第175話 反撃の糸口(前編)
「ど、どうしますか、グリム君……」
閑散とした現代魔術研究室。テーブルの向かいに座るアセリアパイセンは、背中を丸めながら震え声で問いかけてきた。
「知りませんよ、そんなの……」
学長の嫌がらせによって、ウチの研究室はかなり小さめの部屋を使わされているとの話だったが、二人きりしか居ないともなれば、随分と広く感じる。
「で、ですよね。すみません……」
ため息混じりに応えると、アセリアはびくりと肩を震わせて頭を下げてきた。
いけない、今のは感じの悪い返事だった。
想定外が重なって、状況は悪い方にばかり転んでいたせいか、どうにも俺はネガティヴになっているらしい。
「はぁ……」
気持ちを切り替えようと大きく息を吸ったものの、結局溜め息となって出てきてしまった。
何度も言うが、俺がこの世界で必死に学んできたのは武術と魔術だ。
政治だの経済だのは生前の学校で軽く習った程度のもので、このレベルでその道のプロと戦えなんて無理があるってものだ。せいぜい歴代総理の名前しか言えないぞ俺は。
「……すみません。少し動揺して口調が荒れました」
「あ、いえ……」
ひとまずは先輩に謝罪。
このままウジウジしていても何も変わらないんだ。無理にやりにでも動こう。リディやラトーナならそうする筈だ。
「そういえば、ラトーナは最後に、相手に自滅してもらうつもりだと言っていました」
まずは情報共有。
ギルドや古式研と戦うにあたって、行動の指針自体はラトーナが示してくれていた。アセリアパイセンなら、具体的な内容を想像できるかもしれない。彼女だって地頭はラトーナくらい良いからな。
「相手に自滅……ですか」
「はい。おそらくは、証人を用意した場で相手側を問い詰めまくって、そこに生じた矛盾を指摘する感じかと」
いわゆる誘導尋問のような物だな。
日本じゃそういう自白のみでは逮捕することは出来ないが、ここは異世界だからな。本人の口が滑ったりでもすれば、物的証拠なんて要らずに豚箱行きだ。
「なるほど。ラトーナちゃんらしい作戦です……」
「けど、そう簡単な話じゃないですよ」
「分かっています。相手にこちらの意図を悟らせないような話術と、丁寧に作り込んだ質問が求められるはずなので……」
さっきまでオドオドしていたのに、急に饒舌になったパイセン。
思わず呆気に取られてしまったが、まあ概ね言っていることは正しいな。
「随分と理解が深いですね。今話したばかりなのに」
「ラトーナちゃんが貸してくれた本に、似たような物語があるんですよ。とある貴族家で起きた殺人事件で、犯人と思しき人物に次々と質問をぶつけて、全て聞き終えた後に犯人の言葉を整理するんです」
「すると矛盾が見つかると」
「はい! そして同時に、探偵側はこっそり隠していた小さな……しかし決定的な証拠を開示するんです!」
なるほど、先輩もミステリーオタクね。
大丈夫だろうか。『漫画で読んだから自分で出来る』的な感覚でモノを考えているように見えるんだが。
「理論上ではなく現実的に考えて、この作戦は僕らの実力で実行可能ですか?」
「わかりません」
「えぇ……」
まさかの即答。
まあ、自信満々に出来ると宣言された方が不安だがな。
「ディン君の懸念通り、まず私では、その物語の探偵のような丁寧な質問による誘導を再現できる保証がありません」
そうだよな。流石に先輩もそれぐらい分かってるか。
「そして、追い討ち……もしくはトドメの一撃となる小さな証拠を、我々が用意できる保証もないからです」
「そもそも証拠って、どんなモノなんですか? イメージが掴めないんですけど」
「それはそうです。順序が逆ですから?」
「はえ?」
思わず間抜けな声を出して聞き返すと、アセリアは難しそうに口をへの字に曲げて、腕を組んだ。
「例えばですね……? 仮に、古式研が魔導具の自爆装置を突破した方法を、我々が見つけたとします。それが証拠です」
「いや、それ証拠になってます? 正攻法以外の自爆装置の解除法が存在していたことは、奴らが俺達の魔導具をパクった証拠にならないですよね?」
アセリアの言い方では、相手側が俺たちの魔道具をパクった前提で話を進めることになる。
