える。

 ランドルフは特にリアクションもせず、キョロキョロと周囲を見ましていたが、やがて自分の変化に気づいて、体をさすり始めた。


「怪我が……」


「殿下が気絶している間に、治癒魔術をかけてさせてもらいました」


 殴り合いの喧嘩をしていた割には、打撲や擦り傷が多かったからな。

 痛みがない方が精神的にも肉体的にも楽だろうから、取り調べも少しはスムーズになるだろうと願ってのものだ。


「紅茶、いかがですか?」


「あ、あぁ……頂こう……」


 少々面食らったように、俺からカップを受け取るランドルフ。


「まだどこか痛むんですか?」


「い、いや、平気だ」


 ランドルフは動揺を隠すようにカップ勢いよく仰ぎ、俺も釣られて再びカップに口をつける。

 しばらくは互いに無言でカップを啜るだけの時間が続いた。

 しかし、落ち着いたら落ち着いたで、ゆっくりしている暇がないことを思い出して、慌てて会話を再開した。

 まったく何をやっているんだ俺は。


「それじゃあ質問を再開します。もう一度聞きますが、何があって喧嘩に発展したんですか?」


 バツの悪そうな顔をして口籠もるランドルフ。これは黒だろうか。

 やましいことがないなら、さっさと喋るだろうしな。


「正当な理由があるなら述べてください。このままでは、状況証拠から貴方は10人以上の生徒に暴行を加えたということになりますが」


「ッ! アイツらが悪いんだ! 王族である僕に不敬な態度を取ったから、然るべき対処をしたまでだ!!!」


 この期に及んでまだそんなことを言うか。

 しかし怒ってはいけない。そう、ボンボンとはこういうものだ。基本は他責思考なのだから、幼児を相手にするつもりで根気強くいこう。


「不敬な態度とは、具体的になんでしょうか? ここは国際的な学園ですので、文化の違いによる摩擦が起きた可能性もあります」


「なら教えてやる! お前の様な態度だグリム・バルジーナ! 人の失敗に漬け込み、名誉を脅かしてくる野蛮人だ!!」


 塩らしい態度から一変、語気を荒らげ出したランドルフ。

 はてさて、俺が彼の名誉などいつ傷つけ……いや、顔合わせるたびにしてたな。


「何度も言いますが、僕の失言は戦闘の際に必要なものです。瞞着流源流兵法の使い手なら、誰しもが当然のように行う技のようなものですから」


 嘘は言っていない。

 まあ、俺に限っては兵法がどうとかより、単純にこいつが嫌いだから煽ってるだけだがな。

 

「知ったことか! なんなんだ! 誰も彼も、僕より弱くて能がないくせに、たった2回僕が負けただけで態度を変えて!!!」


 それはお前の日頃の行いのせいだ。そうツッコミかけた所で、言葉を飲み込んだ。

 良く考えれば、俺はこいつが普段から周囲にどの様な態度を取っているのか知らない。俺やアインに執拗に絡んできたのだって、きっと武闘会に際して対抗心を燃やしていたからだろう。

 だからもしかすると、コイツは普段は優等生なのかもしれない。だというのに、日頃の行いが悪いと決めつけて注意するのは。逆効果以前に宜しくないと思ったのだ。


「殿下が常日頃どの様に振る舞われているかのは知りませんが、どれほどの聖人であろうと、高い武力を持つ者に、人々は一定の恐怖を抱きます」


「だから僕の失態に漬け込むのだろう!? 屍喰いの魔物の様に、僕の足を引っ張って地に落とそうと誰もが目を光らせているんだ!!!」


 俺はコイツの日頃の行いを遠回しに尋ねたつもりだったのだが、少しズレたヒステリックな答えが返ってきた。

 けれど、その言葉のおかげで分かったこともあった。


 どうして俺はコイツを嫌いなのか。その理由だ。

 そりゃあ、公衆の面前でアインに恥をかかせたり、ラトーナの隣にベッタリで戦ったりと、殺す理由はあったわけだが……流石にそれだけで嫌いになるほどじゃない。

 やかましくてプライドか高い人柄も、トリトン大して変わらないのだから、これもまた嫌う要素ではない。


 ようやく分かった。

 よく考えたら、これ昔の俺じゃないか?

