第174話 猛攻
「お呼びですか、殿下」
古式魔術研に喧嘩を売られたその翌日、放課後になって王子に生徒会室へ呼び出された。
今日は久しぶりに、部屋にいた役員も外に払われている。耳の早い王子だ。タイミングからしても、話題はそのいざこざについてだろう。
「やあ、パーティーの疲れは取れたかい?」
「お陰様で、疲れるどころか元気になりましたよ」
多くの女生徒の注意を王子が引き受けてくれたおかげで、俺はラトーナと踊ることができた。
あのままではまず間違いなく、彼女と踊ることなんてできなかっただろうから。そう考えると王子には感謝してもしきれない。
「それは良かった。ラトーナ嬢にもよろしく伝えておいてくれ」
「もちろんです」
そんな挨拶が終わったところで、王子が表情を引き締めて、改めて口を開いた。
早速本題だな。
「さて、それなりに付き合いも長いわけだから呼ばれた理由はわかっているね?」
「はい、氷結魔導具の件ですね」
「結論から言わせてもらうと、王宮はこの件には関わらない」
「え?」
王子から放たれた衝撃の言葉に、思わず間抜けな返事をしてしまった。
「……理由を、お聞かせ願えますか?」
「勿論だ。と言っても、理由は単純で君達の敵には魔術ギルドが肩入れしてしまっているからだよ。
魔術関連はあの組織が白と言えば白だし、黒と言えば黒だ。そこに介入してしまうと王家の中立性が損なわれてしまい、三権の均衡が損なわれる政治問題に発展してしまうからね。
昨今は共産思想の浸透や、アスガルズ神聖国の侵略行為のせいで国際情勢も不安定だから、内乱派避けたいものだよ」
「なる……ほど……」
動悸が早まるのを感じた。
まずい。非常にマズイ。
氷結魔導具は王家に提供しているし、それを無闇矢鱈に普及させる危険性も説いていたから俺達の味方に着いてくれると思っていた。
そうなれば、有利とまでは言わずとも勢力を拮抗させる所までは持っていけると思っていたのだが……早速アテが外れてしまった。
「落胆するのはまだ早いよ」
「はい?」
「我々王家はあくまで中立の立場を取ると言ったんだ。明確な証拠が提示されれば、工作などの一切を受け付けずに裁くことが出来る」
「明確な証拠とは?」
「それを教えたら、僕は君に加担した事になってしまうよ」
「む……」
なるほど、自分で導き出せと。
となればまずは状況整理だな。
古式魔術研究室、長いので古式研と略そう。
俺達の研究室の躍進を快く思わなかった古式研は、買収……もしくは人質をとるなりして、こちらの研究員カルロスを内通者にした。
そしてカルロスを利用してウチから魔導具を盗み出し、ダミーとすり替えた。
その後、なんらかの方法で自爆装置を解除して魔導具を分解。中身を解析して魔導具を複製した。
本人達はあくまで古式魔術を用いた術式で稼働していると言い張り、グルの魔術ギルドはそれを保証している。
最後に連中は、俺達より格安で魔導具をばら撒いて、世界の市場を独占すると。
とまあ、概要はこんなものか。
俺達は利権を守るため、相手に魔導具をパクられた証拠を提示しなきゃいけないわけだが……中身の術式が同じだとか、そういう専門的な主張はギルドに揉み消されるので有効ではない。
「ギルドによる証明を必要としない、専門性のない証拠ですね?」
「そういうことさ」
つまるところ、誰が見ても俺達の魔導具と相手の魔導具が同じだとわかるような証拠を用意すれば良いわけだ。たとえば、魔導具が盗まれた証拠とか書いてな。
「助言、ありがとうございます。何から何まで助けていただいて、どう恩を返せば良いのか……」
「はは、友人のよしみだ、気にしないでくれ。君という抑止力に僕も良く助けられているからね」
「私のような人間でも力になれているというなら幸いです。それでは失礼させていただきます」
「うん、検討を祈っているよ」
爽やかな王子の笑顔に頭を下げて、俺は生徒会室を後にした。
ーーー
というわけで、その後俺はラトーナの研究室に直行して、情報共有を行う事にした。
「なるほどね……」
「うん。出来るだけ専門性を取り除いた証拠」
王子はそれを見つければ勝てるみたいな事を語っていたが、残念ながら言われてすぐにピンとくるようなモノでもない。