いや実際そうなのだろうが、相手が惚けている以上は、そのパクったがどうかの部分をまず証明しなきゃいけない。根本的にその策は瓦解しているのだ。
要は、ピッキングのやり方を知ってるやつは皆んな泥棒、それぐらいの暴論になってしまう。
「そうですね、だから誘導するんです。その小さな証拠が致命的になるように、状況を誘導していくんですよ」
「うーん? つまり、その誘導尋問のやり方は『証拠』を元に逆算して作るってことですか?」
「はい、そうなります!」
ようやく伝わったとでも言いたげに、満開の笑みで首肯するアセリア。
ごめんね先輩、俺こういう話苦手だから、スムーズに理解出来ないんだわ。まあぶっちゃけ、今も話の八割くらいは分かってないけど。
「……じゃあ、まずは何よりその証拠を探す必要があるということですよね。期限はどのくらいでしょう?」
「拘留されているであろうラトーナちゃんとジョージ室長のことを考えれば、早いに越した事はない……というか、いち早く証拠を見つける必要がありますね。
ダラダラしていては、古式研が魔導具を市場にばら撒くかわかりませんし。なにより、捕まった二人が拷問されている可能性だってあるんですから」
「ははっ、ラトーナに傷の一つでもつけるようなら、王都を丸ごと火の海にしましょう。女、子供も皆殺しです」
「ぜっ、絶対やめて下さい。そんな虐殺行為……」
「冗談です。それじゃあ俺は早速動こうと思います」
「わ、わかりました。私も私で動いてみます」
ひとまずそんな方針が定まって、会議は一旦解散となった。
ーーー
さて、証拠を探す事になって研究室を飛び出したは良いものの、改めて俺は何をすべきなのだろうか。
探すと言っても、証拠はそこら辺の廊下に転がっているわけでもない。
どこかしらに当たりを付けて、効率よく探す必要がありそうだ。
証拠の方は……ひとまず、俺たちの魔導具に内蔵されていた自爆機構を解除した方法をメインに探そう。
魔導具の術式基盤が外部に流失しないようにと、正式な方法以外で分解すれば内部で爆発が起こり、回路基盤ごと破壊して隠滅するシステム。
正式な分解手順は今のところ、俺とラトーナしか知らない。自爆機能を担う術式を、『反魔の呪詛』などで強引に破壊することは、本体の術式ごと巻き込んで消してしまうので出来ない。
だというのに、奴らは何故かそのセキリュティを突破して、俺たちの魔導具を複製した。
まずはこの謎を解く必要があるだろう。
「ありがとな、クロハ」
というわけで、深夜。
手始めにクロハの協力を得て、裏切り者のカルロス君の寮室に侵入したわけだが、それらしいモノは見つからなかった。
「何もなかったね」
「そうだな。高そうなものが置いてあったら、パクるかぶっ壊してやるつもりだったのに」
クロハによる透明化と、リオンの遠隔会話と魔力感知によるナビゲート。そして俺の氷魔術による鮮やかなピッキング。
最早、リディの部下なんかやめて三人で盗賊やった方が儲かりそうだ。赤いスーツを羽織ったりなんかしちゃって。
「まあ良いや。次はハドラーの執務室かなぁ」
「誰それ」
「悪者だ。俺とラトーナの愛の結晶を盗んだ極悪筋肉ハゲゴリラだ」
「ハゲゴリラ殺すの?」
「いいやまだだ……まずは法廷で奴等をぶちのめす」
そんなわけで、次は古式魔術研究室長こと、ハドラーの部屋を狙った。
本当は研究室そのものを調べたかったが、リオンが言うには、どうやら研究室には結界が張られていて、無理やり解除したり侵入することはお勧めできないらしい。
ラトーナがいれば楽に解除できたかな……いや、今居ない人間のことを考えても仕方ないな。
「変な絵がいっぱいある」
「そうだな。額縁とかギラギラだし」
傲慢で自尊心の高い人物と聞いていただけに、部屋には大量の絵画や自画像、彫刻や細工品がズラリと飾られている。
執務室とは名ばかりで、自分の権力を誇示するためだけの空間と化している。
「どれ壊す?」
「うーん……壊すのは勿体無いから、幾つかバレない程度に宝石を盗もう」
「分かった」
クロハは少しつまらなそうな表情で、淡々と棚に飾られていた宝石を懐にしまっていた。そんなに壊したかったのだろうか。
ーーー
結局、あの後も副室長の部屋や、魔導具研関係者の部屋を物色したが、特に有力な証拠も見つからないまま撤退となり、その日の成果は高そうな宝石だけになった。