 今にして思えば、誰かより優れていることをアイデンティティにしてたくせに、結局他者に追い抜かれるのが怖くて人から距離を取ったり威嚇したり……言語化してみれば、生前の俺はそんな精神性だったような気もする。

 同族嫌悪か、それとも過去の過ちを直視しなければならないストレスか……とにかく、こいつは生前の俺。

 だから嫌いなんだ。こういうやつは碌なことにならん。


 俺はたまたま、転生直後は魔術とか目新しいものに気を取られてそういう事を気にしていなかったが……もしかしたら、また同じに過ちを繰り返していた可能性もある。


「お言葉ですが殿下、その様に思えるのは、ご自身の問題という可能性もあります」


「なんだと!?」


 ソファから立ち上がるランドルフ。怒髪天を衝く勢いと言ったところか。自業自得と言われたようなものだから、それも当然か。

 しかし俺は構わず続ける。


「他人の価値を能力で決めるのは、自分の首を絞める事になりますよ?」


 単純な話だ。

 『あいつは俺より◯◯力が低いから格下』なんてルールの中で生きていると、常に『じゃああいつより〇〇力が低い俺は……』なんて劣等感に常に苛まれる。

 かといって下を見れば、見下していた奴らが成長して自分を追い抜いてしまうかもしれない恐怖感に支配される。

 他人との優劣でしか自分に価値を見出せず、しまいには全員、自分の価値を脅かす敵に見えてしまうのだ。

 

「……何が言いたいんだ、お前は……!」


 眉八の字に曲げて、強い眼力でこちらを突き刺してくるランドルフ。

 俺の言うことが理解できなかったのか、頭を回した分、少しだけ冷静さを取り戻しているようにも見える。

 

「殿下の言う〝敵〟とやらの数は、ご自身が思っている以上に少ないということです」


 率直にそう伝えると、ランドルフは露骨に顔を顰めて、『はあ?』と溜息にも似た疑問の声を上げた。

 少し話が飛躍してしまったか。


「殿下、人とは鏡です。殿下が自身の地位を保持しようと敵意にも似た虚勢を振り撒けば、人はそれをそのまま反射します」


「僕の被害妄想とでも言いたいのか?」


「似たようなもですね。言ったでしょう? 人は鏡です。いちいちこっちから覗かなければ、何も跳ね返ってきません」


「……?」


 等々怒気すらなりを顰めて、困惑した表情を見せるランドルフ。

 王族だからわかりやすく高級品の鏡で例えたが、伝わらなかっただろうか。

 まあ仕方ない、俺は拳で語る肉体言語派だからな。


「所詮我々は、他人を理解できません。だから他人の目線に立ったつもりでも、やはり自分の価値観が先行してしまいます。だから人は鏡と言ったんです。他者の考えを想像しようと凝視したところで、そこに映るのは目を細めた自分の間抜け面だけです。要は、自分で自分を睨んでるんですよ」


 こんな態度のランドルフだ。少なくとも周囲からの印象はあまり良くないのだろう。

 あくまで、いけすかない奴だな〜とか、そんなちょっとした敵意が向けられているのだろうが、ランドルフはその全てを自分のコンプレックスに変換してしまうはずだ。

 だって人間は、基本的にみんな同じ価値観で生きていると思いがちだからな。


「だらだらと能書きを垂れましたが、他人と比較なんかせずに生きる意味は自分の中に見つけてください、ということです」

 

 これ以上わかりやすく説明するのは無理なので、強引に締め括った。

 ランドルフは理解してくれたのかしてないのか、暗い表情で俺から視線を逸らして何やらぶつぶつと言っているが……


「ごっ、ごめんください!」


 と、そんな時。誰かが生徒会室の扉を叩いた。

 扉を開けて見れば、そこには赤毛で小柄な、ナヨナヨした雰囲気の女生徒が立っていた。知らない人だな。


「すみません、王子も他の役員も出払っています。俺も取り込み中ですし——」


 タイミング悪く、対応に当たる人手がなかったので、ひとまず出直してもらおうとしたところで、彼女の裏返った声にそれを遮られた。


「あの私! お、お礼を言いに来ました!」


「心当たりがないのですが……」


「ぐ、グリム様ではなく、ランドルフ殿下にです!!!」


 予想外の返答に思わず間抜けな声が漏れかけた。

 ランドルフは『君は……』なんて声を漏らしながら、こちらに目を見開いている。真偽の程はわからんが、面識自体はあるらしい。


「あの! ランドルフ殿下は私なんかを助けたがために、男子生徒達と喧嘩になってしまいました! どうかその……処罰はっ——」


「ちょ、ちょちょっと待って下さい!」


 鬼気迫る表情で俺に詰め寄ってくる女生徒を引き剥がして、ランドルフに向き直る。


「どういうことですか?」


「女生徒が男子生徒複数人と揉めていたので、注意したまでだ」


「わ、私が悪いんです……! 誤って彼らの席に座ってしまったがために、彼らを怒らせてしまって……」


 さぞ言いたくなさそうな顔で語るランドルフに、女生徒がそうつけ足した。


「殿下、僕言いましたよね。理由を話して下さいと」


 なんていうことだ。

 つまりは、女生徒を助けたら男子共に逆上されたので、戦闘は正当防衛だったってことか。

 こいつむしろ被害者じゃん。さっき思いっきり膝蹴りぶち込んじゃった……


「理由は話したではないか! そいつらが僕の名誉を貶すような言葉を口走ったがために、然るべき措置をしたと」


 なるほど、あくまで先に手を出したのはランドルフであると。


「うーん……」


 思わず、腕を組んで天井を仰ぐ。

 どうしよう。複数人への暴力行為と、先に手を出したという事実は擁護できないが、王族への名誉毀損と、女生徒を助けた経緯を踏まえれば、トントンどころかランドルフが優勢な気がする。