見た目は子供で頭脳は大人なわけだが、俺はあの探偵と違ってなぞなぞは苦手なのだ。
なので、俺よりも地頭が良いラトーナにも考えてもらう事にした。
情けない事だが、きっとラトーナの方が早く答えを導き出すだろう。
「難しいわね……」
とは言っても、流石のラトーナも専門外の分野だからか、顔を顰めて天井を仰いでいた。
「無理そう?」
「いえ、直ぐには思いつかないというだけよ。これでも推理の物語は沢山読んでいたのよ?」
「それは……たのもしい……?」
確かにラトーナはミステリーと恋愛ジャンルの本を好んでいるが、それとこれとはまた別ではないだろうか。
それを言ったら、無双モノのラノベが好きだった俺は今頃この世界でチートハーレムをやっているだろうが。
「私が殺そうか?」
何か良い案はないかと二人で考え込んでいたところ、ラトーナの隣でバリバリとお菓子を口にかき込んでいたクロハが、突然その手を止めて物騒な事を口にした。
これにはラトーナもドン引きだ。
「流血沙汰なんかになったら、俺達が報復されるだけだよ。あとクロハ、そうやってすぐなんでも暴力で解決しようとするのはやめなさい」
いかんな、クロハの思考がリディやロジーのような脳筋イズムに毒されている。
棚上げも良いところだが、やはりこういう時はしっかりと叱らねばなるまい。
あんな大人になったら、死んだクロハの母親に合わせる顔がない。
「バレなきゃ平気」
「証拠がなくても、タイミングで俺達がやったのはバレるよ」
そう教えてやると、クロハはムスッとした表情になって再びお菓子を貪り出した。
怒らせてしまったかな。彼女なりに俺達の力になろうとしてくれたのかもしれない。だとしたら少し言葉を選ぶべきだった。
「ありがとうねクロハ、私達を助けようとしてくれて」
そんな不安が俺の中に浮かびかけた時、ラトーナがクロハの頭を撫でて微笑んだ。
ラトーナはクロハを愛玩動物程度にしか捉えていないのかと思っていたが、こうしてクロハを宥める姿を見ていると本当の姉妹のように見える。
「なんでニヤニヤしてるのよ」
「別に〜?」
「まあいいわ。それより、証拠を考えるにあたって、刻印魔術のことを知りたいのだけれど」
「え」
「いいから!」
魔術云々に関する証拠は機能しないと先程話したばかりだが……まあ、彼女なりの考えがあるのだろう。
「……じゃあもっと詳しい奴を呼んでくるよ」
とは言っても、俺は刻印魔術にそこまで明るくない。
格闘術を教わっていたり、冒険者として経験を積んでいる時間の方が多かったから、数ある刻印の内の10個程度しか教わる時間がなかったのだ。
「——というわけで、魔術王から刻印魔術のほぼ全てを叩き込まれた子、レイシアちゃんでーす」
思い立ったら即行動。研究室を飛び出して、中庭で日向ぼっこしていた猫さんを引きずってきた。
リオンも刻印魔術がそこそこ使えるが、アイツは人に物を教えることが出来るようなアプリケーションが脳内に入っていないからな。獣人のくせに結構頭が良いレイシアの方が適任だろう。
「急に呼び出されて来てみれば……これはどういうつもりかにゃ……」
眉を顰めて仁王立ちになりながら、唸るようにそう言うレイシア。
そんなレイシアの元に、ラトーナはわざわざソファから身を起こして歩いていった。
「あ゛? 何か用かにゃ?」
ゆっくりと近づいてきて、目の前で足を止めたラトーナにガンを飛ばすレイシア。
今更だが、俺はやらかしたのかもしれない。
よく考えたら、以前ラトーナは俺とレイシアがベタベタくっついていた事にキレている。
そしてレイシアも、俺の本命がラトーナである事に苦言を呈している。
つまりるところ恋敵のような関係なのだから、対面すれば剣呑な空気になるに決まってるじゃないか。
まじで何も考えずに連れてきちゃったよ。いくらなんでもデリカシーが無さすぎたな……今から土下座の準備しておくべきか。
「「……」」
無言で見つめ合う二人。
空気は異様にヒリついていて、まさに一触即発と言ったところか。
しかしそんな中、張り詰めた空気を壊すかのようにラトーナがぺこりと頭を下げた。
「ご足労いただき感謝するわレイシアさん。少し困っているので力を貸して欲しいの。構わないかしら?」