「ふぁ〜……」
廊下をダラダラと歩いていたら、窓から差し込む日光に顔を撫でられて、反射的に欠伸をした。
現在俺は、生徒会の治安維持活動として学園内をパトロール中だ。
徹夜明けなので眠くてしょうがないが、当番なのだから仕方ない。
なんだか気怠くて、イライラする。久しぶりにストレスが溜まってるのだなと自覚した。
それもそうか、クソ貴族共に喧嘩を売られたり、ラトーナが連行されたり、そしてなにより寝不足だ。
いやしかし、愚痴ばかり言ってもいられない。
今こうしている間にも、古式研側は俺達からパクった魔導具を量産して、市場にばら撒く準備を着々と進めているはずだからな。
パトロールの時間も、証拠探しに有効活用しよう。
「グ、グリムさん!!!!」
そう決意したや否や、背後から男子生徒が俺の名を叫びながらこちらに駆け寄ってきた。
「どうしましたか?」
「食堂で喧嘩です! 生徒同士の!」
なんでこうもタイミングが悪いのかな。
思わず漏らしそうになった溜息を堪えつつ、俺は爽やかな物腰で生徒の案内に従ってトラブルの現場へと向かう。
「うぇ……ひでぇな……」
食堂に到着してすぐさま、そんな言葉が口から溢れた。
木端微塵に砕かれて散乱するテーブルと、そこらじゅうに横たわっている生徒。そしてその中心には八人ほどの男子生徒と、それに囲まれる——
「ランドルフ……」
そう、男子生徒に取り囲まれていたのは、いつぞやのダークエルフだった。
武闘会決勝で大規模魔術のスクロールを行使した件で、上から謹慎処分を喰らっていたんだっけかな。
久しぶりに見た彼は、遠目からでもだいぶやつれていることがわかる。
「双方速やかに拳を納めてください! 従わなければこちらも武力行使します!」
慌てて声を上げると、ランドルフを囲む生徒どもがこちらに気づき、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
倒れている仲間も置き捨てて、とんでもない逃げ足だ。あの数であの速度、一人一人の顔もほとんど見れなかったし、捕まえるのは無理そうだ。
「何があったのかお聞きしても構いませんか、ランドルフ殿下」
というわけで、その場に唯一残っていたランドルフに事情聴取する事にした。
「僕は……悪くない……!」
俯いたまま立ち尽くすランドルフは、吐き捨てるようにそう答えた。
顔には幾つか痣が浮かんでおり、高そうな改造制服も土埃でその輝きを失っている。かなりボロボロだ。
「悪いとか悪くないとかは聞いていません。質問に答えて下さい」
不貞腐れているランドルフの肩を掴んで、強引に視線を合わせる。
正直なところ、ランドルフは短期でプライドが高いので、こいつが元凶なのではと思っているが……あまりに相手の人数が多いものだから、判断も難しい。
「ッ……王族の僕の言葉が信じられないと言うのかね!?」
バツの悪そうな顔をして、声を張り上げるランドルフ。
本人にも非があることを自覚しているかのような間があった。
しかしまずい、瞳孔が開いている。とりあえず落ち着いてもらうことが先決か。
「疑っているわけではありません。しかし、貴方も王族の身であるなら、事実に基づいた公平な判断が必要なことは——」
「黙れ! お前はそうやっていつも僕の神経を逆撫でする!!!」
俺の話も聞かずに、勢いよく拳を振り上げたランドルフ。
まさかここまで彼が攻撃的になっていると思っていなかったものだから、防御の準備もしてなかった俺は、咄嗟に彼の腹部に膝蹴りをぶち込んでしまった。
「うっっ……!!!」
ドスの効いた声を吐き出して、腹を抱えながらぶっ倒れてしまったランドルフ。
誓って言うが、本当に悪意はない。
「グリムさん!?」
あまりの容赦のなさに、俺を連れてきた男子生徒もドン引き。野次馬もざわついている。
ちょっとまずいな。このままじゃ、温厚で紳士的な俺のイメージが崩れかねん。俺は口より先に手が出るロジーやリディと違うのだ。
「今の彼の精神状態で暴れられては危険ですので、一時的に無力化しました! 連行しますので、道を開けてください!」
とりあえず咄嗟に思いついたそんな言い訳を叫び、ランドルフを抱えてそそくさとその場を後にした。