  

「処罰があるなら、私が代わりに受けますので……!」


 ランドルフと共に亡命してきた親衛隊や、付人の顔は把握している。

 だからこの女生徒がランドルフの手下じゃないことは理解している。彼女は本心で庇おうているのだ。


「とりあえず、一度ご退室願います。これから殿下と今後について話し合いますので」


 酷く不安げな表情の女生徒を退室させ、再びランドルフの向かいに腰掛ける。


「世間体を考えるならば、彼女に全てを押し付ければ丸く治りますね」


「お前!! そんなことをこの僕が許すと思うのか!!!」


「思ってませんよ。確認みたいなものです」


 ため息混じりに、今にも飛びかかってきそうなランドルフを制止する。


「最後にお尋ねしますが、殿下はなぜそれほどまでに、他人との差に執着するんですか?」


「妾腹である僕を慕ってくれる者、押し上げようとしてくれる者の期待に答える義務があるからだ」


「その裏にどんな謀略や下心があろうともですか?」


「そうだ。それが王族の務めだと、僕は亡き母に言い聞かされた」


 強い視線でキッパリと断言したランドルフを前に、俺はさらに深いため息をついた。

 

 たとえ、向けられた愛情や信仰がハリボテでも、それに応えるとこいつは言ったのだ。

 昔の俺と同類かと思っていたが、コイツはコイツなりの責任を果たそうとしていたというワケか……飛んだ思い違いをしていたようだ。恥ずかしい限りだ。


「……とりあえず、処罰を与えるために加害者の男子生徒を洗い出します。殿下の評判もなんとかして守りますのでご安心を」


 そう伝えると、ランドルフは腕を組みながら、ムッとした顔でこちらの顔を覗き込んできた。


「なにか?」


「やけに協力的だな。あれだけ僕を敵視していた君が」


「アインとラトーナのことを考えれば、当然の態度かと思われますが」


「エルロードのことはわかるが、ラトーナ嬢には何もしてないじゃないか」


「ベタベタと、〝俺の〟ラトーナの隣に張り付いて戦っていたではありませんか」


「なっ!? お前とラトーナ嬢は一体どんな関係なんだ!?」


「それはもう……同じ屋根の下で夜を越した仲……とでも言いましょうか」


「っ……そうとは知らず、済まなかった!」


 嘘は言ってない。3年ほど前は、同じ屋敷で寝食を共にしていたのだからな。

 なんなら、俺は彼女のお気に入りの下着の色を知っている。


「もう過ぎたことです。それより話を戻しますが、衝突が起きた際に破壊された食堂のテーブルや椅子の責任問題に関しては、庇える保証がありません。そこは了承して頂きたいです」


「それには及ばないとも。僕は壊していないからな!」


「いやいや、それを惚けるのは流石に無理があるかと」


 するとランドルフはムッとして、何故か俺に拳サイズの氷塊を作るように要求して来た。


 言われるがままにそれを作って手渡すと、彼はその氷塊を机の上にそっと置いて、自分の手をその机の下に回した。


「あの、なにやって——」


 気でも触れたのかと問いかけたその時、机の上に置かれていた氷塊に亀裂が入り、そのまま間も置かずに弾けた飛んだ。


「……振動の伝播ですか?」


「ふふん! さすが僕の『鎧砕き』の魔術を破っただけはあるな! その通りだ!」


 机の裏側から振動を送り、上に置いてある氷塊のみを破壊した。

 正直なところ、術式とか原理はは完全に理解できていない。

 だが、こいつが障害物越しにでも内部の対象のみを破壊できるということ……金庫に入った金貨のみを壊すような芸当ができることは、とりあえず理解した。


 ……ん? 待てよ……? そういうことか!


「ランドルフ殿下ッッッ!!!」


「うぉぁ!? なんだねいきなり!!」


「ちょっと俺に力をお貸しいただけませんか!?」


 わかったかもしれない。

 あいつら古式研が、俺達の魔導具の自爆装置を突破した方法が……!


 逆転の兆しが見えたかもしれないのだ!


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