「んぇ? あ、これはどうもご丁寧に……」
ジロジロとレイシアを見つめるものだから喧嘩に発展するのかと思いきや、部屋の主として淑女らしい丁寧な物腰で出迎えたラトーナ。
これにはレイシアも驚いて、思わず反射的に丁寧な挨拶を返した。語尾の『にゃん』まで忘れるほどだから、相当な動揺なのだろう。
「立ち話もなんだからソファにかけてちょうだい、今お茶を淹れるわ」
「あ、はいにゃ……」
ラトーナに促されて、とことことクロハの向かいのソファに回って腰掛けるレイシア。
ヒリついた空気に構わずお菓子を貪り続けるクロハと、ラトーナが見せた予想外の反応のせいで、レイシアは完全に毒気を抜かれてしまっていた。
まあなんにせよ、喧嘩にならなくて良かったと俺も胸を撫で下ろしながら、レイシアの隣に腰掛けた。
「で、なんの話をすれば良いんだっけかにゃ?」
座って早々、レイシアが俺を睨みながらドスの効いた声で尋ねてきた。
なんと殺気まで出ております。『どういうつもりだコラ』とでも言いたげな表情ですね。見たところ、ラトーナに対する敵意は無くなったみたいが、それはそれとして、無神経にも恋敵であるラトーナに引き合わせた俺は許してくれないようだ。
「こ、刻印魔術の性質や仕様について色々と整理したくてね〜 はははっ……」
どさくさに紛れて有耶無耶にしようと思ったがダメっぽいな。後でなんか奢れば許してくれるかな。桃太郎印の吉備団子とかどうだろう。
「は? そんなの、自分が知ってるじゃにゃいか」
「もっと専門的な知識が欲しいんだよ。俺がラーマ王に教わったのは使い方だけだからさ」
そんな答えに納得したのかしてないのか、レイシアは『ふーん』と、さぞ面倒くさそうな表情で、股をガッツリ開きながらソファの背もたれに豪快に体重を預けた。
なんとお行儀の悪いことだ。俺に対するせめてもの嫌がらせだろうか。
「はい、これアスガルズのお茶よ」
「あ、どうもですにゃ」
しかしそんなレイシアも、しばらくしてラトーナがお茶を運んでくると慌てて姿勢を正した。
ムスペルの王宮で染みついたマナーのせいか、いまいち不良になりきれない優等生感が否めないな。ちょっと面白い。
「アナタとしては色々言いたいことがあるのでしょうけど、ひとまずそれは飲み込んでいただけないかしら。それと報酬もちゃんと出すつもりよ」
小さい声で『ディンがね』と付け加えたのを聞き逃すほど難聴じゃないぞ、と言いたいところだが、俺も空気を読んで今は黙っておこうじゃないか。
「……わかったにゃ」
流石に、真摯な姿勢を貫いているラトーナを邪険にするわけにもいかなかったようで、レイシアはため息混じりに要求を飲むこととなった。二人とも年齢は十一歳とかなのに、随分と大人な会話だ。
「感謝するわ、じゃあ早速質問させて頂戴」
「どーぞにゃ」
というわけで、やっと本題だな。
古式研が俺達の魔導具をパクった証拠になるヒントが見つかれば良いが……
「まず一つ目、古式魔術の中で氷に関連する術式は存在するのかしら」
「あるにゃ。でもただ氷の塊を作るだけで、そこのディンみたいに自由自在に形を変えられないにゃ」
「ただ冷気を作るような真似は出来る?」
「出来ない……こともないにゃ。ただそれだと貧弱な出力にまで抑える必要はあるにゃ」
「なるほど、じゃあ次の質問ね。刻印魔術って、そもそもどうやって発動するの?」
「発動法は2種類のみ。血で書いた特定の文字に魔力を込めるか、空中の魔素を凝縮させ文字に整形するかにゃ」
「血っていうのは、術者の本人の血でないと発動は出来ない?」
「そうにゃ。だから自分が書いた血に他人の魔力を込めても発動はしないにゃ」
おっと、それは俺も初耳かもしれない。
でもまあ、これでハッキリしたな。やはり刻印魔術は魔導具に取り入れる事はできない。
「その刻印魔術を使って魔導具を作ったと言っている輩がいるのだけれど、アナタはどう思うかしら?」
「はぁ? そんなのガセに決まってるにゃ。魔術の詠唱を他人に肩代わりして貰うことが出来ないのと同じで、文字を書いたやつが発動者として魔力を負担しなければならない。これは揺るがないルールにゃ」
「不特定多数の人間が魔力を込めて使用する魔導具とは、根本的に相性が悪いわけね?」
「そういうことにゃ。仮にその条件をなんとかしたとしても、刻印魔術は一回使用すると媒介の血が蒸発するから、使い捨てになるにゃ」
「なるほどね……」
一通りの問答が終わると、眉を八の字にして顎に手を当てながら黙り込んでしまったラトーナ。
ひとまず古式研が嘘を吐いていることは確定したのだが、状況は一向に好転してない。
術式がどうのとか、そういう専門性のある揚げ足取りは、魔術ギルドを味方にしている相手に無意味。
それをわかった上でラトーナはわざわざ刻印魔術について聞いたのだから、何かあるのかと思ったが……
「どう、何かわかった?」
「さっぱりよ」
ラトーナは顔を顰めたままそう答えた。
ですよねー。今ので何か思いつくわけがないですもんね。
「あんまり力になれなくてすまないにゃ」
「そんなことはないわ。ギルドが嘘を隠蔽しているという事が確定した時点で、方針がある程度は定まったわ。紛れもなくアナタのおかげよ」
「そ、そうか。良かったにゃ」
「だから約束通り報酬を払おうと思うのだけど、何か要望はあるかしら」
「じゃあ、そこのツルペタオーガが食べてるお菓子が食べたいにゃ」
そう言ったレイシアを、クロハがギロリと睨みつけた。菓子を取られたくないらしい。
「まだお菓子はあるんだから、分けてあげなさいクロハ」
「……ん」
反抗期気味のクロハも、ラトーナの言う事は素直に聞く。
ラトーナが手綱を握るのが上手いのか、餌付けの賜物か、はたまた単に俺に懐いていないからなのか……いや、悲しいから考えるのはよそう。
「別にお菓子くらいなら好きに食べて構わないけど……それだとお礼をした感じがしないわね」
質素を好む倹約家のレイシアからすればそれなりに贅沢を言ったつもりだったようだが……ラトーナにとってはクロハを餌付けするために、しかも実家の金で用意した物に過ぎない。
自分は何もしないで、たまたまあったものを礼として渡すのは、ラトーナとしてはどうにも納得がいかないようだ。
普段は豪放なイメージだが、こういうところだけ無駄に律儀だ。意外にも仁義を重んじるタイプなのだろうか。
「じゃ、じゃあ……今度からあーしもお茶に誘って……欲しい、にゃ……」
顔を赤くしてモジモジしながらそう要求するレイシアに、ラトーナは満面の笑みで『勿論よ』と応えた。
最初はどうなるかと思ったが、二人は良い友達になれるのかもしれない。
そしてあわよくば、ラトーナに無理やり引きわせた件で、レイシアから怒られることも水に流せるかもしれない。そうであって欲しい。
ーーー
結局レイシアには『デリカシーが無さすぎる』と怒られたが、軽い注意で済んだので良しとしよう。
俺だってわざとじゃないんだから、次から気をつければ良い話だ。
「それで、さっき方針が決まったって言ってたけど」
現在俺たラトーナの二人は、彼女が決めた方針とやらを共有しに、現代魔術研へと向かっているところだ。
「そうね。相手に自滅してもらうことにしたわ」
「と、言いますと?」
「相手が嘘を吐いている以上は、その場で許容量を超える質問をして回答に矛盾を生ませるのが最適よ」
「なるほど。でもそんなこと出来るの?」
「ッ……出来るようにこれから考えるのよ」
「そ、そうだね。俺も頑張って考え——」
ラトーナばかりに思考を丸投げするわけにもいかないなと思って口にしたその言葉は、目の前の光景から受けた衝撃によって掻き消えた。
廊下を少し進んだ先にある研究室。俺達の現代魔術研究室の前で、三人の衛兵がジョージ室長を拘束していたのだ。
「室長!!!」
「ちょっとアナタ達! どういうつもりよ!」
慌ててそこに駆け寄ると、三人の騎士の内の二人が俺達の前に立ち塞がった。
「お前達も現代魔術研究室の者か?」
偉そうにもこちらを見下しながらそう尋ねてきた衛兵に、俺は『だったらなんだ』と怒鳴りつけようとした。
「んむ!?」
しかし、喉元まで出かかった言葉はそれ以上先に進まず、体内で形を得ないまま霧散した。
「そうね、私は現代魔術研究室の人間よ」
突然喋れなくなってしまった俺を衛兵から庇うようにして前に出たラトーナが、腰裏に回した手でなにやらサインを送って……いや違う、指先に魔力を凝縮して空中に文字を書いていてる。
一体いつの間にその技術を会得したのかと聞きたいところだが、今はラトーナのメッセージを読む事が先か。
なになに、『シャベルナ、ハメラレタ、オトリニナル』ね……
なるほど、喋れなくなった原因はラトーナが俺に呪詛魔術をかけたからか。
嵌められたという言葉を読み取るに、目の前の衛兵は古式研か魔術ギルドの刺しがねか何かだろう。
しかし、どうやら暴力沙汰にはならなそうだ。仮にそうなら、ラトーナは俺の口ではなく動きを封じるはずだしな。
だったら、ひとまず様子を見るとしよう。
「では、お前の隣の男は何者だ」
「彼は出資者よ」
俺を部外者にした。つまり、ラトーナにとってその方が都合が良いらしい。
「なるほど、わかった。では連行するのはこの女と室長だけで良い」
「は? どういうことよそれ」
「貴様ら現代魔術研究室は、ギルドの調査によって危険魔導具を販売している事がわかった。我々はギルドの命により貴様らを拘束、ギルド本部へ連行しに参上したのだ」
「何のことかしら」
「惚けるな。王都の喫茶店で貴様らの魔導具が突然爆発したと報告が入っているぞ。聴けば同様のものが王宮にも置かれているそうではないか」
とんだ出鱈目だ。魔導具を分解するのは危険だからと、設置先には散々説明はしていた。
大方、ギルドの連中が無理やりこじ開けて痛い目を見たのだろう。
しかしまさか、それすら俺達を捕らえる口実に仕立て上げて、抵抗力を奪う作戦に変えるとはとんでもなくやり手だ。
「私達を逆賊か暗殺者だとでも言いたいのかしら?」
「それをこれから調査するのです。無実を主張するならば、大人しくご同行願います」
強気な姿勢のラトーナにも動じず、淡々とそう説明する衛兵。
結局のところ、こいつは下っ端に過ぎないわけだから、何を言っても無駄ということか。
かと言って、こいつらを突っぱねるわけにはいかない。向こうが暴力による強制連行をしていない時点で、こちらは配慮してもらっている立場。それを無碍にすれば、状況は更に悪くなるだろう。
だが……今ここでラトーナを大人しく引き渡せば、それこそダメだ。
彼女というブレーンがいなくなって仕舞えば、俺達はこのまま碌な抵抗も出来ずに、貴族とギルドに蹂躙される。まさに相手の思う壺だ。
「……わかったわ。じゃあ連れて行きなさい」
「ラトーナ!!」
長考の末、潔く投降を申し出たラトーナを前に慌てて言葉封じの呪詛を解いて、その腕を掴んだ。
「放しなさい。出資者の貴方まで連行されるわよ」
「だって! それじゃあ——」
意味がわからない。どう考えても罠だ。
というか、こんなわかりやすいの罠ですらない。顔面ストレートだ。それをノーガードで受けるようなものなんだぞ。
仮に策があっても、1番頭のキレる司令塔のラトーナが居なくなるのだから、その策も上手くいく保証がない。
リスクが高すぎる。
だったらいっそ、目の前の衛兵をぶっ飛ばしてでもラトーナを留めようと魔力を漲らせたその時、俺は叩きつけられたように地面に倒れた。
「ッ……!?」
身動き一つできないほどに、体重が増加した。衛兵がめちゃくちゃ強くて、一瞬で組み伏せられたのかと思ったが違う。これはラトーナの『鈍化の呪詛』だ。
とんでもない出力。絶対に動かさないという意志を感じる。ラトーナは自分の策を強行するつもりのようだ。
なぜだ。納得できない。せめて彼女の思考を知りたかった。
くそ……
「……では、ついて来い」
「ええ、丁重に扱いなさい」
衛兵に連れられて、地に伏した俺の元から去っていくラトーナ。一度だけこちらに振り返ったかと思うと、すぐさま踵を返して行ってしまった。何かを訴えるような目だ。
それからしばらくして、呪詛が解けて床から起き上がったところで、ようやくラトーナが最後に送ってきた視線の意味を理解した。
彼女が立っていた床に、魔力の文字が刻まれていたのだ。
「『アトハマカセタ』、か……」
ラトーナが何を考えていたのかこっちは殆ど知らないってのに、彼女はいったい俺に何を任せたのだろうか。
戦地に全裸で放り込まれたような気分のまま、俺はしばらく廊下に立ち尽くしていた。




